ウマの骨格標本が目を引く鹿児島大農学部獣医学科の一室。天井につり下げたモニターに、顕微鏡の前に座る白衣の男性が映し出された。男性がいるのは、山口市の山口大だ。4月から使う予定の「双方向性遠隔授業システム」を実演してもらったのだ。
鹿児島大と山口大の獣医学科は、4月から「共同獣医学部」となり、インターネットを使って授業をする。鹿児島大の教員の講義では、教室に山口大の学生の聴講風景が映し出される。山口大の学生から質問があれば、教員はパソコン画面を触ってその学生を大写しにし、反応を確かめながら答えることもできる。
全国初の「共同学部」の試みは、国立の獣医学関係学科を再編することをめざした数十年の論争の末、ようやくたどり着いたスタートラインだ。同じ時期に、北海道大と帯広畜産大、岩手大と東京農工大もそれぞれ、学生が共通の講義を受けられるようにして連携を深める。
唐木英明・東京大名誉教授(70)は、「日本の獣医師教育は欧米に比べ、かなり後れている」と指摘する。かつて、各大学の代表者でつくる協議会の会長として、再編論議を進めた。問題は、小規模な獣医学科の乱立だという。
欧米では100人以上の教員を抱える大学も多いが、日本では2010年5月の時点で、獣医師養成課程のある国立10大学のすべてで専任教員は50人以下。鹿児島、山口など4大学は30人にすら満たなかった。感染症が起きた際の危機管理、食品の安全、ペット治療……。幅広い領域でより専門的な知識が求められるようになっているのに、1人の教員が専門外の分野まで教えざるをえず、内容がどうしても浅くなる。
「社会のニーズがあるのに、新分野どころか解剖学、生理学、薬理学といった柱の科目すら十分対応できない」。鹿児島大獣医学科教授で前学科長の三角一浩(48)は話す。
一方、獣医学科の人気は高い。入試の平均倍率は国公立で約10倍、私立では約20倍に上る。人気学科を手放したくない大学や地元自治体、同窓会などの反発で、再編は進まなかった。「鹿児島、宮崎、山口、鳥取の4大学の獣医学科を統合し、九州大に移す」という案がつぶれ、鹿児島大が最後に行き着いたのが山口大との共同学部構想だ。
日本で特に手薄とされるのが、動物を実際に取り扱ったり、手術したりする臨床の分野だ。東京の赤坂動物病院に勤める石田卓夫(61)は、大学でも、卒業後に勤める病院でも十分な臨床経験を積めないまま開業する獣医師が多いことに危機感を抱いた。1998年、若手獣医師らに実際の症例や治療法を学んでもらう日本臨床獣医学フォーラムを設立。各地で講義を続け、最近の年次大会には2000人以上の獣医師が訪れるようになった。
石田はネコのウイルス研究の第一人者。30代に米カリフォルニア大デービス校で研究し、教育水準の差を肌で感じた。自ら発起人のひとりとなって奨学基金をつくり、今年から若手獣医師を米国に留学させる。「次の世代を指導できる獣医師を育てなければならない。そうした専門医教育は、残念だが米国に頼るしかない」と話す。
(青山直篤)
(文中敬称略)