国連人権理事会理事国の「公約違反」批判に首相無言。国連事務総長文書は「質問への回答」

上記は「質問への回答」として日本政府発表後に記者達に国連が事実を伝え直したものだ

-日本政府が5月18日に国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)を通じて、国連特別報告者に「抗議」を行ったことは、日本が国連人権理事会理事国選挙に立候補した際の公約に反している。 

そのように5月30日の参議院法務委員会で指摘された安倍首相は無言だった。

また、国連のアントニオ・グテーレス事務総長との10分の懇談内容に関する認識が異なることについては、「国連のプレスリリースにおいて我が国の発表が否定されているわけではない」と答弁したが、原文に当たると、実は単なるプレスリリースではなく、日本の政府見解の事実上の否定だと分かった。

国連人権理事会に立候補した際の公約とは?

参院法務委員会での共謀罪法案の審議初日、仁比聡平議員(共産党)と安倍首相は、以下のように質問と答弁を開始した。

仁比議員:国連プライバシー権に関する特別報告者の報告に対する政府見解について。政府は「不適切で強く抗議する」と一貫して仰っているわけですが、それは国際社会に通用しないと、昨日の代表質問でも申し上げた。ただ、尋ねたいのですが、政府見解を読むと、政府もプライバシー権や内心の自由を保障したものでなければならないということは前提としているように読めるわけです。国連人権規約の17条、あるいは憲法13条と。こうしたものが保障されたものでなければならないという理解でよろしいでしょうか。

安倍首相:テロ等準備罪は、計画行為、準備行為という行為を処罰するものであって、内心を処罰するものではなく、思想信条の自由を阻害するものではありません。また、国民の生命財産を守るためにテロの未然防止策には万全を期す必要がありますが、その際、国民の権利や自由が不当に侵害されることがあってはならないことは当然のことであります。条約の34条の1においては「この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置(立法上及び行政上の措置を含む。)をとる」と規定されています。日本国憲法第19条においては「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と規定されているわけであります。以上のことからも、TOC条約の担保法であるテロ等準備罪処罰法案は、内心を処罰するものではないことは明らかであります。

仁比聡平議員(参議院中継画面より)
仁比聡平議員(参議院中継画面より)

これに対して、仁比議員は「質問にお答えにならない」と、もう一往復、同じ問答と安倍首相と繰り返した後、重大な事実を思い起こさせた。日本は昨年から3年間の任期で国連人権理事会の理事国を務めているが、その選挙に際しては「特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため,今後もしっかりと協力していく」と公約していた事実だ。

仁比議員:我が国は、昨年、人権理事会の理事国選挙に立候補して、当選して理事国を務めいる。その選挙に際して、「日本の自発的啓発」を外務省のホームページに公開したが、そこには「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)や特別手続の役割を重視」する「特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため,今後もしっかりと協力していく」と。これ、いわば国際公約でしょ。公開書簡を知ったら、慌てて数時間のうちに、不適切だとか強く抗議するとか、これは国際社会に通用しない。抗議を撤回して、特別報告者と協議を行うというのが、人権理事国の日本の国際社会に対する公約じゃありませんか。

国際的な公約違反を指摘されたわけだが、これに安倍首相は答えず、外務官僚に以下のように答えさせた。

外務大臣官房水島審議官:日本政府と致しましては昨年出しました自発的啓発で表明した立場で変更はありません。一方で今般、カナタッチ教授が出した公開書簡につきましては法案を作成した当事者であります日本政府からの説明を聞くことなく、一方的に見解を発表した、著しくバランスを欠く不適切なものであったと考えております。政府と致しましては我が国の取り組みを国際社会において正確に説明するためにも、この公開書簡の照会事項については、我が国の立場を説明する。

この答弁は、菅官房長官が記者会見などで読み上げていた内容と整合する。官邸会見の読み上げ原稿は、外務省が準備したものだったのだ。

日本政府発表に「質問への回答」で反論した事務総長

仁比議員はまた、5月27日にグテーレス国連事務総長と懇談した内容について、「総理が言うような、日本政府の口を極めての非難と、事務総長が同じ立場であるかのような、こうした引用ぶりは、事実と違うのではないか」と5月29日参議院本会議での首相答弁を批判。

これに安倍首相は「日本側の説明と国連のホームページのプレスリリースの内容が一言一句一致しなくても、不自然ではありません」と逃げ、「国連のプレスリリースにおいて我が国の発表が否定されているわけではない」と答弁した。

しかし、改めて、原文に当たると、実はこれは単なるプレスリリースではなく、日本政府の発表を否定しているに等しい内容であることが分かった。

【タイトルで分かる違い】

日本側のタイトル「安倍総理大臣とグテーレス国連事務総長との懇談」(英語日本語)に対し、翌日付の国連側のタイトルは「通信者へのお知らせ:事務総長と日本の安倍首相の会合に関する質問への回答Note to Correspondents: In response to questions on the meeting between the Secretary-General and Prime Minister Abe of Japan)」とされ、寄せられた複数のクエスチョン(疑問・質問)への回答だった。

一段落目は「事務総長と日本の安倍首相の間の会合について受け取った質問への回答として、報道官は次のように述べています」と始まっている。

In response to questions received on the meeting between the Secretary-General and Prime Minister Abe of Japan, the Spokesman had the following to say:

二段落目で、「シシリアでの会合で、事務総長と安倍首相は、いわゆる「慰安婦」問題について話はしました」と、「discussed」と言わず「did discuss」と表現したことで、「話は確かにしたが・・・」と強調。「日本と韓国の合意によって解決されるべき事案であることに合意をしました」と述べた。

さらに「事務総長は、特定の合意内容について彼自身の見解を明らかにしたわけではなく、(but)、原則として、この問題の性質と解決の中身を決めるのは二カ国です」と加えた。つまり「did not pronounce himself」(彼自らは発言しなかった)と過去形で否定した上に、「but(そうではなく)」と否定を強調し、慰安婦問題についての国連の原則を現在形で語っている。普遍的な立場だ。

During their meeting in Sicily, the Secretary-General and Prime Minister Abe did discuss the issue of so-called “comfort women”. The Secretary-General agreed that this is a matter to be solved by an agreement between Japan and the Republic of Korea. The Secretary-General did not pronounce himself on the content of a specific agreement but on the principle that it is up to the two countries to define the nature and the content of the solution for this issue.

