「学会の全国大会」って、なんだ? - BL作品を題材とした人工知能研究が炎上した件から

学会で発表することは、研究の日常の中にある一場面。(写真:アフロ)

学会全国大会で、人工知能を研究している大学院生が会員制サイト内で公開されているBL小説を題材とした研究発表を行い、ネット空間に「炎上」が発生しました。

本記事では、「学会の全国大会とは、どういう位置づけにあるものなのか」を整理します。

「炎上」問題そのものについては、学会・大学の対応も踏まえて、後日あらためて記事化したいと思っております。

「ぜひ読みたい」と思われる皆様は、生活保護関連で事件・問題があんまり頻発しないよう祈っていてくださいませ。

「炎上」のあらまし

事件の概要は、Neverまとめなどにまとめられています。

問題点と、研究業界に断続的に存在して30年超の私から見て妥当ではないかと思われる見解は、こちらのはてな匿名ダイアリー記事に整理されていますが、異論もあります。

異論も含め、活発な議論がされるのは基本的に好ましいことだと思います。

いまどきの学会は、「同業者しか来ない・見ないのが当たり前」ではなくなりましたが、思わぬところで思わぬ関心を集めてしまうということに、まだ慣れていない学会が圧倒的多数です。

この炎上問題を広く捉えると、

「世間のルールと、別の部分社会のルールと、それから学術のルールの間に不整合があるときにどうすればいいのか」

という、正解のない問題です。

どのような発表の場だったのか

発表の場は、人工知能関連の学会が開催する全国大会でした。この学会の場合は全国大会が年1回あり、その他はテーマ別の大小さまざまな研究会が開催されているようです。

大会や研究会の開催スタイルは、学会によってけっこう異なります。全国大会に相当するものを年2回開催する学会もあります。

審査の有無や程度もさまざまです。全国大会の発表については審査を行っていない学会もあります。その場合は、エントリーすれば誰でも発表できます。ただ「発表資格は本学会の会員のみ」となっていることが多く、会員になるにあたっては審査があります。

学会全国大会に事前審査がないことの意味

多くの学会で年間1~2回開催される全国大会は、事前審査はなく「なんでもあり」が通例です。

全国大会での発表形態は、プレゼンソフトを使用しての短時間の口頭発表(発表10分+質疑5分 など)またはポスターセッション(研究内容のポスターを会場に掲示し、来場者の質問に答えたりディスカッションしたりする)であることがほとんどです。

発表内容が、審査(査読)ありの論文一本になるようなまとまったものであることは、ほとんどありません。また、特に優れた内容の発表が多いということもありません。事前審査してないんですから、玉石混交(どちらかというと石のほうが多い)になるのが当然です。

逆にいうと、「今のところ特に注目すべきものではないけれども、どうでも良いわけではない」といった内容がたくさん出て来るわけです。そういった発表をして見聞して議論することそのものが、その人の研究・その研究コミュニティの大切な”肥やし”になります。

また、レベルや内容を特に問わないからこそ、学生・院生、あるいはアカデミックな訓練を受けていない企業内研究者の訓練の機会にもなりうるのです。事前審査のない学会全国大会での発表や質疑応答の訓練を繰り返すことは、本人の視野を広げ、研究も人間的スキルもレベルアップさせる機会となります。そのうちに、事前審査のある学会発表が出来るレベルに達するかもしれません(人によりますが)。

発表しやすいから、特許などの知的財産を守るのに使える

具体的なモノやシステムに関する研究では

「今出来たばかりの(あるいは、もうすぐできそうな)新しい技術や構造を、公開すると同時に知的財産として守りたい」

という場面が多々あります。

学会の全国大会は、この目的のためにも使用されます。

発表エントリーから発表までだいたい2~3ヶ月程度の場合、「できた」「すぐにできそう(これはちょっとまずいのですけれど、最終的にできなかった場合には発表を取り下げることができます)」という題材をエントリーしておき、発表など内容が公開される当日に特許などを出願するという使い方ができます。「できた」のであれば、2ヶ月あれば特許出願の準備は充分にできますから、学会で公開されると同時に、即、知的財産権を確立(出願だけでは確立できませんが、少なくとも出願)。現在の知的財産関連の法律のもとでは、さっき学会で見た話を「自分の発明でござい」と特許出願しても、ノープロブレム。ですから、特許ネタになるような研究なら、発表と同時に特許出願しておかないとまずいのです(注)。

