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2017-05-26

[][]「成人向け同人小説」を研究対象にする場合の問題について

 id:lisagasuさんからブクマコメ*1でコールをいただいていたので、「成人向け同人小説」を研究対象にする場合の問題について、簡単に私の意見を述べる。これは、人工知能学会に掲載された論文において、「成人向け同人小説」を作者に無断で分析対象にし、その固定URLを伏字なしに掲載した件について言及している。(この論文立命館大学の管理するウェブサイトに公開され、誰もが簡単にアクセスにできる状態にしてあった。立命館大学側が事態に気づき、非公開に切り替えた。)

 私がこの件が問題であると考えるのは以下の4点である。

(1)研究テーマが表現の「有害性」についてものであったこと

(2)研究対象が「成人向け同人小説」であったこと

(3)研究の方法・内容に不備があったこと

(4)論文を非公開にする判断を下したのは「学会」ではなく「大学」であったこと

(1)研究テーマが表現の「有害性」についてものであったこと

 まず大きな問題としては 研究テーマが表現の「有害性」であったことにある。どのような表現が「有害」であるのかないのかについては、議論が継続中であり、非常に扱いの難しい領域だと言える。しかしながら、この論文研究者は(おそらく法や条例の規制を念頭に置くことで)「有害であること」の基準についての自己定義を明確にしていなかった。そのため、ある作品を「有害だと評価すること」の妥当性と政治性についての検討が足りていなかった可能性がある。この件については論文が非公開になった以上、詳しく論じることはできないが、研究者が十分に配慮すべき点ではあると思う。

(2)研究対象が「成人向け同人小説」であったこと

 次の問題は、この研究が分析対象に選んだのが「成人向け同人小説」であったことである。同人小説は、商業小説とは異なり、個人が趣味の範囲内で執筆を行なっている。その頒布規模に関わらず、あくまでも個人の独立した創作活動であることが重要である。仮に、商業小説であれば、出版社などの関係者が、作品の執筆者とともに作品制作に関わることになる。同人小説の作者は、商業小説の作者よりも「弱い立場」にあると考えることができるだろう。こうした同人小説を、商業小説ではなく選んだという点については、恣意性があったと言える。その対象の選定の妥当性には疑問がある。

 また、同人小説の多くは二次創作であり、いわゆる「女性向け(男性同士の性愛描写を含む)作品」は、原作者またはその原作のファンに損害・不利益を与えないように配慮しながら、執筆活動を行なっている。できる限り、同好の者以外の目には触れないように努めるという文化がある。今回の論文で取り上げられた、小説の投稿サイトでも、作品ごとに細かくタグ付けがされている。これは作者は同好者だけが読むことができるように念入りに配慮をすることになっているということである。その配慮の是非や妥当性はここでは問わないが、いわゆる市場で流通する表現物とは異なるルールで創作活動が行われることは、この件では重要な点である。

 この論文では、研究者は「成人向け同人小説」の作者が行なっている創作活動の実態に、どれだけ関心を持ち、情報収集を行なった上で、研究を行ったのかについては疑問がある。「人」を対象にした研究は、常に「そこで暮らしている人々」の生活を破壊する恐れがある。そのため、研究者は調査倫理として、研究する相手についての入念な調査と準備をしなければならない。これは、この論文が研究倫理の上で問われる点であると思われる。

(3)研究の方法・内容に不備があったこと

 論文が非公開になっているため、詳しくは検討できない。また、私は人工知能についての研究の手法についての知識はないため、妥当性はわからない。しかしながら、web上では、「サンプルが10件であったこと」「サンプルの選定基準が明らかでないこと」などについて批判がある。この問題については、論文報告を認めた人工知能学会によって、妥当性が検討されるべきだろう。

(4)論文を非公開にする判断を下したのは「学会」ではなく「大学」であったこと

 最後に、他の3点とは異なる問題がある。それは、論文を非公開にする判断を「学会」に先じて「大学」が行ったことである。いうまでもなく、これは大学による研究者に対する「表現の自由」の抑制にあたる。ここまで書いてきた3点の問題があるため、私はこの論文は十分に非公開の判断を下す理由があると考えるが、その判断を下すのは誰であるのかは、十分に注意をしなければならない。

 研究者当人が、自己判断によって論文の非公開を希望する場合は大きな問題はないだろう。(その研究者の意思が、政治状況や権力関係によるものであることもあるが、その点はここでは問わない)次に、学会側が学術的な不備があることを認めて、非公開の措置をとることもあり得るだろう。学会は、学会員の研究の質の保障をする役割も担っているからだ。だが、大学側が非公開にする場合は、その判断の妥当性がどこから来るのかを明確にしなければならない。たとえば、研究倫理違反であるならば、研究倫理を管轄する大学の機関が判断を下すことになる。しかしながら、現時点ではそのような機関による判断であることは発表されていない。大学が妥当な理由なく、研究者論文の公開を差し止めることについては、「表現の自由」の観点から問題があるだろう。

 このことを問題視する理由には、今回とは逆の理由によって大学による論文の非公開の措置があり得るからだ。すなわち、「成人向け同人小説」を肯定的に書く論文が、それらの表現を認めない者から差し止めの請求があった時、大学の独断で非公開になる可能性があるということだ。この件では、大学側の「迅速な対応」は「実質的」には肯定的に評価されるだろうが、「表現の自由」を守る点からは慎重に見るべきである。

 以上の4点が私の今回、問題だと思う点である。

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