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生徒会!? の日々 作者:夜神

1学期

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第39話 ~2学期直前の出会い~

 夏祭りから数日。俺の中の不安は消えたわけではないが、ネガティブなことばかり考えても仕方がないと割り切って普段どおりの生活を送っていた。
 今日はいつもより早く起きてしまったため、暇潰しに両親の弁当を作り、両親を見送った後に朝食を作った。亜衣と由理香は朝食を食べ終わると、それぞれ用があるということで外出した。夕方まで帰らないということだったので、朝早く起きたこともあって眠気があった俺は家事を一通り終えると寝ることにしたのだった。
 2時間ほど寝た頃。窓に打ち付ける雨粒の音で目を覚ました俺は、洗濯物を干していたことを即座に思い出し、急いで外に向かった。だがシャツだけでなく下着も干していたこともあって取り込むのに時間がかかってしまい、びしょ濡れになってしまう。

「あぁくそ……」

 何で俺が家事をしたときに限って突然雨が降るんだよ。俺がびしょ濡れになるよりも、亜衣がびしょ濡れになったほうが誰だって喜ぶだろうに。
 まあそれは他人が居た場合だけか。亜衣って濡れたら俺の前でも平然と脱ぐし。さすがに下着は脱がないけど……でも部屋から下着持ってこいってパシるんだよなあいつ。家族以外に見られたら俺は変態兄貴認定されるぞ。

「まあ今は俺しかいない……」
「……え?」

 洗濯をやり直そうと浴室のドアを開けると、見知らぬ女の子が今まさに服を脱ごうとしているところだった。
 赤みがかったショートヘアーにくりッとした瞳に目が引かれがちだが、衣服が濡れて身体のラインがはっきりしているため、亜衣と同じくらい発育が進んでいることが分かる。年頃の男子は誰もがこちらにも目を引かれることだろう。

 ……って、ちょっと待て。

 ここは俺の家だよな……うん、俺が今持っている洗濯物はうちの人間のものだし、家の間取りとかも見慣れたものだから間違いなく俺の家だ。なんて考えている場合じゃない!

「わ、悪い!」

 女の子に何か言われるより早く謝りながら急いでドアを閉める。

 ど、どうしよう……

 びしょ濡れだから動き回るわけにもいかない。だけどあの子が出てきたら気まずいよな。でもきちんと謝るのが筋だろうし。
 はぁ……亜衣か由理香かは分からないけど、少なくてもどっちかの友人だよな。どうにか変態扱いだけはされないようにしないと。じゃないとあいつらが「お前の兄貴って変態なんだろ」とか言われるいじめに遭うかもしれないし。
 それにしても、あの子何も反応しないな。悲鳴とか罵倒とか来ると思って身構えてたのに……まさか突然のことに固まってしまったのか?

「お、お兄ちゃん!?」

 首だけ回して視線を声がした方に向けると、首にタオルをかけたラフな格好の由理香がいた。びしょ濡れの俺を見て内心穏やかじゃないのか、ドタドタと足音を立ててこちらに突撃してくる。

「びしょ濡れなのに何突っ立ってるの! 早く拭かないと風邪引いちゃう!」
「ちょっ!? 待て由理香!」

 由理香は制止をかける俺の言葉に耳を一切貸さず、浴室のドアを開けて俺の背中を力の限り押した。バランスを崩した俺は、持っていた洗濯物が入ったかごから手を放してしまい、前方へと倒れ始める。

「ふぉえ? ……ええぇぇぇぇぇ!?」

 濡れた洗濯物が舞い散る中、俺は気を取り直して上着を脱ごうとしていた少女を押し倒したのだった。



「すみませんでした」

 着替えを終えた俺たちは、リビングに移動した。
 そして現在、俺はわざとではないといえ服を脱ごうとしているところを覗いてしまったこと、由理香に押されたからとはいえ押し倒してしまったことに頭を下げている。
 今年の夏は、異性を押し倒したり、謝ってばかりだな……はぁ。

