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第40話 ~2学期始動~
課題と生徒会に追われた夏休みが明け、今日からは2学期である。
言う必要もないだろうが、9月になっても暑い。さっさと涼しくなってほしいものだ。2学期というのは色々と行事が多い期間なのだから。
話が変わるが、行事が多いということはそれだけ生徒会活動が活発になるということだ。活発になるということは、1学期以上に生徒会のメンツと顔を合わせるということを意味する。
これといって仕事がないときはふざけたり駄弁ったりしている生徒会ではあるが、仕事のときはそれなりにまともだ。あのメンツのことを知る人間は信じられないだろうが。
俺も信じられないひとりであるため話そうと思えばいくらでも話せるのだが、愚痴を言う感じになりそうなので結論を言うことにしよう。
生徒会活動をするのはいい、と夏休みの初めの頃は思っていた。だが夏祭りで起きたあの一件。あれが理由で千夏先輩と顔を合わせたくない。あのときの千夏先輩の怒り具合は郡を抜いて高かった。下手をしたら美咲に何かしでかすかもしれない。しない場合は、高い確率で俺に八つ当たりすることだろう――
「――はぁ……はぁ…………はぁ」
「ため息をつくのは構わないけれど、どこか別のところでやってくれないかしら。隣でやられると気が散るわ」
視線を横に向けると、こちらを全く見ずに手元の本を見ている長い黒髪の女子。1学期からのお隣さんであるクラスメイト、水原雪乃の姿が目に入った。
水原は俺がクラスで1番話す女子だ。隣の席だからということも理由だが、1番の理由は彼女が何事も他人の意見や評価ではなく、自分で見て聞いて判断する性格をしているからだろう。これは生徒会に入ったばかりの色んな噂や話題にされていることで居心地が悪かった頃、毒舌気味であるが普通に話してくれた俺の経験から判断したことのため、もしかしたら間違っているかもしれないが。
「あまりジロジロとこっちを見ないでほしいのだけれど。下手したら勘違いをしてしまうかもしれないし……桐谷くんが変質者だと」
「なんでそう人を傷つける言い方ができるんだよ。最後のはせめて頭にもってこいよ」
「桐谷くんが変質者だとあまりジロジロとこっちを見ないでほしいのだけれど。下手したら」
「そういう意味じゃねぇよ! お前分かってるくせにわざとやってるだろ!」
「大声出さないでくれる。読書の邪魔だから」
そう思うんだったら会話を続けるなよ。
というか、なんでこいつはいつも毒舌なんだ。別に俺だけってわけじゃない……あれ? 水原が俺以外と話してるところ見たことないような気がする。まさか水原って友達いないのか?
「一発殴ってもいいかしら?」
「お前は唐突に何を言ってるの?」
「よからぬことを考えていそうな桐谷くんにイラっとしたから、その解消のために一発殴らせろと言っているのよ」
「口に出したわけでもないのに何で断定なんだよ。というか、こっち向いて言えよ。本ばっか見て話すくらいなら、会話続けるなよ」
「そうね。少しは元気になったようだし読書に専念するわ」
……今の発言からこれまでの流れを考えると、水原が俺のことを心配したということになるよな。
なんだろう、妙に嬉しいと思っている自分がいるぞ。だが水原はいつもどおり何を考えているか分からない無表情で毒舌だった。……水原が少し距離を縮めてくれたのが嬉しいのか?
いや待て待て。水原はキャラだけなら生徒会にいてもおかしくないやつだぞ。普段の言葉の鋭さだけなら生徒会のメンツよりも勝っているとも言える。普通に考えて、そんなやつとの距離が縮まって嬉しいわけがない。
考えたくはないが……まさか俺はMだったのか。もしくは生徒会のせいで目覚め……これ以上考えるのはやめよう。
「お前ら席につけ」
生徒名簿を片手に持った長い黒髪をひとつにまとめている女性が教室に入ってきた。女性の名前は不破雅。俺のクラスの担任であり、生徒会の顧問でもある。
接点がそれなりにある先生ではあるが、分かっていることは年齢が30代であり、結婚に焦っているということ。そのへんの男子よりも漫画とかに詳しいことくらいだ。こういうことを知っている理由は、生徒会室に来たときに愚痴ったり、目を輝かせて発言しているからだ。
