もしあなたがマーケティング担当者なら、商品のライフサイクルが短くなっていることは、すでに実感しているはずだ。
更に、市場の成熟化にともなって、生活者の価値観は多様で移ろいやすくもなっている。
商品を取り巻く環境がこれだけ変化する状況では、単一ブランドしか持たないことはビジネス上の大きなリスクとなりうる。よってマーケティング担当者はビジネスのリスクを分散し、更なる成長のための打ち手を模索することになるが、突き詰めればその手段は以下の2つしか存在しない。
- 新たなブランドを立ち上げる
- ブランド拡張を行う
上記に必要不可欠となるのが、新規参入を目論む業界や、あるいはブランドを拡張しようとしている業界に対する深い洞察だ。
今回解説するファイブフォース分析は、あなたが「新ブランドの立ち上げ」や「ブランド拡張」をする際の業界分析に有用なビジネスフレームワークだ。
今回はファイブフォース分析について解説するが、目指すのは「フレームワークのカタログ本」によくある浅い解説ではなく、ファイブフォース分析を「使い倒す」ための徹底解説だ。
もしあなたが「ファイブフォース分析について理解したい」はもちろん、理解を越えて「ファイブフォース分析を使いこなせるようになりたい」と考えるなら、ぜひこの解説を最後までお読みいただきたい。
- ファイブフォース分析とは?
- ファイブフォース分析の背後にある重要なロジックとは?
- ファイブフォース分析で持つべき「視点」とは?
- ファイブフォース分析を思考ツールとして使い倒す方法と例:
- 使えるファイブフォース分析:ダウンロード用無料テンプレート
- 終わりに
ファイブフォース分析とは?
ファイブフォース分析とは、業界に影響を与える5つの競争要因から、その業界の魅力度(=利益の上げやすさの度合い)を評価するためのビジネスフレームワークだ。ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が提唱したことで知られる。
ファイブフォース分析の根底に流れる思想は、突き詰めれば「競争が激しい業界にいれば収益性は低くなり、競争が限定的な業界にいれば収益性は高くなる」というシンプルな理屈だ。
ファイブフォース分析の「ファイブフォース」とは「買い手の交渉力」「売り手の交渉力」「業界内の競争」「新規参入の脅威」「代替品の脅威」の5つの競争要因を指す。
しかしファイブフォース分析で陥りがちな間違いは「5つの箱を埋めて分析した気になってしまう」ことだ。
重要なのは、様々な思考を巡らせた上で「参入余地があるレベルで魅力的な業界なのか?」あるいは「5つの競争要因のうち、どこをどう攻略すれば収益性は高まるのか?」など「戦略に向けた仮説を立てる」ところまで行き着くことだ。
ファイブフォース分析の背後にある重要なロジックとは?
ファイブフォース分析といえば、あなたは「5つの競争要因」が思い浮かぶかもしれない。しかしファイブフォース分析は、まずは大きく「2つのロジック」に分けて考えることで格段に理解しやすくなる。その「2つのロジック」とは、以下の通りだ。
- ロジック1-利益獲得のロジック:
利益の上げやすさ=売上の上げやすさ-コストの下げやすさ - ロジック2-利益の取り分のロジック
業界全体の利益=業界内の取り分+業界外へ流出してしまう取り分
いきなり上記を示されても、あなたは何のことかわからないだろう。しかしファイブフォース分析を「腹落ちできるレベルで」理解するためには、ぜひ頭にいれておきたいロジックだ。
よって、まずは「ファイブフォース分析の背景にある2つのロジック」を解説しよう。
ファイブフォース分析のロジック-1:利益獲得のロジック
あなたが「新ブランドの立ち上げ」や「ブランド拡張」を検討しているのなら、できるだけ売上を上げやすく、コストが下げやすい業界で戦いたいと思うはずだ。
ファイブフォース分析は、そんな「売上が上がりやすく」「コストが下げやすい」業界に参入したいというあなたの願望を、しっかりフレームワークに反映している。以下、まずはファイブフォース分析の「利益獲得のロジック」について見ていこう。
ファイブフォースの利益獲得のロジック-1:買い手の交渉力
