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東方同人作品 夢想物語〜壱〜 作者:タキ
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紅蓮の巫女

東方【夢想物語】〜壱〜
紅蓮の巫女始動編










1 紅白の巫女と金髪の魔法使い

風がなびき、小鳥たちが鳴いている。空は満点の青空が広がっている。そこら中で犬たちがはしゃぎ回り、草原で遊んでいる。
ここは幻想郷。全てが幻、全てが誠の世界。
ここでは人々が、日々豊かに暮らしている。
その幻想郷の奥に博麗神社という神社がある。
その神社の本堂に一人の紅白の巫女姿の少女が立っていた。

「やっぱり、逃げられたわね」
少女の名は博麗霊夢。この神社の家主、巫女でもある。長い黒髪と、赤と白の巫女服を纏い、遠い空を見つめている。
「また何か仕掛けてたの?」
その時、隣にいた水色の髪の少女が、霊夢を見て呟いた。
「うん、萃香。最近神社の賽銭箱からお金が無くなることがあって、毎回罠を仕掛けてるんだけど、なかなか引っかからないのよね。私の生活のためのお金を奪うなんて、いい度胸してるじゃない。今度見つけたら退治してやるわ」
少女の名は亜惰智萃香。黒い麦わら帽子を被り、暑そうにしている。
「あんたはもう寝れば?。何してるか知らないけど、昨日から寝てないんでしょ?」
霊夢は少し目をこすっている萃香を見て、そう言った。
「うにゅ……………………」
水色の髪の少女は意味不明なため息をつき、そのまま眠りについた。ここは日照りだ。
「仕方がないわね………」

萃香を布団で寝かしつけた後、霊夢は改めて神社の周りを見渡した。
「相当の金好きね。まあ、私も同じだけど」
霊夢は様子を見て、明日にまた罠を仕掛けることにした。
賽銭の取られ方は豪快で、無理やり蓋をこじ開けた感じに
なっていた。
神社の周りに賽銭が一つも落ちてないことから、犯人はとても慎重なようだ。
唯一の問題は、幻想郷で一番の地獄耳を持つ霊夢さえ、寝ている間に音に気づかなかったということだ。
それらの推理からすると、犯人は常習犯、そして慎重、それに足跡を残していないことから、浮遊術を持っているか
、賽銭箱からお金を奪った後、足跡を消したと考えられる。
「手が込んでるわね。これじゃ罠を仕掛け用がない」
だが、罠を仕掛けないのならもう一つ、手がある。
「見張るしかないか…………」
結局、夜中に神社の境内を見張ることにした。
霊夢は神社の巫女の中でも、高い判断力と反応を持つ優秀な巫女だ。だが犯人がどれほどの強さか分からないため、ある程度の罠は仕掛けておいた。
そして深夜の十一時。いつもは豊かな幻想郷も、夜になると姿を一変する。鳥居の内側から階段の下を覗こうとすると、深い闇が行く手を阻もうとする。
そして霊夢は神社の床の間に隠れ、犯人を捕まえることにしたーーーーーと思ったが、全く物音が聞こえない。聞こえるのはせいぜい野良犬の鳴き声くらいだ。
あいにく賽銭箱の中にはお金が少ししか入っていないため、本当に盗みに来るかは信じがたいが、相手は常習犯だ。
またいつか、博麗神社に来てもおかしくない。
「まあ、早苗のところに行く確率は、低いとは言えないわね…………」
その時、鳥居のすぐ後ろに、かすかな人影が見えた気がした。
「誰⁉︎。賽銭泥棒!」
判断する先に体が動いてしまった。霊夢は一目散に人影がある場所に走った。
(絶対に捕まえてやるんだから!。私の生活費を返してもらうわ!)
そして霊夢は、人影の足らしきものを飛び込んで固く掴んだ。
「つか、まえた!」
するとその瞬間、人影が空中に舞い上がった。
「なっ……………⁉︎」
早い‼︎。
なんという早さだ。上がったというより、霊夢には人影が瞬間移動したように見えた。
「あんた、何者よ⁉︎」
「意外と早かったな、お前。謙遜するよ」
人影から聞こえた声は男か女かわからない声だった。いや
、どっちかと言えば女染みた声か………。
「なんであんたに謙遜されなきゃなんないのよ!。それより私の神社の賽銭返しなさいよ!。じゃないと………」
「戦うつもりか?」
「え⁉︎」
(よ、読まれた…………)
「俺は戦うのは好きだけど、今は忙しくてな、また今度にしないか?」
「逃げるつもり?」
その時、人影がピクリと動いた。
「これは…………なめられたもんだな。………いいぜ、勝負。乗ってやるよ」
そして人影は、ゆっくりと地上に降りた。
「え⁉︎」
そこに立っていたのは、黒い三角帽子をかぶった金髪の女だった。
「驚いたか?。まあここらじゃ、いるのは女ばかりだしな
。口調のことは気にしないでくれ。昔からだ」
「別に、驚いてないわよ。ただ、感じよりも弱そうだから安心しただけよ」
「言ってくれるな…………」
そして二人は、お互いを強く睨んだ。
「私の名前は博麗霊夢。あなたは?」
「私の名前は霧雨魔理沙、ただの魔法使いだ!」
そして二人は目を見開き、互いの獲物を捕らえるために走り出した。
先に仕掛けたのは魔理沙だった。魔理沙は胸ポケットから何かを取り出した。
「何?」
その手に握られていたのは、色々な色の玉だった。
「オーブ。この辺りじゃ魔法使いは知られてないか?。魔 法使いがオーブを使うのは常識だぜ」
すると魔理沙は、何か呪文のようなものを詠唱し始めた。
「隙だらけよ!」
霊夢は高くジャンプし、接近して魔理沙を攻撃しようとした。
「春雨晩餐歌!夢想陣剣!」
(ゼロ距離ならいける!)
「…光のオーブ!魔法!」
「何⁉︎」
霊夢が陣剣を振り下ろす前に、魔理沙の魔法詠唱が完了していたようだ。
(やばい!。あいつはそれを狙ってたんだわ!)
そう思った時には、もう手遅れだった。
「マスタースパーク‼︎」
魔理沙がそう叫んだ直後、霊夢の目の前を黄色い光が包んだ。魔理沙の手から光が放たれ、霊夢を巻き込んだ。
「うああああああ‼︎」
なんという電撃だ。
(体が………痺れる!)
これまで味わったことのない痛感が、霊夢を襲った。
やっとそれが収まると、霊夢の巫女服がズタズタになっていた。
「どうだ?、凄いだろ」
(確かに凄い………けど……)
「ん?」
「これくらいなら!」
その時、霊夢は宙に舞い上がった。
「何⁉︎」
霊夢の陣剣がさっきの倍に大きくなった。
それを見た魔理沙は、残りのオーブを握りしめた。
「やられるわけがないだろ!」
「なめられてもらったら困るわ!。陣剣強化、夢想天来百斬!」
魔理沙も負けていなかった。
「赤のオーブ、炎術魔法!フェニックス!」
そして、伝説の幻鳥と天の陣剣がぶつかった。
魔理沙と霊夢の全力がぶつかってできた衝撃波は、博麗神社を丸ごと白い光で包んだ。
「おとなしく捕まりなさいよ‼︎」
「こっちにも事情があるんでね‼︎」
二人の技が白い光となって幻想郷全体に降りかかった。その光は全てを白く染めた後、ゆっくりと天へと消えていった。
その後、その光の正体を知る者は、霊夢と魔理沙しかいなかった。
だが、その光を彼方から見据えている少女が一人。
「また始まりましたか………博麗の惨劇が」
そう言うと少女は、相棒の太刀を片手に、赤き野原の上を歩き出した。

***

あれから数分がたった。何が起こったのかよくわからない
。ただわかるのは、二人とも倒れていたことだった。
「はあ………はあ……はあ……」
息が切れる。
霊夢は、外にある空気を目一杯吸い込んだ。
霧雨魔理沙。とても強かった。全力を出し切っても退治しきれない相手なんて、この世で初めて出会った。
すると、隣に倒れていた魔理沙が口を開いた。
「凄いよ、お前。私がこれまで会ってきた奴の中で、一番強かったぜ」
結局、お互い様ということか………。
「言っとくけど、奪った賽銭は返しなさいよね」
そのために見張っていたのに、いつの間にか戦いへと発展したのは何故だろう?。
「わかってるよ。今は無いんだ。明日ここに持ってくる」
「 うん…………って、明日⁉︎」
「何だよ。明日じゃ駄目なのか?」
魔理沙は、立ち上がって素っ頓狂な顔をしてため息をついた。
「時間が無いならそれでいいけど。その時は、お金を盗んだ理由、聞かせなさいよね」
「わかってるよ」
そう言うと魔理沙は人差し指を左に振った。
何だと言う前に、その物体は姿を現した。
南の空。はるか空の上に細長い物が見えた。それはみるみる大きくなっていった。
「な、何これ⁉︎」
そこにあったのは、一本の箒だった。藁の最初のところに一つの大きなオーブを飾っている。
「浮遊魔法。箒にこの魔法をかければ、魔法使いの箒へと早変わりってわけだ。凄いだろ?」
浮遊術なら霊夢も使えるが、まさかそれを物にかけるとは
、霊夢の予想をはるかに超えていた。
「これを使いこなせるまでに、どれくらい時間がかかったの?」
「んー、三年くらいかな?」
三年⁉︎。馬鹿な。霊夢が浮遊術を習い始めたのは七歳の頃
、そして使いこなせるようになったのは十二歳の頃、霊夢でも五年はかかったものを、この魔理沙という少女はたった三年で成し遂げたとでも言うのか……………。
浮遊術には相当のバランス力と体力を有する。飛んでいる途中にバランスを失えば、大惨事になりかねない。
「私の故郷では、魔法使いは空が飛べて当たり前って、小さい頃から言われてきたんだ。だから七歳から練習を始めて、十歳の時には自由に飛べないといけないんだ」
「へぇー」
魔法使いの間では、飛べるのは普通のことなのか。世界はまだまだ広いと、改めて霊夢は実感した。
そんな事を考えていると、魔理沙は箒にまたがり、浮遊魔法の準備をしていた。
「そんじゃ、また明日ここに来るから、留守だけは勘弁してくれよな。ここまでは遠いから」
そう言うと魔理沙は、一度浮き上がり、一気に空めがけて一気に飛び立ち、五秒ほどで姿が小さくなった。
「魔法使いか…………。凄い奴もいるもんね」
霊夢はゆっくりと歩き、神社を見渡した。あれ程の戦闘があったというのに、境内には傷一つ付いていなかった。
そして、萃香が寝ている部屋に言ってみると、何事もなかったようにスヤスヤと眠りについていた。
「寝る時は寝るのね…………。私もつか…………れた」
その瞬間、戦闘の疲れが残っていたのか、霊夢は膝をついて倒れた。
考えれば今日は朝の五時に起きて、深夜の十一時から魔理沙と戦闘をしていた。疲れるのは当たり前の事だ。
霊夢は最後の力を振り絞り、自分の部屋へと向かった。
霊夢は、十分に疲れを溜め、その上で眠るのが一番心地いい。横になった瞬間、力と疲れが抜けていく気がするからだ。
その後、霊夢は自分がいつ寝たのか、はっきりとは、わかっていない。
横になった後、外を見ると、かすかに雪が振っているの見えた。
(どうか、積もりますように…………)
そんな事を祈りながら、霊夢は深い眠りについた。


