NHKの連続テレビ小説『ひよっこ』。各地から集団就職で上京してきた“金の卵”が集まる乙女寮の中でも、ひときわ個性を放つのは福島出身の15歳の女の子・青天目澄子(なばため・すみこ)だ。彼女を演じているのは、現在20歳の新進気鋭の女優、松本穂香さん。澄子役でブレイクし、今や一気に注目を集める松本さんに3回に渡ってロングインタビュー。
1回目となる今回は、『ひよっこ』の現場の裏話や役作りの苦労話などを伺った。あらゆる方言が飛び交う現場の難しさとは!?
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食べる演技も、寝る演技も、結構大変なんですよ
――松本さんが演じられている青天目澄子さん、乙女寮の中でもひときわ個性的な役どころですね。
松本 福島出身の15歳の女の子。いつもボーっとしてますよね。それであとは寝てるか食べてるか(笑)。台本を頂くたびに、どんどん食いしん坊になっていくんです。食堂での食事シーンでも、みんなが喋っていても澄子だけはとにかく食べる役回り。1食で2回はおかわりをしますからね。
――撮影でも実際に召し上がっているんですよね?
松本 次々に食べますからね。
――意外とハードな……。
松本 お昼休憩でももちろん何も食べないで(笑)。
――もうひとつの澄子の個性といえば“寝ること”。他のみんなが喧嘩をしていてもずっと寝ていたシーンは印象的でした。
松本 有村(架純)さん演じる主人公のみね子さんをめぐって、みんながケンカになっちゃう場面があったのですが、みね子さんが寝たふりをしながら耳をそばだてていて「起きたい……」と心の中で呟くあのシーン。澄子はあのシーンでも寝てるわけですけど、私も「起きたい」という感じでした(笑)。
――寝る演技って難しいものなんですか?
松本 寝ているだけでいいと思われるかもしれませんが、けっこう大変なんですよ。動いちゃいけないですし、それにずっと寝る演技を続けていると、不思議なものでだんだん本当に眠っちゃう。口が半開きのほうがいいかなと思ってやっていたんですけど、意識が途切れてくると口が閉じちゃうんですよ(笑)。お芝居で寝るのは結構難しいものなんだと思いました。
青天目澄子の家族写真に秘められた「父との距離」
――そんな感じで、寝て食べて、マイペースな澄子ですが、松本さんから見て澄子はどんな子なのでしょうか。
松本 本当にいい子だと思います。あとは好きなものが多い子だなと。食べる、寝る、そして歌う。単純ですけど、生きていく上では大事なことだと思います。ストレスもたまらないですし。
――でも実は澄子の背景は結構複雑なんですよね……。
松本 そうなんです。本当のお母さんが亡くなってて、新しい若いお母さんが家に来てるんです。だから兄弟はみんな連れ子。家族で写っている写真がちょっとだけ出てくる場面があったんですけど、この写真を撮影するとき、私、少しだけお父さんとの間に距離をとったんです。澄子はおばあちゃんっ子で、おばあちゃんとは手を繋いでいるんですけど、お父さんや新しいお母さんには距離感があるはずだと思って……。
左から2人目が青天目澄子。『ひよっこ』で登場した貴重な1枚 ©NHK
――ボーっとしているように見えて、いろいろなものを抱えて東京にやってきた役どころなんですよね。
松本 田舎の家には居場所がない感覚です。それで東京に来て、やっと居場所ができたという。舎監の愛子さんのことを「お母ちゃんみたいだね」と言うのも、何も考えていないように見えて澄子なりにいろいろ辛い思いをしてきたから。いつも寝ている澄子が、ひとり夜中に起きてておばあちゃんを思って泣いているとか……。なんだか悲しくて。だけど、寝たら忘れちゃう澄子の性格って大事で、強い子でもあるんです。辛いことがあっても、寝たり食べたり歌ったりして、乗り越えてきた。
――もしかしたら、乙女寮の中でも一番強いハートを持っているのが澄子なのかもしれませんね。
松本 いくら寂しくても田舎に帰るという選択肢は澄子の中にはないので、仕事は明日からも続くわけで。
福島弁の訛りを覚えるために……
――ドラマの中ではいろいろな地域の方言が飛び交っていますが、ご苦労はありますか?
