ちょっと不安

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最近、同級生の再会やなんやらで、たまにヘトヘトになる。

 

その同級生と酒を交わしながら色々話をしていると、

 

その同級生のとてつもない過去の記憶話が、自分の中で反響する。

 

確かに楽しい。

 

青春時代をいじめを受けるなどして辛い思いをして過ごしてきた二入だからこそ

 

こうして今、色々話せる。

 

その友人の記憶力は本当に凄くて、

 

自分は全く覚えていないという立ち位置が成り立つ。

 

嫌なことは忘れたい。

 

それが自分の心からの願いである。

 

自分も45年生きてきて、

 

解雇、

 

退職、

 

離婚、

 

転職

 

生活保護

 

自己破産、

 

精神疾患などいろいろ辛い経験をしてきた。

 

でも、全て相手が悪い訳じゃない。

 

自分の至らなさもあると思う。

 

 

時間が経つに連れて、

 

「憎しみ」

 

 

「怒り」

 

の気持ちは薄れていき、

 

そして記憶から少しずつ消えていく。

 

確かに全てを完璧に忘れることはできないけど

 

それが心の傷になったとしても

 

人は生きていかないといけないと思う。

 

自分だって今まで生きてきたながで

 

人を傷つけたこともある。

 

その中に、元嫁もいる。

 

今年の9月で離婚して4年目に入る。

 

元嫁が何をしているのか、子どもたちが何をやっているのか

 

全くわからない。

 

でも、連絡がないということは、

 

自分勝手な考え方かもしれないが

 

幸せにやっていると解釈している。

 

自分も若い時と同じように

 

40代で再び一人暮らしを初めて、

 

日々、家事をこなす中で、

 

段々と結婚していたという事実さえ薄れてきて

 

一人の生活を楽しんでいる。

 

確かに、思い出そうとしたら色々ある。

 

勿論、話せないこともある。

 

でも、いつまでも罪を償っていきても

 

自分が苦しいだけである。

 

元嫁とは、離婚という形で終止符を打った。

 

もし、今彼氏や旦那さんがいても

 

元妻がそれで幸せなら、自分はそれで幸せである。

 

先程の友人も色々あったが、今の彼女と毎日楽しく過ごしている。

 

それはそれで、実に幸せなことである。

 

その友人から

 

「彼女作れよ!」

 

と言われるが、

 

躊躇してしまう自分がいる。

 

ここ数年精神的に安定しているのも、

 

家事など自分の思うようにできることや

 

食事も自分の好きなものを食べたりしていることなどが

 

要因していると思う。

 

もう、相手が親だろうが、

 

「喧嘩する」

 

のは疲れた。

 

今は、両親、妹と音信不通状態が続いていて

 

妹とは10年以上会っていない。

 

両親とも3、4年連絡を取っていない。

 

携帯の番号も教えていない。

 

子供の頃は、父親を中心にスキーや山登り、バーベキューなど

 

家族を大切にしてくれた父親だった。

 

その子供として生まれてきて、

 

今は素直に感謝している。

 

親孝行は、一生できないかもしれないけど

 

自分も仕事がようやく見つかり

 

少しずつ前進している。

 

「彼女は・・・」

 

正直いうと面倒くさい。

 

もし、喧嘩になったりしたらと考えると

 

交際のことを考えると憂鬱になる。

 

話をするぐらいならいいけど

 

生活をともにするのは、かなり消極的である。

 

その理由は、育ってきた家庭環境の違いにあると自分は思う。

 

その人の人格や性格は、その人が育ってきた家庭環境に

 

起因するものだと改めて自分は思う。

 

自分は、旭川で生まれたけど

 

それは書類上の記録でしか無く

 

記憶はまったくない。

 

大好きな安全地帯がメンバーの一部を除いて

 

旭川出身ということが唯一の自慢だったりする。

 

記憶は、内地にいたことから始まり

 

そして祖母の癌の発症を切っ掛けに

 

北海道の田舎町に家族で引っ越ししてきた。

 

そして、その田舎町に高校卒業までいた。

 

小学校時代からいじめにあっていたので、

 

早く田舎から出たい!

 

と考えていた時に、

 

進学の話が出たので、一人暮らしを始めた。

 

まぁ~こと後のことも書き続けるとブログが終わらないので

 

この辺で止めるが、

 

確かに、世の中には色々な人がいる。

 

「世の中何が正しくて、何が悪いか?」

 

と30代の時に考えたことがあるが

 

その答えは・・・

 

「なにもない」

 

ということである。

 

自分も基本的な性格は楽観主義だと思うが、ちょっと神経質な部分もある。

 

感情の起伏も激しい部分もあると思う。

 

45歳になり、大体の自分はわかってきたような気がするが

 

本当の自分の事は、幾つになってもわからないような気がしてる。

 

そのことに少し

 

「不安」

 

を感じる。

 

※長文、失礼しました。

 

 

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