通常の学術論文では、そうはいきません。エントリーから発表まで半年以上はかかるのが普通ですから。

また、学会の大会でも「審査あり」だと、知的財産権を守るのには使いにくい場合があります。発表内容に関する審査(通常は予稿)では、内容の具体的記載がないと審査を通りませんが、そこで肝心なところをボカすのは容易ではありません。また審査があると、エントリーから発表までの時間も長くなります(通常は3~4ヶ月以上)。「早く特許出願して権利化しなきゃ」という場面には、あまり適していません。

(注)

発表の前に特許出願するのも、まずい場合があります。学会発表の内容が同じ人・グループ・機関によって事前に特許化されていると、学会発表の方が「そこで初めて発表されるべき内容を事前に出した」として無効扱いになる可能性も。20年前の半導体界隈では、それを気にする必要がありました。

発表内容は「なんでもあり」、時にはトンデモも

事前審査のない学会全国大会では、時にはトンデモ発表もあります。

私が大昔に活動していた応用物理学会には「アインシュタインの相対性理論の誤りを発見した」「常温常圧で原子を別の原子に転換できた」といった、物理としてあり得ない発表もありました。

また、技術研究の発表であるかのようなタイトルで、職場の人間関係のドロドロに関する発表をするので有名な方もいました(20年前の話ですが、いま話題の東芝の方でした)。私は当時、その分野にほとんど馴染みがなかったので、その前の発表を「ちょっと聞いてみよう」と行ってみたのですが、終わったとたん、聴講に来ていた方が全員退出しました。「?」と思っていたら、そういうことだったのです。しかも連続4発表とか。私も最初の1発表が終わったら逃げ出し、後には発表者の方と座長さんだけが残ることになりました。

知らずにつかまったら災難です。でも学会が、「その学問分野としてありえない」「前回もその学問分野の話じゃなかった」を理由として発表を拒むことはありません。事前審査をしないということは、そういう可能性も織り込むということですから。

悪用の可能性も、でも学術研究として口出しすべきか?

学会全国大会が事実上「なんでもあり」であることは、シャレにならない結果につながる場合もあります。

怪しい健康食品や怪しい健康器具の開発元が、「学会で発表した」というお墨付きのためにだけ発表することがあるからです。

発表が事実であるとしても、「発表した」というだけの話です。発表したら、たまたまヒマだった専門家たちから、寄ってたかって

「そんなことありえんって、小学校の算数で分かるだろ、このボケ!」

と攻撃されたのかもしれません。

でも、それらの食品や器具のチラシに「○○学会で発表」と書くのは、その個人や企業の自由です。売りつけるにあたっての権威付けには充分に使えてしまいます。問題であることは間違いありません。

でも今のところ、「学術・研究のポリシー、それらに基づく学会のポリシーを曲げてまで拒否した」という話は聞いたことがありません。害毒を放置しているのでしょうか?

少し話はそれますが、この問題に学術界に何ができるか・どうしているかについて触れます。

「あるべきでないもの」を許さないために学術界ができること

怪しい健康食品や健康機器が「学術・研究・学会発表・実績の使い方として、どうよ?」というときには、学術等の緩いルールから見てグレーであるくらいですから、もっと厳しい法的ルールの何かに違反している可能性が高いです。

それらの食品・器具の販売そのものが、おそらく、不当表示防止法をはじめとする他の何かで取り締まり可能でしょう。強引な売りつけ方やマルチまがい商法であることが問題なら、複数の法律に違反する可能性もあります。

「学術研究(イベント)としては、そこまで干渉しない」というのは、「なんでもあり」による害毒への許容ではなく、「そっちはそっちでちゃんとやって!」ということです。

しかし、「あなたのご専門から見て、この”研究”と称するものは、どこが問題ですか?」という問い合わせには、喜んで答える研究者がたくさんいるでしょう。それが元になって、怪しい商品を取り締まれる法律ができるかもしれません。そういうことが、学術界のすべき仕事です。

もちろん学術界は、問題の規模・内容・社会的インパクトによっては、政治にも行政にも社会にも口を出すことがあります。それは、「まさに学術界の問題」「ここで黙っていたら学術界がすたる」と考えられるから、です。

