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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 作者:坂東太郎

閑話集 10

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閑話13-7 シャルルくん、修羅の道を行く

ひさしぶりの一人称。

副題の「13-7」は、この閑話が第十三章 七話終了ぐらいという意味です。
といっても、十三章全体にかかっていますが…
ご注意ください。
「うわあああ!」

 イヤな夢を見た。
 あの時の夢。
 アリスを逃がして、でもボクは捕まって。
 盗賊に村に連れ戻されて目にした、あの時の。

「シャルルくん、大丈夫?」

「ユージさん……」

 ドニに守られて、ボクは生きてきた。
 ぼんやりとだけど、その日々も覚えている。

 ユージさんはわざわざ起き上がって、ボクのところに近づいてくる。
 気の抜けた顔をしてるけど、優しい人。
 ボクは森で捕まったけど、アリスは逃げられた。
 それからアリスをずっと守ってくれてた人。
 それに、ボクとドニを助けてくれたのは、ユージさんたち。
 ユージさんがいなかったら、アリスもボクもドニも……。

「ほら、おいで」

 ボクが助けられてから、イヤな夢を見て起きると。
 ユージさんは必ずボクの手を引いて、温かい飲み物を飲ませようとしてくれる。
 ホットミルクか()()()があればなあ、なんて言いながら。
 ここあが何か知らないけど。

 うっすらと目を開けて、部屋から出て行くボクとユージさんを見送るドニ。
 こっそりついてきて、危なくないか見守ってくれる。
 ドニは気づかれてないと思ってるみたいだけど。
 一緒に来ればいいのに。
 でも、ありがとう、ドニ。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「……エルフの薬?」

「うん、リーゼに聞いてね。そういうのがあるらしいんだ。忘れさせる薬だって。でも、何を忘れるか、どれぐらい忘れるかはわからない。家族のことも、自分のことも忘れちゃう人もいるんだって」

「それは……」

「うん。でも、もしシャルルくんが辛いなら、それもありだと思う」

 まだ日も昇ってない時間。
 ゲガス商会の裏庭に出たユージさんとボク。
 ドニは……ふふ、あそこの陰か。
 ユージさんが、リーゼちゃんから聞いた薬を教えてくれる。
 それを飲むと、忘れることができるらしい。
 でも……。

「ちょっと考えます。お父さんとお母さんとバジル兄のこと、忘れたくないから」

「わかった。キツい時は言ってね。俺は話を聞くぐらいしかできないけどさ……」

 ユージさんは優しい。
 お父さんと違って、ちょっと頼りないけど。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 ある日、貴族の館に連れていかれた。
 おじいさま。
 お母さんは駆け落ちなのよ、って言っていた。
 この人が、お母さんのお父さんらしい。
 バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵。
 それが、ボクのおじいさま。

「さて。では、ユージ殿とドニ殿は、我が孫の命の恩人ということじゃな。感謝しよう。何か希望はあるか? 儂に叶えられることならば、全力を尽くそう」

 おじいさまがこの言葉をかけてくれた時、ボクはすぐに思い出した。
 ユージさんとケビンさんの会話を。
 事情を話せば、見つかれば、ドニは捕まるということを。
 ドニは、ボクを守るためにやったのに。
 悪いのはドニじゃない、アイツらなのに。

「お、おじいさま、でしたら、お願いがあります」

 ドニはきっと、自分からおじいさまに言わない。
 ううん、ひょっとしたら、ボクが元気になったら、ドニは自分から警備隊に言うかもしれない。
 だから、ボクが。
 助けられたボクが、せめて。

 おじいさまは、ドニを助けるって言ってくれた。
 もし難しい時は、犯罪奴隷にしておじいさまが引き取ると。
 きっと悪いことにはならない。
 貴族様は、スゴイらしいから。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 それからボクたちは、おじいさまの館で生活することになった。
 美味しい食事、温かくて清潔な寝床。
 そして。

 火魔法。

 お母さんの火魔法はすごかった。
 着火の魔法しか使えなかったバジル兄は、成人してから炎の形を変える魔法を使えるようになっていた。
 アリスは、天才。
 家族の中で、ボクとお父さんだけ魔法を使えなかったけど、そういうものだと思っていた。
 でも……。

