バルミューダが目指すのは「数値化できない体験」夢を諦めた男が高級トースターをヒットさせるまで
「Advertising Week Asia 2017」の中で、セッション「体験を生み出すバルミューダの仕事 〜おいしいご飯の炊き方教えます〜」が行われました。登壇したのは、バルミューダの寺尾玄氏と博報堂ケトルの嶋浩一郎氏。自然の風を生み出す扇風機、これまでにないおいしさでトーストを焼き上げるトースターなど、家電業界に数々の確信を起こしてきたバルミューダ。その発想はどうやって生まれたものだったのでしょうか。本パートでは、寺尾氏がトースターを作るまでの経緯を振り返りました。
- シリーズ
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Advertising Week Asia 2017 > 体験を生み出すバルミューダの仕事 〜おいしいご飯の炊き方教えます〜 2017年5月30日のログ
- スピーカー
- バルミューダ株式会社 代表取締役 寺尾玄 氏
博報堂ケトル 代表 嶋浩一郎 氏
コモディティ市場にイノベーションを起こしたバルミューダ
嶋浩一郎氏(以下、嶋) みなさん、こんにちは。よろしくお願いします。博報堂ケトル代表、嶋です。
今日、このセッションの枠では、今僕のお隣に座っていただいていますバルミューダ株式会社の代表取締役・寺尾玄さんをゲストに、いろいろお話をうかがっていこうと思います。よろしくお願いします。
寺尾玄氏(以下、寺尾) 寺尾です。よろしくお願いします。
嶋 ここに来てるみなさんは、「バルミューダがどういうものを作っているのか」をご存知だとは思うんですけど。
寺尾さんが代表をされてますバルミューダは、かなり革新的なものを作っています。これは扇風機なんですけど、いわゆる自然の「窓から入ってくるような風を扇風機で作れないか」っていうことで、羽を2枚作って、付けて……。
寺尾 二重構造にして。
嶋 「二重構造にして風を作る」みたいな扇風機ですとか。
あとこれ(トースター)、僕も愛用しているんですけど。本当にね、これでパンを焼くとおいしいんですよ。
僕、クロワッサンが大好きなんですけど。クロワッサンって外がサクサクで中がモチモチっていう、なかなかアンビバレントなところがあります。モチモチとサクサクを両立させないといけないんですけど、これでクロワッサンを焼くと……。
寺尾 最高です。
嶋 「最高にモチモチとサクサクが実現する」みたいなものを作ったりされてます。
僕、今日(寺尾さんを)ゲストにお呼びするにあたって、「ここがすごいんじゃないかな」って思ってることがいくつかあって。
1つ目は、扇風機や炊飯器、トースターの「もうこれ以上どうやってイノベーションを起こせばいいんだ?」を、かなり革新的なアイデアを投入して進化を起こす。コモディティ市場にイノベーションを起こしたことがすごいと思っています。
バルミューダの炊飯器でご飯を炊く体験とか、トースターでパンを焼く体験は「今まで焼いてきたパンはなんだったんだ」と思うくらいに、すごく新しい体験をユーザーに提供している。そこがすごいなと思っていまして。
寺尾 はい。
自分の中をたぎってしょうがないクリエイティブを変換する
嶋 寺尾さんすごいんですよね。元ミュージシャンなんですよね? 寺尾 そうです。 嶋 ミュージシャンから家電業界に参入したんですよね? 寺尾 いきなり家電だったわけじゃないんですけどね。 嶋 なんで「この家電を作ろう」と思われたんですか? 寺尾 一言で答えると、流れです。 嶋 流れ(笑)。 (会場笑) 寺尾 特段の狙いはなくて。ミュージシャンをやっていて、20代のほとんどの時間を本当に「ロックスターになろう」と思ってがんばっていたんです。でも、なれなくて。 嶋 理想のミュージシャンは誰だったんですか? 寺尾 私が大好きなのはブルース・スプリングスティーンという、「ボス」って呼ばれてる人なんですけどね。 嶋 なるほど。 寺尾 彼みたいになろうとがんばったんですけど、結局なれませんでした。 私は17歳の時に高校を中退して、1年くらいかけてスペインやモロッコ、イタリアなどを1人で放浪の旅をしていたんです。そして日本に帰ってきた時に「なんにでもなれるな、俺」と思ったんですよ。それが18歳の時だったかな。本気でそう思っていて、僕の未来は選びたい放題でした。 嶋 そういうことを言いたいですね、格好いいですね(笑)。 寺尾 選ぶのは自由です。でも、なれるかどうかは別の話だと思うんです。最初は小説家や詩人になろうと思ったんですけど、ちょっと地味だなと思って。「あー、ロックスターのほうが派手だ!」と思って始めたんですよ(笑)。 嶋 小説家とミュージシャンを比べて、派手なロックスターのほうに。 寺尾 まあ、若かったですからね。 そして10年がんばったんですけど、できなかった。けれど、結局今も続いていることですが、私がやろうとしているものは、自分の中をたぎってしょうがないクリエイティブをなんらかのカタチで物事に変換して人々に伝え、あわよくばというか、一番やりたいのは共感です。 人と共感したい。「俺はこう思っているんだよ」「私もだよ」と言われた時のあの感覚は、とてもすばらしい体験だと思うんですね。すべてのヒット曲、ヒット商品は、その共感がなければ生まれないと思うんです。 それを今、音楽でできなかったことをブランドとハードウェア、およびテクノロジーというカタチにして、人々にわかっていただきたいと思ってやっているだけなんです。
数値なんて関係ない「素敵さ」こそ価値がある
嶋 でも、音楽とかで共感を伝えるのは……簡単に言っちゃうようでミュージシャンの方々に失礼かもしれないですが。まあ、伝わるじゃないですか。でも、家電というチャネルを通じておいしいパンを食べる体験を共感として伝えるのは、すごく難しいですよね?
