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広がる“無言の接客サービス”

タクシーに乗った時、運転手と会話をしますか?それとも話しかけられるのは嫌ですか?移動中のタクシーでは静かに過ごしたいという人も多いかもしれません。実は今、声かけは不要だという客のニーズに応えようと、“無言の接客サービス”が静かに広がっています。(京都放送局 加川直央記者)

「声かけ不要」の声の多さに驚く

ことし5月、アパレルメーカー「アーバンリサーチ」の店舗で、ある試みが始まりました。店員からの声かけは不要だと、客が意思表示できるバッグを導入し始めたのです。入り口に置かれた、ブランドのロゴが入った青色のバッグ。購入したい商品や試着したい商品を入れて買い物かごのように使うことができます。何の変哲もないバッグですが、これを持った客には、店員からの声かけが一切ありません。

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なぜ、こうした試みを始めたのでしょうか。この会社が会員を対象に行ったアンケートで、「自分のペースで買い物をしたいので、声をかけてほしくない」とか「(声をかけられると)緊張する」などという声が多く寄せられたのです。「声かけ不要」を求める客がブランドのファンの間にも多いことを知り、とても驚いたそうです。

実際に「声かけ不要バッグ」を導入してみると、店員は繁忙期でも、アドバイスを求める客に集中して接客できるメリットがあるそうです。ただ、インターネット上には賛否両論が。「接客されるタイミングを選べる」という肯定的な意見がある一方で、「そもそも、客が声かけされたいのかを見極める店員の接客力を上げればよいのでは?」といった厳しい意見もあったそうです。

この会社では今後、こうした声があることを踏まえて、「声かけ不要バッグ」の導入を拡大するかどうか検討することにしています。

「客は会話を求めているのか」がきっかけ

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京都市内を走る1台のタクシー。乗客の男性は、静かに窓の外を眺めています。一見、ほかのタクシーと違いはありません。ところが、車内に目を向けると、助手席のヘッドレストには見慣れない表示が。「乗務員のお声がけを控えます」などと記されています。

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実はこのタクシー、運転手が客に話しかけない「サイレンス車両」というタクシーなのです。目的地を聞いたり会計をしたりする際の最小限の会話以外は運転手から客に話しかけることはありません。京都市内では、1日に延べ10台の「サイレンス車両」が、流し営業をしています。

この取り組みを始めたのは、京都市に本社を置く「都タクシー」。きっかけは、全社員が集まって自由に意見を出し合う会議での、社員の発言でした。「乗客は本当に車内で会話を求めているのか」。最近は、移動中にスマートフォンやタブレット端末を操作する客も多く、運転手との会話は煩わしいと思われているのではないかというのです。

社内の反応はさまざまでした。巧みな話術で京都を案内するのが「おもてなし」だと思う古株の運転手もいれば、実際に自分が客としてタクシーを利用する時は静かに過ごしたいという声もあったといいます。そこで会社はまず、客が車内でどのように過ごしたいのか、ニーズを探るために試験的に「サイレンス車両」を運行してみることにしたのです。

客の反応はさまざま

こうして始まった「サイレンス車両」。私は、車内にカメラを設置する許可を得たうえで、2日間にわたり密着取材を試みました。

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仕事を終え、タクシーを拾ったという男性客。運転手に短く目的地を伝えたあとは、静かに窓の外を眺めていました。目的地には5分ほどで到着しましたが、料金の支払いまで、ひと言も会話はありませんでした。タクシーを降りた男性に感想を聞いてみると、「仕事の打ち合わせの段取りを考えていたので車内で集中できた」と話し、「サイレンス車両」を評価していました。

逆に、これとは違う感想を持った客もいました。出張で東京から訪れたという若い女性。はじめは黙ってスマートフォンを操作していましたが、しばらくすると、自分から運転手に話しかけました。「サイレンス車両」でも客に話しかけられれば、運転手は気さくに応じます。女性がおいしい昼食を食べられるところを尋ねると、運転手は、味自慢のラーメン店が競い合う京都の人気スポットを紹介していました。女性はタクシーを降りたあと、「気分によって、話したい時もそうでない時もあるが、こちらが尋ねたことにすぐに答えてもらえたのがうれしかった」と話していました。

一方、運転手の受け止めはどうなのでしょうか。取材の最後に話を聞いてみると、「しゃべるのが嫌で黙っているわけではなく、あくまでお客様の快適な空間を作るための1つの方法だと思っている。どちらでも対応できるよう、引き出しを持っていたい」ということでした。

今後も広がるか “無言サービス”

試験的な導入からおよそ2か月。「サイレンス車両」はインターネット上でも話題になり、多くの感想や意見が掲示板などにも書き込まれました。こうした声をまとめ、会社に寄せられたメールも合わせて分析したところ、予想以上に好意的な声の多いことがわかったということです。

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会社では、こうした声を集計した資料を社内の食堂などに置いて、運転手も閲覧できるようにしています。それぞれの運転手に接客のしかたを振り返るきっかけにしてもらい、「おもてなし」の向上につなげようという狙いです。筒井基好社長は、「タクシーの接客は、今までは会話を通しておもてなしをするのがいちばんだと思っていたが、乗客のニーズに応じて対応することが必要だと考えている。『サイレンス車両』は、そのためのきっかけの1つ」と話していました。

多様化する乗客のニーズをいかにしてくみ取り、快適な車内の空間を提供できるか。会社では、運転手が乗客の意向に応じたサービスを提供することで客の満足度を高め、ほかの会社との違いを出していきたいとしています。

人と人との直接的なつながりが希薄になりがちな今の時代に、「声かけ不要バッグ」や「サイレンス車両」が広がるのは、少し寂しい気もします。しかしこれも、消費者へのきめ細かいサービスを重視する、日本ならではの接客サービスなのかもしれません。今後も“無言サービス”が広がるのかどうか。取材を続けていきたいと思います。

加川直央
京都放送局
加川直央 記者
警察や司法取材を担当