昨年11月30日、映画評論家の町山智浩氏と片渕須直監督が、テアトル新宿での上映後トークイベントにて初対面。壇上で30分間話し続けた二人だが、まだまだ語り足りずに、バーへと移動して無観客の延長戦へ。前回、監督の過去の作品と映画『この世界の片隅に』のつながりについて語った町山氏は、さらに核心へと迫る……!
※この記事は「漫画アクション」2017年2/7号に掲載されたものです
町山 そもそもなんですが、監督がアニメーションを目指されたきっかけは何でしょう?
片渕 元々は、実家が映画館だったというのがあって。さっき話に出た※1『空飛ぶゆうれい船』なんかよりもっと前、※2『わんぱく王子の大蛇(おろち)退治』っていう作品を見たのを覚えてるんですよ。1963年の前期、3月とかで。その時、自分、2歳7ヵ月なんです。
町山 東映動画黎明期の大作ですね。でも2歳で!
片渕 途中から見たのを覚えてるんですよ。いきなりクライマックスで。そこの作画をやってたのが、さっき言ってた※3『狼少年ケン』の※4月岡貞夫さんと、後に仕事始めてお世話になる※5大塚康生さん。大塚さんは、宮崎駿さんが監督の※6『未来少年コナン』の作画監督をやっていたんです。僕は宮崎さんの名前を当時あまり知らなかったんだけど、大塚さんの名前は知っていたんです。それで、大塚さんがやるんなら見ようって思って見たら、さっきの『わんぱく王子の大蛇退治』にすごい近いものを感じた。自分の人生の最初の記憶と、高校3年生の18歳が直結しちゃった訳なんですね。その時に、この仕事もありかなって。
町山 ちなみに実家はどこの映画館だったんですか。
片渕 大阪の枚方です。駅前にありました。
町山 東映の映画館だったんですか?
片渕 東映、大映、松竹、日活が入ってたんですよ。
町山 家の手伝いでフィルムを運んだりされました?
片渕 いや、僕が子供の頃に廃業しちゃったので。祖父がやってたんです、母方の。その家に父親も、いわゆるマスオさん状態で入ってまして。「東映がヤクザ物に転換したのが納得いかん」って言って、怒ってやめちゃったんですよ。「ワシが興行を戦前からやってて、どれだけヤクザにいじめられたと思ってるんだ」「その人間がなんでヤクザを賛美する映画を映さなければならないのか」って言ってましたね。
町山 昭和38年、1963年ですよね、東映が任侠路線に行ったのは。
片渕 そうなんですよ、そのあとにやめちゃったんですよ。
町山 東映動画の『空飛ぶゆうれい船』は1969年ですよね。
片渕 そう、だから『空飛ぶ~』はその時、観れてないんですよ。
町山 では、どこでご覧になったんですか?
片渕 大学に入ってからですね。そこは穴だったんですよ。
町山 僕は子供の頃に丸の内東映で見ましたね、※7「東映まんがまつり」。その前に※8『サイボーグ009』があったかな。
片渕 そうですね。"009"2本やりましたね。※9"怪獣戦争"。
町山 その前に※10『少年ジャックと魔法使い』があって。
片渕 その辺までは全部見てたんですよ。
町山 『少年ジャック~』や『空飛ぶゆうれい船』は、それまでの東映動画の作品に比べると、低予算でしたよね。動画ではなくストーリーで勝負する、みたいな。『空飛ぶ~』の市街戦シーンは宮崎駿さんが20代で担当してたそうですが。※11『長靴をはいた猫』のあとでしたっけ?
片渕 そうですね。宮崎さんは『長靴~』で持ちカット数が多かったんで、『空飛ぶ~』には割と後から入ってるみたいですね。
町山 アニメーションは予算で動きが決まりますね。お金があれば動きが細かくなる。『長靴~』はものすごく動くのに、『空飛ぶ~』はほとんど動かない。「東映まんがまつり」になってから、予算が削られていくようですね。
片渕 大作路線なんだけど、本当にマスターピースと呼べる作品が少なくて、それがちょっとがっかりしちゃうんですよね、今から見ると。と言いつつ、子どもの頃観てすごく記憶に残ってるものばっかりなんだけど、特に僕が影響受けてるのは実は、これはBクラスだろうと今は思うやつだったりする。
町山 例えば?
