「漫画アクション」2017年1/5号より4号にわたって掲載された、映画評論家の町山智浩氏と片渕須直監督のスペシャル対談を毎週一回更新で特別公開いたします!

※この記事は「漫画アクション」2017年1/19号に掲載されたものです。

【第2回】

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町山 何で僕がこんなに『この世界の片隅に』(以下、『この世界~』)を応援したくなるのか、今日、監督とお話ししていてわかったんですよ。
監督 ええ。
町山 僕が人生で最初に衝撃を受けたアニメは小学校一年生の頃に東映まんがまつりで観た※1『空飛ぶゆうれい船』(69年)なんですね。※2池田宏監督作品で、宮崎駿さんもスタッフで関わっている。で、池田監督が、片渕監督の日大映画学科時代の恩師だと知って、日常に突然、戦争が割り込んでくる恐怖の原点は『空飛ぶゆうれい船』だなあ、と。
監督 あ、そうですね。池田先生は※3ロベルト・ロッセリーニだとか、当時のドキュメンタリーに興味を持った学生時代をすごされていたらしくて。でも、そういうお話を直にうかがうようになったのは最近になってからですね。
町山 それ以降、いろんな日本のアニメを見て来ましたが、そのなかに片渕監督が参加していた作品もありました。それがみんな『この世界~』に全てつながって来る感じがしたんです。たとえば監督が参加されている※4『大砲の街』では大砲、※5『うしろの正面だあれ』では焼夷弾の恐怖が描かれていますよね。
監督 『うしろの正面だあれ』は、(1945年)3月10日の東京大空襲が描かれているんですけど、作っていてその日のお天気がよく分かんなかったんですよ。2月25日が、全国的大雪なんですね。それで、その後溶けてんのかな、とかいろいろ考えてましたね。

第25回(20年2月)、朝日町から北條家に帰るいつもの道に雪が積もっている
町山 あー、実際の天候を調べるのはそれが原点!
監督 『この世界~』では「今年の冬は雪が多て春が待ち遠しかった」というセリフがある。あれが、2月25日の大雪なんですよね。
町山 広島であんなに雪が降るなんて。
監督 あれ、全国的に雪降ってるんですね。東京も降ってますしね、あの日は。いや、あの年はとにかく2月は雪ばっかりで、広島もほとんど毎日のように雪降ってて。
町山 瀬戸内って雨もそんなに降らないところなんですよね。これに限らず、鳥や草花なんかもテーマと密接に絡むように描かれていますが、これも片渕監督の過去の作品からずっと連なって来ているもので、いきなり出てきた訳じゃない。
監督 僕も今まで仕事でやってきたことだけじゃなくて、人生の中で色々あったことが、何か本当に、この作品の一点を目指して、いろんなことが重なったような気がしています。子供の頃から飛行機好きだったとか、それこそ「あまちゃん」見てたとか(笑)。
町山 そうですよね(笑)。
監督 みんな重なって、この一点で結実しろって言われてるみたいな感じはしていました。なので、この作品は何とかきちんとモノにしたいなっていう意志が結構ありましたね。
町山 今年(2016年)はアニメ映画が次々にヒットしていますね。『君の名は。』も中国で大当たりしている。『この世界~』は中国で公開されないんでしょうか?
監督 プロデューサーの真木さんの話だと、(1年に)日本から持っていける映画の枠が決まっていて、そこに入れるか入れないかというのがあるみたいですね。
町山 中国で日本製の実写映画は年間2本くらいという枠があるんですよね。ただ、アニメは別枠なので、『ドラえもん』などが公開できている。
編集部員 『クレヨンしんちゃん』も今年初めて中国で公開されました。
町山 えっ、大丈夫なんですか、チンチンとかお尻とか出てきて(笑)。
編集部員 中国の子供たちは大笑いしてたみたいです。
町山 それがアメリカはそこで引っかかって、『しんちゃん』は深夜に放送されたんですよ。大人の番組として(笑)。

