香川大学解体新書

このブログは、タイトルのとおり、四国地方にある国立大学、香川大学に関する解説ブログです。

作成にあたっては客観的データを重視し、執筆者の主観はできるだけ入れないように気をつけましたが、閲覧にあたってはそれぞれご自身で判断を願います。


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さて、今回は香川大学の新学部について少し論じてみたい。

まずは、日経新聞の地方版の記事から。

 

香川大、創造工学部の定員330人に、来年度に新設。 
2017/04/25  日本経済新聞 地方経済面 四国  12ページより
 
 香川大学は24日、2018年度に新設・改組する学部や学科の定員などについて発表した。新設する創造工学部は入学定員を330人と既存の工学部の260人より70人増やす。一方、学科を3から1に絞る経済学部は50人少ない250人にするなど、1239人の総定員数は維持するもののメリハリを付ける。
 創造工学部は造形・メディアデザイン、防災・危機管理など7コースを設けデザイン思考を備えた次世代の工学系人材を育てる。経済学部は経済学科のみとし観光・地域振興、グローバル社会経済など5コースとする。
 このほか、国立大医学部内では初となる臨床心理学科(定員20人)を設ける。農学研究科の専攻も3から1とし、希少糖先端科学など4コースに再編する。文部科学省が6月の大学設置・学校法人審議会で審査する。 

 

もうすぐ任期満了で退任する現在の香川大学の学長も、先日選ばれたばかりの次期学長も、ともに医学部ご出身である。他の執行部の多くも医学部、農学部、工学部といった理系出身者が多い。これは、地方国立大学の場合、医学部はいわゆる「講座制」の学部でありさらに自動的に博士課程大学院が設置されて学内序列の上に立つこと、マスプロ授業の少ない理系の学部では学生当たりの教員の数が多いこと等が大きい。教員・職員数が多いと、多数決の論理で学内における発言力も大きい。自然、大学の首脳部は理系で埋められることになる。

で、その理系の教授陣が「寄ってたかって」作った大学の新構想が、今春公表された平成30年の工学部の創造工学部への改組ということになる。

文部科学省の意向に沿ったかたちの申請内容だろうから、認められるのは時間の問題であろう。しかし、世間の受け止めはいかがだろうか。

日経新聞の記事では、工学部を発展的に解消してコースを増やしたキラキラ学部として受験生の注目をひき、かわりに経済学部や教育学部のゼロ免課程の定員を減らして入学定員の帳尻をあわせただけのように見える。

 

今春入試の結果を反映した5月24日に公表されたばかりの河合塾の難易ランキング表によると、香川大学経済学部で最も低い地域社会システムの前期センターボーダーは67%、最も高い経済学科の後期センターボーダーは72%である。これに対して旧工学部の前期センターボーダーは60~61%、後期でも66~64%で7割には届かない。

 

河合塾 入試難易予想ランキング表(2017/05/24更新)

 

  《経済・経営・商学系学部》

 

   《工学系学部》

 

 

 

 

 

いっぽう香川大学の公式HPによると、直近の平成29年春の入試では、経済学部の前期日程合格者のセンター最低得点者は、得点率にして64.9%、工学部の最低得点者は53.2%であった。同じく後期日程合格者では、経済学部合格者のセンター最低得点者69.3%に対して、工学部は57.8%である。いずれも、入学者の最低得点率では両学部の学生の間にセンター試験で約10%のひらきがある。成績優秀者が比較的多い後期日程合格者の最高得点では、経済学部82.6%、工学部79.9%と甲乙つけ難いのであるが、学部全体で見るとやはり一目でわかる差があるといえよう。前期・後期とも、今の香川大工学部ならばセンター得点率がわずか5割台でも合格できるということは大きな問題である。基礎学力のない学生が相当数を占める学部の運営は、まず高校の基本的な事項の再学習からはじまるからである。先生方のご苦労は想像に難くない。しかし、今度新学部に改組することでこの工学部の募集定員260名は330名に、一挙に27%増加する。前期・後期試験に振り分けられる募集定員がそれぞれ増加するのは確実であり、需給バランスはさらに大きく崩れるだろう。設置後数年たってキラキラ学部としての注目度が薄れれば、その反動で入試競争率は低下し、気が付けばセンターボーダーが50%前後の琉球大学や高知工科大学と毎年工学系国公立大学の難易度のブービーを競うような事態すら危惧されるのである。

 

国立大学も法人であるから、これを会社経営に置き換えると、より事情ははっきりする。6つの事業部で構成される会社で、現行の経営資源(要員の配置)を、来春からいきなり伝統的で比較的利益率の高い製品群の生産・販売を減らして、その分を新しいブランドで利益率も低い製品群に今後注力するように方針を決めた、ということである。

その分野がきわめて有望・急成長を遂げているというのなら話はわかる。

医学部の臨床心理学科20名の新設などはこれにあたるだろう。医療系の資格取得に直結する学科は強い。他校に比べて、新設で多少競争力が劣っていても市場が拡大していれば、十分生存できる。