片渕 『少年ジャックと魔法使い』のオチとか。
町山 そうなんですか! 『少年ジャック~』は、はっきり言ってアニメーションとしては、動きなどに非常に問題があるんですが、物語が強烈なんですよね。
片渕 ある機械があって、上から入れると下から悪魔が出てくる。
町山 魔法使いの女の子が少年ジャックを誘惑しようとするんですけども、好きになっちゃうんですよね、お互いに。
片渕 最後ね、機械が逆転して、下から入れたら上から出てきて普通の女の子になる。あれが良かったんだよね。
町山 さらわれた女の子が、悪い魔法使いによって使い魔にされてたわけですが。
片渕 あれがね、実は大事なのは、子供ってアイデンティティが不完全なんで、不安なんです。自分が自分でいられなくなることに。さらわれて違う人にされちゃう話を観た僕は、不安に襲われた。それが※12『アリーテ姫』とかに影響してるんですよ。
町山 そうなんですか! うわー! 僕、DVD出た時わざわざ買ってますよ、『少年ジャック~』。子供の頃、本当に怖かったんですよ。
片渕 そのトラウマのところを拾って、『アリーテ姫』を作ったんです。
町山 そうなんですか! それでわかりました、僕が『この世界の片隅に』にものすごい衝撃を受けたのは、原体験でつながっていたからだ(笑)。不安が同じなんですね。
片渕 そうだと思いますよ。すごい近いトラウマを持っていますよね。
町山 僕、『トラウマ恋愛映画入門』という本を出した時に、序章を、生まれて初めて観た恋愛映画として『少年ジャック~』の話から始めたんですよ。子どもの頃に最初に衝撃受けた映画だから。
片渕 東映のやつはね、みんなトラウマにつながる。『サイボーグ009』の003がブラックゴーストにつかまって、逆改造されて敵になっちゃったのありましてね。ああいうのばっかりなんですよ。
町山 ありましたねー!
片渕 なぜか知らないけど、別人にされちゃうってパターンがすごい多くて。
片渕 そうそう、僕はそれが怖かったというか、自分が別のモノにされちゃう恐怖がある。
町山 子供心には怖すぎるんだけど、だから忘れない。なるほど、『アリーテ姫』が理想のお姫様に洗脳される展開は、あの頃の東映動画が原点という訳ですね。
片渕 そうです、そうなんですよ。
町山 アンデルセン童話も、そういうの多くて本当にイヤですよね(苦笑)。『雪の女王』なんて、その代表格なんですけど。『アナと雪の女王』は原作はアンデルセンの『雪の女王』とクレジットされているんですが、全然違うじゃねーか!(笑) アンデルセンの原作のイヤ~な感じを、そのまんま映画化した同タイトルのアニメがありましたね。
片渕 ※14ソ連のアニメですね。ゲルダという少女が主人公の、これまた自分にはものすごくイヤな話。
町山 幼なじみで仲良しの男の子と女の子がいるんですけど、男の子が突然邪悪な人間になっていく。雪の女王の魔法にかかって。美人の女性(女王)を好きになって、素朴な女の子(ゲルダ)を捨てていくという、
※15『木綿のハンカチーフ』みたいな話。
片渕 その心変わりを説くんですよね。
町山 ゲルダが彼を助けるためにずっと追って行くんですけど、すごい傑作で、いろんな日本のアニメーターに影響を与えてますもんね。『太陽の王子~』も恐らく影響を受けてますよね?
片渕 たぶん受けてますね。
町山 後味は悪くないんですけどね。みんな一応ハッピーエンドだし。
片渕 なんかね、フワフワする不安感が、怖いんですよね。実は、のんちゃんを見てても怖くなる。
町山 えぇ!? なんでですか?