観るたびに新しい発見がある映画

町山 『この世界の~』はリピーターの方が多いですよね。
監督 最近の映画でヒットしている作品はみんなそうですよね。『君の名は。』も『シン・ゴジラ』も『ガルパン(ガールズ&パンツァー)』もみんなリピーターがいないと成立しないというか。やっぱり、セリフを全部理解するのがすごい大変というのがありますよね。
町山 たとえば「〝録事〟というのは6時に帰ってくるからロクジ」というセリフは早口なので、1回目観た時は聞き取れませんでした。原作にあるセリフではありますけど。

憲兵が来たあとで笑う周作
監督 原作をよく読んでないと分からないですよね、何言ってるんだか。
町山 周作さんの録事という仕事についての説明もしてませんよね。あれは、裁判記録官ですか?
監督 検察事務官みたいなものですよね。今でも検察事務官っていうと、どっちかと言えば捜査とか調査に関わるじゃないですか。そういうことで言うと、半分警察みたいな位置づけなんですよ。だから、周作さんは軍属だけど、ずっと制服を着ているのは、そういう公権力の執行者だからなんです。
町山 そうなんですか。彼は兵隊さんに対して、引け目を感じているところも描かれていますよね。
監督 ええ。軍属っていう立場だと、もっと色々な種類の仕事があるんですけどね。録事はその中でもちょっと違うみたいですね。海軍監獄の看守のような任務もあって、そういう種類の仕事は、制服着なきゃダメなんですよ。単純に事務官というよりは、取調官に近いみたいですね。
町山 検察官に近い立場なんですね。
監督 そうですね、検察官の助手みたいな感じだと思えば。実際にね、こうの史代さんのご親戚に録事だった方がいたんですよ。僕が海軍の資料を調べていたら、昭和20年の5月15日付の辞令公報が出てきて、そこにそのご親戚のお名前を見つけたんです。コピーしてこうのさんにお渡ししたら、それを見たご本人が同期の友人の名前もみんな並んで載っているのを見て、すごい喜んでくれた、って教えてくれました。
町山 すごい話ですね。
監督 ちなみに、5月15日というのは周作さんが法務兵曹になった日です。周作さんがギターを持っているのも、その方が実際に持っていらっしゃったからです。そういう感じで『この世界の片隅に』という漫画の中の話が、外側にもはみ出てくる瞬間があって。現実の方に。
町山 やっぱり一回じゃ理解出来ない。観るたびに必ず新しい発見、感動があるから何度か観るべき! リピーターの人たちは、みんなそれぞれに自分なりの発見をして、楽しんでいる。伏線の張り方がすごいからでしょうね。最初にお嫁入りの時に着てた着物を、最後に売るわけですが、あれ、普通は気がつかないですよね。宇多丸くんが気づいて、ラジオで言ってたんですけど。
監督 でも、見てもわかんないような部分ってあるんですよね。絶対に映画の中だけだと理解出来ないことがいっぱいあるので。
町山 原作ではもっと詳しく書かれているりんさんと周作さんの関係などですね。それは後ほどお聞きしたいと思います。その他には当時の家族制度もわからないですよね。嫁の立場とか。ちょっとお年寄りの人に聞いたりすると、世代を超えた会話ができると思うんですが。すずさんが妊娠したと思いきや、思い過ごしだったってなりますけど、最後に子供を引き取るところでちゃんと回収されている。あそこもたぶん、妊娠は勘違いだったという話自体がわからない人も多いと思うんですよね。
第31回(20年5月)、三ヵ月家を空けることをすずに告げる周作
監督 そこは今回カットしているせいもありますね。
町山 そうなんですか。あれぐらいの感じが良いと思いましたけど。
監督 本当は妊娠してなかったことを、グチグチグチグチ言う場面があるんですよ。のんちゃんが、あそこの芝居をやりたいやりたいって。あそこが面白いのに、って。
町山 そこで省略された部分についても、後ほどお尋ねしたいです。そういう大胆な省略によって、テンポがものすごく早くなっていますね。
監督 それはやっぱり、内容の量に比べて尺が2時間って定められちゃうと、どうしても展開早くなっちゃいますよね。
町山 最近は展開が異常に早い映画が増えてるじゃないですか。※6『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とか。これは偶然なんでしょうか。
監督 例えば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、※7『アリーテ姫』の影響があると思うんですよね。ジョージ・ミラー監督、見てるんじゃないかな。何でかっていうと、あの流れ星もそうだし水が湧いてくるところもなんですが、途中で、主人公が脱出できるのに、急に反転して戻って来る場面があって。全く一緒なんですよ。主人公の動機が途中で180度方向転換する。その流れが一緒で。
町山 もともと〝怒りのデス・ロード〟って、日本のアニメーションのスタッフを使ってアニメにする予定だったんですよね。
監督 そうそう、だから日本のアニメーションをいっぱい参考にしてるんじゃないかなと。『アリーテ姫』は効果的に機能出来てたんじゃないのかなって気がしたりして。
監督 水を支配している魔法使いが※8イモータン・ジョーということですね(笑)。
監督 試しにちょっと聞いてみたいですよね。本当に見てるかどうかって。
町山 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、どうしても2時間に収まらなかったので、ほとんどすべてのシーンをコマ落としで倍速にしたという。
