激増する野生動物 ~福島の生態系に何が~
福島第一原発周辺 ネズミ被害が激増
福島県大熊町。
長期間にわたって、元の場所に戻ることが難しい区域に、町の大部分が指定されています。
福島第一原発から、およそ3キロ。
この日、一時帰宅した住民と共に専門家が調査に入りました。
住民
「これ、ネズミがみんな食っちゃった。」
10キロは入っていたという米の袋は、空になっていました。
住民
「まだ中身入っていたの、この前来たとき、3月のとき。
かじっただけだったんですよ。」
住民
「これ、梅酒。」
ネズミの被害は部屋の至る所に及んでいました。
イカリ消毒 技術研究所 谷川力さん
「ここもクマネズミですよね。」
クマネズミは、家やその周辺に生息する、家ネズミの一種です。
伸び続ける前歯を削るために習性としているのが、ケーブルなどをかじる行為です。
イカリ消毒 技術研究所 谷川力さん
「電線なんかかじって、短絡事故とか起きて、ショートして、電気通したときにですね。
火事になったりしますから、非常に怖いと思うんですよ。」
イカリ消毒 技術研究所 谷川力さん
「電線が中にある、壁の中ですからね。
その中にネズミがすんでいますからね。
配線なんて、もう一度やり直さないと難しいんじゃないですか、暮らしていくのは。」
人が立ち入れなかった環境で、ネズミが急激に増えたとみられる場所がありました。
養鶏場に、会社の許可を得て入りました。
「すごいな、これ。
ネズミすごいね。」
国が処分することになっていたニワトリの死骸や卵などは、ほとんど食べ尽くされていました。
調査を続ける中、専門家は、ここで繁殖したネズミが周囲に広がった痕跡を見つけました。
専門家
「ハクビシンとか来ていますね。」
「これ、ハクビシン」
ハクビシンは、ネズミの天敵です。
天敵が入ってきたり、餌がなくなったりすると、ネズミはほかの場所へと逃げ出し、そこで繁殖します。
天敵の出現や、餌の不足のたびに、周囲に分散していくネズミ。
それに伴って、被害が広がっていると専門家は考えました。
専門家
「3キロから20キロ圏内、それから30キロ圏内というところで、ある程度分散していくと思うんですね。
(原発近隣の)居住区域としては難しい地域から、ネズミが居住区域に広がる可能性というのは非常に大きいと思います。」
実際、ネズミの被害は、それまで影響を受けていなかった場所にまで及ぶようになっています。
浪江町・幾世橋地区。
4月から、日中の立ち入りが自由にできるようになった区域です。
埼玉県で避難生活を送っている、半谷有子さんです。
去年(2012年)11月までは、ネズミの被害がなかったといいます。
「あー、またやられてる。」
半谷有子さん
「ここから、たぶん出入りして。」
毎月、家に戻るたびに畳や壁、柱などの被害が大きくなっています。
半谷有子さん
「何て言ったらいいか、わからないわ。
ネズミにやられるなんて思ってもいなかった。」
放射線量が下がってきたため、もう一度ここで暮らしたいと願っていた半谷さん。
大がかりなリフォームが必要なほどのネズミの被害を受ける中、もはや住むことができないと感じています。
半谷有子さん
「すっごく帰りたくなるときはあったんですよ、何回も。
でも最近は、そういう思いもなくなってきました。
とても帰る所じゃないですよね。
年もとってくるし、気力も体力もなくなってきますよ。」
浪江町の住民が避難生活を送る、二本松市の仮設住宅です。
ここで暮らす137世帯に聞き取り調査をしたところ、浪江町にある自宅がネズミの被害を受けていると答えたのは、111世帯。
80%を超えていました。
男性
「今まで1回目は、22匹。
2回目も、23匹くらい捕りましたね。」
男性
「30匹40匹で、一年もフンたれたらすごいんです、臭くて。」
ネズミ被害が激増 難しい対策
住民たちの暮らしを脅かす、ネズミの急増。
一刻も早い対策が必要ですが、そこには難しさがあります。
クマネズミは、ほかの種類のネズミに比べて、慎重な性格として知られています。
餌の周りに、捕獲用の粘着シートを置いての実験。
ふだんはない粘着シートを警戒します。
餌でおびき寄せたとしても、捕獲は簡単ではありません。
薬による駆除にも限界があるといいます。
薬によって、一時的に増殖を食い止めたとしても、薬が効きにくいネズミが現れることがあります。