「儂の孫でアメリーの子じゃ。強弱はともかく、まったく使えないというのは考えられん」

 魔法、ボクも魔法が使えるかもしれない……。

「おじいさま、ボクにそのめいそうを教えてください! ボクが、ボクが魔法を使えれば、あの時……」

 思い出すのは、あの時。
 村に連れ戻されて、お父さんと、お母さんと、バジル兄を見ていたあの時。
 ボクは、見ているだけだった。
 もしも魔法が使えたら、助けられたかもしれない。

「シャルルや、焦るでない。過ぎた時は戻らぬ。これから、これからじゃ」

 ぎゅっとボクを抱きしめるおじいさま。
 おじいさまの腕は、力が入って固くなっていた。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 自由になったドニも帰ってきて、それからは特訓の日々。
 めいそう(・・・・)すると、なにかが体の中でぐるぐる動いているのを感じる。
 でも、それだけ。
 魔法は使えない。
 おじいさまはきっかけだって言うし、ユージさんはトラウマ(・・・・)かなあ、なんて言ってるけど。

 魔法の特訓をしていると、考えごとをしなくて済む。
 あの日のこと、ぼんやり覚えている日々のこと。
 エルフの薬のこと。
 そして。
 これからのこと。

 時間さえあればめいそうしていたボクは、弱かったのかもしれない。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 それは、ユージさんたちが冒険者ギルドに行った時のこと。
 ボクはその日も、庭でめいそうするといっておじいさまの執事・フェルナンに見てもらっていた。
 ドニは、おじいさまの館は安全だと納得したのか、別の場所で足技の訓練をしている。

 ボクは、ずっと聞きたかったことがある。
 ドニには聞けなかったけど、たぶん、これはチャンスだと思う。

「フェルナンさん、教えてほしいことがあるんです」

「私で答えられることであれば」

「ボクが盗賊に捕まっていた時……他に捕まった人はどうなったんですか? ドニは何か言ってましたか?」

「シャルル様……。私からは申し上げられません」

「そう……」

「その、覚えてらっしゃらなかったのでは?」

「ぼんやりだけど覚えてるんだ。じゃあフェルナンさん、普通は、そうやって盗賊に捕まった人たちはどうなるの?」

「シャルル様……それも、私の口からは」

「教えてほしいんだ。もしドニがいなかったら、ボクがどうなったか。捕まった人はどうなるか。フェルナンさんに聞いたって言わないから。例えばでいいから」

 ボクはフェルナンさんを見つめる。
 おじいさま、ううん、貴族様に頼られる執事。
 この人は、いろんなことを知ってると思う。

「では、一般論ですが……。ドニ様がいなければ、おそらくシャルル様は売られていたでしょう。盗賊に捕まった場合、男性と子供は闇ルートで売られるものが多いと聞きます。女性は……売られるか、その、盗賊に囲われるか……」

「そっか……ねえ、盗賊はなんで盗賊になるの? アイツらが子供を育てるわけじゃないんでしょ?」

「理由は様々です。街で罪を犯し、逃亡して盗賊になる者。働かず、奪って暮らそうと考える者。不作や飢饉で農民が盗賊になる場合もあります」

「そう。アイツらは?」

「不明が多いですが、農民はいなかったようですね。もともと貧民やゴロツキ、冒険者だったようです。シャルル様、これ以上は私からは……」

 フェルナンさんは、ためらいながらもボクの質問に答えてくれた。

 もし、ドニがいなければ。
 もし、盗賊がいなければ。

 頭の中がぐるぐるまわる。

 ボクは死んでいたかもしれない。
 いまもみんなで暮らしていたかもしれない。
 盗賊に捕まって苦しんでいる人が、いまこの時もいるかもしれない。
 いまこの時も、盗賊が生まれたかもしれない。

 頭の中がぐるぐるまわる。

 村が襲われた時、ボクが魔法を使えれば。
 盗賊に捕まった時、ボクが立ち直っていれば。

 あの時、ボクに力があれば。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 ユージさんたちが帰ってきた。
 エルフに会って、三日後にプルミエの街に向けて旅立つ予定を聞いた。
 リーゼちゃんは、家族の元に戻れるらしい。