監督 『この世界~』も割と同じようなところはありますね。倍速にはしていないけど、次のシーンのセリフを前のシーンにくっつけて早出ししたりとか。そうしないと収まらないというのは、始めからわかっていたので。
町山 それはもう、収めるためだけを考えて?
監督 そうですね。
町山 『シン・ゴジラ』も異常にテンポが早い。
監督 あれも結構撮ってますもんね、編集用の映像素材としての物量的には。
町山 そういう圧縮的な世界になってきてるんでしょうね。昔、マーティン・スコセッシの※9『グッドフェローズ』を見た時に、こんなに圧縮したテンポでぶっ飛ばしていいのかって思ったんですけど、今はそれよりも先に行っている感じですよね。『この世界~』は各シーンをじっくり見せながらも、スピード感があって、両立しているのがすごい。
監督 2時間以上あるとは思えないですよね。
町山 体感時間が短いんです。エンターテインメントの質も色々なのが入っていて、コメディだったり、夫婦のイチャイチャだったりバラエティに富んでいて、一つのジャンルじゃない。多面的なんですよね。
監督 こうの史代さんが2年にわたって連載し、毎回、工夫を凝らして描かれたものを2時間に圧縮したからというのがありますね。本当はその時々のテーマで描いてたことが、圧縮したことで全部一緒くたに出てくる。
町山 雑誌連載時は作中の年月(昭和)と掲載号の年月(平成)をちゃんと揃えてたっていうのも、すごい実験ですね。こうのさんが元々、連載時に相当下調べして描いていると思うんですが、それをベースに、監督は何度も呉に通ってさらに調べ尽くしたそうですが、女性たちがみんなかわいいワンピースを着ているのも、事実なんですよね。
監督 そうなんです。例えば、原爆で亡くなった方の衣服を平和記念資料館で保存してあるんですけど、昭和20年の8月6日にかわいいワンピースを着てるんですよ。下だけひょっとしてモンペだけはいてるかもしれないけど。でも、あれは本当に見ていて痛々しかったですね。
町山 オシャレしちゃいけないっていう風潮かと思っていました。
監督 いや、それよりも衣生活簡素化っていう政府方針が出てて、むしろ衣服は新しく作れなかった。
町山 つまり、既にある物はいい、ある物を着ろと。
監督 そうそう。だから国民服もね、初めは軍服の代わりになるだろうってカーキ色にしてたのを、紺色でも何色でもいいって言ってたんです。
町山 そうなんですか。
監督 海軍の人は冬は家の中でコートを着てて良いということにもなった。つまり、ウォーム・ビズ、クール・ビズを推奨してるんですよ。本来は部屋の中でコートを着てたら、軍律からいってもおかしいじゃないですか。でも、それは構わないと。それぐらい、ある物でなんとかしろという状況だった訳ですね。
町山 何度も出てくる蔵(三ツ蔵)は実在してるんですよね。
灰ヶ峰の北條家から朝日町に行く途中の道にある三ツ蔵
監督 今でもそのままの形で残っています。
町山 朝日町に行く目印として使われていました。
監督 坂を降りた先を左に行くと遊郭があったんですよ。できるだけ、実在するところは出しています。そうすると今(呉に)行っても、そこから先の空想が広がるかなって。
町山 "楠公飯"(なんこうめし)も実際食べたんですか?
楠木正成公が喜んで食べたという、飯の炊き方
監督 食べましたよ。毎年やってたんですけど、さすがに今年はできませんでしたね。来年また5月にイベントでやりますよ。
町山 楠公飯は炒り米をたくわけですが、そういえば、『マイマイ新子と千年の魔法』でも、米をポップコーンにした"バクダン"を作ってますね。
監督 ポン菓子。あれも吉祥寺の街中で実際にやったんですよ。ポン菓子屋さんに来てもらって。当時、吉祥寺バウスシアターで上映する時に、派手になるだろって言って、ドーンとやったんですよ。
町山 どちらも米を膨らますもの。
監督 基本的には同じですからね。
町山 楠公飯って、結局はカスカスになっちゃうんですか?
監督 カスカスになったところに水を吸わすんです。
町山 うわー、やっぱり味がなさそうですねえ。
監督 焦げてる、香ばしい分だけ食べやすいですね。永谷園のお茶漬け海苔に入っているアラレをほどほどにふやかしたやつをいっぱい食う感じです。
町山 水分でお腹だけはいっぱいになる(笑)。
監督 そんなにまずくはないですよ。特にあったかい時はおいしいです。水じゃなくてミルクとか使うと、オートミールみたいになっておいしいんじゃないかな。砂糖とか塩入れて食べると、意外とそんなまずくないんですよ。
町山 それで思い出しましたが、クラウドファンディングの名簿の下でリンさんがアイスクリームを食べている様子が映っているのが素晴らしいですね。
監督 あれ、でも謎なんですよ。時系列が一致しない。誰かが見てる幻なんです。あれを事実だと思うと、落とし穴があるんです。
町山 あれは、誰が食べさせに連れてってくれたんでしょうね?
監督 遊郭の人が、あれで釣って、働けってことでしょうね。
町山 キャラメルも出て来ますが、あれは食べたくなりますね。
監督 キャラメルもチョコレートも森永なんです。タイアップして欲しくて。
町山 幸せの象徴として出てきますから、良いんじゃないですか。
監督 『(ルパン三世)カリオストロの城』の時の、フィアットのような(笑)。
町山 あの頃は、あのフィアットは作り続けてない時代。
監督 (フィアット)500はね。
町山 そもそもなんですが、監督がアニメーションを目指されたきっかけになった作品とかってあるんですか?