スーパーラットと呼ばれる、こうしたネズミが増えた場合、駆除の効率を上げることは極めて難しいのが現状です。
イカリ消毒 技術研究所 谷川力さん
「人がいなくなって増えた状態から2年もたってますから、そこで対応しても、広がり過ぎていて、なかなか防除するとか駆除では、広い範囲をやらなければいけませんから、非常に難しくなってきていると思います。」
イノシシの生態が大変化 原発事故の思わぬ影響
昼間に堂々と住宅街を歩く、野生動物。
原発事故が起きる前とは、イノシシの行動が変わってきたと指摘されています。
臆病な性格のイノシシ。
日中、人前に姿を現すことはほとんどありませんでしたが今では、このように…。
イノシシの生態は、どのように変わったのか。
福島県は5月、IAEA=国際原子力機関と協力して、調査を始めました。
調査しているのは、住民の早期の帰宅を目指す、避難指示解除準備区域と、その周辺です。
調査員
「圃場の真ん中を、けっこう普通に来ながら、足跡が直線じゃなくて、ふらついているんですね。
無警戒に近づいてきてますよね。」
人里に下りてきたイノシシは通常、人に見つかることを恐れて、一直線で最短距離を進みます。
しかし、蛇行している足跡から、その警戒心が薄れてきていることが分かるといいます。
イノシシは、人の生活圏にどこまで入り込んでいるのか。
そして、どのくらい増えているのか、データを集めようとしています。
野生動物調査リーダー 今野文治さん
「日中も少しずつ移動を繰り返しながら、エサ場に行くような感じですよね。」
原発事故が起きる前は、主に山林に生息していたイノシシ。
ところが、田畑がある緑色の部分が草原化。
この場所も、イノシシにとって住みやすい場所となり、生息できる範囲が一気に広がったのです。
野生動物調査リーダー 今野文治さん
「人間との距離感というのは非常に重要で、いなくなれば、積極的に、農地を日中でも活用するような動物園にすぐ変化していく。
一方で、人間への警戒心、見たことがない。
人間がどういうものか分からない個体も生まれている。
野生動物の変化のスピードに、私たちがどこまでついていけるのか。」
イノシシの行動の変化によって、原発事故前はなかった被害に悩む地域があります。
原発から20キロ余り離れた、田村市・都路町です。
ここで農業を営んできた、松本八重子さんと夫の広市さんです。
荒れた田んぼを整備し直し、今年(2013年)、3年ぶりに米の作付けを行いました。
ところが、田植えを終えて以来、イノシシの被害が相次いで起きています。
松本八重子さん
「ここでイノシシが、ここの水のところ全部崩しちゃって。
田んぼの水が空っぽになってたの。」
原発事故前は、田んぼに現れることがなかったイノシシ。
頻繁に現れ、田んぼを掘り返すようになりました。
田んぼの中にいるミミズやカエルを食べに来るのです。
さらに畑では、これまで食べられなかった作物も被害に遭うようになっています。
ミョウガやタマネギ、ニンニクなど、匂いが強く、イノシシが好まないとされている作物も荒らされるようになりました。
松本八重子さん
「人が住まない、イノシシに占領された都路になっちゃいそうな。
ふるさとが無くなっちゃいそうな、その辺が不安だよね。」
拡大する被害を食い止めるために急がれているのが、駆除対策です。
しかし、そこには難しさがあります。
猟師
「田んぼ、畑でも、しっちゃかめっちゃか、やられる。」
わなにかかったイノシシ。
ところが猟師たちは、その肉を食べることができません。
福島県内で捕獲されたイノシシからは、最高で6万1,000ベクレル、国の基準値の610倍もの放射性セシウムが検出されています。
イノシシは、放射性物質のたまりやすい地表の植物などを食べるため、体に蓄積されやすいというのです。
さらに、猟師たちは、限られた場所でしか駆除を行うことができません。
山間部は、ほとんどが除染の対象外であるため、放射線量が高いのです。
猟師
「営農再開に向けて、田んぼでも作物でも作付けしているわけですし、一頭でも多く捕ってやりたいけど、なかなかそれもね。」
猟師
「今でも原発事故さえなければなと。
だから、悔しくてしょうがないですよ。」
激増する野生動物 福島の生態系に何が
●野生動物の増え方、行動パターンの変化をどのように感じている?