2 半身半霊の妖怪たち

朝の五時。博麗霊夢の一日はそこから始まる。
魔理沙との激闘から五時間、まだ疲れが残っている気がするが、神社を守るのは巫女の仕事だ。
起きてすぐに身支度を済ませ、境内を見回ったあと、端から順に掃除をしていく。六時過ぎに掃除を終え、朝食を食べる。食べ終わったあとは、食器を洗い、そのあとに神社ないの物を整理整頓する。この全ての仕事を終えてこそ、巫女に至福はおとずれる。そんな事を昔、ある師匠から教わったのを覚えている。
萃香が起きるのは当分先なので、その間は霊夢の数少ない自由の時間だ。
こんな時、邪魔一つ入らなければいいのだが…………。
霊夢は床の間に入り、昨日駄菓子屋で買ってきたお菓子を食べていた。
「よう!霊夢。金返しに来たぜ!」
「うん、わかった………………って、魔理沙⁉︎」
外には雪が積もり、そこに魔理沙がポツンと立っていた。
「あんたね、入るならせめて、玄関から入りなさいよ」
「俺は神社をここしか見た事ないからな。玄関がどこにあるかわからないんだ」
そんな事を言われてしまえば、こちらにも打つ手がない。
「そんな事より、私の生活ひ、賽銭!」
「ああ、金なら空で落とした」
「は?」
その言葉の意味を理解するのには、数秒かかった。
あとから話を聞いてみると、魔理沙は上空千メートルを箒で飛行中、この辺りではよく見ない、珍しい鳥に気を取られ、お金に気が回らなかったらしい。そして、神社に着陸した時には、お金はどこにも無かったという。
自らの生活費を遠いところに落とされた霊夢は、複雑な気持ちになった。
「もうなんであんたは、そうなのよ!」
「仕方がないだろ!。気づいたら無かったんだから」
そんなやりとりをしていると、襖から萃香が目をこすりながら、入ってきた。
「霊夢、隣にあるバナナ食べていいの?」
霊夢はそう言われて、あるはずのないバナナを探した。少しして、隣にいる魔理沙の髪が金髪なのに気がついた。
自分がバナナ扱いされていると気がついた魔理沙は、顔を赤らめながら怒鳴った。
「おい!。私の髪の毛はバナナじゃないぞ!。おい、霊夢
、誰だよこいつ⁉︎」
「私と一緒にここに住んでいる萃香よ」
すると萃香は、
「ふあぁ………」
と、大きなあくびをして歩いて行った。
バナナ扱いされたショックがまだ残っているのか、魔理沙は口を開けたまま動いていなかった。
「まあ、今日はゆっくりしていきなさいよ」

***

「怪奇現象?」
午前八時。霊夢は魔理沙が飛行中に見たという怪奇現象について、話していた。
「そうなんだよ。ブラックホールみたいにさ、穴の中に変な世界が広がってるんだ。薄気味悪くてすぐに離れたんだけど、あの中に何かがいると思うと、夜も眠れないぜ」
「妖怪とかがいるんじゃないの?。この世界にいる妖怪なら、私が退治できるけど、ここじゃない別次元にいる妖怪なんて退治しきれないわよ」
この世界での霊、つまり妖怪は幻想郷のどこかに住んでいると言われている。妖怪と言っても、死んだ人間の霊でも あるため、見た目は人間と変わらない。服を着たり、食べ物を食べたりする事もある。意気地を働く妖怪を退治するのが巫女の役目だが、妖怪と言っても悪い者ばかりではない。中には人間と協力したり、共存する 妖怪もいる。
だが、いるのだ。人間との関係を断ち切り、妖怪は妖怪の世界で暮らすという妖怪たちが……………。
「それで霊夢。その別次元の中に行ってみないか?」
「私はパスするわ」
「なんでだよ!」
魔理沙は左足を前に出し、叫んだ。
「だって、幻想郷じゃないんでしょ?。そんなところ行っても意味ないじゃない。妖怪だって悪いやつばかりじゃないんだから」
「わかってないな、霊夢は」
そう言って魔理沙は、人差し指を左右に振った。その動作が意味するものを、霊夢はわからなかった。
「な、何よ?。急に」
そう聞くと魔理沙は、自信満々な顔で言った。
「妖怪を退治しようとは、言ってない。探検しようって言ってるんだ」
「……………………」
呆れた……………………。
魔法使いの口から出た言葉が、まさかそんな事だとは、思いもしなかった。
「………とにかく私はパス」
「もうわかったよ!。探検に行くのは私だけだ。あとから行きたいなんて言ったって、連れて行かないからな!」
「誰がそんな事を…………」
それだけ言って横を見ると、魔理沙が箒にまたがって飛び出していた。
「待ってろよ、霊夢。レア物見つけて、自慢してやるからな!」
そう言うと魔理沙は、全速力で飛んで行った。
「本当に大丈夫かしら……………?」
小さくなっていく魔理沙を見つめながら、霊夢はそう呟いた。


「……ったく霊夢のやつ。ノリが悪いな……………」
魔理沙はそう言いながら、満天の青空を飛んでいた。
箒で飛ぶ事を覚えたのは七歳の時。初めて浮き上がれたのは十歳の頃だ。十二歳の時に自由に飛べた時は、本当に嬉しかった事を今でも覚えている。
それに今では、速度も上げられるようになってきた。これ程の快感は、ほかでは味わえない。
「魔法使いは飛べて当たり前」そう師匠から言われ続けてきた。だが、その中で飛べない子供もいる。
だが師匠は、飛べない子供を、飛べるようにする力を持っていたのだ。そして魔理沙も、その一人である。
「今頃、どうしてるかな、みんな」
そんな事をつぶやいていると、数百メートル先に、何か黒いものが浮いているのが見えた。
もう少し近づくと、黒い輪の中に紫がかった何かが広がっているのがわかる。
「あれだな。待ってろよ霊夢。ぎゃふんと言わせてやる」
そう言うと魔理沙は、スピード全開で、それの中に突っ込んだ。
その中に入った瞬間、さっきまでの景色は一変した。三百六十度、どこまでも広がる深い闇。それは外側に行くほど濃くなり、見る者の目を疑う。
そう、この場所は宇宙によく似ている。
無重力であるわけではない。酸素もある。すると魔理沙の頭に、ある疑問が浮かんだ。
ーこの世界は誰かが意図的に造ったものなのか?ー
そうなると、話が違ってくる。誰もいないところならまだいい。だが、この世界を所有する者が存在するとなると、魔理沙は許可なくこの世界に侵入する事になる。下手すれば、その所有者と戦闘する事になりかねない。
そんな不安を心に抱きながら、魔理沙は深い闇の中を進んでいった。
妖怪が怖いわけじゃない。妖怪に会う事は、幻想郷にいれば度々ある。その度に魔法を使い退治してきたが、幻想郷には妖怪が多すぎる。
妖怪は元々、この世界の地下深くにある冥界に数多くいる種族だ。この世界の人間の霊であるため、性格は様々。妖怪たちは幻想郷が恋しいのか、数十年前から幻想郷の人間と共存する者も現れ始めたらしい。
そして、幻想郷に害をもたらす妖怪を退治するのが、霊夢と同じような巫女というわけだ。
「…………………ん?」
十分ばかり飛行すると、魔理沙は上を見上げた。そこには色白の階段らしき者が螺旋となって続いていた。
「これを登るのか。………箒はセコいよな」
螺旋階段はまっすぐ上に続いていた。その段数は、肉眼ではわかりにくい。おそらく一万段は超えているだろう。
箒を使う事に、何故か罪悪感を覚えた魔理沙は、仕方がなく、螺旋階段を徒歩で登る事にした。

「本当に大丈夫なの?」
その頃、霊夢と萃香はコタツに入り駄菓子を食べていた。
「何が?」
「さっきの子。一人で行っちゃったんでしょ?。霊夢が行ってあげたら、いざという時に助けられると思うけど」
萃香は萃香なりに、魔理沙の事が心配なようだ。昔から心配性な萃香は、人の事を心配する事がよくある。
そんな萃香を霊夢は気遣い、博麗神社で一緒に住んでいるのだ。
「魔理沙なら大丈夫よ。ああ見えて、私と同じくらい強いから。もし何かあったら、泣いて帰ってくるわよ」
そんなことを言ってみたものの、魔理沙がそんな性格ではないことを、霊夢は知っていた。
「後で何かあっても、知らないからね」
萃香はそう言うと、床の間を出ようとした。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「チルノちゃんたちと遊んでくる」
そして萃香は雪の積もった外へと、歩いて行った。
「………………………まあ、いいか」
霊夢の脳裏に、不気味な胸さわぎがしたが、本人はそれに気づかず、悠々と駄菓子を口に入れた。
「美味しい」

***

「はあ……はあ。もうヘトヘトだぜ」
一時間を使って一万段を登りきった魔理沙は、白い床に倒れこんだ。
久しぶりに、こんなに歩いた気がする。箒で飛べるようになってから、魔理沙はどこに行く時も箒を使っていた。
魔法使いは箒を使って移動するため、急に長距離を歩いたりすると、体力を多く使う。
「それにしても、不気味なところだな」
魔理沙が登った階段の頂上から上を見上げると、赤紫色の天井らしき物が見える。天井の中心には、何やら目玉のような絵画が書かれており、不気味さが一段と増す。
「もうちょっと、進んでみるか……………」
魔理沙は目の前に広がる白い世界を、奥へ奥へと進んでいった。
その時、魔理沙の耳に、ある声が聞こえた。
「あら、また一人迷い込みましたか。小さなネズミが」
若々しく、冷たき声。だが、その声はどこか柔らかく、そのまま心に響く声だった。
「誰だ!」
魔理沙は見えない声の主に、問いかけた。すると、あっさりと答えが返ってきた。
「私は、この世界の住人の一人、魂魄妖夢。幽々子様の命令のもと、貴方を冥界へ送る者です」
その声とともに、少女は現れた。
髪の色は綺麗な銀髪。顔の色は白色だ。見た目は十五歳から十七歳。服は緑色の制服らしき物。青く光る瞳が、美しさを増している。
「冥界」、魔理沙はその言葉の意味を知っていた。冥界とは、死んだ人間の魂が行く場所であり、別名、地獄といわれる世界だ。
「冥界に送るだって?。随分大胆なお迎えだな」
「私の主の命令です。死ぬのが嫌なら、すぐさまここから立ち去りなさい。でなければ貴方を殺します」
「嫌だと言ったら?」
その瞬間、二人の目線は交錯した。
「仕方がありませんね………。そこまで死にたいようなら
、お望み通りに」
「こっちも、死ぬわけにはいかないからね!」
妖夢は腰にある太刀を抜き、魔理沙は箒を構えた。
先に仕掛けたのは、妖夢だった。目に見えぬ速さで、魔理沙に接近戦を仕掛けようとしているのだ。
(来る!)
長い長い思想の後、自分の両手に構えた箒から、これまでに感じたことのない衝撃が体に伝わった。
妖夢の太刀が、魔理沙の箒にとてつもない勢いでぶつかったのだ。魔理沙がまず、感じたのは……………、
(重い!)
妖怪の剣とは思えない重さだった。こんなに重い一撃を、連続で食らったら自分の体はどうなるのか?。魔理沙の脳裏に冷たい恐怖が、ほとばしった。
だが魔理沙も負けていない。胸ポケットから、一つのオーブを取り出した。
「翡翠のオーブ!。硬化魔法!ゴーレムティング!」
硬化魔法ゴーレムティング、魔法使いが使う一般的な硬化魔法の中でも、一番効果が高い魔法だ。
全身が鋼のように固くなる感覚を、魔理沙は感じた。
太刀の手応えが浅くなったのを感じた妖夢は、一度魔理沙と距離を離した。
「この魔法があれば、五連撃くらいは………耐えられるかな…………。どっちにしろ、ここまで疲労が激しいなんてな………。考えもしなかったぜ」
硬化魔法を使うのには、全身を硬質化する代わりに、魔法を使った者の体力を削る。その上、あの妖怪剣士の重い一撃を防いだものの、体にはまだ衝撃が残っているのか、両手が痺れたように痙攣している。
「貴様、魔法使いか?」
目の前にいる敵が、只者ではないことを感じだ妖夢は、口調を変えた。
「妖怪も魔法使いを知ってるんだな。驚いたぜ」
「私の主が造ったこの世界には、この世界の全てが記された書物が保管されている。幻想郷から悪魔界まで、お前ら魔法使いのことも」
「そりゃご苦労だったな。その主さんとやらも。いったいどうやって、そこまで調べたのか知りたいぜ」
「お前に教える義理はない」
すると妖夢は、胸ぐらからあるものを取り出した。
「ん?」
妖夢の左手にあったのは、何やら文字のようなものが書かれた霊符のようなものだった。
「爆砕霊符。どのような効果かは、食らえばわかる」
爆砕。その言葉を聞いた途端、魔理沙の脳裏に、文字通り嫌な予感が漂った。
「おいおい、何をするつもりだ。まさか………………」
「その通りだ」
そう言った瞬間、妖夢は霊符を魔理沙に向かって投げつけてきた。魔理沙はすぐさまそれを飛んで避けた。
的を外した霊符はそのまま階段へと落下した後、階段を巻き込み、巨大な爆発を引き起こした。
その爆発は、これまで暗い闇だったこの世界を真っ赤に染めた。
それを間近で眺めていた魔理沙に、冷や汗が走った。
もし、あそこに自分がいたら…………………
「これは…………笑えないぜ」
こんなところに来るんじゃなかったと、魔理沙は一瞬後悔した。だが、こうなった以上、魔理沙はこの妖怪を退治しなければならない。
そう思いながら、魔理沙は目の前の敵に突っ込んだ。