が、工学部の場合はそういう事情ではないらしい。というのは、事業の有望性よりもなによりも、最近の地方創生の掛け声で全国の地方国立大学が雨後の竹の子のようにキラキラ学部を新設・・改組するなかで、「とにかく乗り遅れるな」という文部科学省の圧力に押された消極的参入ととれるからである。

それが証拠に、新学部は既存の、国内の国立大学の中でもっとも歴史と伝統のない工学部を発展的に解消して作られる。冷静に見れば、前回の教養学部新設計画と違い、学部数は新・旧とも6学部のまま、つまりプラマイゼロである。高知や愛媛がやったように、これによる学部増のメリットはない。にもかかわらず、事務方に多大な労力を強いて、もともと少ない工科の歴史と伝統をいったんリセットして1から作りなおそうというのだから、まことにご丁寧な話である。見ようによっては、今の工学部には守るべき歴史も伝統もないから「拒絶反応も少ないので外科手術をやってみた」という解釈もできる。さすがはお医者さんということか。

 

まず結論ありき、なんと無責任な響きであろうか。新学部について誤解をおそれずにわかりやすく言うと、香川大学は中の下くらいのレベルの学生の募集枠を50名圧縮して、そのぶんを全国の国立大学同種学部間で底辺層に位置する既存学部のテコ入れ(70名の定員増と改組)に振り向けるという勇気ある選択をやってのけたわけである。はっきり言えば、「センター65%程度の文系の学生はもうこれ以上要らないから、センター60%未満の理系の学生をもっとよこせ。田舎の工場の現場はいま人手が足りないんだから、促成栽培して地方創生の担い手にする。」ということである。

太平洋戦争中の文部省が、軍需工場の担い手が不足しているという理由で旧制官立高商11校のうち高松や小樽など5校のみを経済専門学校として残したほか、残りすべてを工業専門学校に半ば強制的に転換させた故事を想起させる。

しかもこれを、隣接する高知大学が従来の理学部2学科を理工学部5学科に改組・拡充するのと同じタイミングでやろうというのだから需給予測も何もあったものではない。その勇気には畏れ入る。

もともとの志願者倍率が低いなかで、いきなり募集定員を4分の1以上も増やすということは、受験生にはそう映るのである。当然、新設学部の入試はさらに易化するだろう。他大学をみると、高知大学地域協働学部の募集定員はわずか60名、愛媛大学社会共創学部は180名である。同じく改組されて新発足する上述の高知大学が理工学部240名であることを考えれば、香川大創造工学部の新定員330人がいかに大胆な選択かよくわかる。

これを見て、周辺の高校の進路指導は、こぞって「徳島大や愛媛大に入れそうにない学力の生徒を新設の香川大の創造工にまわす」「県内で農学部に入れない学力の理系の生徒は創造工学部にまわす」「ダメもとで、国立のボーダーに届かない生徒は、文系だろうが理系だろうがとにかく募集定員割れを期待して香川大の創造工学部にまわす」という戦略をとるに違いない。新設だろうが、最底辺だろうが、耳慣れないキラキラ学部だろうが、とにかく国立は国立である。うまくすれば、自分の高校の国立大学合格者数を稼ぐ好機なのだから。

昼間主550名という大きな募集定員のため入試偏差値は低いものの、戦前の旧制高等工業学校からの長い伝統を持ち、中村博士というカリスマ性をもつノーベル物理学賞受賞者を輩出したという「勲章」を持ち、さらに旧1期校という折り紙つきの徳島大学理工学部。四国ではその徳島大学に次ぐ戦前からの伝統があって、オーソドックスな工学部である愛媛大学工学部。それらに比肩するものを、新設される香川大学創造工学部に求めるのはきわめて酷である。何しろ、新学部の母体となった香川大学工学部ですらこれら両校に較べるとまったく見劣りのする新設校で、校舎が新しいという取り柄以外は、実績らしい実績は乏しい状態であったのだから。(林町という、高松市郊外のへんぴな立地と引き換えに新築されたその自慢の校舎も、築後20年となるともう新しいとはいえない。その間に、交通の便のいい本部キャンパスに工学系学部を置く愛大や徳大が、相次いで校舎を全面改修したため、甲乙つけがたくなってしまっている)

 

そもそも、この地方創生系の学部というものがすでにうさんくさい。国家百年を見通しての政策というよりも、安倍政権の意向を受けた思いつきという感がある。そして、その安倍政権そのものが、すでに発足からずいぶん経った。首相が次の総裁選挙で再選され、もう一期続けることになるとしても、次の次はありえない。自分の任期中に東京オリンピックとせいぜい万博が開催できればいいや、という感じがする。「あとは野となれ山となれ」という政治家特有の「先送り」姿勢は、小泉政権でさんざん味わったことである。かつて、教員養成学部の定員過剰を解消するため、「とりあえず文科省の意向をくんで作ってはみた」、という教育学部のゼロ免課程は、今全国で閉鎖ラッシュである。また「はしごをはずされる」リスク感が満々である。

