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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 作者:坂東太郎

『第十三章 エルフ護送隊長ユージは引き続きエルフ護送隊を率いる』

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第九話 ユージ、王都の高級商店街で初老の男に話しかけられる

「女性の買い物は長いですね……」

「そうですね、まあ今回は服の仕立てですからよけい……」

 ぼそっと呟くユージにケビンが同意する。

 王都・リヴィエールの高級商店街。
 服を仕立てるのに盛り上がっていたケビンの婚約者・ジゼルと針子のユルシェルの二人。
 武器防具店で買い物を終えたユージたちが戻っても、二人はまだ盛り上がっていた。

 どっちがいいと思う? という婚約者からの悪魔の質問を無事に乗り越えたケビン。それでようやく使う布が決まったようだ。
 次に決めるのはデザイン。布選びよりも困難が予想される。
 女性がイチから服を仕立てるとは、かくも時間がかかるらしい。
 ケビンは少しだけ自分の希望を言い残し、ユージたちと一緒にまた別の店に向かうのだった。

「でも、俺たちはその分いろいろ見てまわれますし!」

「うん! アリス楽しいよ!」

「リーゼも!」

 仕立て屋から外に出て、キョロキョロとまわりの店を見ているアリスとリーゼ。
 その言葉通り、二人の顔には笑みが浮かんでいる。

「では、次は珍しい香辛料や乾物を取り扱っている店に行きましょうか」

「おお、いいですね!」

 ワイワイと話を続けながら、ユージたちは一軒の店に入っていくのだった。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「ユージさん、あの壷の中身は、昔お渡しした保存食と同じ種類の物ですよ。買っていかれますか?」

「保存食……密封した……いやいやいや、勘弁してください! もう二度とゴメンです! うおお、思い出してしまった!」

 ケビンが指差したのは小さな壷。
 ユージは、ケビンの企むような表情と昔お渡した保存食、という言葉でピンときたようだ。

 味見したユージにまで臭いが移り、あまりの臭さにコタローとアリスがしばらく近づかなかった物。
 魚の塩漬けである。
 元の世界でいうところの、シュールストレミングと似たような発酵食品。
 ユージは悪夢を思い出してしまったようだ。

「あれ、でもあの時は木の樽でしたよね?」

「ええ、購入した店が違いますから。好きな人に言わせると、こちらの店の物の方が美味しいらしいですよ」

「試しませんよ?」

 和やかにそんな会話を続けるユージとケビン。
 その横では、好奇心に目を輝かせて小さな壷に近づこうとするリーゼを、アリスが必死で止めていた。好奇心はエルフを殺すのか。

「あ! ケビンさん、魚の干物と干し貝柱を買っていきたいです! それからあの乾麺も! たぶんパスタだと思うんだよなあ」

「ああ、いいですね。日持ちしますし、帰路のちょっとした贅沢に買っていきましょうか」

 そう言っていくつかの品を見繕い、店員に注文をはじめるケビン。
 その間もユージは店内を物色している。

 干し肉、野菜の塩漬けと酢漬け、チーズらしきもの、ナッツ類、瓶に入れられたジャム、乾麺、各種の香辛料らしきもの。

 味噌や醤油はない。魚醤もない。そして、ユージがケビンに教えたオートミールや薫製、缶詰もなかった。
 そこにあるのはかつてケビンに「存在する」と言われたものばかり。

 まあ壷に入れられた香辛料や平置きされた様々な香辛料は、ユージが見たことないものばかりだったが。
 とはいえユージは、元の世界でも小さな入れ物に入ったパウダー状の香辛料しか見たことがない。
 元の世界と同じかどうか、代用できるかどうかもわからない。
 料理経験が乏しいユージが味見したところで、わかるものは数少なかった。

 ユージが異世界にカレーを広めるのは難しいようだ。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「さて、次はどこを案内しましょうか……」

「あれ? エンゾさん?」

 乾物や香辛料を取り扱う店を出たユージたち。
 外に出たユージは、開拓地から王都まで同行してきた元3級冒険者の斥候・エンゾの姿を見つける。

 ユージたちがゲガス商会に到着して以降、帰路につくまでエンゾは自由行動。
 契約者のケビンと、ゲガス商会に毎朝顔を出すことは約束していたものの、それ以外は好きなように行動することを許されていた。
 ユージはエンゾから、後進の冒険者の短期指導という仕事を見つけた、と聞いていた。
 そのエンゾが、なぜか高級商店街にいる。

