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10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた 作者:坂東太郎

『第十二章 エルフ護送隊長ユージは王都に向けて旅をする』

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第十一話 ユージ、目覚めたアリスの兄から家族のことを聞く

「前方異常なしだ。それにしてもケビンさん、上手いな」

「ありがとうございますエンゾさん。この道は幾度となく通りましたからね」

 プルミエの街から王都への旅、六日目。
 峠を下る馬車を操縦するケビンに、前方を確認してきたエンゾが告げる。

 上り坂は馬にがんばらせればいい。だが、自動車ではないのだ。下りは御者の腕の見せ所。ブレーキを使ってスピードを殺し、馬を思い通りに進ませる繊細な技術が必要なのだ。マニュアル車の坂道発進など比べ物にならないほど難易度が高い。

 ケビンが慎重に進める馬車の中は静かだった。
 横たわっているのは、盗賊から助け出された狼人族のドニとアリスの兄・シャルル。
 その二人を見守るようにアリス、リーゼ、針子のユルシェルが狭いスペースで密着している。
 アリスは二人を起こさないよう、手で口を押さえていた。自然に起きるのを待った方がいいというケビンの言葉を聞いて、我慢して静かにしているのだ。できた少女である。

 馬車に先行して馬を進めるのはケビンの専属護衛の二人。後方を守るのはプルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモン。
 馬車に二人を乗せたため、ユージは御者席に。コタローは眠る二人が気になるようだったが、いまは索敵役として一行を先導している。

 旅の六日目。
 二人の同行者が増えたものの、大きな変化はなく順調に道程を消化していくのだった。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「おおおおおおお! あれが王都ですか!」

「すごーい! ユージ兄、キレイだね!」

『なんて大きい街なのかしら!』

 旅の六日目、その昼休憩。
 峠に設けられた広場は、見晴らしのいい場所だった。

「ええユージさん、あれが王都です」

 感嘆してカメラを構えるユージにケビンが告げる。
 昼休憩のために立ち寄った広場は、旅の目的地、王都を眺められる場所だったのだ。

「……ああ、たしかに王都の横に川が見えますね!」

「そうです。山地をぐるっとまわり、湿地を抜けてきたのがあの川です。プルミエの街から水路で行くと、ヤギリニヨンを通ってその先は王都に繋がるわけです。湿地を抜けられれば、ですが」

「はあ、なるほどー」

 ユージの目は王都を捉えたまま。
 せっかくケビンが説明しているが、聞き流しているようだ。ユージの足下のコタローも、ポカンと口を開けている。どうやらこちらも見入っているようだ。

 ユージたちがいる峠は、南北に走る山々の南端に近い。
 峠から見下ろす西に広がるのは平野。
 平野には、東から西へ川が流れている。プルミエの街がある辺境から西に流れ、山の手前で南へ。山の南端をぐるっとまわって湿地帯を越え、ふたたび西へと流れを変えた川だ。
 そして、川に接するように都市の姿が見えるのだった。

 この世界に来てから五年目、ユージが初めてみた異世界基準の大都市。
 王都は同心円状に何重もの石壁で囲まれていた。
 中央にはひときわ高い建物が見える。
 たぶんあれがお城なんだろう、とあたりをつけるユージ。
 山地を迂回してきた川は、王都のすぐ横を通ってそのまま平野へと抜けていた。

「それにしても……ずいぶん外壁が分厚いですね」

「この国ができてから、王族のうち最も土魔法を使いこなせる者が王位についています。民を守るのが王の責務である、と考えておられるようですよ」

「はあ、なるほど。街中にも壁があるのは、戦争のためとかですか?」

「ああ、あれは街の規模が拡大するたびに一番外の壁を造るからですね。以前の壁は残しておくのでこうなったそうです。いちおう兵士が詰めていますが、一度街中に入れれば検査はそれほど厳しくないですよ」

 王都の情報をユージに語るケビン。
 ユージのやや後ろでは、針子のユルシェルもふんふんと頷いている。
 そして。

『そっか、もうすぐ王都なのね……』

 ユージの同時通訳を聞いて、王都を目にしたリーゼが複雑な表情を浮かべるのだった。
 旅の終わりは近い。
 エルフの少女・リーゼの『大冒険』の終わりも。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


