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走れセリヌンティウス

作者:赤リンゴ
セリヌンティウスは激怒した。必ずかの邪智暴虐のメロスを除かなければならぬと決意した。

時は昨日に遡る。

王宮、昼、玉座に腰掛ける王、跪くメロス、その後ろで縛られているセリヌンティウス。
正午をつげる鐘が鳴り響き、その余韻も消えた頃、おもむろに王が口を開いた。
「メロスよ、お前は悪事を働きすぎた。こんな事私だってしたくは無いのだが、お前を処刑するほかなくなってしまった……」
そう重々しく呟く王、その顔は苦悩に満ち溢れている。そうすると、それを聞いたメロスは、涙ながらにこう言った。
「わかりました王様、その罰喜んでお受けいたしましょう。しかし!その前に私の願いを一つだけ聞いていただきたい!」
「ほう、何かね?」
興味深げに身を乗り出す王。
「実は私にはたった一人の妹がいます!その妹に結婚式を挙げさせてやりたいのです、それが叶わなければ、私は死んでも死にきれません!」
涙を流し、大袈裟な身振りで嘆くメロス。周りからは同情の声が上がり、王からも悲痛なため息が漏れた。
「おぉメロスよ、お前にそんな事情があったとは知らなかった。この愚かな王をどうか許して欲しい。いいだろう、行くが良い。しかしお前が帰ってくるという約束を取り付けなければなるまい」
王がそう言うと、メロスは後ろ手に縛られたセリヌンティウスを指さした。
「私は約束を守ります!私を三日だけ許して下さい。ここにセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。これを人質として置いていこう。私が逃げてしまって、三日目の日暮れまで、ここに帰って来なかったら、この友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうしてください!」
「うむ、なんと美しい友情だろうか。いいだろうメロス」
「王様お待ち下さい!」
叫んだのはセリヌンティウスだ。
「奴と私は友人でもなんでもありません!ただ借金が奴にあるだけです!借金を返してやるからついて来いと言われ、着いてきたらこんな事に!王様!奴を信じてはなりません!」
セリヌンティウスには政治が分からぬ。セリヌンティウスは石工である。しかし、強盗、無銭飲食、恐喝、万引き、詐欺、暴行等、様々な犯罪を犯してきたメロスが、帰ってくるはずもないという事は、容易にわかった。
叫ぶセリヌンティウス、メロスはセリヌンティウスの肩を掴むとこう言った。
「やはり持つべきものは友だね!セリヌンティウス!」
「張っ倒すぞこの野郎!!」
しかし後ろ手に縛られているセリヌンティウスは殴れない。
王宮を悠々と歩きながら去っていくメロス。セリヌンティウスは再び叫んだ。
「王様!奴を信じてはなりません!奴は、奴は『絶対に帰ってきません』!!!」
すると王は笑った
「何を言う、セリヌンティウス、友を裏切れる者なんているはずがなかろう」


(終わった……)
牢屋の壁の染みの数を数えながらセリヌンティウスは絶望に打ちひしがれた。メロスは恐らく、いや絶対に戻ってこない。
(いや、諦めてなるものか)
セリヌンティウスはまだ人生の半分も生きていない、初めて弟子も出来た。仕事だって今調子に乗ってきているところなのだ。
「諦めてなるものか」
確固たる決意を持ってそう呟いたセリヌンティウスは、まず手始めに、夕食を持ってきた看守を殴り飛ばした。

「お、王よ!セリヌンティウスが脱獄しました!」
セリヌンティウスに鍵を奪われた看守の報告をベッドで聞いた王は、一瞬呆気にとられてから首を振った。
「追ってはならぬ。セリヌンティウスもメロスも、あさっての夕暮れまでには必ず帰ってくるだろう」

その頃メロスは十里離れた里に着き、妹と再開していた。
「兄さん!大丈夫なの?捕まったって聞いたのだけれど……」
心配そうな妹の頭を撫でると、メロスは頷いた。
「あぁ、大丈夫だとも、王は寛大なお方だ。《私を許してくださった》のだから」
すると妹は喜び
「良かったわ兄さん、今日はお祝いね!」
その晩メロスは、久々に腹一杯に食べ、ぐっすり眠った。

