ライフネット生命社長の岩瀬大輔氏が、上記のFacebook投稿をして話題になっている。
上記のまとめサイトのように、ライフネット生命の業績が芳しくないこと、そのため超エリートの岩瀬氏が「お願い営業」に及んだことを揶揄する向きが多いようだ。
私はライフネット生命には全く興味がない。しかし、
やっぱり、私の友人知人、フェイスブックをフォロー頂いている皆さんは、特段の事情がない限り、少しくらい手続きが面倒でも、生命保険はライフネットにして頂きたいです。
という岩瀬氏の言葉遣いには少し興味をひかれた。
普段、「特段の事情がない限り」という言い回しを法曹関係者以外から聞くことはないからだ。
「特段の事情」というのは、法律用語というか裁判所用語で、最高裁判例が多用するタームだ。
最高裁が、争いのある事項について法解釈を示し、その後も判例として引用され続けるような一定のルールを設定するとき、「特段の事情がない限りAである。」といった言い回しをきわめてよく用いる。
本当によく用いるので使用例は数え切れないほどあるが、以下にいくつか例を挙げておこう。
傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常はあり得ないのであつて、特段の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法二一条一項の規定の精神に合致するものということができる。(レペタ事件大法廷判決)
賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする。(最判昭28・9・25 民集7巻9号979頁)
ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が 所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供 する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、 開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成 が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるお それがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二 〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である。最決平11・11・12 民集53巻8号1787頁
いずれの場合でも、最高裁は、「原則はAだが、"特段の事情"がある場合は例外としてAではなくなるよ」ということを言っている。
しかも、その「特段の事情」とは具体的にどんなものか、最高裁はあまり詳細に述べないのが通例だ。
よって、どんな場合に「特段の事情」ありとされるかについては、その後の裁判例の集積に委ねられることになる。
このように、原則を示しつつ例外の余地を認めることによって、その後融通をきかせやすい余裕を持ったルール設定をできることが、最高裁が「特段の事情」を多用する理由だろう。
岩瀬氏の経歴を調べてみると、東大法学部在学中に旧司法試験に合格したが、司法修習には行かずに(したがって法曹資格は取得せずに)、学部新卒でBCGに入社したようだ。
私の記憶では、当時、旧司法試験の合格率は2%~3%で推移していたはず。合格率トップの東大でも例年6%~7%程度であり、在学中合格は一握りだったはずだ。
岩瀬氏は東大法学部の中でも学力的に優秀層だったということだろう。
しかし、岩瀬氏は合格はしたものの結局修習には行かず実業の道を歩み、司法試験合格からはかれこれ20年くらい経っているはずだ。
その岩瀬氏が、今でも「特段の事情がない限り」という一般にはなじみのない表現を用いるというのは面白い。
何しろこれは、自社の商品を買ってくれとお願いする文脈には全くふさわしくないワーディングだ。「原則的には契約すべきだが、例外的には契約しなくてよい場合もあるよ」と言っているのだから。
おそらく、岩瀬氏が司法試験の勉強をしていた頃に覚えたこの言い回しが、ほぼ無意識に出てしまったということだろう。
人間、一度たくさん勉強して身につけてしまったことはそう簡単に忘れず、その後の言葉の選び方などにも影響を及ぼすものなのだなあと感じ、少し微笑ましく思った。
ライフネット生命には全く興味がないと冒頭書いたが岩瀬氏に親近感はわいたので、頑張って立て直してほしいと思う。
生命保険契約は、特段の事情がない限りする予定ないけど。
弁護士 三浦 義隆
おおたかの森法律事務所