学会全国大会での発表(審査なし)の位置づけ

審査がなく、エントリーすれば発表できる学会全国大会での発表は、実績としては「それさえないのでは困る」程度の扱いです。

同じように比較的短時間の口頭発表やポスター発表という形態でも、審査のある学会大会や研究会もあります。もちろん、実績が評価される際には、審査のある方がやや高く評価されます。扱いは「あればなお良し」という感じです。

いずれにしても研究実績としてカウントされるのは、ほぼ、審査(査読)がある学術雑誌に発表した論文だけです。

今回の炎上の件で問題になったのは、そのような論文ではありません。

学会全国大会の予稿とは

学会全国大会で発表するにあたっては、エントリー時に「予稿」と呼ばれるものを提出します。

予稿には、研究内容(背景・検討などの内容・結論)と「どこが有意義なのか」を書きます。

予稿の目的は、その大会の参加者たちに「自分が聴くべきものかどうか」の判断材料を提供することです。テレビの15秒CMのようなものです。だから文字数も少なく、たいていは300~600字程度、長くても800字くらいです。

そこに、まとまった形で研究内容や結果を載せるのは、まあ無理というもの。しかもエントリー時点(=予稿を作っている時点)では、「まだその実験やってないんだけどさー」といったことが実はけっこうあります。そういう時には「○○実験などの実験を行い、△△などの検討を行った」とか書くことが多いです。「△△」だけが部分的にでも既に終わっていれば「あとはなんとかなるさ」というわけです。

いずれにしても、大会で発表する当日には、それなりにまとまった研究成果となっている必要があります。それも無理なら、発表取り下げという最後の手段があります。

ただ、「予稿に書いてあることが全部は出てこない発表」「予稿に出てこなかった題材がほとんどの発表」は、まあ「あるある」です。予稿時点では予期していなかったことが、当日までにいろいろと起こること自体は普通ですから。

下の写真は、ちょうど20年前(1997年)の私の学会全国大会の予稿です。左右と下の1/3が切れてますけど。7月中旬エントリーで発表は10月初めだった記憶があります。この時は予稿提出時点で検討のほとんどが終わっており、私にしては珍しく、発表準備はかなり余裕でした。

そこは会員数が万人単位のマンモス学会で、全国大会の参加者だけで1万人を超えたような記憶もあります。予稿集は3分冊にもなり、1ページに3発表分が掲載されていました。

学会もいろいろです。

1997年秋の応用物理学会大会予稿。共著者の一人とは気持ちよく協働、もう一人は(自粛)
1997年秋の応用物理学会大会予稿。共著者の一人とは気持ちよく協働、もう一人は(自粛)

学会全国大会の発表資料の扱いは?

本番での発表資料(プレゼンソフトのファイルなど)を公開する・しないについては、学会・本人の所属組織・本人の考え方しだいで、さまざまなパターンがあります。予稿と本番の発表内容がまったく同じではないのは、むしろ普通です。

また場合によっては、発表が論文の発表とセットになっていることもあります。この場合は学会当日に販売される資料が論文集となるわけです。これは全国大会よりも研究会に多いパターンですが、規模があまり大きくない学会なら全国大会でも可能です。

「炎上」の件ではどうだったのか

今回、「炎上」が起こった学会全国大会は、論文の発表がセットになっており、

前年12月~1月 エントリー

2月 採択通知

3月 論文提出

5月 発表+論文公開

となっているようです(学会サイトより)。

ただし、2月に行われる採択通知は、発表そのものの可否ではなく希望のセッションで発表できるかどうかに関するものらしく、そこでの発表が出来なかった場合には人数制限のないセッションに回されるようです。エントリー自体が拒否される可能性の有無までは分かりません。

提出された論文については、それ以後の審査はなく、提出されたものがそのまま掲載されるようです。また論文に求められるボリュームも、日本語の場合で4000~8000文字。ずいぶん少ないです。学術論文のフツーは少なくとも10000文字以上ではないでしょうか。

この大会で公開される論文が、そのギョーカイ、おっとっと、その分野で「審査(査読)ありの論文」「審査(査読)なしの論文」のいずれとして扱われているのかまでは分かりません。ただ私の感覚では、「審査ありの発表」と「審査(査読)なしの論文」の間くらいの感じ、論文は、当日の発表内容がちゃんと分かる予稿かな? という感じです。当日使うプレゼンソフトの映像と口頭で話す内容を文章に置き換えたら、もうそれだけで文字数ギリギリになりそうです。もちろん、そこに素晴らしい研究論文が含まれる可能性はありますが、全体としては「そこで発表した論文があるということ自体は、研究上の業績として高い評価はされにくいけれども、業績であることは間違いない」というところでしょうか。

