さて、土曜日と日曜日のエントリーに対して、沢山のご意見、ありがとうございました。

ご意見を伺いながらそれに対しての返答も見解も述べないのはおかしなことなので、今日は珍しくちょっと真剣に書かせていただこうと思います。




先週のブログ「一昨日のブログについて」の中にも記してありますが、基本的に僕はブログに全文を書いてしまわないように気をつけています。あえて文中のどこかに結論部分の中の一部の言葉などを使って匂わせようにしながら、読んでくださってる方々にも「読み解く」楽しさのようなものを感じて頂きたい、と考えているからです。

でも、今回はせっかくご意見なども募集しましたので、僕の意見やその成り立ちが全部分かるように細かく説明してみようと思います。
当然、理屈っぽいので、いつものテイストの方が気楽だ、と思われる方は今日は流し読みしておいてください。



まず土曜日のエントリーで僕が記したのが、親友の自殺のエピソードでした。(→「笹井氏の自殺について」)
そのエピソードをもとに、「自殺」という選択肢事態を、僕は認めない、認める気にならない、と主張しました。

まぁ、多くの方の思った通りです。そう。ごく普通の事を書いただけですね。ただの一般論です。

昨日のエントリーでは、「うつ病だからしょうがない!」というご意見が多かったのを受け、いや、選択肢に入っている段階でおかしいでしょ?と聞いてみました。



その背景には、僕自身も昔テレビで扱い、取材した日本の自殺問題の闇があります。



まず、「うつ病、うつ病」って言ってる方々、認識が少しだけ違っているはずです。正確に言うと「双極性障害」が原因だと思います。要は「躁うつ病(そううつびょう)」です。調べてみてください。そのはずです。

誤解されてる方が多いんですが、「うつ病」は自殺にあまり結びつかないんです。「うつ病」ってのは本当に様々なことにやる気や気力を失うんです。うつ状態の間は人間、ほぼ自傷行為には走らないはずです。少なくとも僕が取材した範囲では専門家の先生はそうおっしゃってました。
では、なんでそんな誤解が生じているのか?
「うつ病と同時併発的に発症する「躁病(そうびょう)」の存在をご存じでしょうか?攻撃性があり、常軌を逸した行動力にあふれ、自分を全能だと勘違いし、パワーがみなぎってしまう状態。

精神医学的に、最も恐れられ、危険度が圧倒的に高いのは実は「うつ状態」ではなく「躁状態」なんです。

その両極端な姿が交互に現れはじめる状態を「双極性傷害」と言います。一般的に「躁うつ病」と言われる状態です。

自殺を含む自傷行為とは、その「そう状態」が顔を出した時に起こるのが90%以上だと聞いています。「うつ病」と「自殺」とは全く関係がないとは言わないのですが、完全にリンクしているものではないんです。まずここを押さえておきましょう。

ここで一つ目のポイントがあります。

ポイント1:日本では圧倒的に「うつ状態」の患者が多いのに、自殺者数が多すぎる点



ここを押さえていただき、二つめの考察です。それが1つ目のポイントにもあげた「自殺者数」の話です。
日本の自殺者数は3万人。これは皆さん、けっこうご存じの数字ですよね?多い多いって言われていますが、これ、どれくらい多いかご存知ですか?これは世界的な調査がちゃんとありまして、WHOが世界119か国を対象にしっかりとした調査を行っています。

日本は人口、10万人に対し、自殺者数はなんと24.4人!

なんと世界119か国での調査で、7番目に高い数字。言うまでもなく、先進7か国ではダントツすぎる高い数字なのです。

ちなみに「躁うつ病大国」とまで揶揄され、国民の4人に一人が何らかの「躁うつ状態」になる、とまで言われているアメリカにおいて、自殺者は10万人当たり11.5人です。世界では40番目です。

いいでしょうか?

アメリカは完全失業率が9%を超えている国です。現段階で、精神疾患の患者数が2000万人を超え、国際的にも最もメンタルの弱い国の一つです。そのアメリカで、自殺者率はわずか日本の半分にも満たないのです。

保険もない
仕事もない
貧富の差は日本どころじゃない

日本的な感覚なら、「自殺」に結びつきそうな状況はアメリカには全部揃っていると思っておいてください。しかもおあつらえ向きに、銃社会です。自殺しようと思ったら、首を吊る必要はありません。銃で一発です。事実、アメリカの自殺者はその大半が銃による自殺です。

ここでポイントが浮き上がります。

ポイント2:アメリカでは自殺者数率は日本の半分以下

これらの事実を押さえると、ある一定の仮説が浮かび上がるのです。そう。

仮説:「精神疾患と自殺」は、直接的には結び付くとは言い切れないのではないか?