寺尾 逆にですね、ほとんどの家電にまつわる会社がそれをやっていないんですよ。ということは、簡単なんです。コンペティターがいないということなんです。
嶋 はあ。確かに。
寺尾 みんなが技術の話をしていて、アートの話をしていない。でも、人間が本当に欲しいのは、私はアートだと思っています。
わかりやすく言うと、世の中には「数字で測れるもの」「数字で測れないもの」があると私は思っています。そして多くの場合、……というかほぼ100パーセント、数字で測れないものの方が大事だと思っています。美しさやおいしさ、気持ち良さ。
とても素敵な人がいたとしたら、その人の体重が何キロとかってあまり関係ないですよね。その素敵さこそが、我々にとっては価値がある。
例えば、家電はただの道具なんです。道具は人の役に立つためにあります。人が欲しいものを提供するのが道具なんです。昔はそれを「便利さ」の一言で済んでいました。でも、もう道具はみんなが持っている時代です。そのなかで買ってもらうのは、そもそも無理ですよね。だって、洗濯機を持っている人に「洗濯機を買ってください」と言うのは無理じゃないですか。
嶋 無理ですよね。
寺尾 今、もの作りの会社の多くがすごく困った状況にあるって言われてますけれども、それは「道具が行き渡った」からです。
嶋 全部持ってるから。そこでさらにいろんなスペックとかいじっても、もうしょうがないということですか?
寺尾 しょうがなくないですか? いらないっすよ。
嶋 いらない(笑)。
寺尾 音楽をやめて「ものを作りたい」と思った。そのきっかけはいくつかありましたが、入り口はやはりデザインだったかもしれないですね。
当時のデザインも少し新しい流れができてきた時代でした。もちろんAppleの影響もあったと思うんですけれど。そこで「音楽をやろう」としていたことよりも、「もしかしたらもっと面白いことがこの世界でできるかもしれない」と思ったのが入り口だったと思います。
人は食べ物の持つ力で生きている
嶋 そして、いろんな商品を作られてきたわけですけど。
もう、僕も一番すごいなと思ってるのがこのトースターなんですけど。トースターはどうして作ろうと思われたんですか?
寺尾 私が毎朝パンを食べているからです。
嶋 (笑)。パン食なんですね。
寺尾 そうです。
嶋 パン、大好きなんですか? やっぱり。
寺尾 大好きというか、トーストが好きですね、やっぱりね。
嶋 僕もトーストが大好きなんですけど、喫茶店に行くと必ずモーニングのトーストを食べ比べたりとか。トーストはおいしいですよね。
寺尾 おいしいです。
嶋 トーストがおいしいから作っちゃった、ってことなんですか?
