大手企業の「常識」が取り残した顧客を独占する逆転発想のニッチ戦略


「平均的でない」顧客とは?

中小企業がニッチ市場を見つけるためのサービス・ドミナントな顧客観察法で、ニッチ市場を見つける一つの方法は、平均的でない顧客を見つけることだと書きました。

でも「平均的でない」とは何を意味するのでしょうか?どうやれば「平均的でない」顧客が見つかるのでしょうか?

それが分からなければ、このアイデアは実用にはならないですよね?

「平均的でない」の意味を理解するためには、「平均的」の理解から始める必要があります。

企業の競争が生まれるのは、それらが共通の考え方に従っているときです。多くの企業が「常識」と考えるものに従っているときに、その考え方に沿った「平均的」な行動が生まれるのです。

ということで、企業経営の「常識」を考え、それを疑って見ることにしましょう。

企業経営の常識とは、たとえば次のようなものでしょう。

  • 顧客をセグメント化し、儲かりそうなセグメントに集中する
  • 市場変化の流れに逆らっては生き残れない
  • 需要を平準化し、設備の稼働率を高めてコストを低減する

これらの「常識」をひっくり返すと、次のような「平均的でない」ビジネスが想定できます。

  1. 不採算顧客から儲ける
  2. 社会変化に取り残された顧客向けにサービスする
  3. 突発的需要で待てない人を顧客にする

ここでよく見ていると、2と3は1の特殊形であることがわかります。ですから、まず1が本当に可能かを検討し、その結果を2と3に応用して見ることにしましょう

不採算顧客から儲ける

通常の企業は、「どうすれば採算性に乏しい顧客を追い払うことができるか」と頭を悩ませています。でも、その代わりに「どうすれば他社が敬遠する顧客から利益上げられるか」と考えたら、どうなるでしょうか?

実は、そのように考えて成功した例は結構あります。そして、その何れもが業界下位の企業によるものです。業界のトップ企業にまともな方法では勝てないので、ニッチ戦略を取ったのです。

その代表選手がアスクルです。

文具・事務用品業界ではコクヨがガリバー企業で、強固なチャネル支配力、営業力で他を圧倒していました。文具店網を押さえるだけでなく、大企業に対しては強固な外商部隊で対応していました。

そのコクヨから見捨てられたのが中小企業です。企業ですから、個人よりははるかに大きな文具需要があるにも拘わらず、儲からないと外商サービスが受けられませんでした。文具が必要になるたびに、事務員が文具店に買いにいかなければならないという手間が発生し、量的割引も受けられませんでした。

そこに目をつけた当時業界4位だったプラスが、通販のアスクルを設立しました。中小企業と取引のある文具店がカタログの配布と与信を行い、受注・配送はアスクルが直接行うという、コクヨが追随しにくい仕組みを作ったのです。

ただし、それだけでは経営を維持できません。もともと「不採算」であった顧客から儲けるためには、その顧客がリピートしてくれ生涯価値が大きくるような利便性を提供できなければなりません。そこでアスクルが提供した利便性が「明日来る」だったのです。

その後のアスクルの成功は、皆さんご存知の通りです。

アスクルの成功理由の一つは、コクヨが卸への配慮から、長い間通販には乗り出せなかったことです。このように、下位企業がトップ企業を出し抜いてニッチ市場で儲けるためには、トップ企業がすぐには模倣できないようなビジネス・モデルを考えることが重要なのです。

同じように不採算だと思われている顧客層から儲けをあげた例にLCCの先駆けとなったサウスウェスト航空があります。

サウスウエストは、大手のエアラインが大空港中心に構築したハブ&スポーク方式の航空網に対抗して、彼らが見捨てていたローカル空港間をピストン輸送で往復させる方式でバス並みの料金を実現させました。それまでの航空機を利用していなかった地方顧客に、地方間を短時間・低料金で移動できる利便性を提供して、米国有数の大手航空会社となったのです。