買い手の交渉力の「買い手」とは、モノやサービスを販売する「販売先の業界」ことを指す。例えばあなたが新規参入しようとしている業界が食品業界なら「買い手」はスーパーやコンビニ業界となる。
そして買い手の交渉力の「交渉力」とは、あなたが参入しようとしている業界と販売先業界との間に作用する「力学」のことを指す。例えば食品業界を例にとれば「食品業界とスーパー業界(買い手)との間にある力学」を指す。
もし仮に、あなたが新規参入しようとしている業界がコモディティ化が進んでいる業界であれば、買い手(販売先)からみれば「どの企業からも似たような商品を買える」状態となるため、価格競争が激しくなることが想定できる。
そして価格競争は企業の売上を下げる要因となるため、あなたが新規参入しようしている業界は「売上の上げやすさ」という点で魅力が薄いことになる。
ファイブフォースの利益獲得のロジック-2:売り手の交渉力
売り手の交渉力の「売り手」とは、モノやサービスを仕入れる「供給元の業界」ことを指す。例えば、もしあなたが参入しようとしている業界がパソコン業界だったら「売り手」とは供給元である部品メーカーを指す。
そして売り手の交渉力の「交渉力」とは、あなたが参入しようとしている業界と供給元業界との間に作用する力学のことであり、例えばパソコン業界を例にとれば「パソコン業界と部品業界(売り手)に流れる力学」のことだ。
パソコン業界の場合、部品の供給元にはインテルやマイクロソフトなど、各専門分野で事実上のデファクトスタンダードとなっている企業が存在する。
このように供給元に独占事業者が存在する場合、部品を供給してもらう際には独占事業者から「言い値」で調達せざるを得なくなる。このため「コストの下げやすさ」という点で魅力が薄い業界となる。
ファイブフォースの利益獲得のロジック-3:売上(買い手)-コスト(売り手)=利益(業界内)
ここまでお読みになれば、勘の良いあなたならもうお気づきのはずだ。
買い手の交渉力を分析することは「その業界の売上の上げやすさを分析する」ことだ。
そして売り手の交渉力を分析することは「その業界のコストの下げやすさを分析する」こととイコールだ。
そしてどのようなビジネスも、売上(=買い手のとの力学)からコスト(=売り手との力学)を差し引いて利益になるのだから、ファイブフォース分析の横関係の分析は「売上-コスト=利益」というビジネスの基本を分析することに他ならない。
ファイブフォース分析のロジック-2:利益の取り分のロジック
ここまでは、ファイブフォース分析の「横関係の分析」を解説した。その結果として把握できるのは「業界全体の利益の上げやすさ」だ。
しかし当たり前のことだが「業界全体の利益」は、あなたの企業が独占企業でない限り1企業で独り占めすることはできない。
業界内には数々のライバル企業が存在することから「業界全体の利益」は競争を通して、各企業の「取り分」として分配されることになる。
ファイブフォース分析の「横関係」は「どれだけ利益を上げられる業界か?」という「利益獲得」のロジックで業界の魅力度を把握したが、ファイブフォース分析の「縦関係」は「業界全体で上げた利益のうち、自社の取り分はどうなりそうか?」という「利益分配」のロジックで業界の魅力度を把握する。
日々ブランディングやマーケティングの実務を行っていると、つい「どうすれば利益を獲得できるか?」という視点に偏りがちだ。
しかしファイブフォース分析は広く業界全体を見渡すビジネスフレームワークであるため、いったん「業界全体の利益獲得のしやすさ」を分析したあと「業界全体で得た利益は、誰に、どう分配されやすい力学が働いているのか?」という分析プロセスを踏む。
以下、ファイブフォース分析の縦関係である「利益の取り分のロジック」について見ていこう。
ファイブフォース分析の取り分のロジック-1:業界内の競争
「業界内の競争」とは、業界の中で直接競合しているライバル企業との競争を指す。
そして当たり前のことながら、業界内での競争が激化すれば、価格競争などを通して「業界全体の利益」が減少したり、あるいは顧客を競合する企業に奪われて「自社の利益の取り分」が減ることになる。