この人を一言で表すなら、少年の心を持ったまま成長した女性だろう。
今日の先生の機嫌は悪くは無いように見える。夏休みで行ったであろう婚活はそれなりに成功したということか。
よかったぁ……機嫌が悪いときに話に付き合わされるの俺なんだよな。挙句の果てには俺に相談してくる始末だし。教師が生徒に相談することはあるだろうけど、まだ先生の半分ほどしか生きていない生徒に恋愛やら結婚関連の相談するのは間違ってるだろう。
でも不破先生って、俺の母さんと似てるところがあるんだよな。ふたりとも仕事ができる30代なわけだし。だけど先生は独身、俺の母さんは既婚で子供が3人。このふたりの差はなんだろう? って、考えるまでもなく少年心か。
いや少年の心を持った女性って意外と可愛く見えたりするしなぁ……となると、結婚に焦っている先生が自分を偽って相手に接し、うっかり素を見せてしまったことで幻滅されて失敗に終わってるパターンが濃厚か。俺の母さんは仕事の場を除けば自分を貫くタイプだし。
「おい桐谷」
「は、はい!?」
「顔色が悪いようだが、平気か?」
「え、あっ、はい大丈夫です」
び、びっくりした……てっきり考えたことがバレたかと思ったぜ。
不破先生って意外と傷つきやすいというか、乙女な部分がある人だからなぁ。落ち込んでるときに軽い気持ちで大丈夫ですなんか言うと「何が大丈夫なんだ! お前がもらってくれるのか!」とか言ってきたことあったし。……いま思えば、生徒会って顧問ですら普通の人とは言えない人だな。
「そうか。まあ君は……色々と大変だろうからな」
「なんで意味深な間を入れるんですかね。そういうのがきっかけで余計に大変になったりするんですけど」
「今日は始業式があるし、その前に伝えないといけないこともある。愚痴なら暇なときにいくらでも聞いてやるから今は黙っててくれ」
「不破先生って桐谷くんには妙に優しくない?」
「確かにー」
「生徒会って繋がりがあるから親しいだけなんじゃないの?」
「そこ、今は私が話す時間だぞ」
「「「は~い」」」
……生徒会のメンツとの噂やらが収まったと思ったら、今度は不破先生との噂が発生してるの?
よく聞こえなかったから俺の気のせいかもしれないけど……今までの経験上、悪いときの予想って当たるんだよなぁ。
「よし、静かになったな。時間がないから単刀直入に言う。このクラスに転校生が入ることになった」
「女の子ですか!」「可愛い子?」「男の子ですか!」「イケメンですか!」
「あぁもう、静かにしろ……もういい、おい入って来い」
いやまあ噂が流れたとしても、生徒会のときより早く沈静化するだろうけどね。不破先生は仕事ができる人だし、違うことにははっきりと違うって言う人だし。
いや待てよ、生徒会のメンツと違って生徒と教師の関係なわけだろ。この関係での恋愛は一般的に禁断とされてるわけだから……噂が立つだけでやばいんじゃないか。
「簡潔に自己紹介してくれ」
「はじめまして、白石勇です。小さいときはこの街に住んでいましたが、離れている間に変わったこともたくさんあると思います。なので学校のことだけじゃなく、この街のことも教えてもらえると助かります。今日からよろしくお願いします」
「きゃ~~イケメン!」「カッコいい!」「爽やか~~!」「ぐ……負けた」「ちぇ男子か……」
あぁもうどうしよう……噂が立ったら……いやすぐに沈静化するはず。でも俺なら変な噂が立って災難だったなとかで終わるだろうけど、不破先生には指導とか入りそうだよな。
不破先生は子供っぽいけど乙女で、乱暴なところがある人だけど基本的に良い先生なんだよな。学校で生徒会への愚痴を聞いてくれたり、労ってくれたりする人って先生くらいだし。先生に迷惑をかけるようなことはしたくない。
「さて自己紹介も済んだ」
「「「不破先生!」」」
「今日は始業式があるのを忘れるな。質問はあとで個人的にやれ」
「「「は~い……」」」
「白石」
「はい」
「お前の席だが……桐谷の後ろだ。桐谷というのはあそこにいる現状に我関せずといった感じに並んで座っている男女の男のことだ」
「…………」
っと!?
