挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 作者:坂東太郎

閑話集 9

211/519

閑話 ある掲示板住人のお話 五人目

ちょっとだけグロ注意です。
特に虫が苦手な方はご注意ください。
生々しい描写は避けたつもりですが…
 特に何か理由があった訳ではない。
 強いていえば、男の両親は転勤族であり、小学校高学年まで田舎で生活することが多かったせいか。
 あるいはその後の都会暮らしで、田舎ならではの食生活をバカにされたせいか。
 もしかしたら、田舎でのびのびと育ったため、都会が性に合わなくなっていたのか。

 男は、こじらせていた。

 都内のそこそこな大学を卒業して就職すると、男は一つの目標のために全力を注ぐ。

 アーリーリタイアして田舎暮らし。

 節約生活でお金を貯め、連休があればどこに移住するか下見に行く。
 そんな生活を10年も続けると、ついに目標となるエリアを見つける。
 奇しくもそこは、男が幼少の頃に住んでいたエリアであった。
 そして都会へ引っ越した後に、現地ならではの食べ物をバカにされた場所でもある。

 働くこと13年。
 ついに目標金額に達した男はその地へ移住する。

 長野県、南信地方。
 男が選んだのは、八ヶ岳に連なる山々と南アルプスに囲まれた街、諏訪市であった。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「よしっ、お年取りの準備は終わり! そろそろ来るかなー」

 近所の農家からもらったそば粉をうってそばを作り、冷凍庫に保管していたシカ肉を準備した男。年越しのメニューの一つ、もみじせいろである。
 冷蔵庫にはお年取り魚としてブリも用意されている。

 大晦日にはご馳走を食べ、除夜の鐘を聞いてからそばを食べる。
 近隣の住人から教わった年越し行事は、いつしか男の習慣となっていた。

 移住当初こそ反対されたものの、いまでは男の両親も、正月は男が購入した古民家で過ごすことが当たり前になっている。

 35才で諏訪市の郊外に移住してから、はや6年。
 自給自足を目指して悪戦苦闘する男を、近隣の爺婆は面白がって応援していた。ご近所さんからはしっかりかわいがられている。いい意味で。

 この男、コミュ力はそこそこあるようだ。
 農作業、保存食作り、山での採取、狩猟、すがり追い。
 いまだ自給自足には遠いものの、男は田舎暮らしを楽しんでいた。人によっては恐怖の代名詞となる、消防団活動も。

 柳沢秀雄、42才。
 ちなみに独身である。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 春。
 男はパソコンを立ち上げていた。
 採取シーズンを前に調べ物と、自給自足を目指す同好者が集まるスレをチェックするためだ。
 ちなみに男が買った古民家は電気も水道も通じている。どうやらそこまでこじらせてはいないようだ。
 あくまで自給自足を目指しているだけで、シェルターを作って引きこもる終末論者ではないのだ。
 まあガスはプロパンで、トイレは汲取式だったが。

「うん? なんか変なスレが引っかかったな」

 山菜、茸、そしてドングリ。
 春に採れる物を調べていたはずが、勢い余って春夏秋冬それぞれ採れる物を調べていた男。
 ドングリについて検索していた男は、あるスレを見つける。

 その日、男が見つけたのは『【引きニート】10年ぶりに外出したら自宅ごと異世界に来たっぽい【脱却?】』というスレだった。

「いろいろ言いたいことはあるが……とりあえず。ドングリは煎って殻むいて薄皮むいて実を粉にしたらいろいろ使える。実をローストしてから粉にしたらコーヒーっぽいぞ、っと」

 カタカタとキーボードに打ち込む男。
 ちなみに近所の婆ちゃんに教わって、男は愛飲している。
 こじらせすぎだ。コーヒーを買え。

「それにしても異世界とはな……。異世界で自給自足か、チャレンジしてみたいが……」

 ブツブツと呟く男。
 ズレまくっている。

 だが、自給自足を目指して生活する男の興味を引いたのだろう。
 それからというもの、男はたびたび掲示板を覗くことになる。
 男の知識はユージの役に立つことが多かった。

