実機を見て考えた「HomePod」がAmazon Echoより高い本当の理由

HomePod

アップルのスマートスピーカー「HomePod」。2017年末に、アメリカ・イギリス・オーストラリアで販売開始。日本は来年以降。残念ながらハンズオンは展示のみで音質までは確かめられなかった。

アップルは6月5日から、米カリフォルニア州サンノゼで年次開発者会議「WWDC」を開催中だ。その基調講演ではさまざまなニュースが語られたが、中でも、年末に向け大きな注目を集める新製品の1つとなるのが「HomePod」(349ドル=約3万8000円)の発売だ。

現在、アメリカ市場を中心に「スマートスピーカー」というジャンルがヒットしている。メインプレイヤーはアマゾンとグーグルだが、そこにマイクロソフトも参入を決めている。そしてアップルも、HomePodで年内に参入することになる。日本ではLINEも今夏に製品投入を発表しており、国内でもホットな領域になりそうである。

同じ「スマートスピーカー」ではあるものの、戦略を分析してみると、市場のリーダーであるアマゾンとアップルとでは、取り組み方に大きな差があるのがわかってくる。

アップル参入で「クラウドとAIの巨人」4社が激突

スマートスピーカーという製品は、簡単に言えば、オンライン接続能力を持ったスピーカーのことだ。ただし、単に音が鳴るだけではなく、マイクを搭載していて、こちらの言うことに答える。

音声で「今週のヒット曲をかけて」「ビートルズをかけて」と言えば、その内容を認識して再生する。ネット上のカレンダーサービスと連携することで、今日の予定を教えてくれたりもする。アプリを入れれば、ピザの注文やタクシーの配車、ちょっとした買い物もできる。スマートフォンと連携して操作できる照明や監視カメラ、エアコンなどがあれば、その操作を声で行うこともできる。

この技術は、スマートフォンとクラウドの応用技術なので、両方のノウハウを持つ企業なら開発は難しくない。一番のハードルは音声認識精度であり、元々そのノウハウと開発能力がないところには作れない。アマゾンやグーグル、マイクロソフトにアップルといった「クラウドとAIの巨人」はその条件を満たしており、だからこそ、このジャンルでも激突することになった。

トップを独走するアマゾン、日本ではまずグーグル対LINEか?

現在、アメリカではスマートスピーカーが急速に普及し始めている。最初に製品化したのはアマゾンで、現在のシェアでも他を圧倒している。米Business Insiderが昨年12月28日付の記事で伝えたところによれば、アマゾンのスマートスピーカー「Echoシリーズ」は、2015年に240万台、16年にはさらに520万台が販売されたという。

アマゾンはEchoを支える音声認識技術の「Alexa」を積極的にライセンス提供しており、Echoと同じようにAlexaが搭載された機器は、すでに1000種類以上あると言われている。グーグルの「Google Home」などはまだEchoの数分の1しか売れていない、という情報があり、スマートスピーカーというジャンルそのものはアマゾン一人勝ちの様相である。

Google Homeの公式プロモビデオより

グーグルは、Google Homeの中核技術に「Googleアシスタント」を使っている。日本語版のAndroidにも、先日より提供が開始され、今後はテレビ向けにも提供される予定だ。Android TVをOSに採用するソニーは、「グーグルが提供を開始すれば、テレビの側ではすぐに使える用意ができている」と話す。アマゾンは日本語化の予定を公表していないが、グーグルは年内にGoogle Homeを日本市場に投入する予定。そのため、日本ではLINEが提供を予定しているスマートスピーカー「WAVE」と、Google Homeがまず国内市場に出てくることになる。

マイクロソフトのスマートスピーカー

マイクロソフトは、5月にシアトルで開催した開発者会議「Build 2017」にて、Windowsを使ったスマートスピーカーを公開した。マイクロソフトは現在、HPやレノボ、Harman Kardonなどのパートナーと共にスマートスピーカーを作り、デモも行っているが、製品を市場に投入する時期は公開していない。

そんな中、アップルは「クラウドとAIの巨人」の一人として、この年末にHomePodを投入する。ただし、まずはアメリカ・イギリス・オーストラリアという英語圏に限られ、日本語など別の言語へは来年以降に対応することになる。

HomePodはAmazon Echoより1万円以上高いのはなぜか

HomePodとEchoは同じスマートスピーカーだが、非常に特徴が異なる製品になった。一番違うのは価格だ。Echoシリーズはとにかく安い。一番安価な「Echo Dot」は、きちんとしたスピーカーを外付けにする必要はあるが、わずか50ドル(約5500円)だ。一般的な高い方の製品でも180ドル(約1万9700円)。ディスプレイ付きでビデオ通話が出来るハイエンドモデル「Echo Show」ですら230ドル(約2万5100円)でしかない。

対してHomePodは、349ドル(約3万8000円)もする。同じ機能のものとしてはかなり強気な値段だ。この事実は、アマゾンとアップルのアプローチの違いを示している。どういうことなのか?