***

魔理沙が博麗神社を飛び出して、すでに五時間が経過していた。その間、霊夢は不安を感じるも、魔理沙を助けに行こうとはしなかった。
萃香が霊夢に言った言葉。
ー霊夢が行ってあげたら、いざという時助けられると思うけどー
その言葉がずっと、頭の中で点滅している。
魔理沙が嫌いなわけではない。たが、さっきの言い争いで
、少し助けに行きづらくなってしまったのだ。
自分が行かなければ、魔理沙が危険な目にあうかもしれない。そんな胸騒ぎも、同時に霊夢を苦しめていた。
霊夢の心の中に、ある記憶が蘇った。
「なんで、こんな時に思い出すかな………………」
遠の昔、心の隅にしまっておいたはずの忌わしい記憶が霊夢の思想を飲み込んだ…………。

3 博麗の巫女ー転生ー

今から十六年前、霊夢は幻想郷の博麗神社に生まれた。
霊夢の父親は極端に厳しく、霊夢も四歳の頃から夢想術の指導をされていた。
「まだだ!、霊夢!。もっと意識を集中させ、それを前に放つのだ!」
「はい!。お父様」
博麗家の家内では、父の言う事は絶対だった。父に逆らえば、たとえ血の繋がった家族でも、一気に神社から追い出される。霊夢はその中でも、夢想術の成績はトップクラスだった。父には昔から褒められてきたものの、追い出される子たちを見ていると、霊夢はため息しか出せなかった。
父の言う事には従わなければならない。昔からそればかりを考えていた。
追い出される恐怖もあった。数多く存在する博麗一族、その中から追い出された者たちはどうなるのか。父にそんな事を相談すると、
「馬鹿を言うな霊夢。お前は優秀だ。俺はお前を追い出したりしない。安心しろ」
言われたのは、それだけだった。
そして霊夢が十歳になった頃。ある女の子が、昼食を食べ終わった霊夢に話しかけてきた。
「こんにちは、私は一㮈。あなたは?」
話しかけてきたのは、霊夢と同じくらいの背丈の女の子だった。霊夢は一㮈という少女に、不思議な感覚を覚えた。
「私は霊夢」
「霊夢ちゃんだね!。私とお友達にならない?」
「え?」
霊夢は驚いた。これまで他の子に話しかけられていなかった、むしろそれが普通だと思っていた霊夢に、話しかけてきた子が、友達になろうと言ってきたのだ。
「うん、いいよ」
「やったー!。霊夢ちゃん、お友達!」
そう言うと、一㮈はにっこりと笑った。
一ヶ月後。博麗家に一年に一同、訪れるものがある。
それは決闘大会だ。一対一、正々堂々と竹刀一本で戦う試合だ。夢想術は使用禁止。
隣で寝ていた一㮈が、霊夢に話しかけてきた。
「いよいよ明日だね。霊夢ちゃん」
「うん」
一ヶ月で、一㮈とは随分親しくなった。両親も自分の子に友達ができると言って喜んでいたが、実際、一㮈とは遠い血で繋がった家族なのだから、仲が良くなるのも当然と言えば当然なのだ。
一㮈は、霊夢と違って成績は上位だが、集中と言語の理解力が足りない。夢想術のイメージは脳内で構築できているものの、それを後輩に口で説明しようとすると、言葉が詰まってしまうのだ。だから、後輩からもいつも疎まれていて、他の子からも評判が悪かった。
「なんで一㮈は、術は得意なのに、やり方を説明してくれないの?」
そんな質問を、一㮈の唯一の友達である霊夢に聞いてくる子が後を絶たない。
何故、自分が一㮈の事を好きでいるのかは、今でもよくわからない。友達が少ない同士、気でも合ったのだろうか。
昔から他の一族の人間と話した事がないため、家族と友達になるのは普通だと考えてきたが、それは違うのか。
「………………くだらない」
霊夢はそう思った。
一㮈のことが嫌いなわけではない。ただ、霊夢はこういうギクシャクした関係が、面倒で嫌いなのだ。昔からずっとそうだ。霊夢は一人でいることが好きなのだ。
霊夢は明日の決闘大会に備え、素振りの練習をする事にした。上位に入らなければ、父に見捨てられると思ったからだ。
霊夢はまだ十歳。夢想術の腕前は、十四歳クラスだ。そんな霊夢を父は信頼し、愛している。そう昔から母に教えられてきた。霊夢に厳しくするのもその為だと母は言った。
「くだらない…………くだらない!」
霊夢は心の内にじわじわと湧き上がってくる怒りを抑えながら、竹刀を振り続けた。

翌日、深夜の一時まで素振りをしていた霊夢は、少し残っている疲れと睡魔に耐えながら、布団から起き上がった。
「おはよう、霊夢ちゃん」
朝、一番に霊夢を迎えたのは一㮈だった。
「うん……………、おはよう一㮈」
寝起きで声が出ない。
「どうしたの?霊夢ちゃん。元気ないみたい」
「昨日、遅くまで練習してたから………」
「そうなんだ。偉いね!」
「うん」
そんな会話をしていると、後ろにいた父が口を開いた。
「霊夢、一㮈。お前たちが好成績を残す事を期待しているぞ!」
無口な父にしては、久しぶりに声を張り上げた気がする。
「はい!。頑張ります」と一㮈。
「精進します」と霊夢。
控え室に行こうとしたその時、父が少し笑った気がしたが
、すぐに気のせいだと思い、忘れた。
この決闘大会は予選がない。出場者全員が本大会で優勝するチャンスを握っている。霊夢と一㮈もその一人だ。
優勝者にはその後、父、博麗佐武郎との決闘権が与えられるとは言われていたが、果たして父に勝てる者など現れるのだろうか…………。

一時間後、第一試合が開始された。対戦者は二人の少女だった。
「それでは、第一試合、開始!」
父である佐武郎が審判を務める。この試合はどちらかが降参、または気絶した場合は敗退となる。
先に仕掛けたのは、霊夢から見て左の少女だった。
「はあああ!」
少女は竹刀を両手で持ち、もう一人の少女へとかかっていった。
戦う者には二種類あり、勢いで相手を押しつぶす者と、慎重に相手を見極め、少しの隙を見逃さず渾身の一撃を打つ者がいる。前者と後者は戦いで初めて、互いの欠点が見つかるものだと佐武郎は言ったが、霊夢にはそう思えない。何故なら、昔から勢いだけで霊夢に勝負を挑んできた者は、戦略でねじ伏せてきた。相手が横蹴りをしようとするなら、飛んでかわして相手の爪先に蹴りを入れて転げさせる。その後、確実にトドメを刺す。それが昔、父である佐武郎から教えてもらった、最初の戦術だったからだ。
そんな事を思い出しながら、霊夢は今にも相手に襲い掛かりそうな少女を、霊夢はじっと見つめた。
昔から戦いに明け暮れていると、少しだけ未来が見える時がある。コンマ一秒、相手がどんな技を仕掛けてくるのか
。その技はどれくらいの威力があるのか。その技には対処法があるのか。それに成功した場合、どんな技を繰り出せば、相手を完全にねじ伏せることができるのか。
あらゆる思考、五感、直感的に、この状況がどうなるのか
、霊夢にはもう解っていた。
「あの子は……………負ける」
その考えは、そのまま現実の物となった。
次の瞬間、少女はもう一人の少女へと襲いかかった。
「うおおおおお!」
正面からの猛突進。霊夢には無謀に見えた。右の少女は、その時を待っていたかのように、竹刀を片手で構えると、ニヤリと笑った。
その瞬間、少女は襲いかかろうとする相手の爪先を目で捉えた。少女は相手の爪先に勢いよく竹刀をぶつけた。
「くっ…………!」
その時、左の少女がバランスを失い、竹刀を構えたまま、床へと転んだ。そして右の少女は、転んで無防備になった首めがけて竹刀を…………………、
振り下ろした。
ドカッ‼︎
鈍い音が、道場中に響き渡った。
手加減なしに首を突かれた少女は、目をつぶったまま脱力したように眠っていた。
勝敗を察したかのように、佐武郎が険しい表情で言った。
「勝者!、博麗美琴!」
「「「わあああ!」」」
その光景を目にした人間全てが、大きな歓声を上げた。
霊夢には、今にでも破裂しそうな声を出している観衆の気持ちがわからない。何故なら、この戦法は霊夢の中では基本中の基本だからだ。当たり前のような試合を見据えていた霊夢は、こう口にした。
「………………緩い」
甘い、甘すぎる。
ーもっと上を目指したいー
ーさらなる高みへと飛んでいきたいー
そんな衝動が、霊夢の心の中に浮き上がった。

