ソーシャルブックマーク「Delicious」が、競合の「Pinboard」に買収されたそう。
って、今となっては、Deliciousってなんのこと?!という人も多いよね。日本でいうところの はてなブックマークみたいなものかな。個人的にはてなブックマークはたんまーに見る程度なのだけれど、たぶん近いもの。
もくじ
母を探して三千里
いまの日本で知名度が低いであろうDeliciousについて書こうと思ったのは、こんなに人が依存して(ブクマは使えば使うほど離れられないもんね)、愛されている(”いた”、と過去形のほうが正確か)サービスでも、時代の流れや悪い経営判断、顧客とのコミュニケーション不足でこうなってしまうんだな…という悲劇の例だと思ったから。
調べてみたところ、Deliciousの「母を探して三千里」の経緯はこんな感じらしい。
- 2003年:Joshua Schachter氏とPeter Gadjokov氏が創業
- Union Square Venturesを含む投資家から資金調達(金額非公開か)
- 2005年:Yahooが買収
- 2011年:YahooがAVOS Systemsに売却
- AVOS Systemsの創業者はYouTubeの共同創業者(Steven ChenとChad Hurley)
- 2011年9月にリニューアル、ユーザからはクレームの嵐
- 2014年:AVOS SystemsがScience Inc.に売却
- 2016年:Science Inc.がDelicious Mediaに売却
- 2017年:Delicious MediaがPinboardに売却
Yahooに買収された時点のDeliciousのユーザ数は30万人。買収額は1,500万ドル〜3,000万ドルのあいだだったと予測された。
2005年に、YahooによるDeliciousの買収を報じたのは、TechCrunchを立ち上げたマイケル・アーリントン氏。これが悲劇の始まりだとはよもや思わず、”Yahoo.icio.us? – Yahoo Acquires Del.icio.us“と遊び心のあるタイトルで、Delicious創業者におめでとう!と賛辞を送ってる。
Pinboard買収後のDelicious
まず、新たなお母さん「Pinboard」のもとにたどり着いたDeliciousの行く末について。
2017年6月15日以降は、過去のブックマークを見ることはできるけれど、新たに追加することはできなくなる。Deliciousに収集したブックマークは、Pinboardにエクスポートできるけれど、年間11ドルの利用料がかかるそう(リリース当初は買い切り4ドルだったらしい)。
買収について発表したブログで、Pinboardの創業者 Maciej Cegłowskiさんはこう語ってる。
As for the ultimate fate of the site, I’ll have more to say about that soon. Delicious has over a billion bookmarks and is a fascinating piece of web history. Even Yahoo, for whom mismanagement is usually effortless, had to work hard to keep Delicious down. I bought it in part so it wouldn’t disappear from the web.
Deliciousの最終的な結末については、近いうちにもう少し話せると思う。10億件以上のブックマークが保存されるDeliciousは、ウェブの歴史にたしかな足跡を残した。普段、ミスマネージメント(不始末)を難なくこなすYahooですら、Deliciousを引きずり下ろすのには多大な努力を要した。ウェブからDeliciousが完全に消えてしまわないようにという思いもあって、今回の買収に踏み切った。
Delicious買ったけど同じのつくっちゃうよ
一番最初にDeliciousを買収したYahooについては完全に皮肉ってるね。たしかに、Googleが他社サービスを買収することでGmailやGoogle マップといった主力サービスを育て上げているのに対して、YahooはFlickrにせよ、Deliciousにせよ、買った時はイケてたサービスをことごとくダメにしてしまってる。
Deliciousに関しては、その後も何社かを渡り歩いてどこも活かせなかったわけだから、失敗したのはYahooだけじゃないんだけどね。
専門家に質問ができるQ&Aサイト「Quora」に、”Why did Delicious fail?“(Quoraはなぜ失敗したか?)というまさにドンピシャのトピックスがあった。2006年に「Jumpcut」というスタートアップが買収されてYahooに入社したByron Dumbrillさんが、彼が考える失敗した理由を話してる。
彼がYahooに入社したのは、Deliciousを買収した9ヶ月後。当時、Yahoo独自の「Yahoo! Bookmarks 2.0」のリリースが進んでいた。すでにファンが多いDeliciousがあるのに、なぜ独自サービスをリリースするのかとプロジェクトマネージャーに問うたところ、
2つの製品は異なる。Yahoo! Bookmarks 2.0はメインストリーム向けで、DeliciousはIT業界のユーザに向けられたものだから。
と?!で何とも歯切れの悪い回答が返ってきた。後に、彼は上記の建前の本当の意味を知った。
Deliciousはうちのチームとは異なる組織で、僕たちは買収にも関わっていない。まったく同じサービスだけれど、こっちはこっちでブックマークサービスの開発を進めるよ。
せっかく素晴らしいサービスを買収しても、大半の意思決定が組織構造に基づいて行われる。これこそ、Yahooのプロダクトマネージメントが上手くいかない最大の理由だと振り返ってる。