「楓ちゃん、お兄ちゃんを責めないで。由理香が慌てたせいで、楓ちゃんのこと忘れちゃって、それでお兄ちゃんを押しちゃったの。だから由理香が悪いの」

 由理香が俺の隣で頭を下げる。
 良い妹を持ったな……とは思えないな。元はといえば由理香のせいだし、友人に向かってあなたのこと忘れちゃいました発言を面と向かって言ったんだから。普通に考えて存在を忘れたってのは傷つく言葉だよな。

「あ、あの、えっと、由理香ちゃん頭を上げて。お兄さんも頭を上げてください。別に私怒ってませんから」
「……本当に怒ってない?」
「もちろんだよ。別に裸を見られたわけでもないし」
「押し倒された挙句、胸に顔を埋められたのに?」
「え……あ、うん。怒ってないよ……」

 由理香、お前は馬鹿か! なんで傷口を抉るというか、掘り返すようなことを言うんだよ。お前の友達顔真っ赤じゃないか。
 ……やばい。今ので俺もあの子の胸の感触を思い出してしまった。でも、あんな柔らかいのに弾力のある感触をすぐに忘れるってのはできないよな。俺だって男だし。

「お兄ちゃん……」
「え、あっ……本当にごめん!」
「あぁいえ、ほんとに怒ってませんから頭上げてください。でも……さっきのことは忘れて頂けると」
「それはもちろん」
「由理香が責任持って忘れさせるよ」

 まさか俺の妹は誠のように暴力的な手段で記憶を消すつもりか、と思った次の瞬間、俺は由理香に抱き締められていた。
 ……多少の膨らみはあるが、亜衣や楓って子と比べるとないな。1年差があるとはいえ、なんで亜衣とこれほどの差が出るのだろう。遺伝子も食生活も同じはずなのに。

「え、えっと由理香ちゃん……」
「暑苦しいからやめろ」
「そうそう……ってお兄さん!?」
「いや……多分こいつの友達だから分かってると思うんだけど、こいつアレだから」
「あ、あぁ……」

 楓という少女は、頭を鷲掴みにされても抱きつこうとしている由理香を見ながら納得したような顔を浮かべる。どうやら由理香がブラコンだということを思い出してくれたようだ。

「えっと、お兄さん何だか慣れがありますけど、由理香ちゃんっていつもこんな感じなんですか?」
「ガキのときからこんな感じだよ。えっと……楓ちゃんでいいかな?」
「え、あっ、呼び捨てで構いません。お兄さんよりも年下ですから」

 年下とはいえ、親しい間柄ではない女子を呼び捨てにするのは恥ずかしいのだが……これから顔を合わせることもあるだろうから呼び捨てにしておこう。
 四六時中お兄ちゃん大好き発言をしていそうな妹の友人と会ったのは、由理香が普段うちには呼ばないから今日が初めてだ。亜衣はともかく正直由理香は不安で仕方がないので、しっかりしていそうな彼女に由理香のことをお願いしたいし。

「むむ、楓ちゃんまさかお兄ちゃんを」
「今日会ったばかりに友人の、そのへんにいそうな平凡な兄にいきなり好意を持つわけないだろうが」
「お、お兄ちゃんはカッコいい……もん」
「お前の目は腐ってるのか?」
「あのーお兄さん、そのへんにしておかないと由理香ちゃんの顔が。それにあまり自分を蔑むようなことは言わないほうがいいです」

 この子ええ子や……こういう妹がいたらよかったのになぁ。そしたら亜衣みたいに腹を踏みつけるという乱暴な起こし方とかしないだろうし、由理香みたいに異常なほどスキンシップを求めてきたりもしないだろうし。

 ……それにしても、何で俺はこの子とどこかで会ったような気がするのだろうか?