片渕 役を演じるからですね。
町山 別の人格になるから……?。
片渕 そうそうそう。それって怖いんですよ、見てて。役者は実は、みんな怖いんですよ。役に入り込んでというか、すずという人間を感じ取って、別の人になる。
町山 そもそも、彼女をすず役に選んだのはどうしてですか?
片渕 すずさんってどんな声してるのかと考えている時期に、テレビでいろんな女優さんとかの声を聞きながら、これはちょっと違うねとか、これはギリギリありかもねとかって、スタッフと話してたんです。それで、「あまちゃん」を見た時に、すずさんの声にいいねぇって思って、段々と彼女の声がすずさんだ、ってなっていって。
町山 やっぱり「あまちゃん」でしたか。
片渕 「あまちゃん」が始まって間もない時期に、アニメ化の企画を本気で考えてたくらいなんです。その時、いつもあのオープニングで堤防の上を1人で走ってるから、ユイちゃん(橋本愛)と2人で走ってる絵を作ろうって言ったら、最終回で本当にその絵が出てきたんで、ちょっと何か、あまりにもシンクロしてビックリしました。僕はあのドラマはすごい好きだったんですけどね、割と最近になって気がついてみたら、最初から彼女がすずさんでいけるのかどうか、って思いながら見てたのかもしれない。
町山 普通、アニメの声優のクレジットは最後に名前が出る場合が多いですが、今回は堂々〝のん〟と実写の主演女優扱いでクレジットされて、完全に女優の映画になってますよね。
片渕 そこはハリウッド映画みたいに、役者さんの名前から入りたいなと思ってますよ。主演が誰になろうとそうしようとは思っていたんだけど、彼女の名前が出たときに、やっぱちょっと自分でもジーンと来ましたね。
町山 スターの映画ですね。観終わった後は完全に、これは彼女の映画なんだと思いました。
片渕 彼女は女の子のファンも多いですしね。なんだかフワフワやわらかい感じがあって。そのフワフワしてる感じが、僕は好きなんですが。
町山 『この世界~』を観た現代の若い女性たちは、70年前の女性を自分の友人のように身近に感じると思います。※16『マイマイ新子と千年の魔法』も、1950年代の少女たちが、千年前のお姫様を身近に感じる話だから、非常に似ていますね。
片渕 似てます、似てます。新子ちゃんの時に、僕らが千年前の女の子をイメージしたようなことを、"この世界の片隅に"すずさんがいるかのように、映画としてやりましょうということですね。今の呉と当時の呉が、この世界で二重写しに見えるみたいに。
町山 「千年前にこの道をお姫様が通ってたのよ」と言うと、牛車がオーバーラップするシーンですね。やっぱり『アリーテ姫』『マイマイ~』『この世界~』には三部作感があります。テーマ的にも、モチーフも全部つながりがあって、共有する部分が幾つもある。
片渕 そうですね。
町山 『マイマイ~』がすごいと思ったのは、アニメーション映画のダイナミックなクライマックスを持ってこないという展開そのもの。それこそ、宮崎駿監督やピクサー・アニメの構成だと、話をどんどん盛り上げていって、最後はアクションで頂点に達するわけですが、それをせず、スーッと進んでいく。あれはすごく、商業作品としては難しいとこですよね。
片渕 難しいとは思います。でも、あれで良いって言ってくれた人が、それなりにいたのは良かったですね。
町山 『アリーテ姫』も中盤過ぎて……後半3分の1で初めてアクションが始まる。
片渕 そう、魔法が解けてから。
町山 それでも大丈夫なんだという意識がありました?