 クールなニートや物知りなニートに続いて、初期のユージに役立つ知識を教えまくった男。
 柳沢秀雄、42才。
 コテハン・ドングリ博士である。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 それからというもの、時おり男はこのスレを覗いていた。

 ユージが初めてゴブリンと戦った時はハラハラし、幼女を保護した時は誘拐犯呼ばわりし。ユージがアリスから街の情報を聞いた時は喜び。ユージや掲示板の住人たちと喜怒哀楽をともにしていた。
 ちなみに街の情報を聞いた際、俺だって毎日ドングリ生活は無理だしな! とのたまっている。男が目指す自給自足はぬるいものであるようだ。

 だが。
 男がユージに採取と開墾を勧め、自給自足という考えを提示したのも事実。行商人・ケビンの信頼度がわからないため、いなくなっても困らないように自給自足を勧めたのだ。
 もし男がいなければ、ユージは食料調達の目処が立たず、早々に街に侵入するべく試みていたかもしれない。

 こじらせすぎた男の思考と知識はムダではなかったようだ。

 そういえばこの男、保存食は生き生きと提案していた。干し野菜シリーズや薫製を勧めたのもこの男である。
 存在感は薄いが、何気に活躍している男であった。

 もしユージではなく男が異世界に行っていたら、家と周辺の森で自給自足のぼっち生活を完成させていたかもしれない。危ない所である。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「よし! おお、思ったよりも立派な巣ですねー」

「秀雄さんもだいぶ慣れてきたのう」

「いやあ、爺さんの教えがいいからですよ!」

 長野県諏訪市の山中にのんきな会話が響く。
 男はずっとパソコンにかじりつき、掲示板をチェックしているわけではない。自給自足を目指す男にとって、ヒマな日などないのだ。

 今日は近所に住む名人の爺さんに連れられて野山を駆けまわっていた。
 夏の風物詩、すがり追いである。
 この地で言う「すがり」、一般的な名前はジバチ。そのジバチを追って巣を見つけ、煙で燻して地中から巣を掘り出す。
 持ち帰って家の近くの地面を掘り、巣とハチを入れる。
 10月末頃に収穫し、調理するのだ。
 もちろん養蜂せずにそのまま調理してもいいのだが。

 ゲテモノ食いではない。貴重なタンパク源なのだ。あと美味しい。
 見た目さえ気にしなければ。

 男にとっては、幼い頃に慣れ親しんだ味である。
 もっとも、ハチの子を食べていたと言ったせいで、都会でバカにされたのだが。美味しいのに。

 ともあれ、男はすっかり地元に馴染んでいるようだ。
 だが、そのせいでキャンプオフを阿鼻叫喚に叩き込んだ虫料理は生まれたのである。
 ちなみにキャンプオフでは、かの有名な「ざざむし」は提供されなかった。あれは長野でもごく一部の食べ物なのである。幸いなるかな。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 秋、男は同行者たちと連携して山に分け入る。
 その手には、散弾銃があった。

 田舎暮らし、自給自足。
 こじらせていた男は、諏訪市に移住してから狩猟免許を取得していたのだ。
 まだ5年目のためライフル所持は許可されていない。
 それでも。
 42才の若者の参加に、地元の猟友会は大喜びであった。高齢化が進む猟友会にとって、42才は期待の若手なのだ。

 ニホンジカ、イノシシ。
 農業被害を防ぐため、いや、肉を確保するために狩りをする男。
 狩った後は、猟友会の大先輩による解体指南である。
 狩猟を始めた当初こそ気持ち悪くなっていたものの、いまでは難なく解体作業をこなしていた。
 解体☆幼女アリスちゃんがいなければ、ユージにイノシシの解体を教えることになったことだろう。
 異世界に放り出されたユージにとって、実に役に立つ男であった。

 ユージにとってだけではない。
 ライフル所得が可能になるまであと6年。
 いまでは男は地元の猟友会期待のホープである。42才だが。高齢化は深刻なのだ。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 男がユージの掲示板を知ってから2年弱。
 3月。
 男にとって、転機となるスレが立った。

