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「岩盤規制」と「既得権益」という嘘話ー勧善懲悪モノ的にしか規制改革を考えられない嘆かわしい現状

 学校法人加計学園による愛媛県今治市への獣医学部の新設を巡って、獣医学部の設置及び入学定員規制の国家戦略特区での特例による緩和が、官邸から圧力により実現した可能性が高くなってきた。

 圧力がかかったことの根拠として民進党が国会の質疑で提示した文書、文科省の職員が職務の遂行に関し作成したメモのようであるが(筆者も総務省在職中、この手のメモは多数作成した。)、文科省が行った調査では該当文書は出てこなかったとされ、その真正性が「怪文書」とまで形容されて否定されかけた。ところが、前文科事務次官の前川氏が在職当時、自分へのレクに際してその文書が使用されたと証言したことで事態は一変、圧力があったか否かも含め、官邸側は防戦一方となり、野党側の追及をかわすために、当初選択肢として検討されていた会期の大幅延長(1ヶ月程度)の話もいつの間にかどこかへ消え、会期内で閉会の可能性が高まっている。(数日程度の小幅の延長はありうるが。)

 さて、このいわゆる加計学園問題を語る時によく持ち出される議論として、獣医学部の新設を制限する規制は「岩盤規制」であり、その背後には獣医業界という「既得権益」がおり、その岩盤を壊す(ドリルで穴を空けると表現される場合もあるが)規制緩和を行うのであるからいいことなのではないか、圧力がかかって特区とは言え緩和されてしまったのは不適当だ云々という話は、既得権益による抵抗のための単なる方便ではないか、といったものがあるようだ。

 もっともらしく聞こえるが、獣医学部設置に係る規制は「岩盤規制」なのだろうか?獣医師業界は「既得権益」なのだろうか?

 「岩盤規制」という表現が政府において特に使用されるようになったのは、民主党から自民党に政権交替し、第二次安倍政権が発足して以降。政権最初の通常国会では少なくとも「岩盤規制」という言葉が政権側から使用されたことは私の知る限りなく、参院選に向けて好んで使用していたのは他でもない、みんなの党であった。しかも、その当時「岩盤規制」と言えば、電力、農業及び医療であり、ほぼこれらの分野に関連して限定的に使用されていた。「既得権益」という言葉もまたしかりで、電力、農業及び医療に限定されていた。

 これが安倍政権側からも聞こえるようになったのは、その年、平成25年の秋の臨時国会あたりから、安倍政権が都議選と参院選を前にした「安全運転」から「暴走運転」に変わってからである。(「暴走運転」の典型例は特定秘密保護法であることはご承知のとおり。)その臨時国会では今回の加計学園問題で獣医学部新設の特例を設けることを可能にした国家戦略特区法が提出され、審議された。「岩盤規制」や「岩盤規制」にドリルで穴を空けるといった表現が好んで使われるようになったのもその頃からである。

 その後この「岩盤規制」という表現、その後どんどん対象範囲が拡大され、規制改革をすべき(と誰かが主張した)分野であって安倍政権が必要であると「認めた」ものについては、もれなくと言っていいほど使用されるようになってきている。

 つまり、「岩盤規制」といっても規制が厳しすぎるとか、何かの邪魔を極端にしているとかいった類の話ではなく、安倍政権がどう考えるかがメルクマールになってこの言葉が使われてきているということのようである。言い換えれば、「岩盤規制」というレッテル貼りが行われてきたと表現してもいいかもしれない。

 一方、「既得権益」という表現は、「岩盤規制」とセットで使われることが多いが、往々にして否定的な意味で、もっと言えば悪い意味で使われることがほとんどである。「既得権益」があるから新しいことができない、「既得権益」が日本の経済成長を阻害しているといったように、「既得権益」イコールまるで悪の集団のように使われている。

 規制改革とは何でもかんでも規制を緩和したり廃止したりすることを意味するのではなく、社会経済の実態と著しく乖離するようになった規制、対象としてきた業界が健全に発展したことにより不要となった規制を緩和や廃止する一方で、新たに誕生した事業やサービスについてその適正性を確保することを通じて国民の安心・安全を担保するために新たな規制を設けること等の総称である。それが規制の「緩和」ではなく規制の「改革」とされる所以である。そして、規制が「岩盤」のように固いのだとしたらそれなりの意味や理由、背景事情があるのであって、これを緩和したり廃止したりするためには、相当の理由や根拠、緩和又は廃止した場合の影響を最小限にするための措置を考えることが必要不可欠である。

 また、規制が存在する以上、それによって保護される利益(公益と言い換えてもいいかもしれない。)は当然あるわけであり、しかもそれは特定の団体や産業のみに結び付けられるものではなく、悪いことでも、ものでも何でもない。規制が長期間にわたって存在しているとして、それによって保護されている利益を「既得権益」と決めつけてしまうのはあまりにも乱暴だろう。

 今回の加計学園問題での獣医学部設置の特例、特区での緩和の対象は文部科学省告示第45号「大学、大学院、短期大学及び高等専門学校の設置等に係る認可の基準」第1条第4号であり、ここで獣医師の養成に係る大学等の設置又は収容定員増が制限されているところ、特区内に限って可能とされた。しかし、同号で対象となっているのは獣医師のみならず、歯科医師、船舶職員及び医師(医師については大学等の設置のみ制限)であり、この規制が直ちに獣医師業界の既得権益を守るためのものとは言えまい。

 そもそも、獣医師業界の既得権益なるものがあるのだろうか?

 獣医師が増えれば競争になって云々といったものがお決まりの説明として想像される。しかし、獣医師は提供するサービス(治療等)の価格よりも質の高さとその先にある国民の安心・安全の確保(病気を蔓延させない、動物の病気を人に転移させない等)が重視される職業かつ業界であって、いわゆる一般的なサービスと異なり、競争になじむものとは考えられない。それが、獣医学部が無秩序に新設されるようなことになれば、獣医師の粗製乱造による質の低下が懸念されるところ、そのような自体に至らせないために新学部や新たな獣医専門大学の設置が制限されているのであるから、特区での獣医学部の設置の特例に獣医師業界が反対したとして、「既得権益」が「岩盤規制」にドリルで穴を空けられるのに抵抗しているという説明は成り立ちえまい。(保護されているのは獣医師業界ではなく、あくまでも国民の安心・安全である。)

 仮に、新たな獣医学部が設置されることが質の高い獣医師の確保や国民の安心・安全に寄与するというのであれば、基準自体を緩和することも検討に値しよう。ただし、それは時間をかけて議論し、様々な影響や弊害について考慮・検証しながら具体的な方向性について結論を得るべきもの。ましてやそれによって地域が活性化するとか、特区で実験しようとかいった性格のものではない。つまり、今治市に限定して考えるべき性格のものではない。

 筆者は規制改革推進論者であり、総務省在職時は施行間もない構造改革特区制度の評価を担当し、民間企業に移ってからは、民間の立場、規制改革の需要家の立場から数多くの規制改革の提案を行ってきた。その筆者から見て、ハリウッド映画の悪影響か大衆演劇の延長線上か、勧善懲悪もののごとく、規制改革を何でもかんでも「岩盤規制」と「既得権益」というある種のテンプレートに当てはめるというのは、あまりにも単細胞的、短絡的であり、その程度の認識で加計学園に関する規制改革問題や特区制度について考えても、その本質を理解するのは極めて困難であると言わざるをえない。

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