三段落目は、「特別報告者の報告に関しては、事務総長は首相に対して、特別報告者とは、独立した立場で、人権理事会に直接報告をする専門家であるとお伝えしました。」

国連の「質問への回答」:the Secretary-General told the Prime Minister that Special Rapporteurs are experts that are independent and report directly to the Human Rights Council.

この一節は、日本政府が以下の囲みで示すように日本語で「先方は,人権理事会の特別報告者は,国連とは別の個人の資格で活動しており,その主張は,必ずしも国連の総意を反映するものではない旨述べました」と発表したことを否定したものだ。

【「個人の資格」と「個々の専門家」の苦しい使い分け】

上の囲みが「質問への回答」として後で国連が出したもの。下の囲みが日本政府が先に発表したもので、筆筆すべきは、日本政府は日本語では「専門家」という言葉を避け「個人の資格」とし、英語では「an individual expert」としたことだ。

an individual expert」を無理に和訳すれば「個々の専門家の一人」となる。たくさんの専門家がいる中での「それぞれの(individual)専門家」と言うニュアンスだ。別の日本語を当てはめて「独自の専門家」と訳したとしても意味が取れない。

国連で通常使う「experts that are independent 」や「independent expert」(独立した専門家)という説明とは別物だ。事務総長は「個々の専門家」という表現にビックリしたことだろう。そして、日本語では「専門家(expert)」という最も重要な言葉すら使われていないことを知ったら、椅子から転げ落ちるのではないか。

日本政府による英語発表:Secretary-General Guterres explained that a Special Rapporteur of the Human Rights Council is an individual expert independent from the United Nations and his/her assertions do not necessarily reflect the consensus view of the United Nations.

さらに加えれば、国連が言う「independent expert」(独立した専門家)とは、日本政府が限定しているように「国連から独立している」だけではなく、どの組織や国にも依拠しない「専門家」だという意味だ。外交儀礼上、国家間では言えないことでもズバリと言える(干渉できる)立場であることが「independent」が持っている意味だ。

また、日本政府の発表は、日本語では「先方は」とぼかして表現しているが、英語では「グテーレス事務総長は」を主語に、国連特別報告者を「個々の専門家だ」と意味をなさない説明をしたことになっているので、これは名誉にかけて「質問に回答」する中で事実を明確(訂正・反論)したくなって当然だ。

国連報道官が米国NY時間の5月28日に、記者たちに宛てた質問への回答全文
国連報道官が米国NY時間の5月28日に、記者たちに宛てた質問への回答全文

仁比議員はこうも指摘した。「独立した専門家として物事やっているんだと。この認識こそが国際社会の当たり前の常識。それを歪めるというのは本当に断じて許せない。ケナタッチ教授は『文言が曖昧で恣意的な適用の恐れがある。対象277犯罪が広範で、テロリズムや組織犯罪に無関係の行為を多く含んでいる。いかなる行為が処罰対象となるかが不明確で、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題がある』と。結果、プライバシー、表現の自由を著しく侵害する、そういう懸念があるということを示しているわけですね。この指摘の中身こそがとても大事なんじゃないですか」

ところが、安倍首相は、これにも「人権理事会の特別報告者は,国連とは別の個人の資格で活動しており,その主張は,必ずしも国連の総意を反映するものではない旨を述べられたのは事実」と、否定されていることを繰り返した。

「総理と安倍政権の基本姿勢が深刻に現れている」

安倍首相は英語が理解できないのか、読んでいないのか、意図的にウソをついているのか、外務省が報告していないのか、忖度し続けて事実を正せないのか、そのどれかだとしか言いようがないが、そのどれであれ、仁比議員が指摘したように、「国連人権理事国」に手を挙げた時の公約を破ったことになる。

「籠池氏、前川・前文科事務次官、そしてケナタッチ教授。自分の意に沿わない真実の証言や道理に立った批判というのは、国内においても、国際社会に対しても敵視し、けなし、封殺しようとする。総理と安倍政権の基本姿勢が、この問題で深刻に現れている」(仁比議員)と指摘されている通りだが、今回のことは、日本の国際評価を下げることになり、もはや、安倍政権だけの問題ではない。

■平成28年7月15日「世界の人権保護促進への日本の参画(和文骨子)」

■平成28年10月29日「国連人権理事会理事国選挙」

■平成29年5月18日安倍首相宛「Mandate of the Special Rapporteur on the right to privacy」

■平成29年5月18日国連人権理事会の「プライバシーの権利」特別報告者による公開書簡に対する日本政府見解」

■平成29年5月27日「安倍総理大臣とグテーレス国連事務総長との懇談」

■平成29年5月28日「Note to Correspondents: In response to questions on the meeting between the Secretary-General and Prime Minister Abe of Japan」