もし仮に、あなたが「新ブランドの立ち上げ」や「ブランド拡張」を通して新規参入しようとしている業界でコモディティ化が進んでいれば、あるいは直接競合する企業が百花繚乱のような状態であれば、例え業界全体で獲得できる利益は大きかったとしても(=横関係)、あなたの企業の「取り分」は小さくなる(=縦関係)。結果、あなたの企業にとって業界の魅力度は下がることになる。
ファイブフォース分析の取り分のロジック-2:新規参入の脅威
新規参入の脅威とは、その業界に対する「新規参入のしやすさ」のことを指す。
業界全体で獲得した利益の取り分は、必ずしも「業界内」に留まるわけではない。
もし、あなたがこれから参入しようとしている業界の参入障壁が低ければ、あなたの企業が参入して以降も、続々と新規参入企業が登場するはずだ。そして新規参入企業が増えれば増えるほど「あなたの企業の取り分」は減ることになるため、あなたにとって業界の魅力度は下がることになる。
ファイブフォース分析の取り分のロジック-3:代替品の脅威
代替品の脅威とは、商品・サービス自体は異なるものの「提供価値」において同等の商品やサービスを指す。
例えばエステ業界の提供価値の一つに「痩身」が挙げられるが、家庭内で腹筋を鍛えることができる「SIXPAD」もまた、同じ「痩身」の効果があるため代替品となる。結果、エステ業界にとって脅威になりうる。
また、身近なところでは出版業界やデジタルカメラ業界、あるいは家庭用ゲーム業界などは、スマートフォンが代替品として大きな脅威となっている。
もし、あなたがこれから参入しようとしている業界に強力な代替品が存在しているのなら「あなたの企業の取り分」が減るリスクが生じる。結果、あなたにとって業界の魅力度は下がることになる。
ファイブフォースの取り分のロジック-3:業界全体の利益=業界内の取り分となる利益+業界外へ流出してしまう利益
ここまでお読みになれば、ファイブフォース分析の「縦」のロジックは、もう理解できたはずだ。
業界全体の売上(買い手から得られるもの)から業界全体のコスト(売り手に支払うもの)を差し引いた「業界全体の利益」は、それぞれ「業界内のライバル」「新規参入事業者」そして「代替品」に分配される。
ファイブフォース分析の縦関係は「自社の取り分が増えやすいか?減りやすいか?」を分析しているのだ。
ファイブフォース分析で持つべき「視点」とは?
ここまで「ファイブフォース分析のロジック」を解説してきた。
しかし残念ながらファイブフォース分析のロジックを理解したからと言って、すぐにファイブフォース分析ができるようにはならない。
通常、巷に溢れる「フレームワークのカタログ本」ではここまでの解説しかなされていない。しかしファイブフォース分析で重要なのは、5つの要素それぞれに対して「何が」「どうであれば」「魅力的な業界と言えるのか?あるいは言えないのか?」だ。
つまりファイブフォース分析を行う際には、5つの要素を知るだけでなく「5つの要素を評価・判断するために視点」も知っておく必要がある。
「業界の魅力度を評価・判断するための視点」は業界によって様々だが、以降の解説では代表的な例を解説していこう。
「買い手の交渉力」を評価する視点
「買い手の交渉力」を評価する上で重要な視点は、端的に言えば「売上が上げやすい業界なのかどうか」だ。そして売り上げは「販売数量×販売単価」の2つで決まる。結果、あなたが持つべき視点は以下の通りとなる。
以下「販売数量の減少」あるいは「販売単価の下落」を引き起こしやすい条件の代表例を簡単に解説しよう。
供給過剰の度合い
あなたが新規参入しようとしている業界が供給過剰、いわゆる「ニーズを満たしきっており、供給の量の方が多い状態」のときは注意が必要だ。なぜならその業界は「市場成熟期」であることを意味するからだ。
一般論として市場の成熟は、すでに多くの顧客に商品が行きわたっていることを意味する。結果、市場ニーズはリピート需要のみとなるため「新規需要+リピート需要」の両方が存在する市場成長期と比べて「販売数量が減少する」力学が働きやすい。
また、リピート需要がメインであるということは、販売数量を増やす手段は競合企業からのブランドスイッチがメインということになる。しかしブランドスイッチ(=同じ顧客の奪い合い)は価格競争を招きやすいため「販売単価が下落する」力学も働きやすくなる。
