日本の美術館で展示作品の撮影禁止という“常識”が、近年変わりつつある。背景にあるのは、手軽に撮影できるスマートフォン(スマホ)の普及や、インターネットの会員制交流サイト(SNS)での情報拡散を期待する美術館の思惑。作品保護や観客への迷惑回避などの課題もあるが、関係者は「時代の流れで、今後も増えていくだろう」とみる。(堀井正純)
国立国際美術館(大阪市北区)で開催中の「ライアン・ガンダー展」(7月2日まで)。ユニークな現代アートが並ぶ会場で、若者らはスマホ片手に作品をクローズアップで撮ったり、展示空間をバックに「自撮り」したりしながら楽しむ。
同館は昨年の「森村泰昌展」などでも撮影を許可。撮った画像にコメントを付け、SNSへ投稿する人も多かったという。「ネットの口コミ効果は期待している。写真映えする現代美術と、インスタグラムなどビジュアルなSNSは相性がいい」と同館の広報担当、山本淑子(よしこ)さん。「作品を撮って、ネットで共有する楽しみ方が今風なのでは」とみる。
SNSで盛んに情報発信されることは人気を後押しする。東京の国立新美術館で今春あった「草間彌生(やよい) わが永遠の魂」展では会場の一部で撮影を許可。インスタグラムで「#草間彌生展」「#草間彌生わが永遠の魂」とハッシュタグが付いた投稿は3万件を上回り、入場者数は50万人を超えた。
欧米では撮影自由な美術館が多く、「外国人旅行者だけでなく、日本の美術ファンから『なぜ撮影できないのか』と聞かれることも」と国立国際美術館スタッフ。こうした要望も撮影許可の流れを推し進める。
神戸市立博物館(同市中央区)で昨夏開いた浮世絵展「俺たちの国芳 わたしの国貞」で撮影を許可した理由は、浮世絵を所蔵する米ボストン美術館からの提案だった。神戸市立博物館の塚原晃学芸員は「日本人はクラシックの演奏会のように会話もせず、静かに見なければならない、との思いが強すぎるのでは。欧米のように楽しく気軽に鑑賞できる雰囲気があってもよい」と話す。
■マナー、作品保護に課題
館内撮影“解禁”には、著作権保護や安全性の維持、他の観客への迷惑回避などの課題がある。美術館には「スマホのシャッター音が気になった」「撮影に夢中の人とぶつかった」などの苦情が寄せられたほか、海外では撮影中に誤って作品を傷つけた例もあるという。
美術館側も問題解決のため、撮影エリアを限定したり、監視員を増やしたりして対応。三脚などを用いた本格的な撮影は断る。
美術ライター小吹(こぶき)隆文さんは「現役作家には著作権管理に厳しい人もいるが、今後も全体としては撮影OKの展覧会は増えていくだろう。SNSはピンポイントでコアなファンにも届くので、美術館がこれまで対象にしていなかった意外な客層が訪れる可能性もある」と指摘している。