松本 秋田、福島、青森、山形、茨城とみんな違う方言ですから、イントネーションが他の人の訛りに引っ張られることもあります(笑)。ひとりずつ方言指導の先生がついていてくださるんですが、先生がセリフを喋っている音源を繰り返し聞いて訛り方を覚えてます。リハーサルから現場にいてくださるので、リハが終わると先生たちがぞろぞろ出てきて、ひとりずつ「あそこは違う、言ってみて」とか(笑)。方言のデパートです。
――それではアドリブは難しい……。
松本 余計なことを言って方言が間違っていたらNGですから最悪です(笑)。アドリブといっても、せいぜい銭湯帰りに歌を歌っているときに空を見て「きれいだね」くらいかな。それもテストの段階で言ってみて、先生に確認して、という感じだったので、純粋なアドリブはほとんどないと思います。
――松本さんご自身は大阪のご出身ですよね。
松本 はい。普段は普通に関西弁です。流暢ですよ(笑)。関西の方とお仕事で一緒になるとつい出ちゃいますね。だけど、仕事では役のこともあるので気をつけています。
――確かに気をつけないと、時子さんのオーディションみたいになっちゃう……。
松本 早口言葉の「武具馬具武具馬具三武具馬具」のところとか(笑)。あそこ面白いですよね、大好きなシーンで大笑いしちゃいました。
ナポリタンを見て「真っ赤なうどんだ!」と思ってた時代
――他に役作りで心がけたことは?
松本 スタッフの方が用意してくださった舎監さんの本や資料を読ませてもらいました。当時トランジスタラジオ工場で働いていた人たちが今でも仲が良くて、同窓会を毎年開いているお話とか。ナポリタンを初めて見た時に「真っ赤なうどんだ!」と思ったっていう話なんかもあって面白かったです。何もかもが今とは違う時代なんだなあと。
――寮に入った日に出たカレーにみんな驚くシーンがありましたよね。
松本 お肉がたくさん入ったカレーなんて、田舎じゃ食べられなかったんだと思います。卵があるだけで嬉しい。それに、澄子や青森出身の豊子は中学を卒業して15歳で東京に出てきてますから……。
――ご自身でも15歳で上京なんて考えられない?
松本 もちろん。ましてやその当時はスマホなんてないですからね。それにお金もかかるし新幹線があるわけでもないし、今みたいに簡単には帰れない。相当な覚悟を持って東京に来ているはずです。だから澄子もボーっとしているように見えて芯が強くて肝の据わった子なんだろうなと。
――現実でもなかなか大変なことは多かったようですからね。
松本 ホームシックになる子もいっぱいいたみたいですしね。乙女寮のようにうまくいくばかりではなかった。田舎の方では電話がない家もあったわけですから、みんなスマホを持っている今とは大違い。でも、だからこそみんなが仲良くなるスピードが早いのかなと、台本を読んでいて思いました。みんな田舎から出てきて、居場所はそこしかない。家にお金を送るという目的も一緒だし、スマホがないから逃げ出す場所もない。乙女寮のみんながあっという間に仲良くなるのも、不自然なことではないんでしょうね。自分が生まれていない時代のことを知って、その時代に生きた人を演じるって本当に勉強になるし、楽しいって思っています。
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次回は松本さんの高校時代、演劇部での青春についてお話を伺います。
まつもと・ほのか/1997年生まれ。大阪府堺市出身。主な出演作品に映画『青空エール』(16年)、『MATSUMOTO TRIBE』(17年)、主演舞台『ヨミガエラセ屋』(16年)、テレビドラマ『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』『ひよっこ』など。
写真=鈴木七絵/文藝春秋
(鼠入 昌史)