 俺の知り合いに楓という子はいなかったことから初対面のはずだ。どういう風に呼ぶか、のやりとりがあったことからそれは間違いない。
 なのになんで? ……楓が誰かに似ているのか? 似ているとしたら誰に?
 楓の特徴といえば由理香と同い年には見えないほど発育している身体……これはなしにしよう。さっきのことを思い出しかねない。楓と忘れるって約束もしたし。
 さて気を取り直して……

「あ、あの……私の顔に何かついてますか?」
「え、あっいやごめん。君とどこかで会った……というか、誰かに似てる気がして」
「お兄ちゃん、楓ちゃんをナンパしちゃダメ!」
「別にナンパしてねぇよ! なんでお前は俺が異性と話したらそういう方向にしか考えが行かないんだ!」
「高校に入ってからお兄ちゃんは女たらしだからだよ!」
「誰が女たらしだ! あの人らは――」

 生徒会で一緒なだけだ、と言おうしたとき楓に対する疑問が晴れた。
 赤みがかった髪にくりっとした大きな瞳……生徒会にも楓と同じ特徴を持つ人がいる。しかも楓の数年後の姿と言えそうな感じの人が……。

「――楓、ちょっと聞きたいんだけど」
「お兄ちゃん、こっちの話はまだ終わってないよ!」
「あとで頭でも撫でてやるから黙ってろ」

 俺の発言に由理香はピタッと口を閉ざした。それを見た楓は「い、今ので黙っちゃうんだ……」といった顔をしている。
 実に楓は常識人だ……だからこそ楓があの人の妹であるかもしれないことが信じられない。

「気を取り直して、楓には……高校生のお姉さんがいたりするか?」
「え? あっはい、ひとりいます」
「……高校2年生?」
「はい」
「…………名前が桜だったり?」
「します」

 うん……間違いなく楓のお姉さんは、しっかり者には程遠いあの無邪気で天然の会長さんだ。なんで楓みたいな子があの会長の妹なんだ……会長があんなだからこういう風に育ったのかもしれないなぁ。

「確か由理香ちゃんのお兄さんの名前は真央さん……。お姉ちゃんがよく話す後輩の人の名前も真央さん……ああぁッ!?」

 突然楓が大声を出した。
 考え事をしていた俺は、身体を一瞬ビクつかせる。何事かと思って視線を向けると、俺を指差しながら口に手を当てている楓の姿が見えた。

「え、あっ、ご、ごめんなさい。急に大声出しちゃって」
「いや、別にいいんだけど」
「急にどうしたの楓ちゃん?」
「えっとね、お兄さんとのお話で由理香ちゃんのお兄さんが、お姉ちゃんがいつも話してる人だって分かったからつい……」
「楓ちゃんのお姉ちゃん?」
「うちの会長だ会長」

 首を傾げる由理香にさらっと伝える。徐々に会長が誰なのか思い出したのか顔が引き攣っていき、俺の腕を両腕を絡める形でがっちりと拘束した。

「お、お兄ちゃんはあげないよ!」
「うん、とりあえず落ち着こうか。会長が俺の話をしているって言っただけで、別に会長が俺を好きだなんて一言も言ってないよな?」
「……確かに言ってはないけど」

 由理香は、楓ちゃんのお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好きでしょ? のような意味が込められた視線を楓に送る。
 楓はにっこりと微笑みながら返事を返す。

「うん、お姉ちゃんはお兄さんのこと好きだと思うよ」
「ほら!」
「ほら、じゃない。あの人は一部の精神年齢が小学1、2年で止まってる。証拠としては誰にでも笑顔で話しかけたり、甘えたり、他人がしてるのを見ると自分もしたくなったり……とかそのへんだ。つまり、あの人の好きってのはlikeなんだよ」
「それは違います!」

 な……なんだって!?

「お姉ちゃんの精神年齢は小学4年生くらいです。確かに誰にでも話しかけたり、スキンシップを取ったりします。だけど相手の優先順位をきちんとつけてます」
「……そこの否定なんだ」
「大事なところですから。お姉ちゃんも変わってきてますし」
「変わってきてる?」
「はい。去年までは千夏さんとか奈々さんとかの話ばかりでしたけど、今年になってからお兄さんという異性の話をするようになりました」
「……それって単純に生徒会の話をしてるときに出てきてるだけじゃないのか?」
「ええまあ。なのでこれといって気にしてませんでした……短冊の件は驚きましたけど」

 うん、気持ちすっごく分かるよ。高校生にもなって短冊に願い事してる人なんてそうそういないし、あそこまで精神が子供のままの人もいないから。異性と仲良くなりたい、みたいなこと書いたら驚くに決まってる。