『【本スレ】ユージ関連スレ共通オフ開催part1【検証スレ共通】』

 ユージの妹・サクラの友達の恵美が立てたスレである。
 オフ会の場所は宇都宮。
 車で行くなら上信越自動車道から関越を経由して、北関東自動車道で4時間弱。
 電車ならば、大回りになるが長野まで出て北陸新幹線に乗り、大宮で東北新幹線。もしくは中央線で東京駅まで出て、東北新幹線。いずれも4時間を越える長旅である。
 長旅ではあるが、距離的には恵まれている方だ。

「宇都宮か……うーん、どうするかなあ」

 男は悩んでいた。
 自給自足を目指す男にとって、春は忙しいシーズンなのだ。
 肉、野菜、保存食、調味料、嗜好品。ようやくある程度見えてきた男にとって、異世界行きを希望するのかという問題もある。

「……まあ、行ってみるか!」

 異世界で自給自足にチャレンジできるかも、といういまだ誰もやったことがない挑戦に惹かれたようだ。
 42才の独身は気楽なものである。
 ちなみに、近所の爺婆からは見合いを勧められまくっている。逃げ切れずに捕まる日も近い。

 行くと決まれば、といそいそと荷作りをはじめる男。気が早い。
 だがその大きなケースはなんなのか。なぜ利用予定の鉄道各社に問い合わせを入れているのか。なぜ銃砲所持許可証や銃の登録証をリュックに入れているのか。
 目的があいまいな運搬は絶対に真似してはいけない。

 ともあれ。
 男は、第一回キャンプオフに参加するのだった。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「ああ、楽しかった! でもやっぱり我が家が一番だなー。来年はどうするか……」

 キャンプオフから自宅に帰ってきた男。
 さっそく大きなケースから銃を取り出し、自宅のガンロッカーにしまう。安全第一である。

「BBQもいいんだけど、せっかくならサバイバルな感じも出したいよなー。ユージ並とは言わなくても……そうか!」

 参加したものの、存在感は薄かった第一回キャンプオフ。
 この時の思いつきにより、第二回以降のキャンプオフでは、男は圧倒的な存在感を放つことになるのだった。

 異世界に行っても困らないよう、布教活動をはじめたのだ。

 一つは意外に好評だったドングリの食べ方講座。

 そしてもう一つ。
 どこにでもいて、高タンパクな食べ物。
 虫食のススメ、である。

「やっぱり最初は王道のイナゴの佃煮とハチの子の甘露煮かな!」

 王道ではない。いや、たしかに虫食の中では王道だが。それ以前の問題である。まあバーガーと言い張って食べるベアグリ○スと比べたらまだマシだが。
 そもそも虫食は自給自足と関係ない。別物である。

 男は、気がつかぬ間にすっかり南信地方に馴染んでいたようだ。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 コテハン、ドングリ博士。

 普通の学生時代を送り、会社員として働いていた男。
 アーリーリタイアして田舎に移住し、近隣の爺婆に教えられながら自給自足を目指す。
 一回目のキャンプオフに参加。
 普通のBBQ&キャンプだったという反省から、二回目以降はドングリの食べ方講座と虫食のススメを開講する。
 以降、男が取り仕切る二つの講座はキャンプオフ新規参加者への洗礼に。中にはチャレンジする物好きもいたという。

 ユージが異世界に行ったことをきっかけに、こじらせていた自給自足の観点をはき違えはじめた男。
 ある掲示板住人の、ちょっとした物語であった。
ということで、今年最後の更新でした!
…ちょっとだけ大晦日要素もありましたね!
そろそろ土地勘がある場所がなくなってきました…

次話、明日元旦の18時更新予定です!

PV、ブクマ、評価、感想、レビュー、メッセージありがとうございました!
みなさまの応援を励みに、毎日更新でここまでくることができました。
このまま毎日更新で終わりまで走り続けたいと思います!
拙作をお読みいただきありがとうございました!
それではみなさま、良いお年を!

※第一回キャンプオフで名前が出ていませんが、参加していたということで。
 いつかやる気のifルートのためでもあります。
 ということで、狩猟免許をお持ちの方は、
 狩猟や射撃練習などの目的がない時の銃の運搬は真似しないでくださいね!
 調べた限り、弾数さえ注意すれば法的には問題ないのかもしれませんが…
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