いつ、いかなる商品であろうとも、「売れないから売られなくなる」「売れないから手に入らなくなる」ということはあり得るのだ、ということ。
だから我々は、「なくなったら困る」という程度に好きな物には、積極的にお金を使っていかなくてはいけないのだ、ということ。
お金を使う以外にも、その商品を支える手段は多分色々とあるのだ、ということ。
勿論、今回のカールの一件が、果たして消費者層の努力で回避できたのか、というのは正直難しいところです。カールの売り上げは、ピーク時の年間190億円から、直近では60億円規模まで落ちていたそうです。130億円の売り上げ減というのは、そんじょそこらの根性論で取り返せるものではありません。消費者からすれば、そもそも売上の推移自体観測しにくい。それは勿論、そうなんです。
ただ、カールの地域限定販売停止で嘆いている人たちの数を見ていると、これ本当にもうちょっとどうにかならなかったんかな、というのは思わないでもないです。中には、「カール好きだったのになー全然買ってなかったけど」みたいなことを言う人までいて、「いや好きなら買おうよ、買って食べようよ」とはどうしても思ってしまうんです。
だって、お菓子は、食べる人が買わないと売れないのだから。在庫が溜まってコストがかさむだけで、企業はどんどんダメージを受けていくのだから。当たり前の話ですが。
確かに、個人の力はたかが知れています。一人が何千円、何万円分もカールを食べることは(短い期間では)出来ない。が、消費者は純然たる「個人の集合」であって、わけの分からない概念的な代物ではない。結局、個人が買わなければ売り上げは出来ないのです。「個人の力はたかが知れている」からといって、結局個人が買わないと何も始まらない。たかが個人、されど個人です。
そして、買うだけがその商品を応援する手段ではない。
ところでここにキャベツ太郎というお菓子があります。さくっとソース味でとても美味しく、かつ小袋でも20円で30玉程度が摂食出来るという超絶好パフォーマンスを誇っている素晴らしいおやつです。あとおなかが減った時に食べると空腹を癒すことが出来る。素敵。日本人は、いや地球人類はもっとキャベツ太郎を食べるといい。
私は勿論、個人的にキャベツ太郎を愛好しており、しょっちゅうキャベツ太郎を大人買いしては摂取しています。
そして、恐らく日本全土でもトップ100くらいには入るであろうというくらい普段からキャベツ太郎について話したり、ツイートしたり、ブログ記事を書いたり、欠かさずキャベツ太郎に関するツイートをふぁぼっています。
私はこの活動をキャベツ太郎botとしての業務と定義しており、普段からキャベツ太郎botを名乗っています。特に「Twitterでキャベツ太郎ツイートをふぁぼった数ランキング」を作ったら銀河系全てを見回してもトップ3からは落ちないでしょう。この点には自信があります。
たかがふぁぼ、と思いますか?私は、されどふぁぼ、だと思います。
お菓子は、特に大人になってしまうと、そこまで日常的なものではありません。むしろ、段々と手にとる頻度が落ちていってしまうものです。駄菓子なんか特にそうです。
だから、ふとコンビニなりスーパーなりでキャベツ太郎を見かけた時、「あ、そういえばこれ美味いって言ってたヤツがいたな」と思い出してもらう効果、というのは決して小さなものではないと思うのです。そういうことが積み重なって、波及して、バカにならない売上にならないとも限らない。
実際に効果があるない以上に、私は「この商品が無くなる前に、もっと頑張っておけば良かった!!」と思いたくないのです。出来ることがもっとあったかも知れない、と思いたくない。だから出来ることをやっている。それだけの話なのです。
私はいつも、キャベツ太郎ツイートをしたり、キャベツ太郎ツイートをふぁぼる時、「私利私欲の為にやっています」と言っています。これは偽悪でも露悪でもなんでもなく額面通りの事実でして、みなさんが「美味しい!」と思うかどうかには全く関係なく、1円でもキャベツ太郎の売り上げにつながるなら何でもやる、と思っているからやっていることなのです。
あと本当に会社の直下のファミリーマートはいい加減キャベツ太郎を入荷して欲しい。アンケート30枚くらい「キャベツ太郎を入荷するべき」と投書したくらいでアンケート箱を撤去しないで欲しい。
いつか、儚くもキャベツ太郎が販売停止になる、ということもあるかも知れない。そうなったらあとはもう自作するしかねえな、と思ってはいるのですが、それでも、そんな未来が来ないように、少しでも先になるように、私は私に出来ることをやっていくつもりです。
そして、これは多分、お菓子の話に限らない。ゲームでも、漫画でも、音楽でも、その他あらゆることについて、「好きなものが無くなる前に、出来ることをやる」というのが消費者のあるべき態度なのだ、と私は考えています。だから私は、好きな漫画や好きなゲームは、買うだけではなく、読んだ人が買いたくなるような情報を発信したいと思い、そうやっています。
好きなものにお金を使いましょう。好きなものの話をしましょう。好きなものの為に。自分の為に。
私は、そうするべきだ、と思います。
今日書きたいことはそれくらいです。