「でも多分千夏さんあたりが何か吹き込んだ気がしますので、温かく見守ることだけにしておきました」
「(君はやってることが妹じゃなくて、年の離れた妹のいるお姉さんだね)」
「話の続きですけど、生徒会のみなさんが海に行った後くらいからお姉ちゃんに変化が現れたんです」
「泳げるようになったから何度もプールに行くようになったとか?」
「確かに行ってましたね。お姉ちゃん毎日のようにお兄さんのおかげで泳げるようになったって言ってたんですよ。お姉ちゃん嬉しそうに笑ってたなぁ……あっ、すみません話が逸れました」

 楓はシスコンの気があるな。まあ由理香のような悪い方向のものではないようだけど。
 話を逸らせたが戻るのが早いなこの子。正直由理香の前で、俺と会長がメインの話をあまりしてほしくない。イチャイチャしたという話でなくても由理香の機嫌が悪くなるから。

「お姉ちゃん、海に行った日くらいから女の子になったんです」
「君のお姉さんはずっと女の子だったと思うよ」
「すみません、興奮のあまり略してしまいました。正しくは年頃の女の子みたいになった、です」
「(わざわざ言い直さなくても何が言いたいのかは分かってたんだけどな……)」
「あっ、お兄さん分かってたのにツッコミましたね!」
「はは、悪かった。そんなに怒るなよ」

 しっかりしてる感じだけど、むすっと膨れた顔は会長にそっくりだな。まあ会長の妹なんだから当然といえば当然だけど。
 にしても亜衣たちと同じ『妹』だからか、仕草や口調は違うのに亜衣たちの機嫌が悪くなったときの雰囲気に似てるな。

「え……」
「あっ……」

 気が付いたら俺は楓の頭を3回ほど撫でてしまっていた。
 楓は由理香と同じ中学2年生。会長とは違って真面目(変に真面目だから天然っぽいけど)だから思春期を迎えている。友人の兄とはいえ、異性に触れられるのは恥ずかしかったりするだろう。

「わ、悪い! 妹たちにやってたからつい!」
「い、いえ……気にしてませんから」

 気にしていないと言っているが、絶対気にしてる。顔に赤みがあるし、俺に撫でられたところを両手で押さえているし。

「お兄ちゃん!」
「機嫌が悪くなったときのお前らに似てたから無意識にやっちまったんだよ! というか、ここで怒っていいのは楓であってお前じゃない!」
「楓ちゃん、嫌なら素直に触らないでって言わないとダメだよ!」
「えっと、別に嫌ではなかったよ。由理香ちゃんの言ってたとおり、お兄さん撫でるの上手だったし……」

 由理香……お前はいったい何を言っているんだ。私生活のことを他人にべらべらしゃべってるんじゃないかってお兄ちゃんはすっごく不安になったぞ。
 あまり自分のいないところで機嫌が悪くなった妹をどうやって元に戻す、とか話されるのは恥ずかしいから嫌だ。いるところで話されるのも嫌だけど。

「嫌でしょ!」
「ゆ、由理香ちゃん……近い」
「嫌だよね!」
「い、嫌じゃないよ……」

 まずい、楓の真面目さが裏目に出てる。そこは嘘でもいいから嫌だと言うのが正解だぞ楓。

「……お兄ちゃんは由理香のお兄ちゃんだもん」

 由理香は俺の服の裾を掴んで、楓から顔を背けながら呟く。その声は少しの騒音があっただけで聞き取れないほど小さかった。

「えっと……」

 楓が知っている由理香は、どちらかといえば先ほどまでの元気な由理香だろうから今の由理香を見て困惑するのも無理はない。中学生くらいから大分マシになっていたが、本来由理香は内気な性格だ。亜衣のように誰とでも話せるタイプじゃないし、大声を出すやつでもない(亜衣とのケンカは別だが)。
 小さい頃も今みたいに俺の服を……手を繋いでたっけ? まあどっちでもいいか。由理香が俺にしがみついて隠れてたことに変わりはないわけだし。

「お、お兄さん……」
「ああ気にしなくていい。今はそうでもないだろうけど、元々は内気な性格してるやつだから」
「…………」
「ん……はいはい分かってるって。俺はお前のお兄ちゃんだ」