***

第一試合が終わって二時間が経過した。
ここまでの試合は、霊夢に好奇心をわかせなかった。全てが父から教わった、技、戦術だ。ただ、霊夢にはもっと他の感情が湧いていた。
ーもっと先の世界があるかもしれないー
第一試合が終わってからずっと、もっと強くなりたいと心の中でもう一人の自分が叫んでいる気がする。
だが、父は新しい戦術を、毎日の稽古で一度も教えようとしなかった。
『霊夢、俺はお前に教える物は、もう無いと思っている』
そんな父の言葉を思い出すと、全身から怒りが湧き出てきそうなくらいに悔しかった。
これがいわゆる、思春期というものなのだろうか………。
そんな事を考えながら、境内の通路を歩いていると、一㮈が前から歩いてきた。
「霊夢ちゃん。元気無いみたいだけど、大丈夫?」
霊夢は、唯一、自分の心を満たすのは一㮈の存在だと、前から気づいていた。
「ちゃんはいらない。霊夢でいいよ、一㮈」
最低限の微笑みで試しに言ってみると、一㮈はボカンと口を開けたまま静止した。
「な、何よ……」
そして………………、
「あははははは!」
一㮈は耐えきれないという表情で、笑った。
「な、何がおかしいのよ!?」
「だって、霊夢ちゃんが笑ったの、初めて見たし、……あははは!」
そう言うと一㮈はまた、大きく笑った。
「笑わなくていいわよ!。ていうかちゃんはいらない!」
「ごめんごめん、霊夢。可笑しくてさ、つい」
「何が可笑しいのよ。だいたい…………」
その次を言おうとした瞬間、一㮈は霊夢の頭をゆっくりと撫でた。
「それでいいと思うよ。霊夢は笑顔が一番だね」
唖然する霊夢をよそに、一㮈は霊夢の頭を撫で続けた。
どこまで変なんだと思う霊夢の心に、楽しいという感情が芽生えたのは、この時が最初だった。
「でも………………」
そう呟くと、一㮈は霊夢から手を離した。
「もし、決勝に二人とも上がった時、私たちは友達でもあり、ライバルでもある。それを忘れないでね」
そう、そのとうりだ。この大会に自分と一㮈、二人が出場したとなると、お互いに決勝にあがった場合、敵同士として戦い合うことになるのだ。
「うん、絶対に負けないわ」
初めて、自分と似ている子に出会った。初めて自分を認めてくれる人に出会った。初めての友達に出会った。
霊夢の全てが、一㮈の心にある。
一㮈の全てが、霊夢の心にある。
二人は、共に手をつなぎ、道場に歩いていった。

***

ーねえ、霊夢ー
誰かが自分を呼んでいる。昔の記憶に引きずり込まれた霊夢には、それしか頭になかった。朦朧な意識の中、あの言葉だけは、耳から離れなかった。
ー死ぬってことを……………、感じたことある?ー
「はっ…………!?」
その瞬間、霊夢は飛び起きた。昔の記憶を探っているうちに、夢を見たらしい。
「…………………嫌な夢」
霊夢はそう呟きながら、部屋の時計を見やった。午後二時三十分、魔理沙が博麗神社を後にして、もう六時間も経過していた。
「助けに…………行くか」

***

「はあっ……はあっ」
魔理沙が妖夢と戦闘を開始してから、五時間経過した今
、戦況は最悪な状況に成り果てていた。黒のジャケットには、無数に切り裂かれた跡、出血は恐ろしいほどにまで達している。全身を冷たい氷に覆われたような寒さが、徐々に魔理沙の意識を削っていた。
対して妖夢には、複数の傷があるものの、息は切れていないようだ。
「まだくたばらぬか、魔法使い。いい加減に諦め………」
「諦めないさ………」
「何?」
魔理沙はそう言うと、胸ポケットから翡翠色のオーブを取り出した。手が震えているが、そこまでには気が回らない
。今にも枯れそうな息を我慢し、唱えた。
「回復魔法、ヒーリング」
その瞬間、魔理沙の体を緑の光が包んだ。なんだと言わんばかりに目を疑う妖夢をよそに、光はさらに量を増していく。そしてその光は、ゆっくりと彼方へと消えていった。
回復魔法をかけてみたものの、癒えたのは傷の一つ二つ、とても完治とは言い難い。
だが、魔理沙は戦い続けなければならない。逃げようと後ろを向けば、妖夢の太刀が必ず黙っていないと直感したからだ。
「まだそんな手を残していたか。仕方がないやつだ」
そう言うと妖夢は、ポケットからもう一枚の霊符を取り出した。「斬滅剣」と大きく書かれている。
「消えてなくなりなさい。痛みはないでしょう」
敵の最期を予感したのか、妖夢の口調は敬語に戻った。
魔理沙がためらう間も無く、魔理沙の視界には無数の剣が見えた。光り輝く剣たちは、今にでも魔理沙を射抜こうとするような迫力を魔理沙に与えた。
(あれを食らったら今度こそ………)
刹那。
シュウィン!
「……………あ…………」
その一瞬、魔理沙は重い衝撃を感じた。
魔理沙は恐る恐る、自分の置かれた状況を、自分の腹部を見て実感した。
一体の巨剣が、魔理沙の胸の下から腰までを、綺麗に貫いていた。傷口からは血が吹き出し、真っ白な床を真っ赤に染めている。自分の体とは思えないほど、全ての感覚は停止していた。
ドサッ!
その瞬間、魔理沙は地面に倒れ崩れた。床には自分の血が広がり、自分の周りのほぼ全てを血で埋め尽くした。
もう、何も感じない。視界だけが、そこに自分がいることを証明していた。
そんな事を感じていくうちに、ついに冷気が脳に侵入した
。それは脳を駆け回り、魔理沙の思考を完全停止に追い込もうとする。薄れゆく思考の中、魔理沙はある一文字の漢字を予想した。それは…………………、
ー死ー
(死ぬんだ。自分は…………)
ここでただ一人、あらゆる未練を残したまま、自分は……
……………。
「……………………く……そ」
「しぶといぞ、ネズミ。次で最後だ」
魔理沙にはもう、妖夢の声すらも、耳に入らなかった。
消えそうな意識と感覚、魔理沙はゆっくりと最後の時を待った。せめて痛みなく死ねたら、どれだけ幸せだろうか。
(悪いな、霊夢。約束、守れそうにないぜ)
その瞬間、妖夢の手から、一本の剣が放たれた。
こんなことになるなら、来るんじゃなかった。
だが、悪い人生でもなかった。
(次は…………男に生まれたいぜ)
刹那。
魔理沙の目の前に、人影が降り立った。
赤と白の巫女服。黒い長髪。背の高さは自分と同じくらい

魔理沙はまさかという思いで人影を見やった。
魔理沙は目から溢れる涙を拭い、最初の友の名を呼んだ

「霊夢!」
夢想陣剣を両手で構え、妖夢の剣を受け止めている霊夢の姿がそこにあった。霊夢は自力で妖夢を押しやる。
霊夢は魔理沙の体を見やった。見るのも嫌になる程に、痛々しい巨剣に貫かれた腹部。さらに引き裂かれた傷が、戦闘の激しさを物語っている。
「全く………、無茶しちゃって」
その言葉と共に、霊夢の目に涙が滲んだ。
「仕方が………ないだろ」
魔理沙の意識はもう消えかかっているらしい。このまま助けに来なければ、魔理沙はもう死んでいただろう。霊夢は魔理沙の腹部に刺さった巨剣を優しく引き抜き、緑色の霊符を取り出した。
「完全治癒術」
博麗一族の中でも、選りすぐりの者しか使用できない禁術の一種、完全治癒術。全ての傷を完治させる術。この術を使っていいのは、一生のうちに一度だけ、その時一番守りたい者にしか使うなと父に言われた覚えがある。
治癒術は魔理沙の体を黄色い光で包み込み、一瞬で魔理沙の傷を完治させた。だが、あれ程の傷だ。魔理沙の体力は底を尽きたらしい。
「眠っていいのよ、魔理沙」
優しく呟き、最後に「私の親友」と付け足してから、霊夢は目の前の敵を強く睨んだ。魔理沙の傷があれ程のものなのに対して、敵にはかすり傷くらいしか付いていない。
(単純な戦闘能力の差、か…………)
冷静かつ慎重な霊夢は、こういう敵が苦手だ。単純に強い
、単純に早い、単純に剣が重い。そんな相手には、戦略が読まれたり、通じないことが多い。
そのような不安をだいていると、妖夢は全てを見透かした表情で、霊夢に語りかけた。
「これは、博麗の巫女ですか。何故ここに?」
「決まってるでしょ。あんたを退治して、魔理沙を取り戻すためよ」
霊夢は強く妖夢をにらんだ。この世で一人しかいない親友を消されるのは、もうゴメンだ。
妖夢は睨まれたことを機にすることなく、また話し始めた

「お前は昔も、そうやって友を助けに来ましたね」
「昔?。なんのことよ」
「昔」と「友」、その言葉に一致する者は一人しかいない
。霊夢の最初の親友、一㮈だ。だが、一㮈を助けに行ったことなど、一度もない。いや、助けに行くなどの状況を、霊夢は知らないのだ。
「何を言ってるのよ?。私にはそんな記憶なんか……」
「あるはずですよ」
「!?」
またしても妖夢は、予想外なことを言い出した。翻弄している霊夢を見て、妖夢はため息をついて言った。
「いつまで心を閉ざすつもりですか?。お前の親友は、遠の昔、博麗の惨劇で死んだはずです」
霊夢は昔の記憶を探ってみた。もちろん、一㮈が死んだなどという記憶はない。だが、六年前の記憶が完全に切れているのだ。何も思い出せない。
あれから一㮈のことは思い出すのをやめたはずだ。一㮈が死んでいるはずがない。
「いや……………まさか」
消えた記憶の間に、何かが起こっていた?。
その瞬間、霊夢の中に何かが流れ込んできた。
『霊……夢……』
その声はまさしく、霊夢の最初の親友、博麗一㮈のものだった。活気溢れる、それに似てどこか懐かしく、優しい声
。だが、今思い出した声は、どこか枯れていた。
『生きるのって…………』
その声はどんどんしおれてゆき……………、
「やめて……………」
それを思い出したら、私はどうにかなってしまう。
そんな内心の叫びにも、理不尽な記憶の流れは止まらず、恐怖心という名の闇が、霊夢を襲った。
『難しいね……………』
「うっ……………!」
ついに思い出してしまった。遠い昔の親友の記憶。彼女は冷たい体にも目もくれず、ただ微笑んだ。
「うっ、ゔああああああ!!」
その時、霊夢の周りを深い闇が包んだ。それは真っ黒とは言いがたく、紫がかった靄がかかっている。
ー力が欲しいの?ー
ーそう、欲しいのー
ーじゃあ沢山あげる。私の力ー
意識が遠のいていく。視界が闇にのまれ、自分じゃない誰かが、語りかけてきた。
霊夢は光を失った瞳で、目の前の敵をしっかりと見た。
ーもう、何もいらないー

