沖縄の夜の街で働く少女たち――暴力を受け、そこから逃げた彼女たちに寄り添い、自分の居場所を作り上げていくまでの記録をまとめた『裸足で逃げる』(太田出版)。四年間にわたり沖縄の夜の街を歩き、風俗業界で働く未成年の少女たちに聞き取り調査を行ってきた、琉球大学教授・上間陽子氏と荻上チキが語り合う。2017年3月1日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「沖縄の夜の街に生きる少女たちの現実〜『裸足で逃げる』が話題の上間陽子×荻上チキ」より抄録。(構成/大谷佳名)
■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →http://www.tbsradio.jp/ss954/
性風俗業界で働く女性たちの調査
荻上 ゲストをご紹介します。『裸足で逃げる』の著者で、琉球大学教授の上間陽子さんです。よろしくお願いします。
上間 よろしくお願いします。
荻上 上間さんは、普段はどんな研究をされているのですか。
上間 今メインで取り組んでいるのは風俗業界で働く女性たちの調査です。その他にも、2013年2014年の沖縄の全国学力・学習状況調査(通称「学力テスト」)の量的データを扱う分析も行っています。
いろいろやっていますが、私が一番好きなのは、学校の中に入って行う調査です。子どもが豊かに語り合っている教室に入って、やりとりを見たり、話を聞いたりしています。ずっと調査ばかりしていて、東京では90年代後半の3年間、女子高校でギャルの聞き取り調査をしたのが初めての調査でした。
荻上 具体的にはどのような調査だったのですか。
上間 当時、社会学者の宮台真司さんが援助交際のフィールドワークをされていて、「性規範が変化し、援助交際をしても傷つかない女の子がたくさん出てきた」とおっしゃっていました。でも私は、そんなことはありえない、お金の話だったり、学校の中でのポジション取りだったり、いろいろなこととの関係で援助交際という現象がおこっているはずだと思っていました。生育環境や、家族、友達との関係など、子どもたちが生きている場所の一つ一つを見ていかないと、この議論はできないと思いました。だから学校に入って、ゆっくり子どもたちと友達になって話を聞くというスタイルで調査をしました。
荻上 その後、出身地である沖縄で調査を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
上間 10年ほど前から、琉球大学の教員として働きながらスーパーバイザーの仕事も受け持つようになりました。スーパーバイザーの仕事とは、たとえば学校関係者から上がってくる相談の中で、医療機関や警察につなぐ必要のあるような深刻なケースについて、周りの大人が子どもたちにどう介入していくべきか見立てをするというものです。たとえばということでお話すると、「生徒が援助交際をしているとの噂を聞いたが、本人にどう聞けばいいか」「不登校の生徒が、親の代わりに兄弟の面倒を見ているらしいが、どうすれば良いのか」「レイプ被害にあった生徒にどう対応するべきか」というようなたぐいの相談であると考えてもらったらいいと思います。ただ、その仕事には守秘義務があるので、そこで聞いた話は外に出せません。いつかちゃんと調査という形にしなければと思いながらも、なかなか踏み出せずにいました。
そんな中で、2010年に中学生の女の子が集団レイプを受け自死されるという事件が起きました。驚いたことに、事件の後、地元の男の子たちのコミュニティでは被害者の子のことが非常に露悪的に語られていたんです。彼女に対するバッシングも起きました。学校関係者ですら、「(被害者は事件当時、酒を飲まされていたので)中学生なのにお酒を飲むのが悪い」と、彼女に非があるかのように言う者もいました。まずレイプそのものが問題ですし、かつその子が育ってくるプロセス全体を見ないと、なぜこんな事件に巻き込まれたかは分からないはずなのに。そこで調査をしようと決心したんです。
荻上 上間さんは沖縄で聞き取りをしている女性たちに対して、調査者としてだけでなく、支援者としても接していらっしゃるという印象です。
上間 確かに支援はしていますが、私自身は、自分の仕事は話を聞くという取材がメインだと思っています。どんな話を聞いているかと言うと、基本的に仕事の内容や仕方を聞いています。たとえばキャバクラに嫌な客が来たときはどうやって対応するのかとかです。主にそういった取材という関わり方をしつつも、やはり実際にいま暴力が起きている、このままだとその子が被害に遭ってしまうという現実がある。当然、何もしないわけにはいかないので、支援もします。