差別化のしにくさ
あなたが新規参入しようとしている業界が「差別化がしにくい」業界の場合「販売単価が下落する」力学が働きやすい。
なぜなら「差別化されてない」ということは、その業界の「買い手」からすれば「どの商品・サービスを買っても同じ」ということを意味し、購入決定要因が「価格の安さ」だけになりやすいからだ。
価格相場のオープン性
あなたが新規参入しようとしている業界の価格相場がオープンになっている場合「販売単価が下落する」力学が働きやすい。
なぜなら「価格相場がオープンになっている」ということは、買い手からすれば「価格比較しやすい」ことを意味し、その結果、価格競争になりやすいからだ。
現在では、価格比較が当たり前になっている家電業界によく見られる現象だ。
買い手の寡占度の度合い
あなたが新規参入しようとしている業界の買い手が寡占状態となっている場合には「販売単価が下落する」力学が働きやすい。
「買い手の寡占状態」が進むと、あなたの企業の売上の大半が「同じ買い手」という状態を創り出してしまう。
もし仮に、自社の売上の9割を占める買い手から値引き要請や取引条件の変更要請あれば、あなたは飲まざるを得なくなるはずだ。
なぜなら、自社の売上の9割を占める「寡占状況の買い手」から提示された条件が飲めずに、仮に取引を切られてしまえば、あなたの企業は途端に立ちいかなくなってしまう。「寡占状態の買い手」とは、いわば「あなたの企業の命運を握っている買い手」に他ならない。
現状、買い手の寡占度が高まりつつあるのが出版業界だ。街にある本屋が次々に廃業しアマゾンへの一極集中が進んでいる。結果、様々な軋轢が生み出されていることは、あなたもご存じのことだろう。
「売り手の交渉力」を評価する視点
「売り手の交渉力」を評価する上で重要な視点は「仕入コストが下げやすい業界なのかどうか」だ。つまり、あなたが持つべき視点は以下の通りとなる。
以下、仕入コストが高止まりしやすくなる条件の代表例を簡単に解説しよう。
仕入部材の需要過多の度合い
あなたが新規参入しようとしている業界の仕入部材が需要過多、いわゆる「供給業者の供給量が追いつかない」状態のときに、仕入コストが高止まりしやすい。
部品や原材料を供給する企業もビジネスなのだから「供給量が追いつかない」という状態で売り上げを最大化しようとすれば、当然「高い価格で買ってもらえる企業に優先的に売る」という判断になりやすい。
そのような状況の中で、どうしてもその部材を仕入れたいのであれば、もはや供給業者の「言い値」に従わざるを得なくなる。結果、仕入れコストは高止まりしやすくなる。
仕入部材の差別化のしやすさ
仕入部材の独自性が強い、あるいは差別化されている場合も、仕入コストは高止まりしやすくなる。
なぜなら仕入部材の独自性が高いということは、あなたの企業にとって「比較できる代わりの部材がない」ことを意味する。その結果、供給業者の言い値に従わざるを得なくなるため、仕入コストは高止まりしやすくなる。
仕入部材の価格相場のブラックボックス性
仕入部材の価格相場がブラックボックスになっている場合、仕入コストは高止まりしやすくなる。
なぜなら「価格相場がブラックボックスになっている」ということは、買い手であるあなたからすれば「価格比較がしにくい」ことを意味し、その結果「高値掴み」をしてしまうリスクが高まるからだ。
仕入部材の供給業者の寡占度
あなたが新規参入しようとしている業界の売り手が寡占状態となっている場合、仕入コストは高止まりしやすくなる。
もし仕入部材の大半を「寡占状態の供給業者」に依存してしまえば、あなたの企業の製品は、その供給業者なしには作れない状態となる。
そしてその部材がその供給業者の寡占状態であるということは、ほかの供給業者からは仕入れることができないことを意味する。
もし仮に、寡占状態にある売り手から値上げ要請や取引条件の変更要請あれば、あなたは飲まざるを得なくなる。なぜなら「寡占状況の売り手」とは、あなたの企業の製品作りの命運を握っている売り手だからだ。
「業界内の競争」を評価する視点