サービス閉鎖のニュースが誤って流出
Yahooの一部だったあいだ、またその後AVOS Systemsの傘下に入った後も、Deliciousはトラブル続きだった。
まず、AVOS SystemsにDeliciousを売却する前年、Yahooでオールハンズミーティング(社員全員参加の会議)が行われたときのこと。ミーティングの目的は、直前に実施した大規模な人員削減に対処するためだった。
2010年12月16日午前11時頃、このミーティングの参加者が、Yahooの資産を3つのカテゴリーに分類したスライド資料を発表した。そのカテゴリーは、”Sunset”(日没)、”Merge”(統合)、”Make Feature”(機能強化)の3つ。
この”Sunset”(日没)カテゴリーの中でも、その認知度や人気の高さから一際目立ったのが、Deliciousだった。どういうわけか、瞬く間にこのスライド資料がウェブで飛び回り、Delicious閉鎖のニュースがメディアにも登場。例えば、TechCrunchも「Delicious閉鎖か?」と題された記事を公開、LifehackerもDeliciousの代替サービスを紹介する記事を出した。
その後、「Yahooからは離れるが、Deliciousは継続される」と公式発表があったものの、パニック状態に陥った(この時点で5年以上使い続けているユーザも少なくないから)ユーザは、当時Deliciousの一番の競合だった Pinboardに大量に流れてしまった。
“No press is bad press”とよく言うけれど、こればかりは例外でしょう。
ユーザがついに愛想を尽かしたリニューアル
2011年にYahooからAVOS Systemsに売却されたDeliciousだけれど、ここでもまた大惨事が。この大惨事については、2011年9月29日にZDnetの記者がながーいタイトルのついた記事でレポートしてる。
「頼んでいない変更と大きな技術的トラブルでもってリンク共有サイト Deliciousが月曜にリニューアル、愛される製品を破滅させる方法についての教訓」。
この長さは、間違いなく彼女の怒りの表れでしょう。ユーザを怒り心頭にした理由は複数あった。
そもそもアクセスできない:リニューアルしました!と連絡を受けてDeliciousにアクセスしようとしても、 502エラーなどになってしまってアクセスできない。ログインもできない。プラグインも機能しない。ありえん。
UIや使い勝手が変わりすぎ:2003年以降から使っている長年の愛用者にしてみたらふざけるなという話が、サイトのUIや機能の大幅変更。事前のウォーニングも何もなく、前触れゼロの変更だった。慣れ親しんだはずのサービスの使い方を改めて習得しなきゃいけないほどストレスフルなことはない。
実名制の強制:リニューアルするまでは匿名でも使えたはずが、利用規約の変更によって実名を強制するように。これに関しては、散々ユーザからクレームが集まった結果、匿名でも使えるように変更されたそう。
ユーザはただで使っているサービスなんだから、極論サービス側には利用規約を好きに変更する権利がある。でも、なぜその方針変更が必要だったのか、将来に向けたビジョンの説明不足だったんだろうと思う。
粗末なユーザ対応:ツイッターやフェイスブックに来たクレームに対しては、「パスワードを再設定してください。今は改善されているはずです」というツイートを繰り返して一応対応していたものの、質問が殺到しないようにDeliciousのサポートフォラムは閉鎖され、この間のブログを見ても1ヶ月に1度しか更新されてない。ユーザとの明らかなコミュニケーション不足。
やっぱやーめた!と機能の取り消し:リニューアルの目玉は、ブックマークをグループ化して他のユーザと共有できる”stacks”という機能だった。ところが、リニューアルから1年弱が経った2012年7月にこの機能の停止を発表。もともとあった、ブックマークをタグ付けするコンセプトに戻すことに。
こうやって振り返ってみても、ユーザの振り回され感が半端ない。“If it ain’t broke, don’t fix it.”(壊れていないものを直そうとするな)というフレーズに従っておけば良かったのに…。そりゃ、長年の愛用者も離れていきますわ。
DeliciousとPinboardの主な違い
そもそも、Deliciousが完全に無料で使えたのに対して、Pinboardは有料。これは、創業者のMaciej Cegłowskiさんの創業当初からの方針なんだとか。
ブックマークサイトはDeliciousとPinboard以外にもあるけれど、その機能はどこもさほど変わらない。気になったサイトやウェブページをブックマークして、個別のブックマークにタグやコメントを残せる。登録したブックマークは公開・非公開から選べる。基本はこんな感じ。
大きな違いとしては、Deliciousが “ソーシャル”ブックマークであることを謳っていたのに対して、Pinboardは内向的な人のためのブックマークサービスと反対を強調していること。Deliciousが、stackという機能の追加でもっとソーシャル&オープンなプラットフォームを目指していたのに対して、Pinboardはあくまで個人のアーカイブという立ち位置だった。
また、Pinboardはウェブページをブックマークするだけじゃなく、仮にそのページがなくなってしまったとしても後から見返せるように、ページのスクショもとってくれる。
冒頭でも触れたように、有料のPinboardは、レギュラーアカウントなら年間11ドル、タグで探す以外にテキスト検索を使いたい場合は年間25ドルだそう。
当時のソーシャルブックマークの存在意義
わたしの場合、独立してフリーランスになったときにPCをMacBookに変えたけど、それまではWindowsユーザだった。だからブラウザはIEで、ブラウザのブックマークでいろいろ管理していたわけです。
