威力は.44マグナム並み! 古代ローマ軍の鉛弾

1900年前の殺人兵器、120メートル先の塁壁に向かって集中砲撃

2017.05.29
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
バーンズウォークの遺跡からは、投石器用の鉛弾のほかに、バリスタ(弩砲)用の石弾も2個見つかった。(PHOTOGRAPH BY JOHN REID)
[画像のクリックで拡大表示]

 バーンズウォークで何が起きたかを解明するため、研究チームは金属探知機の反応があった場所の分析に取りかかった。その結果、先住民の砦の南側にあった長さ460メートルの塁壁に、多数の鉛弾が集中していることがわかった。この塁壁は、ローマ軍の野営地の真上に位置していた。「これは包囲攻撃の場合に予期される分布です」とリード氏は指摘する。砦の北側の塁壁にも、やや少ない数の鉛弾が集中している箇所があった。おそらく、砦から脱出しようとする先住民を攻撃したのだろう。

 ローマ軍の投石器は非常に強力だったと考えられている。最近ドイツで行われた実験によると、ローマ軍の重さ50グラムの鉛弾を熟練者が発射した場合のストッピングパワーは、拳銃で発射された.44マグナム弾のストッピングパワーよりもわずかに小さい程度だった。別の実験からは、120メートル離れたところにある人間より小さな標的に鉛弾を命中させられただろうことも明らかになっている。「120メートルというのは、丘の南側に築かれたローマ軍の野営地から、丘の上にある先住民の砦の塁壁までの距離と同じです」とリード氏は語る。(参考記事:「ブーメランは殺人兵器だった、13世紀の骨に痕跡」

ローマ軍の心理戦

 スコットランド人を震え上がらせて抵抗する気力を削ぐために、ローマ人は、それまでにない心理戦も展開した。鉛弾を調べていたリード氏とニコルソン氏は、鉛弾の約10%に小さな穴が意図的に開けられていることに気づいた。不思議に思った研究チームはレプリカを製作し、投石器の熟練者に試してもらった。その結果、穴の開いた鉛弾は「バンシーの泣き声のような不気味な音」を立てて飛んだという。バンシーは、スコットランドの民話に出てくる女の妖精で、恐ろしい泣き声で死を予告するとされている。「先住民たちは、この世のものとは思えないような音の中で、バタバタと倒れていったのです」

 バーンズウォークの鉛弾と、年代がよくわかっているほかの遺跡から出土した鉛弾の放射年代測定結果の比較から、バーンズウォークの戦いは西暦140年頃だったことがわかった。これは、ローマ皇帝アントニヌス・ピウスの治世の初期だ。「即位したばかりの皇帝は、どこかで戦勝を上げる必要があったのでしょう」とリード氏は説明する。アントニヌス・ピウスは、バーンズウォークを見せしめにすることで、北の国境沿いで手っ取り早く戦果を上げ、手ごわい先住民を征服しようとしたのかもしれない。(参考記事:「英国最古の書字板発掘、二千年前の「日常」伝える」

 エディンバラにあるスコットランド国立博物館の考古学者フレーザー・ハンター氏は、今回の研究を「非常に興味深い、大胆な手法」だと評価し、バーンズウォークの遺跡は、ハドリアヌスの長城に関して新たな疑問を投げかけていると指摘する。すなわち、ローマ帝国は、自国を守るためにハドリアヌスの長城を建設したことで、かえってスコットランドに敵を作ってしまったのではないかということだ。ハンター氏は、「スコットランドとアフガニスタンの類似は興味深いですね」と語る。「帝国が自国の利益のために部族社会に干渉しようとすると、しばしば気づかないうちにヘマをして、厄介な問題を引き起こしてしまうのです」

【参考特集】2017年5月号特集 「スコットランド 荒れ野の未来」
「ムーア」と呼ばれる荒れ野は、英国スコットランドを象徴する景観だ。社会階級や文化、自然のあり方をめぐる論争の渦中で、その未来は混沌としている。

文=Heather Pringle/訳=三枝小夜子

  • このエントリーをはてなブックマークに追加