「業界内の競争」を分析する上で重要な視点は「業界内の競争によって、利益の取り分はどの程度減りそうなのか?」だ。
例えどんなに売上が上げやすく、コストを下げやすい業界だったとしても、業界内の競争が激しければ、あなたの企業の「取り分」は減る。
以下、業界内の競争によって「利益の取り分が減りやすい」条件の代表例を簡単に解説しよう。
直接競合する企業の多さ
当たり前のことだが、業界内で直接競合する競合企業が多ければ多いほど競争は激しくなり、あなたの企業の「取り分」は減りやすくなる。
なぜなら、競合企業が多ければ多いほど、あなたの企業は多くの選択肢の中のひとつでしかなくなる。いわば多くの企業でパイの奪い合いとなるため、1社当りの取り分は小粒になる。
固定費の高さ
あなたが新規参入しようとしている業界が「固定費の高い」業界の場合、業界内の競争は激しくなり、あなたの企業の「取り分」は減りやすくなる。
「固定費」をご存じでない方のために解説すると、固定費とは設備投資後の減価償却費や人件費など「モノが売れようが売れまいが、必ずかかってしまうコスト」のことを指す。
この「売れようが売れまいが、必ずかかってしまうコスト」は粗利で賄うことになるが、固定費の比率が高ければ高いほど、高い粗利を得られなければ固定費を賄えないことになる。
しかし一方で、モノやサービスの価格はおおよそ相場が決まっていることが多いため、必然的に固定費の賄うための粗利獲得は「販売数量」に依存することになる。そして、業界内の多くの企業が「販売数量」を追いかけることになれば価格競争に陥りやすく、その結果1社当たりの利益の「取り分」は減ることになる。
撤退障壁の高さ
あなたが新規参入しようとしている業界が「撤退障壁が高い」業界の場合、利益の取り分は減りやすい。
なぜなら「撤退障壁が高い」ということは、例え赤字になったとしても撤退できずに、そのまま競争していかざるを得ない状況となるからだ。
撤退障壁が高い業界とは、大きく2つに分類できる。
一つ目は、初期に巨額の設備投資を必要とする業界だ。
なぜなら、もし巨額の設備投資を回収できないまま撤退すれば、最悪では資本金を上回る特別損失を一気に計上せざるを得なくなるからだ。
そして二つ目は、公共インフラなど高い社会的責任が求められる業界だ。
例えば航空業界がある地方路線から撤退しようとすれば、地方住民から反対運動がおこる。また、これは有り得ないことだが、東芝が「経営が苦しいので原発の廃炉事業から撤退します」と言いだせば、多くの社会的批判を浴びることは免れない。
これらのように「巨額の設備投資を必要とする」「高い社会的責任が求められる」業界は、例え赤字になってとして事業を継続せざるを得ないため、利益の「取り分」は減りやすくなる。
「新規参入の脅威」を評価する視点
「新規参入の脅威」を評価する上で重要な視点は「どの程度、新規参入事業者に取り分を奪われそうなのか?」だ。
あなたが参入しようとしている業界の利益は、必ずしも業界内の企業だけに分配されるわけではない。もし業界外からの新規参入事業者が多ければ、例え業界全体の利益が多くても、業界外からやってきた新規参入事業者に奪われてしまい、あなたの企業の「取り分」は減ることになる。
以下「新規参入事業者に取り分を奪われやすい」条件の代表例を簡単に解説しよう。
法規制の少なさ
あなたが新規参入しようとしている業界に「法規制」が少ない場合、例えあなたの企業が新規参入したとしても、更なる新規参入を招きやすい。その結果、あなたの企業の取り分は減りやすくなる。
これは逆を考えてみればわかりやすくなる。
例えばTV業界や通信業界、あるいは製薬業界など法規制が多い業界は、法律で定められた様々な条件を満たさない限り新規参入がしにくくなる。結果、限られた業界内企業のみの競争となるため1社当たりの利益の取り分は安定する。
裏を返せば法規制が少ない業界の場合、法規制をかいくぐるハードルが低いため多くの新規参入を招きやすくなる。結果、あなたが新規参入した後も新規参入事業者が現れやすくなるため、利益の取り分は減りやすくなる。
規模の経済性の働きにくさ
あなたが新規参入しようとしている業界が「規模の経済性」が働きにくい業界の場合、例えあなたの企業が新規参入したとしても、更なる新規参入を招きやすい。その結果、あなたの企業の取り分は減りやすくなる。
