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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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次世代に託すために

外伝35話


 それから二年が経ち、フリーデは十五歳になった。現在の進路希望は魔王軍の魔術士官らしい。技術職だ。
 学業も順調で魔術科の三回生になり、今は錬金術に没頭している。
「お父さん、錬金術って面白いね! 魔力も使わないのに、いろんなことができちゃうんだから」
「それたぶん錬金術じゃなくて化学だな……」
 魔力を使って普通じゃない化学反応を起こしたりするのが、この世界の錬金術だという。
 このへんの厳密な分類もそろそろやらないといけないのだが、俺は化学の素人だからよくわからない。


 もう少し理系の人がこっちに転生してきたら良かったのにと溜息をつきつつ、俺は机上の書類を丸めて捨てた。
「お父さん、どうしたの?」
「いや、評議会の今後について考えててな……」
 フリーデに言ってわかるかどうか怪しいが、俺は一応説明しておく。


「評議員の多くは世襲の太守だから、だんだん代替わりしてるだろう?」
「あ、うん。ミュレ先輩も先代太守はおじいちゃんだったんだよね」
「ペトーレ爺さんな」
 あの元気な爺さんも昨年とうとう鬼籍に入ってしまい、みんなで派手に弔ってやった。
 孫夫婦一家と釣りをしながら、そのまま眠るように大往生したんだから本望だろう。
 うらやましい。


 それはともかく、世襲というところに問題があった。
「ミュレなんかは優秀も優秀、ミラルディア屈指の秀才だし清廉潔癖で職務熱心だからいいんだけどな。そうじゃないのが跡取りになったら困るんだ」
 一応、どこの太守の家でも後継者はしっかり教育している。一族の将来がかかっているからだ。
 とはいえ、育て上げた後継者が急死することもあるだろうし、思うように育たない場合もあるだろう。
 いずれ、評議員にふさわしくないヤツが評議会に名を連ねることになる。


「今はミラルディア大学で人材育成をしているから、太守の家系以外にも優秀な人材が増えてきている。だから評議員の世襲を廃止できないかと考えてるんだが……」
 するとフリーデが首を小さく傾げた。
「でもみんな、自分の子供に跡を継がせたいでしょ?」
「まあ、そうだろうな。お父さんは違うけど」


 俺はフリーデに評議員になってほしいとは全く思っていない。
 フリーデに継いで欲しいのは志、もうちょっと違う言い方をすれば現代人的な価値観だ。
 これについてはうまくいっていると思うので、特に言うことはない。
 後はどう生きるかなんて、フリーデが自分で決めればいい。


 俺はそんなことを考えつつ、フリーデにこう説明した。
「太守たちが自分の子供を跡継ぎにしたいっていうのも、ちゃんと合理性があるんだよ。自分が長年育ててきた後継者だから、能力や考え方はよくわかっている。安心して後を任せられるんだ」
「なるほど」
「アインドルフ家ならアイドルフ家らしい決断力、フォーンハイム家ならフォーンハイム家らしい深謀遠慮」


 フォーンハイム家は工芸都市ヴィエラの太守、つまりフォルネの家だ。
 元老院にすり寄る姿勢を見せつつ、裏では好き勝手やって街を発展させてきた。
 最後の最後まで元老院に対して敵意を見せなかったが、もちろん元老院崩壊を主導した立役者の一人だ。
 戦略の立て方ひとつにも、その家らしい特色が出る。


「だから他の太守や市民も、『あの家の正当な後継者なら安心だろう』と思ってくれる。実際、知識や人脈といった資質はたいてい、要求される水準に達しているからな」
 それぞれの家系がブランド力を維持しているから、みんな信頼してついてきてくれる。
 太守や評議員に付属する利権が目当てとはいえ、今のところはそれに見合うだけの指導力は発揮している。


 だから急な改革を断行すれば、後が大変だ。
 実際、工業都市トゥバーンを占領したときは太守を追放したので、新太守のフィルニールは大変な苦労をした。
 幸い、トゥバーン太守はあまり人望がなかったので何とかなった。
 さらに俺やメレーネ先輩もフィルニールをフォローして難局を切り抜けたが、あんな危ない綱渡りは二度とやりたくない。