***

「うっ……………痛ってぇ」
魔理沙は眠りから目覚め、改めて根から伝わる痛みを感じた。霊夢が取り計らってくれた完全治癒術で、傷は全て完治していた。想像を絶する強さだった、魂妖夢。おそらく
、霊夢が戦っても勝てないのではないか?。
そんな不安と疑問が脳裏をよぎった。
いきなり感覚が戻ったためか、左手がしびれている。魔理沙は両目に溜まった涙を拭い、相棒とも呼べる親友の姿を探した。
目に見えるのは自分の血で真っ赤に染まった城壁と、そこに立っている妖夢の姿だった。
(あのままだと、死んでたな)
正直、自分でも驚いた。巨剣が腹に刺さった時は、本当に死ぬと思ったくらいだ。あんな痛み、今まで感じたことがない。今まで死んできた者たちは、皆こんな痛みを味わったかと思うと心が痛んだ。
(あれからどうなったんだ?)
魔理沙は、改めてゆっくりと周りを見渡した。
その途中、妖夢が目を見開いて上の方を見ているのに気がついた。魔理沙はなんだと思い、妖夢の見ている方向に視野を移した。
「…………えっ?」
そこにあったのは、信じられない光景だった。
黒い物が浮かんでいる。禍々しく紫がかり、全てを飲み込もうとするような色だ。そして黒い何かは、居場所をなくしたかのように、空気に溶け、消えていく。
それはやがて、人の形になっていく。魔理沙の脳裏に、ある直感がほとばしった。
(あれが、霊夢なのか?)
実際、ここにいるのは、敵である妖夢と、霊夢とそして自分だけだ。そして魔理沙は、目の前にいる妖夢を確認している。となると、あれが霊夢に違いない。
一体どうしてしまったのか。霊夢は大丈夫なのだろうか。
直視していくほど、不安が増す。
その瞬間、黒い物の中から、一つの人影が出てきた。赤と白の巫女服を身にまとい……………
「いや……………」
霊夢には違いない。だが、何かちがうものを感じる。
綺麗だった巫女服は、どこか輝きをなくしていた。霊夢の瞳は前までのベージュ色の光ををなくし、うつろな目で、だがしっかりと妖夢を睨んでいた。
(それに…………)
巫女服の赤い背中に、不気味な黒い翼のようなものがはえている。吸血鬼を思わせるような色だ。所々が赤黒く光っており、まるで取り付いたかのようにそこに停滞している
。魔理沙は今度こそ確信した。
「あれは…………、霊夢じゃない!」
そしてその確信は、現実のものとなった。
霊夢が黒い翼をはためかせた。次の瞬間
ビギャアアアアアアア!!
霊夢ではない何かが、まるで野生の生き物であるかのように、そして金属質かのような奇声を上げた。
その耳をつんざくような音に、魔理沙は耳を塞がずにはいられなかった。
ようやくそれが収まった後、魔理沙は目を開いた。
「くっ………!。なんだあれ!?」
魔理沙が目にしたのは、またしても信じ難い光景だった。
霊夢の周りを、黒いオーラのようなものが包んでいる。目が赤色に光り、目の前の獲物を食い散らかすような、獣の目。二枚の黒い翼を強く羽ばたかせ、霊夢はどこまでも続く上の方へと飛翔していた。
「どうしたんだよ!霊夢!」
魔理沙は声を張り上げて霊夢に呼びかけた。だが、闇の中の赤い目は、ピクリとも、こちらを見ようとしない。
その間にも、霊夢はみるみる上昇していく。
そして妖夢も、唖然して上を見るしかなかった。
「一体………何が起こったのですか?」
妖夢が低い声で唸ると、ついに霊夢が、動きを止めた。
「…………………………」
霊夢は無言のまま、下の妖夢をじっと見た。妖夢は驚愕の表情で呟いた。
「これが………………博麗の惨劇」
「博麗の………惨劇?」
博麗の惨劇。魔理沙はその言葉に覚えはなかった。
そんなことを考えているうちに、霊夢は動き出した。
翼をたたみ、体を下に垂直にする。
赤いベールの瞳が、魔理沙には悪魔の瞳に見えた。
次の瞬間。
ビギャアアアアアアア!!
霊夢は妖夢めがけて、ものすごいスピードで降下した。
「何!?」
妖夢が愕然した時、既に霊夢は視界から消えていた。
すぐさま辺りを見回す。だが、霊夢はどこにも見当たらなかった。まるで完全にこの場から消えたように。
その時、妖夢の胸ぐらに霊夢が現れた。
そして黒光る右手から何かが出現した。それは、一本の剣だった。歯には紫色の模様が描かれ、持ち主と共鳴している。そして魔理沙は、確かにそれを知っていた。
「夢想陣剣!」
夢想陣剣。魔理沙と霊夢が初めて出会い、そして戦った時
、霊夢が使っていた長刀だ。一振りの威力を、魔理沙は自分の体で味わっていた。あの時は完全に自分と互角だったが、今の霊夢が使えば、どうなるかわからない。魔理沙の背中に生暖かい冷や汗が走る。
ビギャアアアアアアア!!
金属を引っかいたような奇声とともに、霊夢の夢想陣剣が振り下ろされる。しかし、惜しくも妖夢の反応が一歩遅かったのか、夢想陣剣は、妖夢の肩に直撃した。
「うああああ!!」
悲鳴とともに、細い体が痛みに耐え切れず、妖夢は地面に落下した。衝撃とともに、口から血が溢れ出した。
返り血を浴びた霊夢は、そんなことを気にする様子もなく
、また夢想陣剣を振り上げる。
予想外な光景に、ただただ魔理沙は見つめるだけだった。
このままあの妖怪を、霊夢に殺させていいのだろうか。元はと言えば、魔理沙が勝手にこの場所に来たのがいけなかったに違いないのに…………。そんな違和感が魔理沙の意思をかすめる。その違和感と対峙しているうちに、妖夢は霊夢の斬撃に耐え切れずに、そのまま死んでしまうかもしれない。こんな迷いと選択、人生で初めて味わったかもしれない。
再びの後悔とともに、ある恐怖も同時に魔理沙を追い詰める。
(あいつを止めようとしたら、自分はどうなる?)
魔理沙の脳裏に、先ほどの光景が蘇った。
(くそ…………!)
そんなことを考えていると、霊夢の斬撃が妖夢の腹部を貫いた。
「がはっ……………!」
想像異常の痛みが神経を伝わると共に、口から血が溢れた
。痛みが体に直接響くのを、妖夢は感じた。
「幽々…………子…………様」
自分の命の恩人。としても、憎み、憎み足りない主人。
いつか、殺してやろうと思っていた。
でも、今は…………。
おそらく最後の一撃であろう斬撃が振り下ろされるのを、妖夢は目をつぶり、じっと待った。
(ここで死ぬなら、それでいい)
刹那。
バキーン!!
硬いものが折れるような音が、自分の耳に届いた。妖夢は恐る恐る、ゆっくりと瞼を開いた。
そして、目にしたものは、考えもしない光景だった。
霊夢の夢想陣剣を、誰かが受け止めていた。というよりも
、体で。肩から出血している。
眠っていたはずの魔理沙が、霊夢の剣を受けていた。
「ぐっ……………!。…………にげ」
口に血をにじませ、魔理沙が何かを叫ぼうとする。突然の出来事で、妖夢の手足は完全に動けなくなっている。その間にも、霊夢の剣は、力を増していく。
目から溢れる涙、それは白い頬を伝い、白い地面にポタリと落ちた。妖夢の心は……………、
「もう…………ダメ」
折れてしまった。
だが、目の前の魔法使いは、弱々しくも、叫んだ。
「早く…………逃げろ!!!」
そう叫ぶ魔理沙は、自分の足を霊夢に引っ掛けた。足を絡まれ、霊夢は転倒する。無防備になった霊夢を、魔理沙はまた遠くに蹴り飛ばした。
「逃げろおおおお!!!」
目の前の状態がわからず、妖夢は立った。
そして、本能が命じるまま、妖夢は幼い少女のように、逃げ出した。

***

「くっ……!。がは………!」
肩の痛みに耐え切れず、体が悲鳴を上げている。何故このような状況になったのか、魔理沙にはよくわからなかった
。ただ、目の前で散り行きそうな命を守りたかったのか。それとも、意思を持たない親友を止めたかったのか。
(それにしても…………)
想像を絶する剣の重みだ。妖夢と同等、いや、それ以上かもしれない。このままどこまで耐えきれるか、自分でもあまりわからない。せっかく霊夢に直してもらった傷が、一つ増えてしまった。
(最初の霊夢とは大違いだぜ)
最初の夢想陣剣は魔法で受け止めていたせいか、衝撃が体に伝わらなかったらしい。生身の体で受け止めてみると、ここまで違うものなのだろうか。
はち切れそうな息を我慢して、魔理沙は目の前の親友を見た。これが本当に霊夢なのか、自分でも信じ難い。
「…………なあ、霊夢」
(お前は今、何を考えてるんだ?)
何があったかはよくわからないが、今の霊夢の心は、どこかへどばされている、それは一目瞭然だった。おそらく目の前のこいつは、霊夢のトラウマ。それが具現化し、大変な騒動を起こしてしまうという童話なら、小さい頃、魔法学校で嫌という程習ったのを覚えている。
(昔習った対処法、………役に立つかな?)
トラウマに飲み込まれた人間を元に戻す方法はたった一つ
、自己意識、つまり自己のセルヒィーイメージを、意識に定着させること、それだけだ。正直、初めて会ってから一日半しか経っていないため、成功するかは運試しだ。
その時、魔理沙に蹴飛ばされた霊夢が、ゆっくりと起き上がった。そして、
ビギャアアアアアアア!!
先ほどと同じように奇声を上げて、魔理沙に襲いかかった
。夢想陣剣を片手に持ち、赤い瞳でこちらを目視している
。やはり今の霊夢には、魔理沙の認識も自分の意識さえも
、どこにも無いらしい。
魔理沙は防御の構えをとった。今の霊夢の攻撃を攻撃で受け止めてしまったら、大怪我を負ってしまうと思ったからだ。せめて体で受け止めて、霊夢に直接、何かを言えるのなら、どうな痛みにも耐えてみせる。魔理沙は目を強く見開き、痛みに耐える心構えを整えた。
と、同時に。
ザシュ!
鈍い音が、衝撃とともに脳に伝わった。霊夢の夢想陣剣が
、魔理沙の右肩から胸までを切り裂いたのだ。
「くっ………ああああ!!」
想像以上の痛感に悲鳴を上げる。右半身の痛みは、そのまま全身の痛みへと直結する。箒を持つ左手が、もうすでに震えていた。
(痛いもんか!)
そう自分に言い聞かせる。妖夢との激闘で、魔理沙はもう
、痛みに慣れていた。肩にのめり込んだ剣の鋭利な歯を、右手で強く握りしめる。手から血が吹き出し、魔理沙の意識に諦らめの三文字が浮かぶ。
(諦めるもんか!)
魔理沙は自力で、肩から剣を抜いた。右半身が崩れそうな痛みに、歯を食いしばり耐える。
「おい霊夢!。いつまで黙ってるんだ!。いい加減に出てこい!」
「…………………」
叫んでみたものの、もちろん返事は返ってこない。そう言っている間にも、霊夢は次の一撃を放とうとしている。
振り下ろされた剣を箒で受け止め、もう一度語りかける。
「俺の声が聞こえるか?、霊夢。お前はどこにいるんだ。
このままだと体を乗っ取られるぞ!」

***

「………おい、………霊夢!」
誰かの声が聞こえる。萃香?、魔理沙?。わからない。
霊夢は赤いまどろみの中で、目の前に立っている紅髪の少女を見やった。
「…………一㮈」
ずっと昔に、この世から去った霊夢の親友。誰よりも大好きだった。心を許せるのも、一㮈一人だけだった。
一㮈の目は赤と黒の瞳で霊夢を見つめている。
「力が欲しいんでしょ?。だからこうしてあなたの体を私が操っている。違わない?」
一㮈は不気味に微笑んで呟いた。そしてすぐに続きを話し始めた。霊夢には一㮈の表情が読めなかった。
「あなたは馬鹿だったのよ。私が死んでから、あなたは自分と他人を信用しなくなった。するのが怖かったのかな?。いずれにしても、もう間に合わない」
「間に………合わない?」
「そう、あなたは間に合わない。自分の感情も、誰の感情も、もう引き戻せない。だから、私が助けてあげた」
一㮈は悠然とそんなことを口にした。
(一体………何を言っているの?。魔理沙はどこ?)
霊夢は左右を見回した。だが、赤いまどろみのせいで、遠くが見えない。そもそも、ここはどこだ?。
「後悔してるんでしょ?。私を殺してしまったことを。だから無理やり忘れようとした。都合良く」
その言葉は、霊夢の心に突き刺さる形となった。
「ふ、ふざけないでよ!亡霊。あなたに私の何が」
「亡霊?、そう、そうかもね」
「!?」
なんなんだと霊夢の中に一つの疑問が浮かんだ。最近、どうも話の進み方が出来すぎている。魔理沙に会ってからそうだ。こんな騒動が起こるのだって、都合が良すぎる。
驚愕の目を見せる霊夢をよそに、一㮈は話し続けた。
「私は、あなたの記憶そのもの。一㮈なのよ」
「なんなのよ…………」
霊夢は底なしのまどろみに膝を落とした。恐怖に満ちた目で、上の一㮈を見る。漆黒の瞳が覗いている。
「教えてあげる。と言っても、あなたの記憶だけどね」
そう言うと一㮈は、目をつぶり、数秒後、また開いた。
一㮈の赤い目に、三日月のような模様があった。
「幻菜飛翔、幻術の一つよ。記憶の中で生きるといいわ」
刹那。
漆黒の闇が、自分の周りを包み込んだ。
何かに意識を吸い込まれるような感覚を、霊夢は感じた。
その時、霊夢に微かな声が響いた。
「おい!霊夢!、霊夢!」
誰かが自分の名前を呼んでいる。
途切れそうな思考の中、その声は、永遠のように赤いまどろみに響き渡った。
そしてついに、視界が闇に沈んだ。
あれは一体………………………………
誰の声だったのだろう?。