 裾を引っ張ってアピールしてきた由理香の頭を撫でてやる。すると由理香は目を細めながら少しだけ笑った。どうやら少しは機嫌が直ったようだ。
 背丈はでかくはなったけど、こういうところは小さい頃から何も変わってないな。と思っていると、きゅるる……と可愛らしい音が聞こえた。音の発生源を探すと、由理香と楓ふたりとも顔を赤くしていた。
 ふたりで遊びに行って、腹の鳴るタイミングまで一緒とは仲の良いやつらだ。

「由理香」
「うぅ……」
「腹が鳴ったくらいで恥ずかしがることないだろ。今までに何度聞いてきたと思ってるんだ。いますぐ飯作ってやるから、放置しっぱなしの洗濯物……楓の服優先で洗濯してきてくれ」
「わ、わかった」

 ……無駄に早足で出て行ったな。兄に聞かれただけなのにそんなに恥ずかしいのか? ……それとも自分だけ鳴ったって思ってるのかもしれないな。俺と楓に聞かれたってことならあの恥ずかしがりようにも納得できるし。

「さてと、ちゃっちゃと作るか。何か食べたいもんあるか?」
「え……私ですか?」
「この場に俺と君以外に誰かいるなら教えてほしいんだが」
「ええっと……お兄さんは何か食べたいものないんですか?」
「ないから聞いたんだけど……それに仮に君の苦手なものとか作ったりしたら嫌だからさ。無理して食べそうな性格してるし」
「だ、大丈夫です。好き嫌いはないですから」

 好き嫌いがないだと……楓は偉いなぁ。俺は食えないものはないけど、トマトは食べたくないんだよな。正確にはトマトの汁の部分だけど。あそこの味だけは好きになれない。
 楓は好き嫌いないってのは理解できるけど、会長は好き嫌いありそう……だけど、なさそうだな。祭りのときに秋本に屋台に出てる大抵のもの突っ込まれたし。
 楓も口いっぱいに食べ物入れたらあのときの会長みたいになるのだろうか。会長を数年幼くした感じだから多分なるよな……

「あのーお兄さん?」
「……よし」
「な、何のよしなんですか!? すっごく嫌な予感がするんだけど!」
「……そっか、そうだよな。高校生が作る飯なんて普通不味そうって思うよな」
「え、ちち違います! そういう意味で言ったんじゃなくて!」

 両手をブンブン横に振る楓。いつも弄られたり、からかわれたりしている立場としては、楓のこういう反応が面白く感じる。

「冗談だ冗談。純粋なところは会長にそっくりだな」
「むぅ……」
「むくれ方もそっくりだ。やっぱりあれもそっくりなんだろうな……」
「やっぱり何か企んでますよね! あれって何ですか、あれって!」
「大人しい子だと思ったけど、会長の妹だけあって元気だな」
「お兄さんのせいじゃないですか!」

 どうでもいいことのはずなのに必死になっている楓を無視してキッチンに立つ。
 適当な材料を取り出し、調理を開始しようと包丁を持ったそのとき再び楓が話しかけてきた。

「あの……お兄さん」
「悪かったって。だからむくれないでくれ」
「え? 私まだむくれてましたか?」

 楓は自分の顔をペタペタと触り始める。本当のことを言えば、彼女は別にむくれていなかった。
 ほんと純粋というか、他人の言うことを鵜呑みにしやすいというか……真面目でしっかりしてそうだけど心配になる子だな。まあ会長のほうが遥かに心配になるけど。

「で?」
「で?」
「……何か言いたいことがあったんじゃないのか?」
「あっはい、そうでした。お兄さん、私も手伝います」

 ……この子、本当に出来た娘さんだ。
 会長が羨ましいなぁ。俺も楓みたいな真面目でしっかりしてて、言葉遣いが優しめで自分から手伝うって言う妹がほしかったなぁ。
 亜衣は真面目でしっかりしてるけど、口が悪いし、時として乱暴だし。由理香は……楓に似てるところあるけど、世間で言うところの女子力があまりないからなぁ。