荻上 なるほど。性風俗で働いている女性たちの聞き取りをするにあたって、まずどこにアクセスして、どんな方法で調査を始められたのですか。
上間 2011年から、共同研究者の打越正行さんと協力して、風俗店やキャバクラのオーナー層に会うようになりました。彼らとしても私たちのような調査屋と普段会うことはないので、初めてオーナーに取材依頼の電話をかけた時なんかは、「夜9時半にお店に1人で来て。怖かったら新聞記者を連れてきてもいいけど?」と言われたりもしました。試されているという感じでしたね。私が「あっ、ビルの場所なら分かるから一人でいくよ」と返すと、相手もこちらが本気なんだと分かって突然敬語になる、ということもありました。他にも、お店で30、40分待たされるのは当たり前だったり、「車回しながらじゃないと話せないから」と言って突然車に乗せられたり……。それでも調査についてちゃんと理解してもらえると、何人か女の子を紹介してくれるようになりました。その後は、会ってくれた女性が友達を紹介してくれることもありました。
荻上 その時は、どんなことを知りたくて調査を続けていたのですか。
上間 彼女たちの仕事のことです。性風俗産業の仕事って、「仕事」として見なされていないところがありますよね。でも、全然そんなことはなくて、たくさんの知恵と工夫とスキルが必要なんです。その話を聞きたいと思っていました。
ただ、そうは言っても、やっぱり未成年が働いていい業界だとは思っていません。オーナーたちが紹介してくれるのはみんな20歳以上の方だったのですが、自分で会い始めるようになったら未成年の子がゴロゴロ出てきたんです。本人たちは早い時期から性風俗で働いているのは「自分の選んだことだから」と言うけれど、それがあらかじめ選択肢を狭められた結果のなかの選択だったのかは、お話をうかがっているとわかりました。なので、仕事の話以外にも、生育環境についても丁寧に聞いていくようになりました。
荻上 他の道も選択できる環境があれば、セックスワークもしっかりした仕事だと言えるようになっていく。福祉との両輪の議論が必要になってきますよね。
上間氏
自分の人生を語れない
荻上 上間さんの聞き取りの方法としては、何度も会う回数を重ねていって、会話の中から浮き彫りにしていくという形なのでしょうか。
上間 はい、そうですね。ただ私は毎回、一人一人に対応した質問表を作っています。最初にみんなに必ず聞くのは、日常生活のことだったり、仕事でのお客さんに対する対応の仕方だったり、今までどんな社会関係資本を持っていて、そこから何を得てきたのかなどです。それをベースに、回数を重ねるごとに、一人一人に即した形で質問事項を準備して聞いていきます。
何度も会う理由のひとつは、前回話した話を本当に使っていいのかと確認をしたいからです。本人たちは意外とすんなりと「使っていいよ」と言うんです。ただ、沖縄の小さなコミュニティの中で、あるいはネットを通じて、この情報が出回ることのリスク、つまり外部がどうなっているのかは、私たちが説明しなければいけません。
それに付随して、前回聞いた話の中でもう少し詳しく知りたいと思ったことを聞いていく。たとえば、本当に辛い経験については踏み込もうかどうしようか一瞬躊躇してしまい、聞くべき大切な話だったのに聞けていないこともあるんです。そんな時は次に会う時にその話題を中心に質問を設計します。
荻上 近年、社会科学の領域では、研究倫理としてより当事者の利益を考えようという発想になってきています。上間さんも、ゆっくりと信頼関係を築きながら、本人が決定した情報を出すというプロセスを重視されていますよね。
上間 研究倫理は確かに大事なのですが、それよりも気になっていたのは、自分の人生がほとんど語れない方がいたことでした。この本では、優歌さんという方がそうでした。何回会って話を聞いても、ある時期のことが空白になっていて、本人もそれについては語れない。何が起きたのかということに付随して、その時どういう感情だったのかも聞くのですが「分からない」としか言わない。結局、優歌さんが語らなかった時期というのは、彼女が自分の子どもと別れることになった時期だったと分かりました。
自分で自分の人生を“線”でもって語ることが難しい子もいる。だから、会って話を聞く時は、前回語ってもらったことをトランスクリプトにまとめて提示しながら、「こういう生き方をしているよね」という確認をしてみる。そこで「このときどんな気持ちだった?」と聞くと、「すごく、寂しかったかも……」というように、ようやく自分の気持ちを言えるようになってくるんです。自分の人生をつなげるように語るようになっていくというか。それが一番の関心でしたね。【次ページにつづく】