『ファイアパンチ』の紹介の続きです。
この作品の舞台は、氷河期のような寒冷と飢餓と狂気に支配された未来の地球です。
主人公の15歳のアグニは異常な身体再生能力の持ち主で、いくら肉体を切断されても、瞬時に再生します。その能力を使って、妹のルナに自分の体を切断させ、その肉を村の住民に食べさせ、村を飢餓から救っていました。
しかし、近隣のベヘムドルグ王国の軍人ドマが人肉食の事実を知り、この村を焼き尽くします。村のなかでアグニだけがその身体再生能力によって生き残り、炎に焼かれる激痛のなかで8年間生きつづけ、ついには炎を上げて体を焼かれながら生きる人間になります。アグニを支えたのは、ドマを殺して妹ルナの仇をうつという執念でした。
……と、この設定ならば、壮絶な復讐譚になるはずですが、ドマはアグニの手にかからずいつのまにか退場してしまい、アグニの復讐は宙ぶらりんにされてしまいます。
代わって登場するのが、トガタという異常な映画ファンの女で、この女は、アグニを主人公として、アグニとベヘムドルグの軍隊との戦いを映画に撮りはじめます。その結果、この『ファイアパンチ』という作品そのものが、一種の映画製作のメイキングドキュメンタリーのような話になり、なんとも無責任なメタフィクションに変質していくのです。この、どこかタガの外れた、オフビートな虚構感覚こそ、『ファイアパンチ』のちょっと類例を見ない独創性を作りだすものです。
こうなるともう、物語がどんなにヘンテコに展開しても驚かなくなるのですが、じっさい、このマンガはトンデモない嘘八百というか、すさまじい荒唐無稽な空想世界をくり広げて現在(既刊4巻)に至っています。
アグニは、トガタのいい加減な応援(映画を面白くするためらしいのですが)を得て、ベヘムドルグを攻撃します。ベヘムドルグのほうは、あまりにも凶暴なせいで牢獄に閉じこめていた3人の超能力をもつ死刑囚たちを解放してアグニと戦わせるのですが、アグニはこれをあっさりとやっつけ、ベヘムドルグを滅ぼしてしまいます。
その結果、ベヘムドルグの奴隷たちはアグニを神様と仰いでアグニ教を信仰し、アグニはトガタの助言に従って神様のふりをして自分の肉を信者たちに配って食べさせます。
ところが、アグニ教徒を率いる有力な指導者で人の心が読めるバットマンという男が、トガタは嘘つきで、女の体に覆われた男だと暴露すると、トガタは夜逃げ同然に宿舎から出ていきます。
一方、この世界を寒冷に閉じめたという氷の魔女がいきなり登場して正体を明かし、自分は何千年も生きてきたが、一度地球のすべての生命を破壊し、ふたたび地球を温かくする、と宣言します。『スターウォーズ』の新作を見ることがその目的だというのです(本気か?!)
このあといったいどうなるのでしょうか。ほんとに心配です。
*お詫び*
編集部の都合で公開が遅れました。そのため、本文中では、(既刊4巻)となっていますが、6月初旬に5巻が発売されています。お詫びとともにお知らせいたします。
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