いつの間にか、ずらーっと並ぶブックマークから目的のサイトを探すより、その都度検索しちゃったほうが早いという世界に変わっていたんだけれども。今時の若者たちはブラウザのブックマークってなんのこと!?って感じなんだろうな。
ソーシャルブックマークが出始めた当時、例えば、2003年にDeliciousが登場した頃は、まだ 検索エンジンの精度やスピードがそこそこだった。検索しても、たどり着くのはスパムっぽいサイトだったりね。そんなこともあって、頻繁に見るサイトはブクマして一箇所に集めておけるのが便利だったのよ。
ユーザが十分集まれば、その時々の人の関心ごとやトレンドもわかっちゃう。まさにGoogleの「人が何を検索しているのか?」と同じ内容をブックマークサイトで把握できていた。当然、人の関心ごとは”売れる”からね。今は、Googleを始め、TwitterやFacebookなどのSNSがこれを”リアルタイム”に賄ってるわけだ。
ブックマークはもっぱらPocketで
ブックマークという機能、気になった何かをお気に入りするという行為が、SNSなど主に使っているサービスに取り込まれちゃったから、それ単体ではニーズがなくなってしまったのだろうね。Twitterのお気に入りとか、Facebookの保存機能とか。目的を最小限の数のサービスで達成できるのが理想的だもの。
個人的にブックマークとして長年愛用しているのが、「Pocket」。ライターという仕事柄もあって、日常的にかなりの情報量を吸収しているので、なんらかそれを管理する方法が必要。でも、そこにソーシャルな要素は必要ない。あくまで個人のアーカイブで、必要な時に欲しい情報が引き出せればいい。
これを一番簡単かつゆるーくできちゃうのがPocketな気がする。どこまで使い込むかの度合いがユーザに任されているというか。ChromeにもiPhoneにも[Pocketに保存]の選択肢があるから、気になったものはすぐに保存して自分のなかで決まったタグのルールを応用するだけ。
例えば、わたしはレシピも全部Pocketで保存しているし、ウィッシュリスト的に「あとで買う」リストにもPocketを活用してる。あるときからUI(ユーザインタフェース)が変わってしまって、なぜか古いものからトップに表示されるようになって無限スクロールに悩んでいるんだが。
でも日本語の検索にも対応しているから、膨大な数を保存しているレシピも、「豚 ねぎ」とかってキーワードで検索して、お目当のレシピに無事にたどりつくことができております。Pocketが無くなったとしても死なないけれど、だいぶ困ると思う。
ピーター・ティール:「失敗は過大評価されている」
もともとは、ティム・フェリス(Tim Ferris)のポッドキャストに登場して、後にその内容が書籍「Tools of Titans」でも紹介されているのが、ピーター・ティール(Peter Thiel)の言葉。ピーター・ティールは、PayPalの共同創業者で投資会社「FoundersFund」のパートナーです。
I think failure is massively overrated. Most businesses fail for more than once reason. So when a business fails, you often don’t learn anything at all because the failure was overdetermined…I think people actually do not learn very much from failure…Failure is always simply a tragedy.
失敗は、過大評価され過ぎている。大半の事業は、複数の理由が原因で失敗する。特定の理由で失敗したと思うのは思い込みに過ぎず、だからその失敗から学ぶことは難しい。人は、失敗からは大したことを学ばない。失敗は常に単なる悲劇でしかない。
と、起業家やシリコンバレーには失敗を美化し過ぎる傾向があると指摘してる。たしかに、事業が失敗した理由をひとつ挙げようとするとそうだろうけれど、個別の教訓は活かせるはず。
前述のQuoraの”Why did Delicious fail?“(Quoraはなぜ失敗したか?)という質問に対して、匿名のユーザが「Deliciousがウェブに教えてくれたこと」を羅列してる。例えば、こんなこと。
- clean URL are sexy(こざっぱりしたURLはセクシーだということ)
- a clean, functional design can be great(クリーンで機能的なデザインの素晴らしさ)
- API are great(APIの素晴らしさ)
- a website can serve one single function and be part of a bigger ecosystem(大きなエコシステムの一環として、機能をひとつに絞ったウェブサイトに価値があること)
- And finally *folksonomy*. this wasn’t defined before(フォークソノミーの定義を確立したこと)
人がオンラインで過ごす時間の大半がSNSに費やされる時代を予見できていれば、”ソーシャル”な機能がSNSに吸収されて、ブックマークに特化したサービスとして “個人のアーカイブ” に注力するという方向転換ができたのかもしれない。
また、今みたいに小さく試してPDCAを回すリーン手法が広まっていれば、違う結末が待っていたのかも。機能追加を作り手の思い込みに頼らず、既存ファンのニーズにもっと応えながらサービスを強化していくてことができたのかもしれない。
人生もウェブサービスも、起きてしまったことについて “もしも”ゲームを遊んでもキリがないけれど…。
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