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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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塩漬けの戦略

外伝34話


 風紋砂漠の調査を早々に終えた俺は、ミラルディアに戻ってまたいつもの穏やかな日常を満喫していた。
 魔物相手の大立ち回りも嫌いじゃないが、さすがに妻子持ちになるとそうそう無茶ばかりもしていられない。
 人狼の長老でもあるし、おとなしくしていないとな。
 それに腕も鈍った。


「我ながら無謀なことをしなくなった気がしますよ、師匠」
 俺は調査の報告書を師匠に提出しながら、苦笑いしてみせる。
 我が師ゴモヴィロアは分厚い魔術書と訳のわからない実験装置と複雑な魔法陣に囲まれながら、小さく溜息をついた。
「どの口で抜かしおるか。おぬしは幾つになっても、ちっとも落ち着きがなくていかん」
 そんなことないと思うけどなあ。


 俺が首を傾げていると、師匠は「んー」と背伸びをしつつ、杖で自分の肩をトントン叩く。
「揉みましょうか?」
「いや構わぬ。とにかくおぬしはすぐに突っ込むし、やたらと交戦したがる。おまけに何でもかんでもすぐ爆発じゃ。貴重な魔物の標本はどうした、標本は」
 返す言葉もない。


 すると師匠はフッと笑い、ふわふわ浮きながら俺に顔を近づけてきた。
「冗談じゃよ。余人であれば討伐はおろか、生還すら危うかったであろう。調査隊消滅の原因を突き止め、なおかつ原因を処理して無事に帰還してきたのじゃ、責める理由もない」
 師匠は相変わらず弟子に甘いなあ。
 もっともそんな甘さが好きなのだが。


 するとそこに、フリーデがやってきた。
「お父さ……アインドルフ閣下、お耳に入れたいことがあって参りました」
 急に畏まらなくてもいいから。
 すると師匠がクスクス笑う。
「心配しなくても、今のわしはただの『モヴィばあちゃん』ゆえ、そう畏まらずともよい。こやつもただのお父さんじゃ」
「あ、なんだ」
 露骨にホッと肩の力を抜くフリーデ。
 出自のせいで、こいつにも苦労かけてるなあ。


 フリーデは俺たちの前に、一枚の紙片を差し出した。
 かなり上質な羊皮紙だな。
 そして表面には流麗な書体で、「千塩札」と押印されていた。
 塩……。


「マオか」
「なんでわかったの!?」
 わからないはずがないだろう。
 事情を聞かせてもらうぞ。


   *   *   *


 時間は少し遡る。
 ミラルディア大学魔術科一回生のフリーデ・アインドルフは、実験で使う塩を買いにマオ商会に来ていた。
「降霊術の清めに使う塩ですか……」
 塩や鉱物を商う交易商のマオは、首をひねる。
「岩塩と藻塩だったら、どっちのほうが効き目があるんです?」
 フリーデも首をひねる。
「わかりません……」
 二人を囲む屈強な用心棒たちも、一緒に首をひねっている。


 フリーデは大学の教科書をパラパラめくり、マオに伝えた。
「塩の産地や風味のことは、特に書いてないです」
「じゃあ研究してみたら面白いかもしれませんね」
「あ、マオさんいいこと言いますね。やってみようかな?」
 一瞬乗り気になるフリーデ。


 マオは薄く笑い、人狼が「狩人の匂い」と呼ぶ匂いを漂わせた。
「結果がわかりましたら教えてください。ミラルディア大学の公認ということで、商品の宣伝に使わせてもらいますから」
「やっぱりやめときます」
 この人、すぐに変なお金儲けを企むから気をつけないと。
 そう思うフリーデだった。


「岩塩は高いから、藻塩を三箱ください」
「毎度ありがとうございます。日暮れまでに大学まで運ばせましょう。お支払いは現金ですか、それとも手形で?」
「モヴィば……ゴモヴィロア教官の研究費から出ますので、手形でお願いします」
「畏まりました、ではこちらに。フリーデさんのサインで結構ですよ」
 スッと差し出される紙片。
 ミラルディアや近隣諸国で広く使われる約束手形だ。
 商人たちはこれを集め、月末などに集金に訪れる。


 フリーデは手形にサインしながら、しみじみとつぶやく。
「便利ですよね、これ。銀貨や金貨だと重くて大変なのに」
「ええ、商売には欠かせません。ですが、もっと便利にできないかと思案していまして」
 マオはそう言うと、懐から紙片を取り出した。「千塩札」と書かれている。
「こんなものを作ってみました」


 フリーデは千塩札を手に取って、しげしげと見つめる。
「なんですか、これ?」
「簡単に言えば、『銀貨千枚分の塩と交換できる商品券』です」
「そんなに塩ばっかりもらっても困るんですけど、牛でも塩漬けにすればいいのかな……。これが『もっと便利』なんですか?」
 するとマオはフフッと得意げに笑う。


「そうですとも。この札を持って私の店まで来れば、どの支店でも必ず銀貨千枚分の塩と交換いたします。ですから、この札は銀貨千枚の価値を持つと考えても良いでしょう」
「うーん……まあ、そうですね」
 想像するだけで口の中がしょっぱくなってくるフリーデだった。