「規模の経済性」とは、事業規模が拡大するにしたがって商品1個当たりのコストが低下し、コスト競争力が強化されていく現象を指す。そのメカニズムは大きく分けると下記の3点だ。
- 大量仕入れによる仕入部材の単価削減効果
- 工場稼働率の向上による商品1個当たりの減価償却費削減効果
- 工員の習熟度向上による商品1個当たりの労務費削減効果(いわゆる学習曲線)
つまり「規模の経済性」とは「先にたくさん作ったほうが勝つ」という理屈であり、後発となる新規参入事業者からすれば参入メリットは薄くなる。
裏を返せは規模の経済性が働きにくい多品種少量生産・販売型の業界の場合はコスト差がつきにくいため後発企業の参入余地は大きくなる。つまりあなたが新規参入した後も後発参入事業者が現れやすくなるため、利益の取り分は減りやすくなる。
技術難易度の低さ
あなたが新規参入しようとしている業界の「技術難易度」が低い場合、あなたの企業が参入以降も、更なる新規参入を招きやすい。
技術難易度が低いということは「どの企業も似たような商品を簡単に作れる」こととイコールだからだ。
チャネル構築の容易さ
あなたが新規参入しようとしている業界が「チャネル構築しやすい」場合、あなたの企業が参入以降も新規参入を招きやすい。
こちらも解説の必要はないだろう。チャネル構築がしやすいということは「どの企業も簡単に作ったものを販売できる」こととイコールだからだ。インターネット通販などが新規参入しやすい典型だ。
逆に自動車業界などは、ゼロから販売店網(ディーラー網)を構築していく必要があるため、新規参入を招きづらい。
「代替品の脅威」の分析視点
「代替品の脅威」を分析する上で重要な視点は「どの程度、代替品に利益の取り分を奪われそうなのか?」だ。
あなたが参入しようとしている業界に優れた代替品が存在すれば、例え業界全体の利益が多かったとしても、その「取り分」は代替品を提供している業界外の企業に奪われてしまう。
以下「代替品に取り分を奪われやすい」条件の代表例を簡単に解説しよう。
代替品の数の多さ
あなたが新規参入しようとしている業界が「代替品の数が多い」場合、あなたの企業の「取り分」は減りやすい。
これは当たり前のことだが、代替品の数が多ければ多いほど、あなたの企業が得られる「取り分」は小粒になっていくからだ。
代替品の提供価値の高さ
あなたが新規参入しようとしている業界に「より提供価値が高い代替品」が存在する場合、あなたの企業の「取り分」は減りやすい。
例えばエステ業界の提供価値の一つに「痩せられる」がある。しかしその代替品として頭角を現しているのがトレーニングジム業界のライザップだ。ライザップは「結果にコミットする」と謳われている通り「痩せられる」という提供価値を約束し、かつ実証もしている。そのためエステ業界にとっては「提供価値の高さ」の面で脅威となり「取り分」は減りやすくなる。
代替品のコストの低さ
あなたが新規参入しようとしている業界に「よりコストが低い代替品」が存在する場合、あなたの企業の「取り分」は減りやすい。
例えば同じエステ業界で例えると、近年は家庭用美容機器(美顔器やスチーマーなど)が普及している。エステに通えば数十万円かかるコストが、家庭用美容機器なら数万円で済んでしまう。結果、エステ業界は少しづつ家庭用美容機器という代替品に浸食されはじめている。
このように「よりコストが低い代替品」が存在する場合、あなたの企業の「取り分」は減りやすくなる。
代替品業界の企業規模の大きさ
あなたが新規参入しようとしている業界に「代替品」が存在し、かつその代替品を提供している業界の企業規模が大きい場合、あなたの企業の「取り分」は減りやすい。
こちらもエステ業界で例えると、代替品である「家庭用美容機器」を提供している企業の一つは、家電大手の一角であるパナソニックの子会社「パナソニック電工」だ。
あなたもご存じの通り、パナソニック電工は多額の広告宣伝費をかけて、エステ業界の代替品となる美顔器やスチーマーの普及を推進している。