という事です。山ほど頂いたコメントである「笹井さんは精神的に追い詰められたから自殺したのではないか?」というご指摘。まるで日本で都市伝説化しているこの仮説は、なんだか僕にはあまりにもイビツなものに映ったのです。笹井さんはどう頑張っても「そう状態」にはならない状況です。元気で力いっぱいにはなりにくい状況です。
また、精神的に追い詰められて自殺に結びついたのであれば、単純にアメリカ人の自殺の方が圧倒的に多くなければ説明がつかないからです。

実際は日本人の方がよっぽどすぐに自殺するのです。

何故か?僕はそこを突き詰めて考えてみました。そこで一つのヒントになりそうな国の存在が浮上しました。



それが韓国です。

【考察 韓国の例】

なんとお隣、韓国では2012年に信じられないデータがはじき出されています。
国民10万人当たりに対する自殺者数はなんと31人!!
WHOが調査を行った世界119か国中で、なんと2位という考えられない数字だったのです。10万人いたら31人自殺するんですよ??日本の1.3倍もの数字なのです!

そこで一つの文化背景に目をつけました。それが昨日のブログにも書いた

「死者を鞭打たない文化」

です。

昔、韓国に何度も取材に行きましたが、これは儒教の影響か、日本も韓国も完全に同じ文化でした。
テレビ見てみてください。
笹井さん、褒め称えられていたでしょ?テレビで笹井さんの事、責めたててたのなんて、TOKYO MXの中村うさぎさんくらいなもので、まぁ気持ちいいほどに、日本のテレビでは死んだ途端…

・日本のエースだった!
・惜しい人材をなくした!
・素晴らしい成果をあげて世界でも有名で…

ってやり始めたでしょ?手のひら返しとはこのこと。気持ち悪い報道が相次ぎました。

考えて頂きたい。
笹井さんがやらないといけなかったことは「証明すること」です。もしくは「説明すること」と言えます。どちらも出来ないなら「謝罪すること」では?弟子を残して、遺書残して逃げることじゃないと、強く思うんです。

「正常な判断なんて出来なかったんですよ~」

というコメントを多数頂戴しましたが、いやいや!しっかりと3人の方に遺書まで残していますよね?完全な錯乱状態じゃない事は明白です。完全な思考不可能状態であれば、遺書などは残りません。実際に突発的に錯乱して自殺する人も少なくありません。

でも、こんな普通のことを日本ではテレビでは言えなくなるんです。
死者にムチ打ったらいけないから。死んだら褒め称えないといけないから。

逆説的に言いましょう。

この文化背景を上手く使えば、死ぬタイミングを間違えなければ、日本では突然「英雄」になることだってできるんです。故人は褒め称えるので。死ねば許してくれるので。全部。

これは韓国でも全く同じ文化なのです。先人を尊ぶ文化が根付いているのです。先人を尊ぶことを悪いとは思わないんですが、ちょっと、行きすぎな気がするんですよね。褒めちぎるでしょ?日本のマスコミは。叩かれるのが嫌だから。ほら、はっきり言っちゃうと、今回の僕のコメント欄とかも見てください。こうなるのが面倒くさいからコメンテーターとかも「死んだら誉めとく」んです。

僕はここに原因の一つを見ます。

自殺したら許され、死んでしまえば、褒めてもらえる。

そういう文化が根付いているので、絶望感を感じている人にとっての「選択肢」に入って来るんじゃないか、と。「自殺」という行為が。

でないと、精神疾患だ、だから自殺なんだ、と言い始めるなら、アメリカの例が全く説明できなくなるんですよね。ちなみにアメリカは死のうがどうしようが、罪は罪です。むしろ、自殺することはキリスト教の文化的にそれ自体が罪なので責められます。そもそも「選択肢」に入ってないので。

日本と韓国にはびこる自殺数の多さ、その原因は




自殺した人に(無理やり)理解を示すこと

自殺した人を褒め称えるマスコミ

自殺した人を許す文化背景





にあるという仮説を僕の一応のベースにしてみました。そこまで考えたうえで、一昨日のエントリーに至った訳です。良かったらもう一度読み返してみてください。何を書いているのか良く分かりますから。

従って、
「マスコミが笹井さんを自殺に追い込んだのではないか?」
というご質問に対する答えは下記となります。

・マスコミの追求は当然のこと。それくらい世間を混乱させたことは言うまでもない事実。
・説明し、証明する責任を回避し、自殺という結果行動を取った笹井氏の行動は、僕は「逃げ」であると考える。
・精神的に追い詰められることと「自殺」という行為がデータ上は結び付きにくい。従って、「追い込む報道は当然マスコミはしたと言えるが、それによって自殺したのだ、という意見にはやや強引さを感じる」。

が結論です。





以上です。