二人のトークは終わる気配を全く見せず、 今号だけでは収まりきらないため……次号へ続く!

第3回更新!

※1=1969年公開。石ノ森章太郎の冒険ファンタジー漫画『ゆうれい船』が原作。
※2=1934年生まれ。日本アニメ黎明期に演出家として活躍。日大芸術学部映画学科卒業、後に講師を務める。
※3=1906年生まれ。イタリアの映画監督。娯楽映画のほか、政治性の強い映画を作ったネオレアリズモの巨匠。
※4=1995年公開。大友克洋が監督の短編。片渕監督はスタッフとして参加。
※5=1991年公開。太平洋戦争中の東京の下町を舞台に、当時の暮らしを丹念に描いたアニメーション映画。片渕監督はスタッフとして参加。
※6=2015年公開。27年ぶりに製作された、ファン待望のシリーズ4作め。町山氏が最大級に絶賛している作品。
※7=2001年公開。自由を求めてお城を抜け出すお姫様と魔法使いの物語。
※8=「怒りのデス・ロード」に登場する、武装集団の首領〝不死身の顎〟。
※9=1990年公開。1955年から80年のニューヨーク・マフィア界で生きた男の実話を描いた作品。

映画『この世界の片隅に』
原作:こうの史代 監督:片渕須直 主演声優:のん
ロングラン上映中!!

片渕須直 かたぶちすなお

1960年生まれ。TVシリーズ『名犬ラッシー』で監督デビュー。代表作に『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』など。

町山智浩 まちやまともひろ

アメリカ在住の映画評論家、コラムニスト。「週刊文春」「映画秘宝」など連載多数。近著に『さらば白人国家アメリカ』(講談社)がある。
漫画アクションにて連載された映画コラムをまとめた1冊!

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