「だから今の世襲制を、すぐに改めるつもりはないんだよ。いずれは市民全員による投票で選出したいんだが」
 するとフリーデは興味を持った様子で、俺が丸めた書類を勝手に広げ始める。
「へえ……みんなで評議員を選ぶんだね。面白いなあ」
「あーこらこら、ダメだぞ。今やろうとしても絶対失敗する」
「なんで?」
「ちょっと考えてみれば、すぐにわかると思うぞ……」


 俺は溜息をついて、机の上に頬杖をつく。
「太守たち全員が反対するだろうし、どうせ選出されるのは太守や司祭や豪商だよ。何も変わらない」
「そうかな?」
「金や利権をばらまいて票を得ようとする連中が、必ず出てくるからな……」
 前述のフォーンハイム家なんかは絶対やると思う。


『私が当選したら、黒狼卿劇の新作を制作させるわよ。投票してくれた人には全員、チケットと記念品もつけるわ』
 黒狼卿に扮した俳優などを引き連れ、白昼堂々と違法行為に及ぶフォルネの高笑いが目に浮かぶ。


 となれば、マオあたりも何かやるだろう。
『塩の流通を支えてきた者として、私は公約します。塩の価格を変動性にして、より市場の需要に見合った供給をしましょう』
 お前、市場価格という大義名分で塩の値段をつり上げたいだけだろ。
『魔王陛下の副官ヴァイト様も、この私には期待しておられます。どうか私に清き一票を』
 やめろ。


 想像しただけで溜息をどんどん出てきた。
 ふと顔を上げると、フリーデも何か想像しているようだった。目を閉じて小刻みに震えている。
「ダメだ……これ絶対ひどいことになる……」
「わかるだろう?」
 選挙って制度は、投票する人たちの見識に未来を託す制度なんだ。


「もし選挙制を導入するとしたら、まず入念な法整備をする必要があるが、今の評議員たちが協力してくれるとは思えない。自分たちの権益が脅かされるだけだからな」
 彼らは優秀で信頼できる仲間たちだが、理想を食べて生きている訳ではないし、別に善人でも聖人でもない。


「それに市民も、誰に投票していいか全くわからないだろう。俺も前世で、誰に投票していいか全くわからなかったぐらいだし」
 俺の言葉にフリーデが目を丸くする。
「お父さんでもわからないの?」
「お父さん、あっちじゃただの市民だったからな」
「いや、それはないから」
 軽くいなされてしまった。


 フリーデはクシャクシャの紙を手にしたまま、困ったように笑う。
「お父さんが普通の人だったら、その国……ニホンだっけ、ニホンには伝説の黒狼卿が何千万人いることになるの? ありえないよ」
 そう言われても、本当にただの一般人だったからな……。


 俺は腕組みする。
「教育水準が全然違うんだよ。識字率は百分の百に限りなく近いし、二次方程式ぐらいは全員が習う」
 こっちじゃ人口の一%にも満たない知識層や富裕層が学ぶものだが、あっちでは義務教育の内容だ。
 遵法精神や公衆道徳なども含めて、ありとあらゆる教養に大きな隔たりがある。


「ミラルディアが前世の日本の水準に達するためには、あと百年ぐらいはかかるだろうなあ」
 十代後半まで、あるいは二十歳を過ぎても毎日学校に通える国なんて、よっぽど豊かでないと成り立たない。労働人口が維持できないからな。
 今のミラルディアでそんなことをすれば、たちまち深刻な食糧難になるだろう。
 だから今は、一握りのエリートたちに学んでもらうしかない。


「やっぱり選挙制は無理だな……」
 人狼の力も魔術師の知識も、社会という巨大な存在に対してはまるっきりの無力だ。
 だがフリーデが俺に笑いかける。
「まあまあ、落ち込まないで。お父さんの代で無理でも、私たちの代になったら変わってるかもしれないよ?」
「ん?」
 そうか……そうだな。


 俺の人生が有限だとしても、俺の後に続く者たちには無限にも等しい時間がある。
 俺で無理なら、俺の娘が。
 俺の娘で無理なら、俺の孫が。
 俺の孫で無理でも、いつかは遠い未来にたどり着く。
 懐かしい、あの未来に。