「おお、ユージさん!」

「エンゾさん、こんな所でどうしたんですか? お仕事は?」

「ああ、ちょっと休みをもらってな。へへへ、よく聞いてくれたユージさん! 見てくれよこれ!」

 そう言って腕に抱えた荷物の布を外していくエンゾ。

 現れたのは、小さな箱とベルトだった。

「エンゾさん、これ……」

「そう! 王都の職人に仕立ててもらったのよ! ワイバーンの革でな!」

 鱗の模様が美しい革のベルト。
 そして、外側に革を張られた小さな箱。

 ユージの目にもキレイだとわかるほどの出来であった。
 アリスとリーゼはキラキラした目で見つめ、ケビンは目を見張っている。

「それで、余った革を売った金と、王都で稼いだ金で……」

 革張りの小さな箱を開けるエンゾ。
 中には細かな細工が施されたネックレスが収められていた。

「こ、これは……エンゾさん、奮発しましたね。身請けの分のお金は大丈夫ですか?」

 一目見てだいたいの価値を見て取ったケビンがエンゾに問いかける。

「もっちろんよ! さすが王都、元3級ともなりゃいい仕事があるもんだなー」

 胸を張って答えるエンゾ。
 ちなみに王都の冒険者ギルド、グランドマスターその人から紹介された仕事である。
 実力もさることながら、サロモンと知己で、秘密を守りながらエルフを護衛してきたという実績あっての紹介だった。
 エンゾは稼げるカモであるようだ。いや、カモではない。見事イヴォンヌちゃんを射止めたのだ。

「うわあ、きれい……でもアリスはコレの方がいーな! ユージ兄とコタローとおそろいなの!」

 そう言って、首から提げた金属製の冒険者の証を手にするアリス。
 手を繋いだリーゼがちょっと寂しそうな表情を見せる。
 と、リーゼの頭に、ポンと傷だらけの手が置かれた。

「嬢ちゃんはちょっと待ってろ。帰ったら渡してやるからよ」

「ほんと? やったあ!」

 サロモンの言葉を理解できたのだろう。
 リーゼは飛び上がって喜んでいた。
 どうやらサロモンは、ギルドマスターという立場と領主夫妻も存在を知っていることを利用して、プルミエの街でリーゼの冒険者登録を手配していたようだ。
 サロモン不在で忙しくなる中、仕事を増やされたギルド職員は涙目だったが。

 時おり通り過ぎていく馬車を眺めながら、道ばたで会話を交わすユージたち。
 のどかな時間である。
 この時までは。



「馬車を止めろッ!」

 道端にいるユージたちにも聞こえるほどの大声で、御者に指示を出す声が聞こえてくる。
 何事かと馬車を見やるユージ。
 ユージたちの目の前を通り過ぎた先で、4頭立ての豪華な馬車が止まる。

 エルフの少女・リーゼの護衛役・サロモンとケビンが、すっと一行の先頭に立つ。
 一方で、先ほどまで浮かれた様子を見せていたエンゾは馬車以外の周囲を警戒していた。
 狼人族のドニとコタローは三人の子供の横に、ケビンの専属護衛はユージの隣に。

 言葉なく、視線を交わすことなく、自然に。
 気がつけば、ユージと三人の子供たちは頼れる男たちに守られていた。あと犬に。

「おお、おお! やはり! アメリー、儂じゃ、バスチアンじゃ!」

 馬車から降りてきたのは、初老の男。
 (えり)(そで)。色鮮やかな布をひらひらとさせて、初老の男がユージたちの方へ駆けてくる。
 ()()()()()をたなびかせて。

 ユージたちの前に立っていたケビンとサロモンが、揃って(ひざまず)く。
 貴族に敬意を示す行動である。
 そしてそれは、三人の子供たちのすぐ前で取った行動で。
 まるで、貴族と思われる初老の男をリーゼとアリス、シャルルに近づかせないためのような行動だった。

 目の前で跪くケビンとサロモンを見て、我に返ったように足を止める初老の男。
 一度は二人の男を見たものの、初老の男の視線はふたたび戻る。

「おお、おお……その赤い髪、その顔立ち……幼い頃のアメリーにそっくりじゃ……」

 跪いたケビンとサロモンの前で足を止めた初老の男は。
 涙を流していた。

 アリスを見つめて。

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