寺尾 毎朝トーストを食べてて、「これ、もっと絶対おいしくなるはずだな」って思ってたんです。
ちょっと思い出話をさせてもらいますけれども。私が17歳で高校をやめてスペインに旅行へ行った初日のこと。スペイン南部にあるロンダという街を目指していたんですね。成田から飛行機に乗って何十時間もかかって、道に迷ったりバスに置いてけぼりをくらったりしながらやっと着いたんです。
当たり前ですけれど、1人ぼっちです。誰にもこの苦労と達成感を話すことができなくて、さみしいし不安だし。
嶋 そうですよね、1人だから。
寺尾 「明日からどうすんのかな?」っていう気持ちもあった時に、ロンダの街角から、小さいパン屋さんからいい香りがしてきて。そして、焼きたての小さいパンを譲ってもらって食べたんですね。
それを食べた時。……それまでは自分が立派だと思っていたんですよ。17歳で1人でここまで来た。でも、「俺、勇敢だったのかな」って思ってたんです。「すごく怖がりながら来たし、途中でいろいろ心配になったり不安になったりした時点で、やっぱり勇敢じゃなかったのかもしれない」とも思ったんです。
そういったはちきれんばかりの気持ちがあって、そしてすごくお腹が空いていた。そして、その小さなパンを食べたら、もう、涙がとめどなく流れてきて。食べるのに困るほど泣いちゃったんですね。あの時の気持ちになにが起こったのかよくわからないです。
でも、1つだけよくわかったことがあります。
食べ物は、食べたらなくなる。でもあれ、嘘なんですよ。嘘というか、勘違いなんですよ。1つのパンを食べたら(胸に手を当てて)こっちに移るんですよ、エネルギーが。それによって我々は生きていくことができるんです。それが、当たり前ですけど、食べ物の持つ力で生きるということだと思うんです。
嶋 はい。
寺尾 あの体験があるんで、「本当は食べ物ってすげーんだよな、普段はわかんないけど」とずっと思っていて。毎朝あんな体験をする必要はありません。
嶋 毎朝ね、ボロボロと涙を流してたら、会社へ行けなくなっちゃいますからね(笑)。
(会場笑)
寺尾 なっちゃう、なっちゃう。なので、それは困るんですけれども。
「毎日食べているパンがもう少しでもおいしいと、ちょっと楽しくなるんじゃないかな、元気になるんじゃないかな」と思って。そして我々があれを考え出したのが2014年の頃ですかね。
バルミューダも、ある程度はエンジニアがそろってきた時代でもありました。「我々のテクノロジーに対しての知見とかチャレンジというのを使えば、数段おいしいトーストをお客さんに提供できるんじゃないかな」と思って企画したのがトースターでしたね。
まずは「世界一おいしいパン」を数値化
嶋 でも、寺尾さんが「こんな味のパンを焼きたいんだよ」っていうことを社員、技術の方にお話するっていうことですよね? 寺尾 そうです。 嶋 その……、この抽象的な「こんな味のパンを焼きたい」みたいなことは、技術者の人とちゃんと言葉とか(イメージとか)通じたんですか? 寺尾 えっとね、そこから調査なんですよ。 最初は「感動的においしいものを食べたい」というすごくざっくりとしたイメージだったんです。では「感動的においしい」はなにかというと、今度は数字の話になっていきます。 例えば、食パンがトーストに変わる現象は、同じものじゃないですよね。 嶋 食パンとトースト、違いますよね。 寺尾 色も違うし、重量も違います。じゃあ、なぜあの色の変化はなにかというと、メイラード反応という反応が表面で起きるからなんですね。その反応は何度で起きるのかを調べていくと、「180度です」っていうのがわかるんです。 嶋 はい。 寺尾 その先の炭化(炭素分に富んだ物質になること)には、今度は本当に焦げていく現象は220度から起きます。その前にデンプンのα化があって、これは50度から60度の間で起きるんですね。 嶋 デンプンがα化するとは、食感的にはどんなことなんですか? 寺尾 柔らかくなる。 嶋 モチモチってやつ? 寺尾 柔らかくなる。 デンプンはもともと水分を内包しています。ですが、パンとして生成されて1〜2日経つと、その水分だけが外に出てしまいます。実際の物質の固さとして、固くなってくるんです。その水分を戻してあげるのが、α化なんです。 このα化の時間を長くして、一気に180度まで上げる。そして、180度で周りが茶色くなってきます。この時、色が変わるだけじゃないんです。 ただの食パンの場合、表面の化学物質はだいたい30種類です。それがメイラード反応が起きることで百数十種類に増えるんです。これによって、アーモンドのような香ばしい香りやチョコレートのような甘い香りがしてくる。 これが、焼き物がおいしくなる理由なんです。生肉よりステーキのほうがおいしいですよね。まあ、生肉は食べられないのでステーキにするんですけれど。焼き物の場合は、メイラード反応で周りがパリッとしていて香ばしい香りがたくさんする。そして、その中に十分な水分と脂分が残っていて、熱々。これがおいしい焼き物の条件です。たこ焼きでもそうですよね。 嶋 なるほど。じゃあ、「世界一おいしいトーストを食べたい」って言った寺尾さんの一言が、技術者の方によって今みたいな、食パンがトーストに変化していくことを科学的に。 寺尾 そうです。 嶋 「それを一番実現できる装置を作ろう」っていうことに。 寺尾 そうです。