去る5月9日、韓国に誕生した文在寅(ムン・ジェイン)大統領は北朝鮮との経済協力を強力に推進した故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の秘書室長を勤め、北朝鮮に融和的な「進歩派」の代表である。このため、対北朝鮮感情の悪い日本では「反日」のレッテルが貼られがちだ。しかしながら、もともと韓国の左派、右派は北朝鮮にどう対応するか、で分かれるだけで、民族主義では変わらない。
「積弊一掃」を掲げる文政権は、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・グネ)2代の保守政権下での政治的、経済的、社会的な不公平感や閉塞感から誕生しており、社会正義を求める道徳主義や民族主義が強まっている。
「北朝鮮さえ(体制転換して)国際社会に復帰してくれれば、韓国は飛躍的に発展できる」という漠然とした願望は保守政権下でも強く、「進歩派」の文政権はそれをより鮮明に政策に反映させようとしているに過ぎない。「反日」かそうでないかなどより重要なことは道徳主義や民族主義の向かう先の見極めだ。
かつてベルリンの壁が崩壊し、欧州の統合が始まった頃、韓国には「南北統一に最も反対するのは日本」という定説があった。理由は「優秀な韓民族が統一国家を作れば強力なライバルになるから」である。しかし、当時はまだ日韓間の経済格差は大きく、キャッチアップ意識ゆえに、こうした民族主義が技術面で依存する日本に向かうことは封印された。
封印を解いたのは李明博政権であった。在任中、いわゆるリーマンショックや欧州財政危機の余波に見舞われた李政権は、ウォンの下落を利用し、オーナー経営の下で果断な決断のできる「財閥」系大企業の輸出を集中支援して乗り切りを図った。法人税優遇、公営企業・韓国電力による安価な電力供給、企業寄りの労働政策や環境政策、2カ国間自由貿易協定(FTA)による輸出環境の確保、などがそれである。
民主党政権下での混乱で日本企業がいわゆる「6高」(円高、法人税高、エネルギー難、労働規制、環境コンプライアンス負担、FTA締結の遅れ)に苦しむのを尻目に、韓国は半導体や携帯電話、自動車など主要製造業で躍進した。
大統領として初めての竹島訪問は、事実上の対日「キャッチアップ終了」(勝利)宣言であり、強烈なメッセージは一般国民にも浸透した。終了宣言後、いつまでも過去を反省しない(=道徳的に劣った)日本に対する「堂々とした外交」要求は市民団体の活動や、SNSの影響を極端に受ける内政を動かし始めた。
ただし、道徳主義は副作用として、「財閥」をめぐる政経癒着や公企業の肥大などへの批判にも向かい、李明博政権への醜聞批判は、清廉さと「経済民主化」を訴えた朴槿恵大統領を誕生させた。
あにはからんや、政治家として致命的ともいえる疎通能力を欠いた朴・前大統領は人事で失敗を重ね、結局、民族主義要求にも、道徳主義要求にも応えられなかった。
急速に中国に傾斜した外交は対日「歴史問題同盟」として大衆の民族主義を満足させたが、中国を通じた北朝鮮牽制という外交目的を果たせず、緊張は高まる一方であった。また、終末高高度防衛ミサイル(THAAD)導入は、「日米韓の枠組みから韓国を離反させた」、と思い込んでいた中国の激烈な反発と、米国の不信を同時に招いた。
従軍慰安婦一辺倒の対日外交も民族主義に訴えはしたが、対北朝鮮協調を犠牲にしたあげく、合意を国民に納得させることにも失敗した。
道徳主義要求については、朴政権は、政権末期のたびに子息や兄弟などを介した疑獄が浮上する腐敗を強く意識し、血縁者との交流を絶った。しかしながら、結局は血縁者ではなかったが、父・朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の代から因縁のある崔順實(チェ・スンシル)の国政介入と、そのための「財閥」利用に傾き、弾劾から罷免、そして自らが収監される運命を招いた。
道徳主義、民族主義の噴出は、政治的妥協の技術やその基準が不明確な中では、内政やその延長としての外交を混乱させる。国会では少数与党の文政権はロウソク・デモから誕生した背景もあり、少なくとも当面はこれらの噴出に翻弄される可能性が高い。
すでに文大統領は脱税や、兵役忌避、子女の進学のための寄留や不動産投機、論文偽造など「5大不正」の疑いを持つ人物を大臣など主要ポストにはつけないと公約したが、候補は次々と不正を問われ、自らの首を絞めた。
一方、「進歩」勢力の中にはかなりの程度、北朝鮮の民族主義に感化された組織が存在するとされる。主要国への特使派遣など、政権発足時には前政権の外交失敗を取り戻すべく、現実的な協調路線が採られたが、他方で人権団体による北朝鮮支援の許容など対話への舵取りが始まった。北朝鮮はすかさず秋波を送って民族主義に働きかけて韓国への揺さぶりを模索し、実利外交のバランスは早くも試験台に乗った。