 よかった、と思う。
 だけど。
 ボクは戻れないのに、と思う。
 ボクや、アリスや、盗賊に襲われた人や、盗賊に捕まった人は。

 でも。
 暗い気持ちになると、思い出す。

 あの時のお母さんの魔法と、お母さんの言葉。
 ユージさんたちが助けにきて、ボクを守った時の、ドニの背中。
 ボクの目を覚ましてくれたドニの言葉。

 やっぱりボクは、忘れたくない。
 暗くてドロドロした気持ちはあるけど、忘れたくない。
 それに。

 アリスに聞こえないようにしてもらって、ドニに聞いてみる。

「盗賊に捕まった人は、どうなったの? アンフォレ村の人は? それに、その後にもいたよね?」

 殺されるか、売られた。
 答えたのはフェルナンさんだったけど、ドニも頷いていた。

「そう、ですか。それで、売られた人たちはどうなりましたか? 買った人は捕まりましたか?」

「ドニ様が解放されてからも警備隊は情報を追っておりました。ですが、時間も経っております。売られた人がどうなったかは不明。買った側も、足取りは途絶えているそうです」

 やっぱり。
 ボクを守るためにドニがあんなことをして、これだけ傷付いた。
 そうじゃない人たちは、助からなかった。

 ボクに、もっと力があれば。
 魔法が使えれば、心が強ければ。

「ドニ、ケビンさん。盗賊は、盗んだり奪った物をどこに売ってたんですか? フェルナンさん、その人たちは捕まりましたか?」

「シャルルくん、盗品を売買できると言われている場所は私も知っていますが……」

「シャルル様、捕まっておりません。盗んだ物だとわからなかったと言われれば、罪に問うのは難しいのです。確たる証拠があれば別ですが」

 村を襲って、ボクとドニを捕まえた盗賊団はなくなった。
 でも、お金になるなら、きっとまた盗賊は出てくる。
 ぎゅっと手を握りしめる。

 許せない。
 盗賊も。
 何も守れないボクも。

 力がないなら、つければいい。
 目の前で倒れる人を助け、誰かを守り、誰かを殺せるようになればいい。

 もう二度と。

 やっと、気持ちが固まった。
 ボクは、おじいさまに決意を告げる。

「おじいさま、いえ、バスチアン様。ボクを貴族にしてください」

「ふむ……シャルル、なぜじゃ? なぜ貴族になりたい?」

 おじいさまが、ボクを見つめてくる。
 目は、そらさない。
 いまのボクには力がない。
 せめて、心だけは強くありたい。

 弱いボクが出てこないように、叫ぶ。
 あの時のお母さんを思い出して。
 ボクの想いをぶつける。
 あの時のドニを思い出して。

 アリス、ごめんよ。
 お兄ちゃんは、ぜんぶ忘れて平和に暮らすなんてできない。

 おじいさまは、バスチアン様はわかってくれた。
 こんなボクと、一緒に歩くと言ってくれた。

 アリスは泣いていたけど、大丈夫。
 アリスは一人じゃないから。
 アリスには、ユージさんがいるから。
 優しいコタローもついてるし。


 でも。
 ドニが、出て行こうとしていた。

 ボクを守ってくれたドニ。
 なのに、村のみんなを守れなかったことを悔やんでるドニ。

「ドニ、どこに行くつもり?」

「なあに、シャルルもアリスも新しい群れを見つけたみてえだからな」

 ボクを見ないで、ドニは言う。

「ドニ、ちゃんと答えてくれ。どこに行くつもり?」

「シャルル……俺ァな、群れを守れなかった。狼じゃなくてただのイヌッコロよ。だから適当に生きて、適当に死ぬのさ」

 ドニはまだ、ボクを見ない。

「ああそうだ、ユージさん。この鼻と耳、開拓地で役立たねえかな? 狩りと解体の知識もあるぜ」

 吐き捨てるようにドニは言う。

 強くて、優しかったドニ。
 バジル兄も、ボクも、アリスも大好きだったアンフォレ村の狩人。

 ああ。
 ドニも、ボクと同じなんだ。

 あの時、力があれば。

 みんなを守れたのに。
 盗賊から逃げ出せたのに。
 誰かを救えたのに。

 でも。
 ドニに救われた人もいるんだ。
 ここに。

 ボクの勝手かもしれない。
 ほんとうは、ドニは自由に、平和に暮らすのがいいのかもしれない。
 でも、それじゃ。
 たぶん、ドニはずっと後悔する。

 だから、ドニ。
 ごめんよ。