4〜博麗の惨劇〜

体が重い。
「霊夢、早く起きないと決勝戦に遅れちゃうよ」
どこかに響く、懐かしい声。霊夢は重い瞼を開いた。
そこにいたのは、一㮈だった。寝着のままの状態でこちらを見ている。どうやら、霊夢は人生初の寝坊を犯してしまったらしい。そんなこと、自分のしょうに合わないと唖然しながら、霊夢は一㮈に言った。
「今何時?」
「…………朝の六時前」
「うわあああ!」
「れ、霊夢!?」
「父様に怒られる!」
慌てて霊夢は寝室から駆け出した。寝着を巫女服に着替え
、武道場へと急ぐ。どうやら時間には間に合ったらしく、父も何も言ってこなかった。
「結局、決勝戦まで上り詰めたのは私と霊夢だけか」
一㮈は退屈そうな、それとともに輝く目で呟いた。
そう、この決闘大会、決勝まで勝ち進んだのは、霊夢と一㮈だったのだ。二人ともそれぞれの戦術を駆使し、ここまで上ってきた。決勝戦は武道場で一対一の夢想術戦で勝ち負けを決める一本勝負。互いの集中力が試される試合だ。
「負けないからね、一㮈。だからあなたも、全力でわたしにかかってきて」
「わかってるわ。お互い、悔いのないように」
そして二人は、手を繋ぎ、小さく微笑んだ。
初めての友達、初めての親友と、こうして戦えるのも、何かの縁があってこその偶然だ。

***

「……………ほう。一族ごと幻想郷に身をひそめたか」
その頃、西の紅魔館、魔術使いの祭壇では、少女たちが集まり、会議をしていた。
「全く、哀れなものだ。我らの計画に手を貸さんとなると、一族ごと消滅してしまうのも目に見えているだろうに」
冷たい少女の声。それに続いて、もう一つの声が響いた。
「仕方がない。幻想郷の奴らは皆、そういう者たちだ。我らの計画に手を貸せば、世界を変えることだってできたはずなのに……………」
「その辺にしときなさい。パチェ」
その時、冷たく冷淡な声が、また響いた。声の主は会議室の真ん中、紫色の髪の少女だった。パチェリーと呼ばれた鮮やかな紫色の髪と、綺麗な紅白のワンピースを着た少女は、途中で言葉をつめ、その少女の方に振り向いた。
「何よ、レミ」
パチェリーは豪華な金や宝石で作られた椅子に座る青色の髪の少女に問いかけた。
レミリア・スカーレット、紅魔館で一番の地位につく、魔界の最高司祭者だ。頭に赤いリボンの飾りで縫われた白いハット某、同じく体にも赤いリボンで縫われた白いワンピースを身につけている。背中には美しくも恐ろしい翼が生えている。胸には青いコバルトのネックレスをかけ、綺麗な紅蓮の瞳でパチェリーを見下ろしている。白い腕はふれたら折れてしまいそうなくらいに細く、美しい手つきだ。

レミリアは右肘を椅子の肘掛けに置き、呟いた。
「私たちの計画は、もうそこまで来ているじゃない」
「そこまで」、パチェリーはある不吉感を覚えていた。
「それに………………」
レミリアは、後に何か付け足すように呟いた。
「紅魔館には、使える人材が一人いるじゃない」

***

こんなに緊張するのは、生まれて初めてかもしれない。
霊夢は試合直前の調整時間を使い、竹刀で素振りをしていた。これといって成長感が湧いてこない。やはり成長するためには、自分と同等の実力をもつ誰かと戦わなければならないのか。
ここまで、霊夢はライバルが一人としていない世界で、徐々に、少しずつ成長してきた。それが当たり前だと思っていた。でも、今は違う。
(一㮈がいる)
この世界でただ一人、自分のライバルと呼べる存在が、ついに現れた。
そして霊夢は、竹刀を強く振り下ろした。
(絶対に負けない。一㮈を倒して、私が一番になる!)
勝利を導くには、意思と実力をが必要だと、父は言った。
全くその通りだ。ただ戦っているだけでは、先の世界は見えてこない。ー強くなりたいー。そういう意思なくしては
、先の世界を知ることすらままならない。
一㮈は、これまで実の父佐武郎以外に読めなかった、自分の戦術をよみ、崩した。そして自分は、失敗を元に、悩み
、考え、そしてたどり着いた。先の世界に………。
それが定めだと知りながら、人は剣を振るう。そしてそれを続けていくうちに、人々は新しい高みへと手を伸ばした
。禁断の術だと、知りながら…………。
《夢想術》
この世界でただ一つ、博麗一族だけが操ることができる、
禁断の術式。その術は、幾多の戦に使用され、のちに呪いの術として、世界中から恐れられた。
博麗一族の中でも、それを扱える者は少数だ。気を誤って手を出した者たちが、術に耐え切れずに死んでしまったという訃報は、幻想響中に間髪を入れずに広まった。
霊夢がそれを扱えるようになったのは二年前、八歳になった直後だった。この歳で夢想術を使えるようになった者は
、霊夢が初めてだったらしい。
そんなこと、思い出したくもなかったというのに。
霊夢は竹刀を壁に置き、巫女服の腰紐を強く結んだ。この勝負で自分が勝てば、博麗一族で二番目に強いという錆びた肩書きが押し付けられる。
ーそんなもの、興味もないー
霊夢は霊符を手元に、道場へと走った。
緊張の為か、震える手で道場の扉をゆっくりと開けようとした、その時。
扉の向こうから声が聞こえた。
霊夢は扉を開けようとしていた両手を離した。
「なあ、聞いたか?。一族の中に裏切り者がいるって話」
(裏切り者?)
霊夢は扉の向こう側に聞こえないように、そっと耳を傾けた。裏切り者、一体何を裏切り、何に願えるのか、霊夢にはわからなかった。ただ今は、聞いてみることにした。
「裏切り者?。誰よその人」
「いや、俺も噂で聞いたんだけど、どうやらそいつは子供らしい」
(子供!?)
霊夢は、扉の奥から聞こえる言葉に驚愕した。子供が敵に願えるなどという話、ここまで聞いたことがない。
驚いているうちに扉の奥の話し声は収まり、武道場に静寂が戻っていった。驚きのあまり目を見開いたまま、霊夢は数秒間静止する。今の話をどう受け流すべきか、それともこの噂に乗じて、自分も今聞いたことを広めていけばいいのか、霊夢には、見当がつかなかった。今わかっているのは、裏切り者が子供だということだけだ。なら、嘘らかもしれない噂を、このまま流してしまうのは、まだ早いのではないかと疑問がよぎる。
行き場のない考えに思考をくらましていると、目の前の扉が少しだけ開いた。続いて扉から、一つの人影が出てくる
。そこにいたのは、霊夢より少し年上と思わられる少年がこちらをキョトンとした目で見つめている。
たっぷりと間をおいて、少年はやっと口を開いた。
「君が霊夢か。試合、遅れちゃうよ」
少年はそう言うと、道場の中へと歩いていった。
「あっ、はい。すみません」
正直、内心で何なんだと呟きながら、霊夢は扉を押し開けた。
(今は、やめておこう)
一族の誰かが広めた、イタズラの噂かもしれないのだ。そう簡単に流しては、混乱するだけになる。
気づけば道場には人が集まっている。
その中心に、見覚えのある巫女服姿の少女が立っていた。
一㮈、霊夢のただ一人の友達であり、そしてライバルでもあるかけがえのない存在。
「やっとこの時が来たね、霊夢。絶対に負けないから」
小柄な体からそんな言葉が出るなんて信じられないと、霊夢は一瞬気を張りつめた。今の一㮈の瞳には、これまでとは違う光を感じる。深紅の眩い瞳。そこには緊張感が溢れ出そうな気迫があった。
(それも……そうか……)
自分と互角、あるいはそれ以上の力を秘めているかもしれない友人。さらに、お互いに敵同士で戦うとなると、緊張は頂点に達する。戦術に、微かなズレが生じる。
緊張感は悪魔だ。一番大事な場面でさえ自分の心に取り付き、心を貪り、侵食していく。そんなコンマ一秒の油断も許されない舞台に、今、二人は立っているのだ。
今はそれを楽しもう。そして味わおう。こんな場面、人生で一回か二回くらいしかないだろう。
「ええ、一㮈。こっちだって負けるつもりはないから」
霊夢は内心でもそう言いながら、胸ぐらから霊符を取り出した。夢想術での試合、そのため試合会場である武道場は
、準決勝までの狭い武道場ではなく、縦横共に広い、夢想術の爆発にも耐えられる構造になっている。
ーここなら、思い切りに勝負ができる!ー
内心で叫びながら、霊夢は相棒の真棒《奇稲田姫》を握った。
ここまで来たんだ。絶対に負けるわけにはいかない。一㮈もそのつもりだろう。深紅の瞳が、強く霊夢を見つめる。
その時、霊夢と一㮈のちょうど真ん中に立っていた審判の少女が、赤い旗を上に振り上げた。
「では、決勝戦。勝負…………開始!」
そう叫ぶと同時に、赤い旗は振り下ろされた。
ついにこの時が来た。一対一、正々堂々と、真のライバルと戦える時が…………………。
二人は目を見開き、一心不乱に地を蹴った。
「うああああああ!!」
「やああああああ!!」
仕掛けたのは二人とも同時。ほぼ同じ動きで、霊符を手に目の前に突き出す。
「夢想霊符!、供給朱雀射出!」
霊夢が黒い筆で朱雀と書かれた霊符を手に、叫ぶ。その瞬間、霊夢の目の前に白銀の光が現れる。光は丸い形状のまま霊符を取り込み、徐々に真の姿を現していく。
そこに現れたのは、銀色の光の獣だった。
「夢想霊符!絶断斬紅蓮剣、王雅!!」
対して一㮈も負けていなかった。黄金色に輝く霊符を手に
、叫ぶ。刹那、霊符の真ん中から銀色の光が到来する。光は一㮈を包み込み、一本の剣となった。
金色の細剣、その一筋の刃から、紅蓮の炎が、湧き上がるように靡いている。その姿は美しく、見る者を全て魅了させた。観衆からざわめきが走る。
二人の夢想術は完全にお互いを狙っている。霊夢の銀獣と一㮈の紅蓮剣、二人は目を見開いた。
「何、あれ………………?」
霊夢も、一瞬沈黙する。あんな夢想術見たことない。視界をずらし一㮈を見ると、霊夢と同様に驚いている。
コンマ数秒考えてから、霊夢はあることに気づいた。
自分と一㮈は、最初から奥の手を出すつもりだったのだ。
霊夢は考えても遅いと思い、目の前の相手に集中する。そしてついに、互いの技はぶつかった。
ドカーーーーン!!
激しい衝撃音と爆発音、そして光が道場中に響き渡った。
霊夢と一㮈の互角の夢想術が、ほぼ同じ勢いでぶつかりあったのだ。
やがて光は収まり、爆発の残りの音がまた響く。
霊夢は何故か腹部に激痛が走ったことに気づいた。一㮈の紅蓮剣が自分にエネルギーとしてダメージを与えたねか。
「痛っ………………」
痛みを我慢できずに、霊夢は小さく喘いだ。恐る恐る、霊夢は自分の腰を見やった。
「えっ………………?」
やがて目に映ったものは、信じられない光景だった。
「ごめんね………………霊夢…………」
一㮈が、ポロリと涙をこぼしながら、霊夢を見ていた。その瞳にはさっきまでの光がなかった。