「ああっ! おはよー、シャルル兄!」

 昼休憩を終え、出発の準備をする一行にアリスのはしゃいだ声が届く。
 どうやらアリスの兄・シャルルが目を覚ましたようだ。

「おはようアリス。……え? アリス? あれ? ここは?」

 か細いが、しっかりした声。
 馬車に煮炊きに使った荷物を積んでいたユージが慌ててアリスとシャルルの下へ向かう。
 到着と同時に腰につけた水袋を突き出すユージ。焦りすぎである。

「シャルルくん! 目が覚めたんだね!」

「え? あの、どなたですか?」

「ユージさん、落ち着いてください。シャルルくん、私はケビンです。何度も行商に行ってたんですが、覚えてますか?」

「行商人のおじさん? アリスがお世話になってた……」

「ええそうです。村に行った時はアリスちゃんに手伝ってもらってましたね。シャルルくん、落ち着いて聞いてください。……どこまで覚えていますか?」

 シャルルが警戒しないように気を遣っているのだろう。微笑みを浮かべたケビン。目を見つめて静かにシャルルに問いかける。

 ケビンの言葉を聞いたシャルルは、しばらく目を閉じていた。
 やがて、閉じた目から涙がこぼれる。

「……覚えています。あの時のことも、ぼんやりとですけど、それからのことも」

「そうですか……シャルルくん、まずドニさんは生きています。まだ目覚めませんが、どうやら命は取り留めたようです」

「ドニ。よかった」

「私たちは峠を下りて宿場町へ向かう予定です。まずは出発しましょう。話は馬車の中で」

 そう言ってシャルルを馬車へ案内するケビン。
 すでにシャルルの腕にはアリスがしがみついている。

 旅の六日目。
 一行は昼休憩を終えて宿場町を目指すのだった。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □


 峠道を進む馬車の中。
 アリスは目覚めたシャルルにしがみついている。
 リーゼは微笑みを浮かべ、その様子を見守っていた。嫉妬はしていないようだ。慈しみ深い少女である。その腕にはコタローを抱えていたが。

「ドニ。ありがとう。起きたらちゃんとお礼を言うからね」

 小さな声でシャルルが告げる。その手は狼人族のドニの毛並みを撫でていた。ケモナーではない。感謝の表れである。

「シャルル兄……あのね、アリスね、わかってるの。でもね……お父さんと、お母さんと、バジル兄のこと、教えてほしいの」

「アリス……。アリスは偉いね」

 そう言ってシャルルはアリスの頭を撫でる。
 ちなみにユージは今も御者席に座っている。カーテンを開けているため、荷台の会話は聞こえているが。

「アリス、助かったのは、ボクだけだ」

 そう言ってぎゅっとアリスを抱きしめるシャルル。その目からは涙がこぼれていた。

「お、お父さん、お母さん、バジル兄……」

 シャルルにしがみついて泣き出すアリス。

 リーゼの手から逃げ出したコタローがそっと二人に体をこすりつける。どうやら慰めているつもりらしい。
 御者席にいるユージの同時通訳を聞き、きゅっと拳を握ったリーゼ。後ろからユルシェルに抱きしめられる。

 泣き疲れたのか、あるいは過酷な生活を続けた体力が回復していないのか。あるいは、ドニが心が壊れたと表現した状態からの復活がまだ落ち着いていないのか。
 シャルルはふたたび眠りにつく。
 アリスも、リーゼも、コタローも、ユルシェルも。眠る二人を静かに見守っていた。

 旅の六日目。
 一行は、無事に峠を下りて最後の宿場町に到着するのだった。
 馬の蹄と車輪の音だけを響かせて。


※過去話も含め、アリスの兄への呼称を「バジルお兄ちゃん」から「バジル兄」に変更しました。
 初出が第二章五話だったので触りたくなかったのですが、
 やはり違和感がありましたので……
 ご容赦ください。
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