このように「代替品を提供している業界の企業規模」が大きい場合、その代替品に対して多額の投資を行う余裕があるため、あなたの企業の「取り分」は減りやすくなる。
ファイブフォース分析を思考ツールとして使い倒す方法と例:
ここまでお読みになれば、あなたはファイブフォース分析の「枠組み」と「ロジック」そして「5つの要素を評価する視点」はご理解頂けたはずだ。
それらを踏まえた上で、ここからはファイブフォース分析の分析例を紹介していこう。
あくまでこれから紹介するファイブフォース分析例は、すべてk_birdの見方・見解であることをお断りしておく。
ファイブフォース分析の例:ハーゲンダッツの日本市場参入
ハーゲンダッツは、そのネーミングの響きから「北欧のブランド」と誤解されがちだが、実は1961年にアメリカで生まれたアイスクリームブランドだ。当時の創業者のがデンマークの首都・コペンハーゲンから「ハーゲン」を取り、それに語感の響きのよいダッツを付け加えた造語であると言われる。
ハーゲンダッツが日本に市場参入したのは1984年にさかのぼる。東京の南青山に「ハーゲンダッツショップ1号店」をオープンさせた。
さらに1990年に日本でアイスクリームの輸入が自由化されると「ハーゲンダッツアイスクリームバー」の輸入を始め、日本拠点の独自商品も次々に展開、現在では独自のポジションを築いている。
以下、1990年当時に遡って、ハーゲンダッツを取り巻く環境をファイブフォース分析に当てはめていこう。
買い手の交渉力
1990年当時、すでに日本の小売業界は高度にチェーン化され強い交渉力を持っていた。
それに加え、アイスクリームの場合は流通上の要件として「冷凍在庫」「冷凍輸送」「冷凍陳列」が必要となるため「買い手」であるスーパー・コンビニ業界の協力なしには販売ができない。
このため、新規参入者だったハーゲンダッツにとっては、流通チェーンの「買い手の交渉力」にどう対抗し、あるいは味方につけていくかが大きな課題だったことが想像できる。
売り手の交渉力
ハーゲンダッツの主原料はミルクだ。しかしハーゲンダッツが規定している品質を守るためには、酪農時の牧草の土づくりや乳牛の体調管理、あるいは飼料の調整まで徹底的に管理が必要となる。
しかしこれらの品質管理に対応可能な酪農家は限られる。そのためミルクの供給業者の寡占度が高まりやすく、結果「売り手の交渉力」が強くなりやすい。
業界内の競争
1990年当時、アイスクリーム業界には森永乳業など大手競合企業がひしめき合っていた。よって「直接競合の多さ」に対してどう立ち向かっていくかも大きな課題になったはずだ。
新規参入の脅威
1990年のアイスクリームの輸入自由化によって、アイスクリーム市場への参入は容易になった。これは新規参入者であるハーゲンダッツにとっては追い風となる一方で、ハーゲンダッツ参入後も様々な企業が新規参入しやすくなるため、脅威にもなる。
実際に、アイスクリームの輸入自由化解禁後、サーティーワンアイスクリームやベン&ジェリーズなどの外国資本が日本市場に参入しており、これらの後発参入者に対してどう対抗していくかが課題となることがわかる。
代替品の脅威
当時、アイスクリームは「子供のおやつ」としての位置づけが主流だった。そのため代替品は「スナック」「チョコレート」「ガム」「キャンディ」など数が多く、かつそのほとんどが大手資本の菓子メーカーであったため「代替品の脅威」は大きかったことが推察される。
ファイブフォース分析を思考ツールとして使い倒す方法
冒頭で述べた通り、ファイブフォース分析は、単なる情報収集や情報整理のツールではなく「示唆」を導き出すためのビジネスフレームワークだ。
「示唆」とは「どこをどう攻略すれば戦いやすい土俵になるのか?」を見出すことであり、マイケルポーター教授も「業界に働く5つの競争要因からうまく自社を守り、自社に有利になるように競争要因を動かせる位置を業界内に見つけること」だと述べている。
ここからは、上記のハーゲンダッツの例に「ハーゲンダッツはどのようなロジックや戦略を導き出したのか?」についてk_birdの見解を解説しよう。
ハーゲンダッツの戦略①:ブランドポジショニング戦略
この時、ハーゲンダッツが取った戦略の一つ目が、ブランドポジショニング戦略だ。