ここでも、大手が追随できないビジネス・モデルが成功の鍵となっています。

もう一つ面白い例が、先週少し触れたプログレッシブ保険です。

自動車保険業界では、事故の発生リスクに応じて保険料を決めています。運転経験が長く落ち着いた運転をする中年層は安い保険料で加入できます。

反対に、若年層や事故経験者は高い保険料を請求されます。事故を起こされると様々な費用がかかるため、不採算顧客である彼らを遠ざけるためです。

プログレッシブは、ここに目をつけました。調べてみると、この不採算顧客層は思っていたほど事故を起こしていないということが分かったのです。

それほど高い保険料を請求しなくても、保険会社はやっていけたのです。ということは、この顧客層は現状の保険料では高採算客だったのです。

そこで、プログレッシブはこれらの顧客の保険料を他社より下げました。それでも彼らは高採算客のままでしたが、保険料が下がったので喜んでプログレッシブ保険に乗り換えました。ただし、本当にリスクの高い客には他社よりさらに高い保険料を要求しました。

このようにして、プログレッシブは採算の良い顧客だけが自社に来るように仕向けたのです。これを可能にしたのは、交通事故を起こす可能性の高い顧客のリスクの正確な見極め能力でした。しかし、他社はこれらの顧客を不採算客と決め込んで、分析能力を磨かなかったのです。

これらの分析から、不採算顧客から儲けるニッチ戦略の成功の鍵は、本来数少ない不採算顧客をリピート客化させる利便性の提供と、トップ企業が入ってこれないようなビジネス・モデルの構築だということがわかります。

社会変化に取り残された顧客向けにサービスする

さてここからは、不採算顧客に注目して「平均的でない顧客」を見つける特殊版について検討してみましょう。

社会は常に変化します。企業もその変化に追随しなければ継続が難しくなる可能性が高いです。

その一方で、変化についていけない顧客も存在します。それらの顧客は、企業が変化すると取り残されることになります。

この種の変化の代表例が、過疎化です。過疎化が進み客数が減少すると、小売店が撤退していきます。過疎化で不採算化して取り残された買い物難民が「平均的でない顧客」となるケースです。

しかし、この場合は不採算の意味が異なります。取り残された顧客の一人一人は、以前は普通に買い物をしていた採算の取れる客でした。その事情は変わらないけれど、地域全体の客数が減ったためにお店の採算が取れなくなったのです。

ですから、ここでの逆転の発想は、次の3つを考えることです。

  1. 地域の潜在顧客を掘り起こして、店がやっていける程度の客数を回復する
  2. 一人の顧客からの売り上げを増やす(客単価、購買頻度を上げる)
  3. 店舗の運営コストを下げる
  4. 従来の常識を超えて商圏を広げて客数を増やす

そして、そのそれぞれを工夫したモデルが存在するのです。

逆境を跳ね返す地域一番店戦略:街の電器屋さんの3類型で述べたセブンプラザが1と2で成功した例です。

まず、大きな売り上げを重視して外販重視でさびれていた電器店を改装させます。その上で、電池やインク・カートリッジなど日常的に必要となる小物商品を充実させ、店売り重視で来店客数とその購買頻度を高める戦略を取らせるのです。

これだけでも年商が1000万円くらい増えます。その上に、増えた客からエアコンなどの設置工事を請け負うことができるようになるのです。

このような地味な商売は固定費の低い家族経営だからこそできることで、効率重視で行動する大手には不可能です。結果的に、小さな地域の需要を独占することができるようになるのです。

非常識経営を支える合理的なマーケティング戦略で述べた函館のハンバーガー・チェーンのラッキーピエロも、サーカス団員という会員組織を作り、地域の行事支援などの顧客密着でリピート客を囲い込んでいます。

その結果、人口26万人の函館市とその周辺に17店も出店できています。この密着戦略も、費用回収までの手間がかかるので、大手には真似のできないビジネス・モデルです。

3の例が、過疎地ビジネスから学ぶもうひとつの地域一番店戦略で述べた、セイコーマート初山別村店の例です。

セイコーマートは、北海道という地域に合わせた豊富な低価格PB商品を開発し、損益分岐点の低い店舗経営を実現しています。したがって、人口が少ない地域でも土地代などを市町村に負担してもらいさえすれば、需要を総取りすることで経営が可能になるのです。

4の例が、同じ記事で述べた巨大スーパーA-Zです。

量販店が撤退した人口密度が低い地域に、土地の安さを生かして巨大な店舗を作り、回転の悪い商品でも地元の人が必要するなら置くという戦略をとりました。その結果、地域住民が夜昼なく週に何度も訪れるようになりました。

これも、標準的な店舗オペレーションで効率化を測る大手には真似のできない芸当です。

いずれの例も、地域の事情を理解した利便性を提供しています。さらに、費用構造が異なることなどの利点を生かし、大手が追随できないビジネス・モデルを構築して成功しています。

