NIPPON
女子高生が電車に乗ると必ず痴漢される国・ニッポン?|被害者からJKビジネスまで取材してみたら
PHOTO: SHIORI ITO / AL JAZEERA
「痴漢」が意味するもの
このような活動はあるものの、日本では痴漢の蔓延や女子高生に被害が集中している事実が意図的に軽んじられてきたと専門家は言う。フェミニストで人権団体「ヒューマンライツ・ナウ」の副代表をしている千葉大学の後藤弘子法学教授は、マジョリティは痴漢が犯罪だとは思っていないと言う。
「日本では痴漢は大した問題ではないのです。被害者にとっては重大でも社会にとってはそうではない。被害者から見ればダブルスタンダードと言えます」
小川も、日本では痴漢はあたりまえのことだと思われていると言う。被害を届けるのはごく一部だ。正確な被害者の数もわからない。「痴漢」という言葉の理解も一様ではない。このことが議論を起こす妨げにもなっている。この言葉から違法であることは伝わらない。
一般的には、痴漢は合意なしに衣服の上から他人の身体に触れることとされ、自治体の迷惑防止条例で処罰できる軽犯罪だと思われている。多くの場合、6ヵ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金になる。
「スカートの中だけでなく、膣に指を挿入されたという被害者をたくさん知っています。これはレイプですよ」と松永は言う。
小川の友人は複数の男に精液をかけられた。下着の中まで手を入れられることはよくあったと小川も言う。指による性的暴行は珍しくない。
悪質な痴漢行為に関しては、刑法176条の強制わいせつ罪がある。しかしそれにあたるかどうかを決めるのは警察だ。強制わいせつ罪の罪状には身体への侵害が含まれ、10年以下の懲役になる。しかし刑法176条で立件される率はきわめて低い。
刑法177条の強姦罪はさらに厳罰が科せられるが、強姦の法的な定義はきわめて狭く、現行は暴行脅迫による性交だけがそれに該当するとされている。
日本では痴漢行為は「迷惑」にしかならないと小川は言う。自分の経験が性的暴行にあたると知ったのは痴漢について書きはじめてからだ。「それを知らなかったことが一番ショックでした」と小川は言う。
日本では、服装や女性専用車両など、女性の側に対応を促す傾向が強い。しかし女性専用車両にしても、運行されるのは平日の朝の通勤時間帯に限られる。「女性に自衛しろというわけです。男性に止めろというのではなく」と小川は言う。鉄道会社の痴漢防止ポスターも妙に可愛らしいだけで、的外れだ。
「痴漢への呼びかけがないんです。ポスターを貼るなら『痴漢をしたくなったら病院で診察を受けましょう』くらいは書いてほしい」
小川は電車内の防犯カメラの普及を望んでいる。2020年の東京オリンピックに向けた監視対策としても可能だと思っている。
痴漢の実態を社会が理解するためには、より多くの被害者が訴えることが必要だ。小川は言う。
「女性が話さない限り、いつまでも見えないままです」
痴漢冤罪
一方で、痴漢の多くは冤罪だとする説も強い。このことが社会の意識改革を難しくしている。性暴力について発信する女性をネット上で攻撃するのは、冤罪こそ真の問題だと主張する男たちだ。
「日本では女性が性暴力とくに痴漢について語ると、『でも冤罪の例も……』という話が始まります」と小川は言う。「メディアが責めるのはいつも被害者です」と後藤も言う。日本の大手メディア、ソーシャルメディアは男性中心に動いていると後藤は指摘する。
「メディアは冤罪に注目しすぎです」と小川は言う。実際に起きた性犯罪の数と比べて誤認逮捕や冤罪はまれだと小川は思っている。
有名な冤罪事件としては、2000年に少女に自分の性器を触らせた容疑で起訴され、地裁で有罪となったのち高裁で逆転無罪となった矢田部裁判がある。矢田部は妻との共著で『お父さんはやってない』を出版、同書は『それでもボクはやってない』という映画にもなった。
報道が被告の主張に偏っていたと小川は思っている。この裁判は冤罪への恐怖を印象づける一方で、性暴力への注目をそらすことになった。なにより被害者が被害を訴え出ることを難しくさせた。その影響は深刻だと小川は言う。
ノンフィクションライターで漫画家の田房永子(38)は、2011年、痴漢に関するブログを始めた。被害者の視点が欠如していると思ったことが動機だった。
「痴漢ポルノか、悪意のない痴漢の話しかありませんでした」
田房は現在、電車の痴漢を描いた漫画の書籍化を試みている。6年前に出版社3社に持ち込んだが、断られた。田房は言う。
「編集者は、『誰が読むんですか? 誰も読みませんよ』という顔でした。私は、日々の生活と切り離せない問題だと思っています」
家父長制と性欲
高校を卒業し、制服を着なくなると痴漢に遭わなくなったという日本の女性は多い。「制服を脱いだら、痴漢に遭うことはなくなりました」と言うのは、経済学専攻の大学生でウェイトレスのバイトをしているアラキコトミ(20)だ。
アラキも電車で痴漢に遭いつづける高校時代を過ごした。一般社会での女子高生イメージについて尋ねられると、「典型的なロリータでしょ」とアラキたちは言う。
「ロリータ」は、ロシア系米国人ウラディミール・ナボコフの小説の主人公の愛称だ。しかし日本では「従順で服従する若い女性」を指すことが多い。それを強化しているのが広い読者をもつコミックだと後藤は言う。
「日本の家父長制は中国の儒教を起源とし、明治天皇の統治が終わる1912年以降に普及しました。男尊女卑の思想はいまも強く残っています」
京都大学の社会学者・歴史学者の落合恵美子は、近代以前の日本の家父長主義はそれほど強くなかったと指摘する。
「後に少なくなっていきましたが、古代の日本では女性天皇もいました。中世では女性の戦士や将軍もいました。女性の地位の低下に大きな影響を与えたのは儒教です」
儒教は大衆文学や演劇で広められ、西洋の影響を強く受けた近代化の過程で強化されていった。落合は言う。
「女性は現代日本の『カースト』です。教育やビジネスで成功して初めて、そのカーストから出られる。そのとき女性は男になるのです」
しかし、1970年代の女性運動から始まって、最近では安倍首相が女性の就業率向上を掲げて推進している女性活躍躍進法などにより、男性の地位は揺らぎはじめていると後藤は言う。
「痴漢をする動機には、自分の力を若い女性に見せつけたいという衝動があります」
犯人は慎重に気弱そうな女子高生に狙いを定める。女子高生が強くなり声を上げるようになると、より年少の少女が狙われるようになるのではないかと後藤は懸念する。
少女を狙うような人間は変質者か小児性愛者だろうと思うひとは多い。小川は言う。
「私もそう思います。でも子供たちが狙われるのは彼らの身体がまだ侵されていないからです。加害者は被害者の最初の征服者になりたいのです」
大阪大学でジェンダー論を教える社会学者の牟田和恵も同意する。そうした犯人たちが女子高生に性的興奮を覚える理由について、牟田は言う。
この続きは
COURRiER Japon会員(有料)
になるとご覧いただけます。
Comment0
※コメントにはログインが必要です。