| リリース | 1985年 |
|---|---|
| 唄 | レベッカ |
| 歌詞・動画 | http://www.uta-net.com/movie/4057/ |
「フレンズ」は、レベッカの4枚目のシングル。1985年10月21日にCBSソニー/FITZBEATから発売された。
(wikipediaより引用)
前回、BTFの記事を書いて、
「そうか’85年か・・・・」と、
ひとりしみじみとしてしまいました。
’85年と言えば、私はまだ小学4年生なのですが、
何故か妙に記憶に残っている年なのです。
以前にも書きましたが、
ビックリマンシール第一弾が発売されて、
テレビでは「スケバン刑事」、アニメ「タッチ」が
放送スタートした「1985年」
何故そんなに、
’85年が私の中で印象深いのかというと、
衝撃的な出来事が多かったからではないかと推測しています。
まず、
夏に「日航機墜落事故」がありました。
親戚が大阪から帰省してくるタイミングだったので、
みんなが本気で心配していた事を幼心に覚えています。
本当に痛ましい事故でした。
そして、
ファミコンソフト「スーパーマリオブラザーズ」が発売。
それまでのファミコンソフトといえば、
一画面の中で完結するゲームが普通でした。
もちろん前作にあたる「マリオブラザーズ」も一画面構成のゲーム。
それがなんと、
続編の「スーパーマリオブラザーズ」は
「横にスクロールできる」ではありませんか!
しかも「きのこ」や「フラワー」でパワーアップができるし、
Bボタンで加速ダッシュもできる。
個性あふれるキャラクターやその世界観は、
もう斬新過ぎて、その衝撃たるや、後にソビエト崩壊を招いたほどです。
ソビエト崩壊は嘘ですが(笑)、
それ以降のファミコンソフトに多大な影響を与えたことは間違いありませんし、
当時の小学生はほぼみんな、3-1「無限増殖」ができました(笑)
また、春から放送がスタートしていた「タッチ」では
「かっちゃん」が死んでしまうという
これまた衝撃的な展開。
まだ「死」というものに免疫がない小学生にとって
それは漫画の中で起きた事以上に大事件で、
世界中のどんなニュースよりもセンセーショナルな事件でした。
しかし何と言っても、
私の中で’85年といえば、
一番印象に残っているのは、「プラザ合意」
まさか、協調介入であんなに円が買われるなんて・・・、
小学生ながら、その後の日銀の対応に目を光らせる毎日でした。
って、どんな小学生だ(笑)
もちろんその当時、「プラザ合意」のことなんて知りませんでした。
そして年末に、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が公開されたのが「1985年」という年でした。
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って、
あれ?
これ、何の記事だっけ?(笑)
あ、そうや、
レベッカの「フレンズ」
そう、この曲がリリースされたのもこの年でした。
実際にヒットするのは86年になってからですが、
どちらにせよ、当時、まだ「マッチ」「少年隊」「中森明菜」とかの
アイドルにしか興味がなかった小4です。
正直まだレベッカは早かったかな。
この曲を「ええやん!」と認識したのは中学に入ってからでした。
1999年には、ドラマ「リップスティック」の主題歌として、再ヒットしましたね。
以上、レベッカ「フレンズ」の紹介でした。
秘技、
「フレンズ」本体の記事内容が薄かったので
前置きでごまかす術!(笑)

