【動画】故・村山聖九段の生き様が、棋士たちの心に刻まれている=戸田拓、瀬戸口翼撮影
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 この秋に公開される映画「聖(さとし)の青春」は将棋の名人をめざし、志半ばにして病でたおれた故・村山聖九段の物語だ。村山さんが生きた29年の間に出会い、戦い、支え合った棋士たちとの交流を描いたノンフィクションが原作となっている。村山さんが出場を夢見た名人戦。故郷・広島も対局の舞台となった今年のシリーズには原作にも登場した、ゆかりの深い棋士たちの姿があった。

 村山さんが亡くなってから今年で18年。師匠の森信雄七段(64)は「ますます存在の大きさを感じる」と話す。森さんは弟子だった村山さんのパンツを洗濯したり、髪を洗ってあげたりと将棋の師弟という枠には収まらない濃密な関係を築いていた。将棋にかける思いの強さゆえにライバルに対して闘志むき出しの発言をしたり、仲間を殴ったりしたこともあった。それでも森さんの抱く「村山聖像」は「静」だという。

 「重い病気と闘いながらただ一人部屋にこもる。静けさのなか、水滴が落ちる音だけにじっと耳をすます。この姿こそが僕の中での村山君なんです」。森さんは「そこでじっとためた力が時に将棋の厳しい手となって現れたんでしょう」と続ける。主演の松山ケンイチさんには村山聖を演じるときには肝となるのは「静」なのだと伝えたという。

 羽生善治名人(45)は今、村山さんの故郷・広島で名人位をかけて戦う。村山さんにとって同世代のライバルでもあり、一目置く存在でもあった。2人の対戦成績は村山さんの6勝7敗。20代の羽生さんに互角の成績を残した数少ない棋士が村山さんだった。「将棋への情熱を持ち続けたまま棋士人生を全うした人だった」と羽生名人。そんな生き様が映画を通じて多くの人に伝わってほしいと願う。

 名人戦第3局の副立会人を務めた木村一基八段(42)。村山さんが最後に公式戦で対戦した相手だった。木村さんはその時の様子を今もはっきり思い出す。「体調の悪さは感じなかった。むしろ威圧感を受けた」。将棋は村山さんの完勝だった。名人になる――その思いが誰よりも強かったのも村山さんだったという。

 谷川浩司九段(54)は日本将棋連盟の会長として第3局の会場に姿を見せた。「谷川を倒す」。村山さんは幼い頃からこう繰り返していたという。「光速流」と呼ばれる圧倒的な終盤力で一時代を築いた谷川さん。「村山さんの終盤はどんな手が飛んでくるのかわからない怖さがあったけど、楽しめた」と振り返る。

 第4局の立会人を務めた井上慶太九段(52)。村山さんが亡くなった1カ月後の追悼式では、スピーチしながら涙に暮れた。順位戦C級1組への昇級がかかった大一番で村山さんに敗れた将棋が忘れられない。「将棋に対する姿勢の違いで負けた」。勝負事には技術だけではなく、どれだけ強い思いを込められるかも大切だ……。「それが分かったことで(最高段位の)『九段』にまで昇ることができた」と思っている。

 久保利明九段(40)も第4局の副立会人。奨励会のころ、すでにプロになっていた村山さんから声をかけられ将棋を教わった。圧倒的な実力差があり、村山さんが当時の久保さんと対戦する意味はなかったはず――それなのに、数えきれないほどの回数、教えてくれた。村山さんの後輩を思いやる優しさは、今も関西将棋会館で受け継がれている。「僕の将棋の一部は『村山将棋』でできている」。

 村山さんと同じ広島出身の糸谷哲郎八段(27)。故郷で行われている第4局の副立会人だ。村山さんとは幼いころに通った将棋道場も、師匠も同じ森信雄七段だ。「子どものころに指導してもらった。病気のことはわからなかったけど、村山さんの強さに憧れた」。糸谷さんは2014年に竜王を獲得。森門下で初のタイトルホルダーになった。

 森さんは言う。「主演の松山さんは『村山聖という人間に興味を持ち、好きになって、全身全霊で演技をします』と言ってくれた。映画が楽しみです」(浦野直樹)