前述した通り、当時「アイスクリーム」といえば「子供のおやつ」という認識が主流だった中、ハーゲンダッツが打ち出したブランドポジショニングが「大人のデザート」だ。
この戦略を取れば、ロッテやグリコ、森永乳業など「子供向け」に提供されていたアイスクリームブランドは競合でなくなる。
真の競合は「百貨店デザート」となるが、百貨店は都市部にしかなく手軽に手に入らないため、スーパーやコンビニエンスストアで気軽に変えるハーゲンダッツにとっては業界内競争を優位に進めることが可能となる。
また、ハーゲンダッツを「大人のデザート」と位置付ければ「スナック」「チョコレート」「ガム」「キャンディ」などの代替品の脅威を打ち消すことも可能となる。
ハーゲンダッツの戦略②:プル型マーケティング戦略
プル型マーケティング戦略とは、最終消費者のニーズを喚起することによって流通チャネルを経由した商品の流通を促す戦略のことをいう。
ハーゲンダッツは1990年の輸入アイスクリーム自由化後、1991年には早々とTVCMをスタートさせ、一気にブランド認知率とブランド連想を浸透させる戦略を取った。
ハーゲンダッツの認知度やブランド連想が社会に浸透し、最終消費者のニーズが劇的に高まれば、スーパーやコンビニエンスストアなどの「買い手」は、例え「冷凍在庫」「冷凍輸送」「冷凍陳列」の手間があったとしても、ハーゲンダッツを店頭に並べざるを得なくなる。もし店頭に並べなければクレームや機会損失が生じたり、あるいはいち早く店頭に並べたライバルチェーンに顧客を奪われてしまうからだ。
そしてこの戦略が功を奏していることは、あなたもお気づきのはずだ。現在ではハーゲンダッツ専用のチルドコーナーが用意されている店舗も多い。
さらに、ハーゲンダッツは「Pure Pleasure(純粋な至福)」というブランドコンセプトを元に最終消費者に対してブランディングを継続し、早期にハーゲンダッツのブランド力(=生活者がハーゲンダッツに感情移入する度合い)を向上させた。
以降、サーティーワンアイスクリームやベン&ジェリーズなどの外国資本が日本市場に参入したが、ハーゲンダッツの先行者利得とブランド力の壁に阻まれ、ハーゲンダッツほどの存在感を発揮していないことは、あなたもご存じの通りだ。
ファイブフォース分析を思考ツールとして使い倒す方法
ことビジネスフレームワークとなると、つい入手した情報を当てはめて分析をした上で「現状にどう適応していくか?」という視点に陥りがちだ。
しかし上記のハーゲンダッツの例でもわかる通り、一見収益性が低そうに見えても「現状を成り立たせている前提そのものを覆せないか?」という視点を持つことで優れた戦略を導き出せる場合がある。
ぜひ、ファイブフォース分析を行う際には「現状を肯定」するだけでなく「現状を覆す」視点も持ち合わせておこう。
使えるファイブフォース分析:ダウンロード用無料テンプレート
ファイブフォース分析は、いわば「業界全体」を扱うだけに幅が広い。さらに「自社が新規参入者としての立場」なのか「新規参入者を迎え撃つ立場」なのかによって視点や使い方が変わるため、つい混乱しがちだ。
よって1人でうんうん頭をうならせるよりは、チームメンバーが参加するワークショップ形式のほうが生産性が高まりやすい。
今回の解説では、ファイブフォース分析を「思考ツール」として使いこなすためのテンプレートを用意している。以下の画像をクリックしてもらえれば、ダウンロードできるようになっている。
このテンプレートを貼り出してチームでポストイットワークを行えば、多様な視点でファイブフォース分析を行えるはずだ。ぜひ、あなたはもちろん、チームメンバーで使いこなしていただければ幸いだ。
終わりに
今回は「使えるファイブフォース分析とは?5F分析を使い倒す方法を徹底解説」と題して、ファイブフォース分析について解説した。ぜひ、あなたのチームのブランドマーケティングにおいて、有益な示唆となれば幸いだ。
今後も、折に触れて「ロジカルで、かつ、直感的にわかるブランディングの解説」を続けていくつもりだ。(過去記事と今後の掲載予定はこちら)
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