スマートスピーカーは音声エージェントによる操作が注目されるが、別に「AIがすごいから売れている」わけではない。むしろ、そうした要素は付随的なものだ。

アップルのHomePod公式動画より。

意外かもしれないが、スマートスピーカーが売れている理由は、まずなにより「音楽」にある。欧米の音楽消費は、すでにダウンロード販売ですらなく、オンラインによるストリーミング配信が中心になっている。それらをリビングなどでリラックスして聞くためには、BluetoothやWi-Fiで接続する無線スピーカーが必要になる。

この需要に刺さっているのがスマートスピーカーだ。スマートスピーカーは単体でネットにつながるので、スマホを操作する必要がない。声で操作もできて気軽だ。それが百数十ドル程度で手に入るから、「音楽のために使えればいい」という人がまず買い、さらに「AIで便利に使えればそれもうれしい」……という相乗効果で売れているわけだ。

アマゾンとアップルの「売り物の違い」

一方で、スマートスピーカーはアマゾンやグーグルらサービス提供企業側の世界で見れば「プラットフォーム」でもある。音声での応答能力は、たくさんの事例が集まるほど学習が進み、適切な回答になりやすい。また、音声応答用の「アプリ」の市場もあって、そこをビジネスにするには数の力が必要だ。

アマゾンは、自社の有料会員「Amazon Prime」のユーザーには割引きやコンテンツを用意し優遇している。アマゾンにとってEchoは有料会員への導線であり、スマートスピーカー市場へと「数」を呼びこむ武器でもある。だから、ハードの価格は「損をしない」程度でいいと割り切る。

しかしアップルは違う。アップルは、(違和感を感じる人もいるかもしれないが)今も昔も「ハードウェアの販売」で成長している。サービスとソフトは、ハードを魅力的にするための道具である。だから、少々価格は高いが魅力のある製品を作って売る、というアプローチを採る。

HomePodの場合、魅力を訴求するのはまさに「音楽」であり、「音質」だ。スマートスピーカーは「カジュアルに聞くにはいいが、音質にはそこまでこだわっていない」というレベルなのが実情だ。例えば、壁際に置いた時の音の反響や音の広がりまで考えて作られているかというと、必ずしもそうではない。

だがHomePodでは、周囲の環境や音楽を聞く人の位置を把握した上で、最適な音を鳴らすようになっている。しかも、2つ同時に使えばよりステレオ感のある音になる。

HomePodの動作概念

WWDC2017の基調講演より。HomePodは壁との距離や聞いている人の位置を把握し、最適な音場になるようコントロールする。

専門的な話になるが、これは複数のスピーカーを組み合わせて「音の位相」を調整することで可能になる。ホームオーディオ向けでは、正面だけのスピーカーでサラウンドを実現するサウンドバーと呼ばれる機器で使われることが多いが、HomePodではそれに似た仕組みを、通常の音楽のために使う。そのためには、かなりインテリジェントな仕組みが必要だ。

また、音声認識などのAIも、アップルはアマゾンらと違い、クラウド側へのアップロードはせず「機器内」で処理する。そのため、アマゾンやグーグルのやり方に比べると、どうしても高い処理能力を必要とする。アップルはプライバシーを重視するためにこのローカル処理を選んでいるのだが、そこがハードウエアのコストにも関係してくる。

アップルとしては、音質というベースの部分を改善し、スマートスピーカーにとって底堅いニーズである「音楽」そのものの体験を高めることで、他社との差別化を狙っている。だからこそ、ティム・クックCEOはHomePodの発表時に「家庭での音楽を再発明する」と宣言したのだ。

ティム・クックCEO

アップルのティム・クックCEOは「家庭での音楽を再発明する」と宣言した。

アップルは「音楽の再発明」で成功した体験を持っている。iPodは世界最初のMP3プレイヤー「ではない」。すでにあったものの後追いで、価格も安くはなかったが、使い勝手・体験が良いために市場を席巻し、先行していた他社のMP3プレイヤーを駆逐した。アップルの理想的な勝ちパターンは、スマートスピーカーでもiPodの成功を再現することだ。

アップルの「音楽を再発明する」試みはうまくいくか?

ただし現状、これら体験の質に関する情報は「アップルの主張によれば」という但し書きがつく。WWDC2017で発表され、展示も行われたものの、実際に動作させて体験を確かめた人は、アップル関係者以外にいないからだ。

またHomePodへの懸念点として、利用可能なサービスがアップルのものに偏る点が挙げられる。同社のストリーミング・ミュージックである「Apple Music」に最適化して作られており、他のサービスは使えないか、使えても体験が劣る可能性がある。そうした部分がどう評価されるかは、実際の音質や体験の質と同様に、フタをあけてみないとわからない。


西田宗千佳: フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」「ソニー復興の劇薬」「ネットフリックスの時代」「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」など 。

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