また、この学会では、発表の2週間前に論文をWebで公開しているようです。知的財産権については注意をうながす記述がありますけれども、クリティカルな「盗った・盗られた」に神経質になっている感じは受けません。日本の半導体研究が盛んだったときの半導体関連学会だと考えられない運営ですが、エントリーから発表までに半年近くかかるのなら、そもそも知的財産の防衛には使いやすくないでしょう。

いずれにしても、論文投稿にあたって「審査(査読)ありの論文」と同様のレベルを要求されているわけではないし、外野がそれを求めるべきでもない感がします。

結論:まったく問題がないとはいえず、今後の課題だらけ、だから考えよう

今回の「炎上」で、発表した方に問題があるとすれば、「題材が会員制サイトで公開されている小説であったこと」くらいでしょうか。会員にならなくても読める状態だったのなら問題はありませんが、会員としてログインしないと読めない設定だったのなら、会員が何千万人いても微妙です。「微妙」といえども、より安全な選択肢があるのなら、回避するのが賢明な選択でしょう。そもそも、Amazonで販売されている同様の内容のKindleコンテンツなら、そういう問題は最初からなかったわけです。一般に公開あるいは市販しているコンテンツなら、引用も、引用のうえ研究の題材として使用することも、引用のうえdisることも問題になりません(あまりにもコンテンツを歪めるような引用については過去に裁判になった例もあります。またdisりについては、内容と程度によっては名誉毀損となることもあります)。

捏造・改ざん・盗用といった研究上のレッドカードもの違反ではありませんが、調査・検討のうえ、学会や大学としての見解をはっきりさせていただきたいところです。

タイトルおよび発表概要の中で「猥褻」「有害」といった用語を使用することについては、「もうちょっと価値判断を含まない用語を選んだ方が良かったんじゃないか」とは思います。「青少年に有害」と対象を限定しても、その「有害」という価値判断を論文の書き手が下して良いものなのかどうか、疑問は感じます。そこが、会員制サイトの書き手やファンの方々を怒らせた最大のポイントだとも思います。しかし「研究として問題」というわけではありません。

私から見て最も悩ましいと思われるのは、「研究として問題」というわけではないポイントから研究・学会・本人の所属機関に対する「炎上」がもたらされ、学会が対応を迫られたことです。研究上の問題ではないのだけど、とりあえず炎上が拡大したり波及しないようにすることを含めて、研究の問題となっているわけです。

今と今後、学会・大学・研究機関に何かが出来るのかどうか・すべきなのかどうかも含めて、とりあえずは課題の山。同じ研究が「学会で発表せず、こっそり行って行政や警察に納入し、運用してもらっていればよかったのに」というわけでもありません。

新しい形で思わぬところから噴き出したのは、「学術研究と社会の関係はどうあるべきか」という永遠のテーマ。研究業界の中と外のどちらにいても、じっくり考える必要がありそうです。

後記:「会員制」がダメなのか?

下記のFBコメントをいただきました。

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「会員制サイトに掲載されているから研究対象に出来ない」となると、別の問題が発生するわけです。

たとえば政治的疑惑が発生しているときに、渦中の政治家が

「会員制投稿サイト○○の会員になって、そこで自分の投稿を読んでください」

と言い、その「○○」の規約が「投稿のサイト外引用禁止」となっていることを理由に引用も報道もしてはならないとなると、それはそれで問題です。

今回の問題では、

  • 題材となったBL小説の書き手が、発表の場である会員制サイト外で読まれる可能性、さらに通常の書籍や雑誌と同様に学術研究に利用される可能性を意識していたか
  • その会員制サイトの規約は、「ここでだけ読んでほしい」をはじめとする書き手のニーズに対して、どうなっていたのか
  • どうしても、その書き手・それらのBL小説でなくてはならない研究上の理由はあったのか

について、検討の余地が大いにあると思います。

その上で、会員制サイト内コンテンツの引用や使用に関するガイドラインを作ることくらいは必要なのではないでしょうか。