幼い頃からSFの世界観に憧れ、夢見た世界を実現すべく奮闘する人がいる。人工培養肉の開発を行う「Shojinmeat Project」のチームを率いる羽生雄毅(はにゅう ゆうき)さん。チームをマネッジする傍ら、自らも「純肉」の培養に日夜取り組み、将来は火星での大規模な人工培養肉プラントの建設を目指す。今回Lab-Onは、世界が注目するバイオハッカーに話を聞いた。連載第二弾。(文・取材=久野美菜子、写真=野口真梨乃)

前回は「Shojinmeat Project」の代表、羽生雄毅氏から人工培養肉から火星でのプラント計画までのざっくりとした概要を聞いた。想像を超える突飛なプロジェクト内容と今後の計画について深掘りたい気持ちを抑え、まずは羽生氏のこれまでの経歴を聞くことにした。

「親の仕事の都合で13歳から25歳まで海外にいました。日本の大学とどう違うのかよく聞かれますが日本の大学に通ってたわけじゃないんであまり良くわからないですね!(笑)」

神奈川県横須賀市出身の羽生さん。4歳から中学2年生までを横須賀で過ごしたあと両親の仕事の都合で生活拠点はパキスタンへと移った。インターナショナルスクールを高2で終えた後はオックスフォード大学に17歳で飛び入学し、博士課程修了の25歳までをイギリスで過ごしたという。

日本の高等教育機関においては、学位取得までにかかる年数は学士号が4年、修士号が2年、博士号が最低3年というのが一般的だ。浪人も留年もせずに学位を取れたとしても、25歳は博士過程の一年目にあたる。
「オックスフォードは4年で修士まで取れるので、修士とったのは21歳でしたよ。専攻はdepartment of chemistryでした。あ、化学って言っても有機とか生物よりの化学ね」

オックスフォード大学では化学を専攻する学部4年生は修士課程にあたり、研究室に配属されるのは日本の多くの大学と同様らしい。羽生さんは無機化学研究所の表面化学の研究室に配属された。中高時代から2ちゃんをよく閲覧していたといい、修士論文には原子で2ちゃんのアスキーアートを描いた画像を載せて提出して笑われたというエピソードがいかにも羽生さんらしい。

 博士課程修了後はモスクワ国立大学への短期留学を経て帰国し産総研で就活をしたという。誰もが羨むようなグローバルな研究経歴を持ちながら、なぜ日本へ帰国することを選んだのだろう。海外の大学で研究を続けるつもりはなかったのだろうか?

SF世界の実現の基礎となる、システム工学とは

「表面化学をつかってSFの世界に通じるものがつくりたかったんです。原理とか学問的な追求をする純粋化学よりは、応用化学の方が自分のしたいことに近かったんですよね。燃料電池、太陽電池、二次電池の応用開発に関しては日本のレベルはかなり高いこともあって、日本に戻り筑波の産総研で就活をしていました。そこでお世話になった先生が産総研から東北大学に移ることになったので、僕も東北大に行くことにしました。」

東北大学では産学官連携研究員をしながら二次電池の応用開発研究をする傍ら技術経営(MOT)を学んだ。

*技術経営(MOT:Management of Technology)とは、「技術に立脚する事業を行う企業・組織が、持続的発展のために、技術が持つ可能性を見極めて事業に結びつけ、経済的価値を創出していくマネジメント」である。

「MOTを学び始めたのは、単に研究者やるだけじゃ芸がないなぁと思ってたからなのですが、東北大でMOTを学んでいくうちに、SFの世界を実現するのに必要なのはバイオ技術でもロボットでもなくシステム工学なのだと気づきました。システム工学は概念自体が日本であまり定着していないのが残念ですが、自律的なSFのシステムをつくるには設計、制御、効率などを俯瞰的に見れないとだめなんだと思います」

 システムというのは体系や組織のことで、つまりシステムとは複数の要素が組み合わさってできるものである。システム工学とはそうした複数の要素をどのように組み立て、制御し、効率よく円滑に動かすかを考える学問だ。

システム工学のアプローチ方法として、モデリングとシミュレーションがある。モデリングとはモデルを作ることであり、シミュレーションはモデルを用いた仮想実験のことだ。
 

筆者はスマホを用いた簡易のVR技術で羽生さんが思い描くSF世界のモデルを見せてもらい、植物工場の中にはいることができた。ボカロのキャラクター風の可愛い女性が中を案内してくれた。今後はキャラに声優がつくなど、更新が入る予定らしい。

「これ、海外の学会で見せたら“oh, pretty ladies !”って言われて、いやそこばっか注目しないでよって感じでした。」


と言いつつも、アハハハと目を細めて笑う羽生さんはなんだかすごく嬉しそうだ。

Shojinmeat Project 公式HP 資料より

東北大でMOTを学んだ後、研究拠点を産総研から東芝研究開発センターのシステム技術ラボラトリーに変え、大型蓄電池の研究開発と蓄電池周りのシステムを開発した。そこで足りない技術をおぎないつつ、創業塾で起業の勉強や仲間集めをしたという。

そこからいまのShojinmeat Projectにつながるのには、どのような物語があったのだろうか?次回につづく。