「はぁ……」
「……すみません、どこになにがあるか分からない私が手伝っても邪魔なだけですよね」
「あぁ違う違う。うちの由理香も君みたいに自分から手伝うって言ってくれたらなぁ、って思っただけだよ」
「そうですか……え? お兄さんのことが大好きなのに、由理香ちゃん手伝わないんですか?」
「子供の頃は手伝うって言ってたんだけど……あまり上達しなくて。だから料理する俺を見て待つってスタイルに変わったんだ」
「そ、そうなんですか……」

 苦笑いを浮かべる楓。そんな彼女に対して俺が思ったことは、そういう反応しかできないし正しいだった。
 彼女にはブラコンという非常識に分類できるものを持っている由理香のことを、どうか末永く友達として見ていてもらいたいものだ。

「えっと、あの……手伝っても?」
「いいよ、って言いたいところだけど……由理香が戻ってきて見られると面倒なことになりそうだから」
「……確かになりそうですね」
「まあ今日は由理香のお客さんだからゆっくりしといてくれ。機会があったときは手伝ってもらうから」
「はい。でもその……」
「言いたいことがあるならはっきり言う!」
「は、はい! 色々と参考にしたいので、料理するところ見てていいですか!」
「ど、どうぞ」

 ノリではなく真面目に返してきた楓のボリュームに押されてしまった。
 楓がキラキラとした目でこちらを見始めてしまったし、一度いいよと言ってしまった以上やっぱりダメとか俺は言えない。恥ずかしいけど頑張ろう。

「……お兄さん手際いいですね」
「まあ昔からやってるからそのへんの男子より多少な」
「謙遜しないでください。私お兄さんほど手際よく作業している男の子見たことないですよ」
「それって楓が男子とあまり接点がないだけじゃないのか? 会長ほど誰にでも話すってわけでもないだろうし」
「……正直に言うとお兄さんの言うとおりです。その……同い年の男の子って……エッチというか」

 顔を赤らめもじもじしながら言う楓。別に詳しく聞かせろと言ったわけではないが、申し訳なさを感じてしまう。それにあまりに恥ずかしそうなので、こっちまで恥ずかしくなってきた。

「うんまぁ……弁護するってわけじゃないけど、思春期に入ったわけだから女の子に興味があるのは仕方がないんじゃないかな。中学生って子供と大人の間くらいの思考だろうし、人間としては正常なことだからさ」
「はい、分かってはいるんです。保健の授業で習いましたから……その、お兄さんも興味あるんですよね?」

 破壊力抜群の言葉に、ダンッ! と音がなるほど包丁を下ろしてしまった。一歩間違えていれば指を切断していたことだろう。
 この子はどういう考えで質問してきているんだろうか。真面目だから話を続けようとしてるのか? それとも事実の確認か? いや、何にしたってどう答えるべきか迷うことに変わりないな。

「……えっと……どういう理由で聞いてる?」
「その……興味がないと異性として意識しないですよね。お兄さんはお姉ちゃんのこと意識してるのかなぁって気になって」
「あ、あぁそういうことね。……まあ会長を含め、生徒会全員意識して……一応意識してる」

 秋本が微妙なところなんだよな。あいつって女子より男子のノリで接してくるし……だから意識してるところもあるけど。あいつって妙に近くで話すし、平気でスキンシップ取ってくるから身体が当たることが多いし。

「よかったぁ……」
「……何が?」
「そんなのお姉ちゃんにもチャンスがあるんだって分かったからに決まってるじゃないですか」

 あなたは何を言ってるんですか?
 ……おかしい。楓は常識人のはずなのに、生徒会に対して抱くような感情を持ってしまった。
 いったいどこをどうすれば異性とかの話から会長にもチャンスがって話に飛躍するんだ? 生徒会で非常識にある程度慣れが出てきた俺でもよく分からないぞ。

「君が何を言ってるのかさっぱり分からん」
「何で分からないんですか! とは言いませんので安心してください」
「(いやいや、冗談ですよって顔してるけど今の割りとガチで言ったでしょ)」
「さっき私が話してたこと覚えてますか?」
「ま、まあ少し前のことだしな」
「由理香ちゃんでうやむやになってしまいましたし、由理香ちゃんが戻ってくるとまたうやむやになりそうなので簡潔に結論だけ言いますね」