なんだなんだ、水原がいきなり軽く肩を殴ってきたぞ。急に軽くとはいえ殴るとは、いったい俺が何をしてっていうんだ。
……水原の普段より不機嫌そうな顔と目線の動きから判断するに、不破先生に向かって自分の代わりに何か言えと言っているように思える。
「なぁ水原……なんでこんなにうちのクラスは騒がしくなってるんだ?」
「……あなたって天然だったのね」
「いや天然じゃねぇよ」
考え事してたから耳に入ってこなかっただけだし。天然っていうのは天川姉妹みたいな人間のことを言うんだよ。
「考え事してて耳に入らなかっただけだ」
「生徒会の人とどうイチャイチャするか朝から考えるなんてお盛んね」
「あのさ、俺は生徒会のメンツとイチャイチャしてる覚えはひとつもないんだけど」
「あら、私の記憶が正しければあなたは秋本さんや大空さんと毎日のように一緒にご飯を食べていたと思うのだけれど。一般的に考えてイチャついてると言うんじゃないかしら?」
「実際は秋本が俺の弁当のおかずを奪ってるだけだ。誠は秋本のストッパーだ」
「ふーん」
興味なさそうな返事するやつだな……こいつは人をイラつかせる天才かもしれない。
「ならいっそのこと秋本さんのお弁当を作ってあげたらいいんじゃない?」
「それこそはたから見たらイチャついてるじゃねぇか!」
「そうね。それを見たらもう付き合えばいいと確実に思うわ。まあ今でも付き合えばいいのにと思うけれども」
「無理だ!」
「無理とは秋本さんに失礼じゃない。ちゃんとした理由があるのでしょうね?」
「聞かなくてもお前は俺とあいつの温度差分かってるだろうが!」
「分かっているけど……前々から思っていたのだけれど、あなた男としてどこかおかしいんじゃない? 普通秋本さんみたいに可愛い子に言い寄られたら、男子はうへうへってなるものでしょ。あなたって女の子に興味ないの?」
「人それぞれ好み違うだろ! というか、うへうへってなんだよ。それに何でそこは疑問系じゃなくて断定なんだよ。そもそも秋本に言い寄られてデレってなってるやつ見たことねぇよ。あいつのノリは女子じゃなくて男子だろ!」
言いたいことを言い切った俺は肩で息をする。そして徐々に冷静になっていくにつれ、クラスにいる全員の目がこちらに向いていることに気が付いた。
「……こほん。桐谷、言わなくても分かるな?」
「はい、すいませんでした」
「それと水原、桐谷とイチャつくなとは言わないが時と場所を選べ」
「……? 不破先生、お言葉ですが私は彼とイチャついてるつもりはないのですが?」
いつもは無表情な水原が嫌な顔を浮かべている。
水原、ここで嫌な顔をするってことは、1学期から適度に普通? に話してくれていたのに本当は俺のことが嫌いだったの? 上げてから叩き落すっていう今日のための布石だったの?
「はは、真央くんは会わない間にずいぶんとキャラが変わった……いや、昔はそれなりにやんちゃだったから戻ったというほうが正しいのかな」
……この誠にも匹敵する爽やかオーラを発しているイケメンは誰だろうか。俺のクラスにこんなやつがいた記憶はないんだが。
というか、いきなり下の名前で呼ぶとは馴れ馴れしいなこいつ。
「……誰?」
「さっき自己紹介したんだけどな……」
「考え事してて聞いてなかった」
「そういうことを面と向かって言えるなんてさすがだね」
爽やかスマイルで言われるせいで褒められてるのか貶されてるのか分からん。
「白石勇って名前に覚えはないかい?」
「白石? …………あ」
そういえば小学校に通ってる途中で引っ越したお隣さんの名前が白石で、子供の中にユウって名前の女の子がいた気がする。
ん? ……女の子? …………目の前にいるのはどこからどうみても男だよな。本人から俺に親しげに話しかけてきてることから俺の知ってるユウ本人だろうし……でも男……。
「思い出したようだね」
「なぁユウ」
「なんだい?」
「……いつ性別を変えたんだ?」
俺の質問に爽やかイケメンの時が一瞬止まったような気がした。
再稼動したイケメンは頭に手を当てながら口を開く。
「あーうん、そうか……」
「何に納得してるんだよ?」
「いやね、君が勘違いしても仕方がない理由にね」
「勘違い?」
「そう、真央くんは勘違いしているよ。君はアスカが男でユウが女だって思ってるみたいだけど、実際は逆なんだ。まあ昔の僕たちは勘違いされてもおかしくない姉弟だったけどね。僕は女の子みたいに線が細くて大人しい子だったし、姉さんは意思が強すぎるわがままな子だったから」
…………。
………………マジ?
あの俺をいつも振り回してたアスカが女の子……。ダメだ、あいつが女の子だと認めるのを脳が拒否している。
俺の記憶では、あいつの服装はいつもズボンという男子スタイル。一人称は確か『オレ』だったはず。そのへんの男子よりもパワフルだったあいつが女子だなんて……
「む? ちっ、もう時間がない。水原のせいで全部言えなかったじゃないか」
「先生、子供みたいに私だけに責任を擦り付けないでください。元を辿れば先生の力量不足が招いたことです」
「う……違うもん。私じゃなくて桐谷が悪いんだ……」
ユウ本人からの言葉なんだからアスカが女だって……認めなくてはいけないんだよな。
「なんて言っている場合ではない。お前ら、教室の外に並んで体育館に向かえ!」
「でも……認めたくない……」
「真央くん、これが現実なんだよ。それと認めたくないって発言には、僕も多少傷つくからやめてほしいんだけど。それと性別を間違ってたことは姉さんに絶対言っちゃダメだよ」
「ああ肝に銘じておく……あいつの気性の荒さなら病院送りになってもおかしくないし」
「僕はそういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ……ああ見えて姉さんはすぐ泣く人だし」
悪い想像をして意気消沈していた俺に勇の言葉は耳に入らず、暗いオーラを出しながら体育館へと向かって行った。
+注意+
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