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【書評】

暗い時代の人々 森まゆみ 著

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◆声を上げる生き方に倣う

[評者]栗原康=アナキズム研究家

 昔、あき地がたくさんあった。なんにも使われていないその土地を、子どもたちが遊び場に変える。整備された公園よりも、石ころやビンが転がっているあき地のほうがいい。エロ本をもちこんではしゃいだり、家を抜けだして花火をする。子どもたちの自由奔放さが全開になる。それがあき地だ。

 本書で、著者が伝えたいのもそういうことだ。バブルのころ、やれビルを建てろ、再開発だとあおって、地価をあげてボロもうけ。それであき地がなくなって、やがてバブルもはじけて、使わない土地が増えたとおもったら、こんどはオリンピックだ。国民一丸となって、街をきれいに、おしゃれにしよう。地価をあげろ、文化的な街づくり。芸術家や建築家、研究者が動員される。その分、街をきたなくすると見られがちなホームレスや喫煙者、ゴロツキは排除されるが、しかたないの一言でおしきられる。みんなのために、仕事のために、空気をよめよ、非国民と。そうしてなんにもいえなくなる。

 本書は、そんな暗い時代に少しでも光をみいだそうと、一九三〇年代、四〇年代の人びとをとりあげる。権力批判をすれば、食いぶちをうしなう、そんな時代。さらには投獄、虐殺、暗殺だ。しかしそれでも戦争協力をせず、軍部ふざけんなとか、天皇制はいらないとか声をあげたひとはいた。斎藤隆夫、山川菊栄、山本宣治、竹久夢二、九津見房子、斎藤雷太郎、立野正一、古在由重、西村伊作。それこそ政治家から社会主義者、教員、画家、建築家、俳優まで、ど根性で抵抗だ。

 先人たちの声がきこえてくる。戦争動員を拒否しよう。再開発はもうたくさんだ。使わなくなった土地は放っておけばいいのである。大人たちが子どもにかえっていく。暮らせる、遊べる、生きられる。精神のあき地をとりもどせ。あたり前のことをちゃんといおう。戦争はいやだ、排除もいやだ。わがまま上等。くたばれ、オリンピック。ちょっといまから仕事やめてくる。

(亜紀書房・1836円)

<もり・まゆみ> 1954年生まれ。作家。著書『昭和文芸史』『千駄木の漱石』など。

◆もう1冊 

 ハンナ・アレント著『暗い時代の人々』(阿部齊訳、ちくま学芸文庫)。ブレヒトなど、全体主義の時代に抵抗して生きた思想家列伝。

 

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