 

一方で、大学は継続企業である。今後何十年も存続しなければならない。どんないい加減な制度設計でも、いったん出来あがったものをあとから大きく変えるにはきわめて大変な労力を必要とする。これは、戦後の新制大学が不十分な制度で、発足後各方面から批判されながらも、大きな改編なしに50年以上続いたことでも明らかである。

 

母校経済学部についていうと、筆者がひそかに心配しているのは、経済学科の単一学科・複数コースとなることで、学部のカラーが変わってしまうことである。

これまで香川大学経済学部が旧高商以来培ってきた経営系のカリキュラムは四国の国立大学としては最大のものであり、地域マネジメント研究科を加えた陣容では、中・四国でも随一の規模だろう。しかし、経済学科の単一学科となることで、その事実が表に現れなくなりはすまいか。

同じ中・四国の他の国立大学が経済、経営の複数学科で、香川大が経済学科の単一学科なら、注意力のない受験生から見れは「香川大学は経営学分野は弱いのかな」と思ってしまう。しかし、弱いどころか経営学・商学は旧官立高商系の各国立大学が最も得意とする分野であり、実際に数多くの卒業生がその専門知識を生かして大企業の経営に参画している。また、香川大学として象徴的な出来事としては、戦前マルクス経済学の牙城だった京都大学経済学部に戦後第二経営学講座が新設された際、商学部門のマーケティング論担当に迎えられたのは高松高商(在学時代は高松経専)生え抜きで当時香川大学助教授だった橋本勲先生(のち京都大学経済学部長)である。橋本先生は、軍隊から復員後、母校香川大学に戻ってからは経済学部構内にあった紫雲寮(現・屋島寮)の寮長もつとめていたため、後輩学生たちと接する機会も多く大きな影響を与えた。このためか、橋本先生の京大在職時代、香川大からは近藤文男(のち京都大学経済学部教授)、井原健雄(のち香川大学経済学部長)等、京大の大学院へ進学する学生が多かったという。

 

 

京都大学でマーケティング論を担当した橋本勲先生

 

 

学部側が、こうした背景を積極的に広報しなければ、いちいち自分で内容を深く吟味しようとしない殆どの受験生は、入学案内の組織構成の字面だけを見て「香川大学は経営学分野は弱いのかな」と受け取ってしまうだろう。

もちろん、経済学部が単一学科になることで、メリットも生じる。一番大きいメリットは、入試が学科ごとでなく学部一括の募集となることだろう。ここ10年、香川大学経済学部の入試においては、志願者倍率が低いため、学科ごとのボーダーラインが学科によって大きく異なるのが問題であった。学科ごとの募集は筆者の在籍前から30年以上続いてきた制度だが、少子化と不況の影響で志願倍率が落ち込んだあたりから、弊害が目立つようになった。学科は違えど、みな経済学部の学生であるわけだから、小樽商大のように募集を学部一括とすることにはメリットがあろう。ただし、比較的学力が高い学生は旧経済学科の志望者に多いため、卒業に際して公務員志望者が数多く集中するようでは、旧高商の伝統が泣くだろう。

2015年度、香川大経済学部の公務員就職者は53名。これは同年卒業の就職者数の21%を占める。そして、さきごろ公表された2016年度の香川大経済学部の公務員就職者はさらに増えて59名。比率では21%変わらずであり、同じ旧高商系学部の小樽商大の同年度79名、比率17%に比較して少し多い。いや、小樽や滋賀と違って法律系のゼミを法学部に分離している学部としては多すぎる。公務員就職者が増えたということは、それだけ昨今の就職売り手市場の好環境のなかで、民間の大企業を志望する学生が減っているということであり、今後気になるところである。

本来ならば、入試の時点で、たとえば公務員試験に向いた5教科そつなくこなすオールラウンダーよりも、そうでない企業家精神旺盛な学生を地域的に広範囲に集めることが望ましい。これは、カネをかけずとも学部単位で入試科目を操作することで簡単に誘導できる。岡山大学経済学部と同程度の入試難易度である滋賀大学経済学部が、現在の前・後期入試制度になって以降、募集定員の何割かに私立型教科の上位得点者の合格枠を設けているのも「公務員試験よりも私企業に向いた学生をとりたい」という気持ちあらわれであろう。かつて「財界士官学校」といわれた旧官立高商らしい選択である。その結果、滋賀大の大企業就職者数ではいまや岡山大のそれを圧倒していることは先に紹介した。

香川大学においても、今度の単一学科制と一緒に行われる入試科目の削減が、その方向に向いてくれることを期待する。もちろん、入学者全体の学力が底上げされることは望ましいことではあるが、それよりも何よりも大切なことは、旧官立高商以来約100年培ってきた学部のスクールカラーに共鳴した学生が入学してくれることだろう。

くれぐれも、センターの得点率だけで自動的に志望校を他大学の経済学科から変えてきたという新入生でキャンパスが埋め尽くされることがないよう、卒業生のひとりとして切に願う。

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