一㮈の左手に握られた赤い細剣が、自分の腹を貫いていた
。傷からは血が吹き出している。
何が起こったのか考えることもできず、霊夢は一㮈の顔をじっと見つめた。悲しみの念を感じる。
霊夢は虚ろな思考で、こんな状況になってしまう心当たりを一つ一つ探した。しかし、どの記憶を掘り起こしても、事故以外にこんな状況はあり得ないと直感した。
『なあ、聞いたか?。一族の中に裏切り者がいるって話』
ついさっき聞いた言葉が脳裏に蘇る。裏切り者、博麗一族を裏切り、敵である何かのスパイである者。
「…………そんな………………」
霊夢はどうにか言葉を絞り出した。目から涙が溢れ出し、視界を染め、頬を伝う。
裏切り者は………………一㮈だった。

もう嫌だ、何もしたくない。
霊夢の心に冷ややかな冷気が澄み渡る。
最初の親友ではなかったのか。最初のライバルではなかったのか。霊夢は涙をこらえることなく、床に倒れた。
ドサッ…………!
傷口から血が溢れ、同じく口からも血が滴れる。
やがて霊夢は、自分の左手に伝わる感覚を探した。
「…………なんで…………どうして…………」
霊夢の夢想術の太刀が、一㮈の胸を刺していた。
またもや信じられない光景に、霊夢の目から涙がまた溢れ出した。何故こんなことになってしまったんだ。
「これは私が選んだこと…………。こうしなければ、……
……あなたたち全員が死ぬことになる」
一㮈は途切れ途切れに、そう言った。一㮈の一滴の涙が霊夢の頬に落ち、伝う。
「あなたは私の……ただ一人の友人だった。もう後戻りはできない。さあ……その剣で私を殺して」
「何を…………言ってるの?」
意味がわからず、霊夢は困惑する。やがて、どんどん薄くなっていく視界と感覚、これからどうなるのか、それすらも考えられなくなっている。
「早く…………そうしないと、気づかれる」
一㮈はそう言うと、胸ぐらから白い霊符を取り出した。霊夢の腹部に突き刺さった剣を抜き取り、切れそうな声をこらえて、一㮈はその術を詠唱した。
「完全…………治癒術」
一㮈が術を唱え終わるとともに、霊夢の体を黄色い光が包み込んだ。温かいぬくもりが、全身に澄み渡る。気づいた時には、霊夢の腹部の刺し傷は完全に消えていた。
「これで………動けるはずよ。私を殺して」
一㮈は目を瞑り、痛みに苦しみ耐えながら言った。目から溢れる涙が止まらない。霊夢は言った。
「そんなことできないよ!。一㮈…………」
霊夢は泣きじゃくりながら左右の慣習を見た。予想外の事故に、皆んな困惑の表情を隠せていない。しかし、その一部の人間は、敵意を漲らせるように、刀を抜き、一㮈の方に向けている。
「やめてください!。一㮈は敵じゃない!」
霊夢がどうにかそう叫ぶが、すぐ目の前にいる父、佐武郎でさえ、一㮈を敵意に満ちた目で睨んでいる。
「一㮈!、誰に命令されてこんなことをした!」
「命……令……?。……ちょっと待ってくだ……」
霊夢が反論するより早く、一㮈がゆっくりと呟いた。
「紅魔館の…………レミリア……」
「紅魔館…………だと!?」
父を最初に、他の観衆にもざわめきが走る。
「紅魔館だって!?。うちを狙っている奴らじゃないか」
「あいつが紅魔館の裏切り者!?」
狙っている?、裏切り者?。
一体、何を言っているのだろうか、皆んなは…………。
一㮈が裏切り者とでも言うのか。そんなもの信じるものか
。一㮈がこんなことをするわけがない。
しかし、目に映ったものは本当の光景だ。一㮈が自分を剣で刺した。その事実はどんな事があってもゆるがない。
「早くして、霊夢!。…………そうしないと、あなたたち全員が死んでしまう事になる」
一㮈の声も段々としおれていく。血が滲んだ涙が、頬を伝う。もう何も考えたくない。
「一㮈……………………」
諦めた霊夢は、ゆっくりと一㮈を見ようとした。しかし、
「……………………」
一㮈は瞼を閉じ、息をしていなかった。流された涙だけが
、少女がついさっきまで生きていた事を証明していた。
「一……㮈…………一㮈!!」
悲しみと後悔の念が、霊夢の心を駆け巡った。

***

その頃、紅魔館の西口、大門の前に数千人の鉄の鎧をまとった兵士が集まっていた。頭も同様、兜をかぶっているため、中にいるのが男か女かは分からない。
しかし、ただ一人、数千の軍勢の一番前、独自のドレスを着飾り、空中に浮遊する少女がいた。
彼女の名は十六夜咲夜。紅魔館の女王を補佐する人間だ。
肩までかかった優美な銀の髪、青と白がメインのエプロンドレスが目立っている。だが、咲夜の青い瞳には幼さがなかった。しいて言えば、大人のようだ。誰も寄せ付けないような気迫と緊張感をばらまいている。
やがて真顔の咲夜の口が開いた。そして叫ぶ。
「我ら紅魔館は、幻想郷の北側、そこに位置する博麗一族の強制占拠を、これより開始する!!」

咲夜の大人びた声が紅魔館中に鳴り響く。
紅魔館の絶対的最高司祭者、レミリア・スカーレットは、その怒声に耳を傾けながら、窓ガラスの外を眺めた。
「一㮈………血迷ったのね。結局、我らも自らの家族も裏切り、孤立する事を決めたの………」
レミリアは冷淡に呟いた。そしてニヤリと笑う。
「まあ、いいわ。もうすぐ幻想郷は私の物になるものね」
レミリアはそう言うと、窓の外から目を離した。
「あなたも…………そろそろ起きなさい」
レミリアは小さいベットに横たわる、小さい少女を愛らしい目で眺めた。金髪の小さい少女は、気持ちよさそうに熟睡している。
「あなたにはいつか、真実を教えなくちゃね」

午後二時半、幻想郷の遥か奥、博麗神社めがけて、一本の火矢が放たれた。

***

「なんで…………どうしてよ!一㮈!」
霊夢は、もう動かない一㮈の骸を、強く抱きしめた。鼓動が、体温が伝わらない。
こんな事があってたまるか!。
一㮈の背中を抱きしめていた手を見ると、そこには一㮈の血が付いていた。それを見て、一気に頭の中がフツフツと湧き上がる。血に汚れた右手を握りしめ、叫ぶ。
「こんな所で終わったら、絶対に許さないから!!」
霊夢が叫んだと同時に、襖が開けられ、数人の男が入ってくる。表情には、何よりも慌てているのが分かる。
そのうちの一人が、助けを求めるばかりに叫んだ。
「境内の西側に紅魔館の兵士が数人!!。火矢が一本放たれました。部屋が燃えています!!」
その伝令は、最も最悪な形となって、佐武郎に伝えられた
。佐武郎は驚愕の表情で叫んだ。
「それは誠か!?」
佐武郎の問いかけに、男は静かに頷くだけだった。
「できるだけ多数で敵を仕留めろ!!。家族の命が最優先だ!!」
佐武郎が叫ぶと同時に、博麗神社を、凄まじい衝撃波が稲妻のように血走った。
「何……!?」
霊夢も思わず叫ぶ。さっきと同じように、男がまた叫ぶ。
「信じられない…………境内全体に、弓矢と火矢が少なくとも数千本、降ってきています!!」
そう叫んだ瞬間、霊夢の周りを真っ赤な炎が包み込んだ。
部屋全体が崩れるとともに、数多くの悲鳴が響き渡る。
「熱い!、熱い!、熱いよ!!」
「誰か……助けてくれー!!」
霊夢が一㮈の骸を抱き上げる。やがて悲鳴は収まり、炎の音と静寂だけが、霊夢の周りを囲んだ。
ーー皆んな…………死んでしまったーー
霊夢は止めない涙で瞳をにじませながら、一㮈を抱いて、境内から抜け出した。

***

「酷いわね…………これは」
赤い炎に包まれる博麗神社を眺めながら、パチェリーは小さく呟いた。
もともと、この事態はレミリアが作り上げたものだ。いつまでも自分たちの存在価値に気付かないものたちを、こうして、力と虐殺で排除する。あんなに可愛らしい少女がここまでの事をしでかすのは、パチェリーにとっても信じられないままだ。自分は恐れていたのだ。絶対の支配者たるレミリアを。あの狂気に満ちた瞳を…………。
やがて、崩壊していく博麗神社から目をそらし、パチェリーは、遥か西の空を遠い目で眺めた。
「私たちは一体、どこへ向かっているの?」

***

「はあ!……はあ!……はあ!……」
霊夢はただ前を見て、一㮈の骸を抱きながら、神社の周りにある林の中を走っていた。二本の木の隙間から差し込む光が、一㮈の涙を照らす。
一㮈が…………皆んなが死んでしまった。それだけが霊夢の頭から剥がれない。真っ赤な炎、次々に聞こえる悲鳴、霊夢はそれを振り払うように、林の中を走り続けた。
今の最悪な気持ちとは裏腹に、絶えない心地いい太陽の光のせいで、気がおかしくなってしまう。
いっそのこと、土砂降りの雨でも降ってくれればいいのに
。視界も思考もバラバラになっているのに、幾多もの線を描き、自分の心を蝕む苦痛と悲しみは、一向に消える気配を見せない。
これからどうすればいい。ものすごい速さで下がっていく一㮈の体重と体温が、霊夢に問いかける。
その時、ちょうど林の広いところに出たところで、右足に木の根が引っかかった。霊夢はバランスを崩し、落ち葉の茂みに仰向けで倒れた。転んだ弾みで一㮈を抱きかかえていた両手から力が抜け、一㮈は転がった。
すぐさま起き上がろうとするが、一㮈に貫かれた腹部の痛みの余韻が残っており、全身に力が入らない。
起き上ることを諦めた霊夢は、死に物狂いで地を這った。土くさい臭いが鼻を通る。それを我慢し、霊夢はやっとの思いで一㮈の隣にすがりついた。
少女のぬくもりは、恐ろしいほどに消えかかっていた。どれだけ揺さぶっても、閉じた瞼は開かない。
「うっ…………ううっ…………」
瞼から涙がこぼれ、微かな嗚咽が喉から漏れる。
もっと早くに、自分が気付いていれば、こんな事は起こっていなかっただろうに………。
激しい後悔の念が霊夢の心を駆け巡った。