突発的需要で待てない人を顧客にする

突発的な需要に企業が対応してくれず不自由することがありますよね。夜中に虫歯が痛んだのに歯医者が開いていず、朝まで辛抱したなどの事例です。

一般には、このような突発的な需要は平均化することが難しく固定費の回収が難しいので、大手企業が苦手な領域だと言われています。しかし、その需要のタイプに注意しないと、大手が進出してくるリスクがあります。

たとえば、米国では自動車事故発生時の代車の用意に特化したエンタープライズ・レンタカーというレンタカー会社があります。この会社は、保険代理店や修理工場と契約しており、事故を検知するとすぐに代車を手配することで、巨大なレンタカー会社となっています。

巨大化できた理由は、自動車事故の件数が非常に大きいからです。ある程度地域を大きくとれば、個々の顧客にとっては突発的な事故でも、その総数が予測できます。つまり、代車の必要台数を統計的に見積もることができるのです。

したがって、中小企業が突発的需要に対応したニッチ戦略を取ろうとするならば、需要量が少なくサービスの必要量が予測しづらため固定費の投入が難しい、という領域を選ぶ必要があります。

そのような領域の例としては、水道の故障など便利屋さんの対象領域があります。

便利屋さんは、このような予測の難しい需要に効率的に対応するため、対応領域を広げます。いろいろな工事資格を取得して多能工化するだけでなく、荷物の移動や害虫の駆除など幅広い仕事を引き受けます。

これらの仕事が全て人手を要するものなので、大手は参入してきません。しかし、特殊な技能・技術を必要としないので、中小の同業者の参入は防げず、競争は激しくなる傾向にあります。

突発的な需要を相手にするニッチ戦略を取る場合は、大手が入りにくく、しかも特殊なスキルを必要とする領域を選ぶ必要があるのです。

このようなものとしては、産業廃棄物処理があります。建設現場、ショッピングセンターやイベント会場など、需要の変動が大きい顧客を相手にする業界特化型の業者です。

産業廃棄物には、次のような特徴があります。

  • 解体、収集、目的別(再利用、焼却、埋立)の分別などが基本的に人手による作業だが、分別には廃棄物の知識を持った処理が必要
  • 廃棄物を長距離で運ぶのは経済的でないので地域内で閉じた作業となる
  • 建設現場は作業時期で出る廃棄物の種類や量が異なる、ショッピングセンターは曜日やセールの有無で量が異なる、イベント会場はイベントの有無で量が異なるなど、処理量の予測のために顧客の業務スケジュールの把握が必要

このような産業廃棄物に特有な事情を熟知した人材を地域内で臨機応変に配置するいことで成功した企業に建設事業特化型のタケエイがあります。タケエイは、24時間即時参上、迅速片付けをスローガンに、地域の建設現場の信頼を獲得し、この業界では数少ない大手企業となっています。

平均的でない顧客へのニッチ戦略

まとめ

  • 中小企業がニッチ市場を見つける一つの方法は「平均的でない顧客」に着目することである。さらに、「平気的でない」ことに気づくコツは、業界の常識を疑うことである
  • 業界の常識を疑うと、たとえば次の3つのニッチ戦略が見えてくる。ここで、後者2つは「不採算顧客から儲ける」の特殊形である
    • 不採算顧客から儲ける
    • 社会変化に取り残された顧客向けにサービスする
    • 突発的需要で待てない人を顧客にする
  • 「不採算顧客から儲ける」という戦略で成功したアスクル、サウスウェスト航空、プログレッシブ保険などを分析すると、ニッチ戦略成功の鍵は次の2つであることがわかる
    • 数が少ない不採算顧客からのリピートを獲得するための顧客利便性の提供
    • 大手が参入できないビジネス・モデルの構築
  • 過疎地のニッチ戦略でもこの法則は成立しており、次のような利便性を提供して成功している
    • 日常的に買う小物商品の提供、ワンストップの品揃え、地域価格のPB商品、地域密着の催しや会員制度
  • 同様に、突発的な需要を持つ平均的でない顧客に対しても、産業廃棄物業界などで、大手の真似のできない人海戦術というビジネス・モデルで24時間即時対応の利便性を提供することで成功している事例がある
  • 中小企業を支援するコンサルタントは、このようなニッチ戦略の要諦(少数顧客に向けた顧客利便性、大手が潜入できないビジネス・モデル)を心得て、その引き出しを増やしておくべきである