敢えてこの動画を貼る。今日魂を揺さぶられた『マラ8』を採用した身としては、一度語っておかねばならないシーンだ。
ハルヒは言わば「空想の絵空事」「インナースペース」に夢中になり、好きなキョンと二人きりでキャッキャウフフできる世界にしがみつこうとしている。
しかしキョンは、多少退屈でも、谷口や国木田やSOS団のいる「現実」世界に戻ろうとしている。
「現実」を受け止める肯定感だ。それはてめぇの妄想でもなんでもない。
「神を殺し」、ポストモダンへ突入しようとしてる世界に対する、マーラーの(ユダヤ教とキリスト教を彷徨った)、せめてもの抵抗が、このシーンにシンクロするのだ。
そして、二人はキスでお互いの気持ちを確かめ合って、現実世界に戻る。
そう、「現実に帰った」のだ。
これはまさしくアニメの「モダニズム」ではないか?
現実逃避に溺れるオタク達に鋭い釘を刺す瞬間だ。
今このタイミングで『ハルヒ』を弁護するが、『ハルヒ』はポストモダンでは決してない。
『けいおん!』以降の萌えアニメと一緒にしないでほしい。
現実と空想との横断、そこに知性や常識を介在させ、オタク活動の本当の在り方を示した。
『ハルヒ』とはそういう作品だ。モダニズムなのだ。
最後の「モダニズム」だったのだ。
その辺の「俺TUEEEE」感バリバリの、現実を直視しないアニメと一緒にしないでほしい。
谷川先生を代弁しているつもりはないが、これだけは強弁しておく。