背景には、グローバル化や生産性の向上が課題となる中で、企業が多様な人材を生かす必要に迫られていることがあります。その一方で、対応を間違えて“炎上”したケースも少なくありません。手探りの対応が続くLGBTの取り組み。企業はどのように受け入れていけばよいのでしょうか。 (経済部・宮本雄太郎)
大手企業の4割が「対応実施」も
「なぜ今、LGBTに注目が集まるのか?」
こうした疑問も少なくないのかもしれません。しかし、欧米を中心にLGBTなど性的マイノリティーの人たちへの対応は、企業の喫緊の課題となっています。
アメリカの人権団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」は、毎年、企業のLGBTに対する姿勢を100点満点で評価。低評価だった企業は、当事者や支援者の不買行動や、消費者からのイメージダウンにつながるおそれもあり、LGBTへの差別は“人権無視”という認識が、もはや当たり前となっているのです。
一方、日本の企業の取り組みはどこまで進んでいるのでしょうか。経団連は先月、LGBTの人たちに日本の企業がどれだけ対応しているかを示す、初めての調査結果を発表しました。会員の企業や団体を対象にしたアンケート調査で、回答率は15%と低かったものの、4割を超える企業が「何らかの取り組みを実施している」と回答したことがわかりました。
思ったよりも対応は進んでいるのでないか、と感じた方も多いのではないでしょうか。では、どんな取り組みを行っているのか回答を調べてみると、社内セミナーを実施してLGBTに対する社員の理解を深めたり、LGBTの社員に対して相談窓口を設置したりといった内容が多数を占めました。
性別を問わないトイレの設置などといった職場環境の整備は約半数、そして、社内の福利厚生制度をLGBTの社員にも適用するなど、人事制度の改定は3分の1程度にとどまっています。
今回の調査にあたった経団連の担当者も「国際的な社会の要請としてLGBTへの対応は企業の経営課題とも言えるテーマだが、業種業界によって対応はまちまちだ」と指摘するように、企業の対応は手探りの状態が続いています。
すべての社員が“ありのまま”に
では、実際に企業はどのような対応をはじめているのでしょうか。
大手化粧品メーカーの資生堂は2011年、性的指向による差別やパワーハラスメントなどを行わないことを企業理念の中に明記し、LGBTの社員が働きやすい職場作りを進めています。顧客の中には、LGBTのメーキャップアーティストや、性転換を行った人に化粧を教えるビューティーカウンセラーなど、多様な性に接する機会の多い業界。人事部の春日裕勝マネージャーは「すべての社員にありのままの力を発揮してもらうためにも、LGBTへの対応は必要だった」と話します。
東京・港区のオフィスでは、すべての階にある多目的トイレに性別に関係なく誰でも使えることを示すマークが取り付けられており、職場環境の整備にも積極的に取り組んでいます。さらに、ことし1月には同性婚のカップルに対し、結婚祝い金の支給や介護・慶弔休暇を取得できるように人事制度の変更を行いました。
こうした人事制度の改定は、パナソニックやソニー、それに、証券大手の野村ホールディングスなどに広がっています。
しかし、「対応はまだ道半ば」と話す春日マネジャー。課題を聞くと「LGBTの社員が自分たちをオープンに語れる環境作りだ」と指摘します。実際に、同性婚を認める人事制度を作ったあと、数件の問い合わせがあったということですが、申請に至ったケースはまだ1件もありません。全社員を対象に毎年行う人権研修や、部門ごとの朝礼や会議の場を通じて、全社的にLGBTへの理解を深めたいとしています。
LGBT=身近な存在として
企業の研修やLGBTの市場調査などを行っている、LGBT総合研究所の森永貴彦代表も「日本企業は人事、管理職の意識は高まってきたが、現場レベルまで理解が浸透していない」と課題を指摘します。
忘年会で笑いを取るための女装や同性愛者をネタにした冗談などは、もしかしたら知らない間に周りの同僚を傷つけているかもしれません。森永代表は「実際にLGBTや性的マイノリティーの人たちは身近にいるので、意識した職場内生活が求められる」と話します。
バイセクシュアルの人からのキスを“罰ゲーム”とした広告を出してネット上で炎上した日本マクドナルドや、性同一性障害の社員に社内での公表を強制して提訴された愛知ヤクルト工場など、日本国内でもLGBTへの理解不足と言える対応を行い、イメージの悪化を招く企業が増えています。
森永代表は「実際にLGBTの人やコミュニティーと対話し、アライ(LGBTに理解を深めた人)となった人たちが社内の相談窓口になるのが望ましい」と指摘しました。
多様な人権への配慮は、企業の社会的責任にもなっています。
世界の目が日本に向けられる中
さらに、3年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックも企業が、LGBTへの対応を進める一つの契機になりそうです。
オリンピックの基本原則などを示したオリンピック憲章では、2014年に「性的指向による差別の禁止」という文言が盛り込まれました。これに基づき、東京大会の組織委員会は、大会の準備や運営に必要な物品やサービスを調達する際に、LGBTや性的マイノリティーの人たちに差別する企業を対象から除外するルールを初めて定めたのです。
世界の目が日本に向けられる中で、LGBTの人たちが働きやすい環境を整備しようという動きは、さらに加速することになりそうです。
- 経済部
- 宮本雄太郎 記者
- 平成22年NHK入局
札幌局をへて
現在 自動車業界を担当