 これは、ボクの勝手かもしれない。
 でも。
 大好きなドニ、アンフォレ村の狩人。
 ボクは、負け犬じゃないドニがいい。

 ボクは、すうっと息を吸い込んだ。

「逃げるのかドニ!」

 ドニが足を止めた。

「狼人族は……狼人族は、群れを守るために戦って、死んでも殺すのが誇りじゃないのか!」

 ボクの体の中のぐるぐるが、出口を求めて動きまわる。

「シャルル、あの時の言葉が聞こえてたのかよ……」

 ドニはようやく振り返ってボクを見る。

「だからドニ! ボクのために戦え! ボクのために死ね!」

 ボクに、ボクたちに、もう一度あの姿を見せてほしい。
 強くて、優しくて、誇り高い、アンフォレ村の狩人。

 ボクの体の中のぐるぐるが、両目に集中しているみたいだ。

「立派になったなシャルル。そうか、お前の群れに入れってことか……」

 ドニが、ボクの前で横になる。
 手足を上げて、お腹を見せて。
 後で聞いたら、それは獣人にとって最上級の礼なんだって。

「シャルル。いや、シャルル様。狼人族のドニ。流れ者の我が身なれど、シャルル様に忠誠を。御身のために、この命を捨てましょう」

 ドニは、下からボクを見上げてくる。
 それは、昔のドニの瞳だった。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「シャルル、ちょっと早朝の散歩に行かんか」

 そんなおじいさまの言葉に釣られて馬車に乗った。
 よいよい、お忍びじゃ、そう言って警備兵の案内を断るおじいさま。
 連れて来られたのは、王都の外壁の上だった。

「朝焼け……キレイですね」

「うむ。それにほれ、内側の広場を見よ。間もなく開門の時間じゃ」

 初めて登った外壁は、高くて見晴らしがよかった。
 おじいさまの言葉を聞いて、まだ日が当たってない門の内側を見る。

「おお、何やら三台馬車が並んでおるのう。同じ旗印、同じ商会じゃな」

 見下ろしながら指をさすおじいさま。
 おじいさまの指の先をたどる。

「あれは! ……ドニ?」

「シャルル様、間違いありません。あれは……ゲガス商会の旗です。先頭がゲガス殿、三台目がケビン殿ですね」

「じゃあ……あ、おじいさま、ご存知だったんですね?」

 ボクの言葉を聞いて、イタズラが成功したみたいにニッコリ笑うおじいさま。
 いたずらが成功したアリスの表情とソックリだ。

「うむ。直接見送ることは難しい。ゆえに、ここからはなむけを送ってやろうと思ってのう」

「おじいさま!」

「ふふ、シャルルも一緒にの。見せてやろうか」

「はい!」

 ゆっくりと門が開き、三台の馬車が動き出して行く。
 門を出て、外へ。
 王都から、プルミエの街へ。

「儂はシャルルの後に続こう」

「はい、ではいきます!」

 おじいさまからもらった火紅玉の指輪をはめる。
 ボクの体をぐるぐる流れる魔素を感じて両目に集める。
 大気中の魔素と、体内をめぐった魔素。
 魔法を想像しながら発動点へ流し込む。

 そしてボクは、覚えたばかりの呪文を唱える。

「万物に宿りし魔素よ。我が命を聞き顕現せよ。魔素よ、炎となりて想いを象れ。火の鳥(ファイア・バード)

 視線の先から生まれた炎が、鳥の姿に変化する。
 炎でできた鳥は、まっすぐ道の上を飛ぶ。
 おじいさまと違って、形はぼんやりしてるけど。

 続けて唱えたおじいさまの火の鳥が、ボクの魔法に寄り添うように飛翔する。

 そして。
 火の鳥はゲガス商会の馬車の頭上で弾け、炎の輪を広げていった。

「シャルル様、二台目の馬車にアリスの笑顔が見えました」

「そっか、ドニは目もいいんだね」

 ドニの言葉でうれしくなる。

 王都の外壁の上。
 馬車が見えなくなるまで、ボクはずっと見つめていた。


 さようなら、ボクの妹。

 さようなら、アンフォレ村のシャルル。


 ボクはこれから、力をつける。
 もう二度と後悔しないように。
 もう二度と、誰かにこんな想いをさせないために。

 バスチアン・ドゥ・ゴルティエ侯爵の孫のシャルルとして。
+注意+
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