そうですね、もう、こんなに動物の行動が変わっていくというのは、やっぱり僕らからしても、今までに経験したことのないことですね。
もともと、人と動物の関係というのは、非常に微妙なバランスの上に成り立っています。
例えば例を挙げますと、人と動物の距離ですね。
カモシカという、特別天然記念物で、非常に守られている動物がいますね。
彼らは、やはりそういう意味では警戒心がないんですが、僕らが山の中に入っていきますと、大体そうですね、最初の安全距離って15メートルぐらいかな。
それ以上近づきますと、やっぱり逃げていくんですが、ところがVTRで見てみると、イノシシが5メートルぐらい、数メートルぐらいのところで草を食べていて、それを撮影できる、あるいは夜、普通は…非常に何というか、警戒心があれば、夜行動する動物が、昼間出てきてるというのは、非常に驚きの連続ですね。
●こんなに早く行動パターンが変わるとは考えていなかった?
そうですね。
それとあと、こういう状況がずっと継続していきますと、人を警戒しないという行動が、母から子へと、学習によって受け継がれるという問題なんです。
クマが今、市街地に出て、いろんな問題を起こしてるというのが全国的にありますよね。
あれと同じようなことが起こってきますし、それから、さっきVTRを見ていて、ちょっとショックだったのが、ネギとかミョウガだとか、そういうものはイノシシがふだん食べないものですけれども、だんだんかじった跡があるということは、そういうものを食べて、またそれが学習によって食域が拡大するというんですか、食べ物の範囲が広がってしまうということも、1つの大きな行動の変化になるでしょうね。
●イノシシの生息可能エリア 原発事故の前は、茶色い部分の山?
そうですね、里地とか、里山と言われているような、雑木林と、われわれがふだん呼んでいるところなんですが、この緑のところは、もともと田んぼや畑があった場所です。
そこが今、草ぼうぼうになってきていますよね、VTR見てもお分かりのように。
それは実は、イノシシというのは雑食なんですけれども、主食は草とお考えになっていいと思います。
大体、年平均で50%ぐらいは草なんですね。
そういうものをどうも食べて、そして今まで、海岸のところでは、あまりイノシシ見られなかったのが、実は海岸のところまでイノシシの生息域が拡大しているということがあります。
(ある意味、ふんだんに食料がある状態?)
そうですね。
しかもそれに、生息域が拡大できますから、ある程度、密度があると、やはりイノシシって、その増加が抑制されるところもあるんですけれども、これだけ生息域が拡大してきますと、スペースが確保できるわけですから、それと餌の問題で、やはり繁殖率が急激に増えてくるということはやはり考えられますね。
●人が戻り、営農しているところでも被害が これをどう見る?
そうですね、先ほどのVTRのところは都路で、今まで避難をされてたところで、お戻りなる方たちが、まだ全体で見れば、集落で見れば数軒であるとか、そういうような離散的に戻られてしまうので、その周辺がやはり整備されていない、管理されていない田んぼや畑であると、やはりイノシシが、そういうところに集中して出てくるということが、やっぱり考えられますね。
(人の戻り方が点々としていて、まだ面的になっていない?)
そういうことですね。
だから、これからやはり私たちが考えていかなくちゃならないのが、全体の環境をどういうふうに管理していくのか。
草原化する問題、それから今言ったように、離散的に戻られたときの、その周辺の環境をどうするかというのは、非常に重要な課題になってくると思いますね。
●今後の対策のポイントは、まず調査?
そうですね。
実はイノシシの行動というのは、狭い範囲では分かっているんですが、これだけ広大なエリアで、どういうふうに動いていくかっていうのは分かりません。
ですから、まずそれをきちっとつかむことと、それから、どういうところを好むのか、どういうところで餌を食べているのか、あるいはどういうところで被害が起こっているのかということを、きちっと行動を調べることによって、優先的に、どこから対策を取ったらいいか、そうじゃないと、これだけ広大なところだと、どこから手をつけたらいいのかというのが大変難しくなってくると思います。
ただ、そのときに、問題を起こしている動物の、やはり行動を調べていくというのが、非常に重要かと思います。
(15分置きにモニタリングを?)
そうです、GPSの発信機を付けまして、そして15分間隔ぐらいで、動物の行動をということで、今、ITの企業の方たちにも協力をいただいて、そういうことをやってますし、それから超小型の線量計を付けて、そしてイノシシに付けてもらって、そして、そのホットスポットを探るような、そういうような試みも今、プロジェクトでやろうとしています。
●増える野生動物、激変する環境 どう向き合う?
そうですね、やはり、捕獲というのも非常に重要な方法ですけれども、これからはやっぱり、総合的にいろんな対策を取っていかなくちゃならない。
その中でやはり、環境をどういうふうに管理していくのか、中山間地域では、本当に小さなエリアだったんですが。