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生涯忘れ得ぬ日 一生にただ一本 『フェリーニのアマルコルド』

あれは、長谷川和彦の『青春の殺人者』が前年の秋に公開され、キネ旬1位を獲った正月のことだった。ATGで封切られたが、観ることが出来ないまま悶々としていたボクに、何と『青春の殺人者』が無料で観られるイベントが横浜であると知り、会場の横浜スカイ劇場に小躍りして駆けつけた。

 

当時、神奈川県知事の後援を取り付け、今村昌平が校長を務めた「横浜映画放送専門学校」(だったかな)の入学ガイダンスのアトラクションとして『青春の殺人者』の上映がついていたのだ。

 

目的は『青春の殺人者』だったわけだが、今村昌平の知的迫力に圧倒された。多くの人たちが次々にマイクを握ったが、ボクは今村昌平の一遍にファンになってしまった。

 

すると、さらに淀川長治の講演が20分あり、『青春の殺人者』はその後であるという。元より淀川さんが嫌いなわけがないから、ワクワクして最前列で待っていた。淀川さんは映画の素晴らしさについて話し始めたのだが、10分ほど当たり障りのないことを喋って、突然「今日はこれこそが映画だ、という映画についてお話ししましょうね」と宣言し、『フェリーニのアマルコルド』について話し始めた。

 

いや、『フェリーニのアマルコルド』について話し始めたと言うよりも、『フェリーニのアマルコルド』を話し始めたのである。

春が来たよ、春だ春だよ。

 

庭に大きなテーブル出して、親戚が集まって昼食を囲んでいる。ああ、どうする? 伯父さんもこんな風になってしもて、世話も大変やで。どうやら一族の伯父さんが長い間精神病院に入ってて、退院したらしい。この伯父さんというのが話さないし、目もあわさない。生きてるけど生きてない。誰がどうやって世話しようかと親戚会議してた。あ、伯父さん何処にいった? え、伯父さんいてないよ。慌てたら、子供が、パパあそこって指を指した。庭の木の上に伯父さんが登ってしまったんですね。伯父さん、危ないよ、降りてきぃや。下のみんなが焦ってたら、木の上の伯父さんが大声で、女が欲しいよう! 女だよう! ええでしょう、これが人間です。周りの計算なんか通用しないんですね。これが人生、これが人間なんですね。やったなぁ、フェリーニ。見事ですね!

村人たちが小舟を仕立てて何十も沖に漕ぎだします。何処に行くんでしょうね、漕いで漕いで漕いで、夜になっても漕いでいく。真っ暗な夜の海、みんなはいつしか眠ってしまうんです。疲れきってね、眠るんです。真夜中、突然の汽笛。なんと不夜城のような巨大な豪華客船が沖を通るのを見たくて漕いで漕いで漕いで来たんです。一人の娘さんが泣いてます。あんまりに綺麗で美しいものを見て泣けてしまったんですね。人間、あまりにかけ離れた美に出会うと理屈じゃなく泣いてしまうんです。この寝入った夜の海の寝息しか聞こえないシーンに突如現れる美の極致、映画とはこれ、美とはこれ、映像美とはこれ、世界一のシーンを是非ごらんなさいね!

腹に据えかねたことがなにかあったのだと分かるほど、何度か講演時間が過ぎているというメモを係員が机に置きに来たのも無視し、淀川さんは70分間かけて『フェリーニのアマルコルド』を再現した。120分の映画を70分喋るというのは尋常じゃないけれど、この講演ほど引き込まれ、陶酔したものはその後皆無だ。マルセ太郎の芸とは全く違う、映画に酔い続けた人間の迫力が会場を支配した。

 

話し終える段になって、淀川さんは初めて時間超過に気づいた素振りをして舌を出した。もっともっと聞いていたかった幸福な時間だった。

 

いまでも『フェリーニのアマルコルド』を思うとき、あの淀川長治になにかが乗り移ったような70分がセットで蘇ってくる。

 

それほど、『フェリーニのアマルコルド』はOnly Oneの作品である。

 

イマジカBSにて6月6日オンエアされます!

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