***

今回の急襲作戦はうまくいったのだろうか?。
西の赤い空を眺めながら、十六夜昨夜は疑問を覚えた。
六年前、この世界の絶対強者、レミリアに仕え、ここまでその定の道を歩んできた。
同時に、ただならぬ恐怖感を感じながら、怯える日々を過ごしたのも、また事実だ。
博麗神社の強制占拠、いや、虐殺の裏には、何やら力がはたらいているらしいと、パチェリーからは言われているが
、そもそも、この世界には裏が存在しない。
果たして、この虐殺に意味はあるのか、深紅に染まる群青雲を見上げながら、咲夜は考えた。
結果、どうしようもないことに気がついた。
咲夜は雲に隠れる月を見送り、通路を歩き出した。

***

三年後、霊夢は博麗神社に戻ってきた。
火矢を放たれたのは痛々しく、そこら中で壁が剥がれ落ち
、屋根瓦も落ちている。
霊夢は澄み切った青空を見上げながら、呟いた。
「一㮈…………私、頑張るからね」
そう呟いた瞬間、足元にポツリと水滴が落ちた。
「………………雨か」
そう呟いた時、ふと隣で物音がした。視界を右にずらすと
、黒焦げになった神社の残骸に、一人の小柄な幼い少女が立っていた。少女は弱々しく、しかし輝いている水色の髪を靡かせながら、霊夢の方を見つめていた。
「あなたも…………私と同じ?」
霊夢がそう問いかけると、少女はコクリと頷いた。
「じゃあ…………私と一緒に暮らす?」
もう一度問いかけると、少女はまたコクリと頷いた。
何だろう。今では、悲しみは薄れ、少し気持ちが楽になっている気がする。見たとおり、博麗神社は燃え尽きているが、頭の中にあるイメージを複製すれば、元に戻せるかもしれない。
霊夢は胸ぐらから白紙の霊符を取り出し、目を閉じた。
三年前、何者かによって放たれた火矢によって、霊夢の帰るべき場所、博麗神社は焼き払われてしまったが、イメージなら自分の中にある。それを強く念じればいい。
霊夢は博麗神社だけを意識し、強く念じた。
すると、これまで何も書いていなかった霊符に、空から光が飛来した。光はそのまま霊符を取り巻き、霊符と一体化した。
「………………来た!」
心底からイメージが湧き上がるこの感覚、夢想術の最高峰
《夢想転生》。ごく微かな記憶でも、一時的記憶の欠落と引き換えに、イメージしたものを実体化する術。
この術を使えるのは、一族の中で、佐武郎と霊夢の二人だけだ。この術は、決して戦いの為に作られたわけではない
。太古から存在したエネルギーを、この世に実体化させようと、奈落の一族が創造した、傑作品だ。
数秒後、光は霊夢の目の前に、長方体の形となって広がった。形はみるみる霊夢がイメージしたものになっていく。
間違いない、これは自分の片隅にあった博麗神社。
そう思った瞬間、体の全身から力が抜け、霊夢は頭の痛みとともに、地面に倒れた。
隣にいた少女は、倒れた霊夢を見て、慌てて走り寄ってきた。
「…………大丈夫?」
「うん、大丈夫…………あれ?」
ーー私は一体、何をしていたのだろう?
激しい頭痛を耐え凌ぎ、起き上がった霊夢は、疑問を覚えた。何か、大切な事を忘れてしまったかのような、孤立感。
「まあ…………いいか」
霊夢は疑問を心の片隅にしまうと、隣にいた水色の髪の少女を見た。さっき会った時と変わらず、極端な真顔で霊夢を見つめていた。
その表情に唖然した後、霊夢は博麗神社に向き直った。
「此処があなたと私の家、博麗神社よ、よろしくね!」
霊夢はそう言うと、目の前の少女に手を差し伸べた。少女はその手をじっと見つめると、何かに気づいたかのように目を見開き、ゆっくりとその手を握った。
霊夢の手のひらに、冷たくも、少しぬくもりを持つ少女の左手が重なった。強く握りしめる。
霊夢は今になって、ある事を思い出し、少女に聞いた。
「そういえば、あなたの名前はなんて言うの?」
少女は同じように霊夢を見つめて、また答えた。
「萃香…………亜惰智萃香」
「萃香ね……宜しく」
二人は互いの手を強く握りしめ、神社の境内へと歩き出した…………。


Dream Story 1 deepredo of shintomaiden





「これでわかったでしょ?」
吸い取られたかのような朦朧な意識に、透き通った声が響いた。霊夢は閉じた瞼を開き、前を見た。
黄色い光の中に、一㮈が立っていた。
霊夢は驚いた表情で周囲を見渡す。しかし、さっきまでの赤い景色とは一転、全てが変わっていた。
一㮈の瞳も、元の赤色を取り戻し、微笑んでるみたいだ。
霊夢は目に浮かぶ雫を右手で拭い、一㮈に呟いた。
「あなたが………私を守ってくれたのね?」
「記憶は消えても、想いだけは情報を伝い、世界を書き換えていく。あなたの想いは、きっと誰かが繋げるわ」
一㮈がそう言うと、霊夢の周りを、黄色い粒子が浮遊する
。粒子は一つ一つの光となり、霊夢の全てを照らした。
「あなたの想いは、必ず世界を救う希望となるわ」
やがて一㮈の体も光に包まれ、どんどん遠ざかっていく。
「一㮈…………!」
光の間から親友の名を呼ぶ。すると、光が完全に自分を包みこんだ時、微かな囁き聞こえた。
「忘れないで………………」

***

「うあああああああああ!!」
全身に及ぶ激痛に悲鳴をあげながら、魔理沙は仰け反った

あれからすでに一時間が経過していた。
結局、イメージを外側から直接送り込む作戦は失敗に終わった。魔理沙がやる事は、一つしか残っていない。この体が引きちぎれそうな痛みを我慢し、霊夢に呼びかけるだけだ。
しかし、もう体にも限界が来ようとしているのに、魔理沙はもう気づいていた。妖夢との戦闘では決して感じる事のなかった、全身の痛み。魔理沙の肩には無数の切り傷ができており、ほかの場所にも同じように切り傷があった。
「霊夢!…………霊夢!」
魔理沙は目を見開き、目の前の親友に叫んだ。当然、返事が返ってくるわけではなく、沈黙と騒音だけが、魔理沙の耳に届いた。
もう、どうしようもないじゃないか。
霊夢の手で死ねるのなら、それはそれで本望だ。
そんなことを考えていると、その言葉に応えるように、容赦なく霊夢の夢想陣剣が、魔理沙の腹部を貫いた。
衝撃的な激痛とともに、鮮血が地面にほとばしった。
ここまでかと、諦めたその時。
霊夢が、動きをピタリと止めた。完全な静寂だけが、そこに取り残された。
魔理沙は困惑しながら、霊夢の顔を覗いた。
「………………!?」
霊夢の瞳が、いつもの光を帯びていた。
一瞬、何が起こったのか分からず、魔理沙は目を見開いたまま静止した。霊夢と魔理沙、二人の瞳が、ともに互いを見つめあった。
その時、霊夢の口が少し開いた。
「…………魔理沙?」
「…………霊夢…………なのか?」
二人はお互いの名を呼びながら、じっと見つめあった。
そして二人は、目の前に見える少女が、自分のかけがえのない親友であることに気づいた。
魔理沙の目から一粒の涙が頬を伝い、霊夢の顔に落ちた。

5 春色のユートピア 幻想郷

あの日から一ヶ月が過ぎた。
霊夢の体には怪我はなかったが、魔理沙の状態は非情なものだ。
あの時、意識を回復させた霊夢を見て、魔理沙はすぐに気を失ってしまったのだ。慌てて幻想郷の河童の医師がいると言う近くの港村に向かった。

『全く、どんな戦いをしたら、こいつはこうなるんだ』
少し呆れ気味に、河童の水色の髪の少女、沙耶巳は呟いた。
魔理沙は依然、意識を回復しないままだ。意識を飲み込まれた自分は、どれほど卑劣だったのか、魔理沙の傷で見て取れる。
『で、河童のお偉いお医者様、魔理沙の容体は?』
『お前な、あまり河童をなめていたら、いつかお前の口に昆布を突っ込ませてやるからな』
冗談にも程があると苦笑しながら、霊夢は魔理沙の方に視界を写した。魔理沙は目をつぶったまま、今は動いていない。というか、よくこれで一命をとりとめたと、一瞬驚いたことも、また事実だ。
結局、あの妖怪少女、妖夢はあれからまだ、見つかっていないままだ。もう少ししたら、もう一度あの世界に訪れようとはしたが、警戒されることが怖く、行くのをやめた。
『で、お医者様、魔理沙は大丈夫なの?』
霊夢がそう問いかけると、幼い医者はムッと考えた。
やがて何かを閃き、呟いた。
『今のところは大丈夫だ。しかし、これ以上体を動かしたら絶対に持たないと伝えておけ。最低でも、一ヶ月は安静が必要だ。もし外にでも出ようとしたら、すぐに私に教えろ。命の大切さを、一から叩き込む』
全く、その通りだ。
しかし、一つだけ我慢できないことがある。
なぜ、私が魔理沙を看病しなくてはならないのだ?。
世界に一人の親友と言えども、ここまで鈍臭い人間を、霊夢は初めて目にした気がする。
それでも、憎めないのも、また事実だ。
魔理沙は、自分のことを身を呈して守ろうとしたのだ。
魔理沙がどれだけ本気だったのか、無数の包帯を見れば、すぐに分かる。
霊夢は暖かい眼差しを送りながら、小さく呟いた。
『ありがとう…………魔理沙………………』
その時、ほのかな温もりが、霊夢の心に染み込んだーーーー気がした。

そして今、魔理沙の傷は完全に癒えた。
「おい!霊夢!。早苗がさ、饅頭食べようぜ、だって」
魔理沙は博麗神社の床を強く蹴り、霊夢がいる床の間に滑り込んできた。
幻想郷にも、春が来ようとしていた。前まで凍えるほど降り積もっていた雪は姿を消し、境内には桜の蕾がついた木が沢山あった。
霊夢はなだれ込んできた魔理沙を呆れた目で見て、呟いた

「あなた、食べることしか頭にないの?」
「当たり前だろ!。俺たちの村にはなかった食べ物が、こっちにはわんさかあるんだぜ?。食べなきゃ損だろ」
確かに、魔法使いの村には、そこなりの食通があり、幻想郷にも、幻想郷の食通がある。
深い傷が治ったばかりなのに、よくそんなことがいえるなと、少し苦笑する。

「ええー!!。魔理沙さん、死にかけたんですかー!?」
守矢神社の境内で、この神社の巫女、 翠玉色の髪の毛に、カエルの小さな髪飾りをつけた、東風谷早苗が机をバンと叩き、前に乗り出した。
「ああ。しかも、二度もだ」
魔理沙は微妙な表情で、霊夢をチラ見した。
「わ、悪かったわよ…………。でも、助けに来てあげたんだから、感謝の言葉の一つくらい言いなさいよね!」
「助けてなかったじゃないか!。結局、直してもらったのがパーになったよ」
二人の言い合いは、どんどんヒートアップしていく。
それを困ったように見る早苗が、口を滑らせた。
「まあ、喧嘩するほど仲がいいって言いますから……」
「「良くない!」」

続く

























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