 なんてことだ。
 俺やフリーデンリヒター様が目指した未来は、もう手の届くところにあるじゃないか。
 楽勝じゃん。


 俺が黙ってしまったので、フリーデは心配そうに顔をのぞき込んできた。
「大丈夫? なんか悪いこと言っちゃったかな……?」
「いや、そうじゃない。むしろ今、とても感動しているところだよ」
 背負った子に教えられる気分というのは、こういうものか。
「一気に気楽になったな。よし、後のことはお前たちに任せよう」
 あー、なんか重荷が急に消えた気分だ。
 よしよし、これでまた楽隠居に一歩近づいたぞ。


 となれば、だ。
 この頼もしい後継者には、もっと活躍してもらわないとな。
 ちょうどいい仕事があるので、フリーデに任せよう。
「フリーデ・アインドルフ」
 俺が口調を改めたので、フリーデはクシャクシャの紙を放り出して背筋を伸ばした。
「はい、閣下」


「南静海の向こうにあるクウォール王国を知っているな?」
「はい、地理で習いました。あと歴史でも」
「よろしい。では君を魔王軍の魔術士官候補生と見込んで、頼みがある」
「なんでしょうか、閣下」


 俺はフッと笑う。
「来月、クウォール王太子シュマル殿がミラルディアに留学にいらっしゃる。ミラルディア大学で軍学と医学を学ばれるそうだ」
「医学ですか」
 シュマル王子の父であるパジャム二世は、傭兵隊長ザカルに暗殺された。
 シュマル王子を懐妊していたファスリーン王妃も命を狙われたため、それが彼の生い立ちに影響しているのだろう。


「シュマル王子の出迎えには、クウォール外交部門のクメルク長官を派遣する予定だが、いささか心配な点があってな」
 俺はフリーデに、クメルク長官が若い頃にクウォールで傭兵隊の副官をしていたこと、そしてそのときの上司がシュマル王子の父を暗殺したことを説明した。


「シュマル王子は分別のある立派な若者だと聞いているが、それでもクメルク長官が父の仇とゆかりのある人物となれば、冷静でいられるかどうかわからない」
「まあ……そうだよね。あ、いえ、はい」
 背筋を伸ばすフリーデ。
 クメルク自身は何度もクウォールに渡航しており、クォール諸侯会議の議員たちとも仕事をしている。
 ただこれまではシュマル王子は未成年だったため、会う機会も会わせる必要もなかった。


「そこでフリーデ、君にはクメルク長官とシュマル王子の警護をしてもらいたい。俺か正規の魔王軍士官が随行することも考えたが、クウォール王室があまり警備を仰々しくしないでくれと要望しているんだ。君の肩書は学生のままで、表向きは留学生の歓迎に来た在学生ということにする」
「秘密任務だ、かっこいい!」
「こらこら」
 実はこの秘密任務すら表向きの理由で、本当の理由は別にある。


 シュマル王子はミラルディア連邦の次世代指導者たち、つまりミラルディア大学の学生たちとの交流を望んでいる。王になった後、人脈として重要になるからだろう。
 ただしフリーデには秘密だ。
 それに護衛として考えた場合、フリーデならちょうどいい。
 まだ正式に魔王軍に仕官はしていないが戦闘力なら魔王軍屈指、おそらく十傑には入っているはずだ。
 そして俺の娘ということで、シュマル王子にも歯止めがきく。


「シュマル王子は母親のファスリーン妃の影響で、熱心な親ミラルディア派だ。魔王軍に対する印象もいい」
 俺がパジャム王の仇を討ったからな。
「うちの人虎隊のベテランは、全員クウォールの出身だ。二人つけるから君が指揮しろ」
「は、はい」
 初対面だから大変だと思うが、面識のない部下たちを動かすのも大事な訓練だ。
 戦場では指揮官の戦死などで、突然指揮系統が変わったりする。


「ではフリーデ」
「はい」
「今回、俺は同行しない。君の采配で警護任務を達成したまえ。今の君ならできる」
 治安のいい国内での任務だ。
 それでも親としては心配なのだが、俺も子離れしないとな。
 俺がいなくなった後でも、フリーデが一人でやっていけないと困るんだ。


 フリーデは俺のそんな親心を知ってか知らずか、真顔で敬礼する。
「はい、謹んでお受けいたします!」
 いい敬礼だった。
 ああ、心配だ……。
※次回更新は来週のどこかです。
※外伝は6月中に終了し、7月下旬から次回作の連載を開始予定です。

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