セリヌンティウスは脱獄した夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは翌る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。
しかしメロスは、満腹の腹を抱え、ぐっすりと眠りこけていた。
(この野郎!やっぱり!)
その場で牛の餌にしてやりたい衝動を抑え、セリヌンティウスは、持ってきた棺にメロスを担ぎこみ、蓋をしめ、開けられないように釘を打った。
するとどっと疲れが出てきてしまい、そのまま泥のように眠り込んでしまった。


目が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。セリヌンティウスは跳ね起き、南無三、寝過ごしたか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。今日は是非ともあの王に、人の邪悪の存するところを見せてやろう。
そうして磔の台に上ったメロスを笑ってやろう。
セリヌンティウスはメロスの入った棺を抱えると、雨中、矢のごとく走り出た。

メロスは、今宵、殺される。私は殺されぬ為に走るのだ。身代わりの己を救う為に走るのだ。メロスの奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。

さて、セリヌンティウスが五里ほどに到達した頃、前方の川が氾濫し、橋を木っ端微塵にしている所に出くわした。
セリヌンティウスは打ちひしがれた。この棺を抱えたままここを渡るなんて不可能だ。諦めるしかないのか、
「諦めてなるものか!」
そう叫ぶとセリヌンティウスは、木っ端微塵になった橋の材料だった木の板を持つと、メロスの入った棺をカヌー替わりに、木の板をオール替わりに、激流を渡り始めた。
とても激しい流れだったので、途中棺に水が入り
「ゴボッ、なんだ?ここはどこだ!一体何があった!」
という声が棺の中から聞こえてきたが、知ったことではない。
「まずい、溺れ!?水が!助けてくれ!」
と聞こえてきたが矢張り知ったことではない。

なんとか激流を渡り終えたセリヌンティウスは、馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先を急いだ。棺の中からしきりにむせている声が聞こえることなんてどうでも良い。
走らねばならない。


峠を上り終えたセリヌンティウスの前に、突如山賊達が現れた!
「待て。」
「何をするのだ。私は日の沈まぬうちに王城へ行かねばならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ち物を全部を置いていけ。」
「私にはいのちと棺の他には何も無い。この棺も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ!」
「さては、メロスの命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな!」
山賊達はものも言わずに一斉に棍棒を振り上げた。
セリヌンティウスは、
「気の毒だが私の為だ!」
と棺を大きく振り回しながら盗賊達を撃退した。振り回している途中に棺の中から何かを吐く音が聞こえていたが知ったことではない。

しかしここまで休み無しに走ってきたセリヌンティウス、ついにがくりと膝を折った。
もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ路傍の草原にごろりと寝転がった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。
そしてここで、ここまで己の為に走ってきたセリヌンティウスに、聖人の心が、心の隅に巣食った。
(あぁ、もういっそ、友を庇った英雄として死んでやろうか……)
何もかも馬鹿馬鹿しい。そうだ、聖人になってやろうではないか。棺をここに置いて歩けば、十分に日没まで間に合う。そう思い四肢を投げ出したセリヌンティウスだったが……
「やっぱり嫌だーーーー!!こんな奴の身代わりなんかになってたまるかーーーー!!」
セリヌンティウスは再び棺をかつぐと走り始めた。

(先刻の、あの天使の囁きは、あれは夢だ。あれは悪い夢だ。忘れてしまえ。)

道行く人を押しのけ、跳ねとばし、セリヌンティウスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席の真っ只中を駆け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴飛ばし、小川を飛び越え、少しづつ沈んでゆく太陽の、十倍近くも走った。

日もあと数分で沈もうという時に、口から血を吹きながら、王宮へ駆け込んだセリヌンティウスは、王の元へ棺を差し出した。
「お、王よ……これが…メロスです。お待たせいたしました………」
釘を引き抜き、棺を開けたセリヌンティウスは、出てきたメロスの目に怒りが滲んでいるのが見えた。
メロスは拳を握ると
「殴らせろ!!力一杯音高く!!」
といってセリヌンティウスに殴りかかってきた。一方セリヌンティウスも負けじと
「私にも殴らせろ!!」
二人はついに醜い争いを始めてしまった。

その時、
「わしは……」
王の発した言葉に、二人が止まり、二人の喧嘩を唖然として見ていた民衆も王の方に視線を向けた。
「わしは…真の悪とは空虚な妄想だと思っていた、しかしお前達のお陰でそれは違うと気付かされた。どうかわしも仲間に入れてくれまいか。どうかわしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
どっと群集の間に、衝撃が走った。


そして勇者は、ひどく危ない笑みを浮かべた。

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