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 高血圧は脳血管障害や心疾患の原因になります。明らかに血圧が高い場合は降圧薬を使いますが、薬を飲むほどではないけどちょっと血圧が高めぐらいなら血圧が下がることを期待してサプリメントを使う人もいます。

 あなたがサプリメントを販売する会社の社長だったとしましょう。サプリメントが血圧を下げることを証明できれば売上が良くなります。研究を行う目的は、本来は「このサプリメントは本当に血圧を下げるのかどうか」を知ることであるべきです。しかし、ここでは、「本当に効果があるかどうかはともかくとして見せかけだけでもよいからサプリメントが血圧を下げると示すこと」を目的にします。社長、どのような研究デザインを採用しましょうか?

 前回紹介した前後比較は良い方法です。血圧がいつもより高いタイミングで研究を開始するのがコツです。サプリメントに血圧を下げる効果がまったくなくても、研究開始後にはいつもの血圧に戻るので、サプリメントを摂取したおかげで血圧が下がるように見えます。ただ、アピタルを読んでいる読者は、「前後比較に要注意」であることを知っています。こうした読者にも気づかれにくいトリックがあります。

 社長、ここはひとつ、「ランダム化比較試験」をしましょう。偏りが生じないように、被験者をサプリメント群と対照群にランダムに分け、血圧を比較するのです。臨床試験に詳しい読者であれば、ランダム化比較試験はエビデンス(臨床的証拠)レベルが高いとみなされていることをご存じでしょう。ランダム化比較試験よりレベルの高いエビデンスは複数のランダム化試験を統合したメタ解析だけからしか得られません。

 それでは効果が証明されないかもしれないって?心配要りません。ちょっとだけ細工をします。血圧が測るたびに変動することを利用します。サプリメント群でだけ、高めの数字が出たときに「ちょっと緊張しておられますか。ちょっと気持ちを落ち着かせましょう」とでも言って、測定しなおすのです。一人一人では些細な差しかなくても、たくさんの人数を対象にすると、偶然とは言えない差が生じます。「サプリメント摂取群は対照群と比較して統計学的有意差をもって血圧が下がった」と発表しましょう。社長、このサプリメントは売れますよ。

 もちろん意図的にこんなことをすれば不正です。でも、意図的でなく、無意識にこうした偏りが生じてしまうこともあります。たとえば、コレステロール値を下げる薬が「心不全の悪化による入院」を減らすかどうかを調べる研究があったとしましょう。入院が必要かどうかは、しばしば微妙な判断になります。「入院させようかどうしようか」と主治医が迷う症例において、不正をするつもりがまったくなくても、「最近はコレステロール値が安定しているから、今回は入院させずに外来で経過を見よう」「コレステロール値が高めだし心配だ。念のために入院させよう」という主治医の気持ちが、偏りを生じさせます。

 この問題を解決するには、まず、盲検化という方法があります。サプリメントが血圧に及ぼす研究では、二重に盲検化するべきでした。つまり、被験者本人だけでなく、血圧を測る人も被験者がサプリメント群なのか対照群なのかわからないようにするのです。そうしたら、サプリメント群でだけ血圧を測りなおすというインチキはできません。また、患者さんがコレステロールを下げる薬を飲んでいるかどうかを主治医が知らなければ、入院の判断には影響を与えません。

 盲検化以外の解決法として、客観的な指標で効果を評価する方法があります。主治医の主観的な判断が影響するので、「心不全の悪化による入院」は客観的な指標ではありません。一方、「死亡」はきわめて客観的な指標です。その患者さんが死亡したかどうかは主観に影響されません。「死亡したか死亡していないか、コレステロール値が安定しているから死亡じゃないことにしよう」なんてことは絶対にありません。「心不全による死亡」だと、ちょっとだけ主観が入ります。患者さんが心不全と肺炎を合併して死亡した場合に、「心不全による死亡」なのか「肺炎による死亡」なのか迷うことはありえます。しかし、「心不全の悪化による入院」よりずっと客観的な指標です。

 研究の目的によっては二重盲検化が難しい場合があります。コレステロール値を下げる薬の効果を調べる研究では採血してコレステロール値を測れば、患者さんがコレステロールを下げる薬を飲んでいるかどうか主治医はおおよそわかってしまいます。そういう研究では、効果を判定する指標をより客観的なものにしなければなりません。つまり、「心不全による入院」ではなく、「全死亡」「心不全による死亡」で評価するのです。

 逆に言えば、盲検化していないのに主観的な指標で効果を判定している研究は、たとえランダム化比較試験であっても、何らかの偏りが入っている可能性を念頭において結果を解釈しなければなりません。エビデンスレベルが高いからと簡単に信用してはいけません。これはもう、患者さんの仕事ではなく、医師の仕事になります。

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/

(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。

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