 うん、彼女の言ってることは事実だけど無意識に由理香に対して毒吐いてるよな。
 笑ってる顔は会長と同じで毒気を抜く感じなのに……会長と逆で真面目でしっかりもののせいか本質が逆になってるな。楓、恐ろしい子。

「お姉ちゃんは高校生にもなってエッチなことはおろか、恋愛にすら興味を示さないお子様ですけど!」
「(楓、ちょっとキャラが変わってないか。さっきまで言うのも恥ずかしがっていたエッチって言葉を普通に言ったぞ。……何気に会長にも毒吐いてる!?)」
「お兄さんだけは異性として意識してるんですッ!」

 エッチやら恋愛やら異性とか、大声で言うんじゃないよ! 由理香に聞かれたら面倒なことになるワードって友人の君なら分かってるでしょうが!

「あの会長が異性、しかも容姿だけならそのへんにいそうな男子代表になれそうな俺を意識してるって? そんなことあるわけないだろ」
「何で自分を貶してまで否定しようとするんですか!?」
「別に貶してない。事実だ」
「カッコよく言うことじゃありません!」

 なんでボケてないのにツッコまれるんだろう。それにまた別のキャラになってないか楓。普段は『お姉さん』属性の妹なのに、さっきは『熱血』入ってたし、今はこっちに指をさして怒ってるし。これは『委員長』または『風紀委員』だよな。

「なんでお兄さんはご自分のことを過小評価するんですか! お兄さんがその気ならお姉ちゃんはおろか、美人ぞろいの生徒会のみなさんとだってお付き合いできるはずです!」

 ……会長が1番低いんだ。
 美人ぞろい? あのメンツで美人って言えるの千夏先輩だけだよな。氷室先輩はロリっ子さんだし、秋本や誠はこれからあどけなさが抜けて美女になっていくみたいな顔だし。

「あのさ、何で説教みたいになってんの? 会長の話じゃなかったの?」
「はっ!? そうでした。私のお姉ちゃんはお兄さんのことは異性として見てるんです」
「……普通妹さんから言われたらあっさりと信じられるんだけど、会長は無理だ」
「なんでですか。お姉ちゃんが恥ずかしそうに話したり、質問してきたりする人ってお兄さんだけなんですよ。お兄さんにだってそういうお姉ちゃんの変化分かるはずです」

 いやいやいや、君が言ってることって家での話でしょ。俺に分かるわけないじゃん。
 そもそも君と俺とじゃ会長と過ごした時間が違うでしょ。君が分かる変化を誰もが分かると思わないで……。
 待てよ。そういえば夏祭りのとき頭を撫でようとしたら距離を取ったような……。

「あっ、その顔は何か心当たりがあるんですね」
「いや、ない。会長に限ってあるはずがない」
「お兄さん、事実は認めるべきです」
「うるさい、楓だけご飯抜きにするぞ!」
「ご馳走してくれるって流れだったじゃないですか!? 作ってあげる、作ってるところを見せるっていうことをして期待を膨らませ、最後にどん底に落とすっていう新手のいじめですか!?」
「自覚がないようだけど、さっきから君は俺のこといじめてたよ!」
「え!? そ、そうなんですか……ごめんなさい」
「……というか、そもそもなんで会長の話だけしなくちゃいけないんだ? 会長のことで知りたいことがあったら本人なり、千夏先輩とかに聞くよ。俺はいま会長より楓のことが知りたい」
「え……それって、その……」
「お兄ちゃん!」
「由理香!? って、なんで洗濯物まで持ってきた!?」
「何か嫌な予感がしたから!」
「非常識に磨きがかかってんな!」
「お姉ちゃんとお兄さんが……したら私にもお兄さんが……。由理香ちゃんとも姉妹に……。でも私がお兄さんと……」
「おい楓、さっきのは由理香の友人って意味だからな!」
「お兄ちゃん、今の意味深な発言は何!」
「あぁもう! 料理させてくれぇッ!」

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