片渕 いや、そこは今思うと稚拙なのかもしれない。要は、アリーテ姫が無為に過ごす長い時間の無為な感じを、そのままお客さんにも体験してもらおうと思っちゃったんですよ。
町山 それが前半のゆったり感なんですね。
片渕 無駄な時間を過ごして、それを乗り越えてなお子供の心のままいられればいいのだ、と。それで、元の人格を取り戻してからのアリーテ姫は、ものすごく細かく動きまくるんですよ。
町山 あそこでガッと動き出す。最後の最後で。
片渕 そこは一応計算したつもりなんだけど、そのバランス自体はちょっと自信過剰なところもあったりして。
町山 『この世界~』は、冒頭からものすごいスピードでダダーっと進みます。平穏な日常がすごいスピードで進んで行く。
片渕 ある一日をピックアップする、毎日毎日が過ぎ去るって、そういう感じですよね。
町山 なるほど。あっという間に毎日が過ぎ、やがて空襲が来て日常が破壊され、その悲劇にも立ち止まらずにどんどん進んで行く。米軍機がなぜ時限爆弾を落としているのかも、わざわざ説明しない。あれは救出活動とか、消火活動を妨害するためですよね。すごい陰湿なことをする。
町山 すずさんと晴美ちゃんが歩いていくところですね。
片渕 戦後の航空写真で見たら、本当にあの場所だけ塀が欠けてるんですよ。
町山 塀が欠けて爆撃されて炎上する工廠が見える部分ですね!
片渕 はい。そこに爆弾落ちたとかって話ではないんですけどね。こうの史代さんが映画になるよりずっと前に、呉の大きな観光ポスターを描いているんです。あの辺の道越しに、大和を建造したドックの絵を描いたんですけど、そこにちっちゃく、晴美さんの姿がなぜか現代の風景の中に描かれてあるんですよ。
町山 観光ポスターに!
片渕 それが、そのコンクリートの塀が壊れたところから見える、下の道なんです。
片渕 元々、こうのさんも僕も位置的には同じ辺りをイメージしていたんです。そしたら、本当にそこのコンクリートが欠けていたんで、逆にビックリしたんですよね。
町山 こうしてお話を聞いてわかる部分があり、それを確かめるためにもう一回観ると、きっとまた新しい疑問が出る(笑)。いや~、今日は本当にありがとうございました。
片渕 こちらこそありがとうございました。
町山 いろんなお話をお聞きしたかったので、全部聞けて良かったです(笑)。
第4回は6/8(木)更新予定です!
※1=1969年公開。石ノ森章太郎の冒険ファンタジー漫画『ゆうれい船』が原作。
※2=1963年公開。日本の神話を題材にした、アニメ映画の名作。死んだ母親がいるという黄泉の国を探しに、幼い王子・スサノオが冒険の旅へ出る物語。
※3=1963年〜1965年にかけて放送されたテレビアニメ。東映動画のテレビアニメ第1作。月岡がキャラクターデザインや原作を担った。
※4=1939年生まれ。東映動画と虫プロで多くの作品に関わり、日本の商業アニメの発展に寄与したアニメーター。
※5=1931年生まれ。東映動画の一期生であり、高畑勲、宮崎駿らの先輩。『ムーミン』『ルパン三世』『じゃりン子チエ』などで作画監督を歴任してきた、日本を代表するアニメーターの一人。
※6=1978年4月〜10月にかけて放送。宮崎駿が初監督を務めたテレビアニメシリーズ。
※7=アニメや特撮などの子供向け映画を数本まとめて夏休み、春休みなどに興行していた。
※8=石ノ森章太郎原作。1966年公開。
※9=『サイボーグ009 怪獣戦争』1967年公開。
※10=1967年公開の東映動画10周年記念作品。「東映まんがまつり』内で上映。恐ろしい魔女に立ち向かうジャックの奮闘を描いた冒険アニメ。
※11=1969年「東映まんがまつり」のうちの一作として公開。
※12=2001年公開。自由を求めてお城を抜け出すお姫様と魔法使いの物語。
※13=1968年公開。宮崎駿、大塚康生が製作を手掛け、高畑勲が監督を務めた東映動画を代表する一作。
※14=1957年、ソ連で製作された長編アニメ。
※15=都会と地方の遠距離恋愛をうたった、太田裕美の1976年度のヒット曲。
※16=2009年公開。昭和30年の山口県防府市を舞台に、二人の少女を中心に描いた物語。