 マオの弁舌はまだまだ止まらない。
「私が銀貨千枚の買い物をし、代金としてこの『千塩札』を払ったとします。相手は塩商人ではないので塩に取り替えたりはしませんが、次に銀貨千枚分の買い物をするときに『千塩札』を支払いに使うことができます」
「できますか?」


 するとマオは胸を張る。
「一応、私も南部屈指の豪商ですので……。信用という点では、太守の皆様にも負けていませんよ? なんせ商売の約束は絶対に守っていますからね」
 取引相手に損をさせないことで、マオは信用と販路を築いてきた。
 なお、彼はこれを「黒狼卿閣下の生き様から学んだ」と言い張っている。


「私が隠居したり死去したりしても、この『千塩札』は有効です。もちろん担保となる塩なら銀貨数万枚分の蓄えがありますので、支払いなんか造作もありませんよ」
 実際に取りに来る人はまずいないでしょうけどねとマオは笑った。
 フリーデは千塩札をじっと見つめる。


「うーん……」
「どうです、画期的な発明でしょう? これさえあれば、重い財布を持ち歩く必要はありませんよ。塩の相場は安定していますし、分量ではなく金額を保証していますから、担保としては十分でしょう」
「そう、ですねえ」


 どうもおかしい。
 何かが引っかかる。嫌な感じだ。
 フリーデは千塩札を手にしたまま、自分の胸中に湧いてくる「嫌な感じ」の正体を探っていた。
 マオは千塩札の束を取り出しながら、ふと首を傾げる。
「どうなさいましたか?」
「いえ、なんか気になって……」


 フリーデの中で、だんだん「嫌な感じ」の正体が見えてきた。
(これはお金と同じなんだよね)
 ミラルディアの金貨や銀貨は、元老院が統治していた同盟時代から国家が管理してきた。勝手に鋳造すれば死罪だ。
 マオが作った「千塩札」は、金や銀ではできていないが、金貨や銀貨と同じ力を持つ。


(これ、ほっといたらマオさんが危ないかも?)
 心配になってきたフリーデは、意を決して顔を上げる。
「マオさん!」
「はい?」
 不思議そうな顔をしているマオに、フリーデは千塩札を掲げた。
「これ、大丈夫かどうか、お父さん……じゃない、ヴァイト評議員に聞いてきます! いいですか!?」
「ええ、まあ……。信用手形を少し便利にしただけですから、特に問題はないと思いますが……」
 首を傾げるマオだった。


   *   *   *


 事情を聞いた俺は、ほっと溜息をつく。
 あのバカ、危うく自滅するところだったぞ。
「フリーデ、大手柄だ。よく知らせてくれたな」
「あ、うん。やっぱり危なかった?」
「ああ、知らずに放置してたら大変なことになるところだった」
 主にマオがな。


 一方、師匠は完全に蚊帳の外だった。
「はて、わしには便利な道具に見えるがの……まあ銀貨千枚ぐらい、転移術で運べば簡単な話じゃが」
「いえ、そういう話ではなくてですね」
 俺は師匠に説明した。


「これは『兌換紙幣』といって、立派な通貨です。俺の前世でも、金と交換できる兌換紙幣が使われていたそうです」
「ほほう」
「そして通貨は、個人ではなく国が発行するものです」
 金額が小さな商品券なら大目に見てやってもいいが、一枚が銀貨千枚分、日本円にして数百万~一千万円相当の超高額紙幣だ。
 ミラルディアの貨幣経済は小規模だから、千塩札を百枚発行するだけでもバランスは大きく変わると思う。


「担保が銀貨千枚分の塩しかなくても、この札は何枚でも作れますよ。どうせ誰も取りに来ないんですから。もちろん違法ですが、まずバレません。バレそうになったら、千塩札を売った金で塩を買ってくればいいんです」
「ふむ?」
 首を傾げる師匠に、俺は続ける。


「そして通貨も、作りすぎると価値が下がります」
「下がるのか……」
「魔法が魔力と効果を交換しているように、通貨も品物と交換しているだけなんです。どちらも無から有を生み出してはいないんですよ」
 どこまで通じているか不安に思いつつ、俺は大賢者ゴモヴィロアにもわかるように説明する。


「あくまでも交換ですから、通貨が増えて相対的に品物が少なくなれば、品物の価値が上がります。だから通貨の価値が下がるんですよ。こういうのを前世ではインフレーションといいました」
 ジンバブエドル元気かな……。
 師匠は首を傾げ、出来の悪い生徒のような顔をする。
 それからコソコソとフリーデに聞いた。


「おぬし、あやつの申すことが理解できるかの?」
「はい、なんとなく……」
「そ、そうか……」
 師匠は本当に政治や経済はまるっきりダメだな。


 俺は畳みかける。
「仮に発行数を自己資産と同額に留めても、担保と塩札で見かけ上の資産は倍になります。マオが圧倒的に有利になるんですよ。たぶん他の豪商たちもすぐに、この仕組みに気づくでしょう」
「わからん……おぬしが何を言っておるのか、わしには全くわからん……」
 師匠の頭脳なら簡単にわかると思うけど、興味がないことには頭が働かない人なのがつくづく惜しい。


 一方のフリーデはといえば、かなり危機感を覚えているようだった。
「じゃ、じゃあこれみんな真似しちゃうよね? だって勝手に作っても怒られないんだもん」
「そうだ。ありとあらゆるものが高額商品券になって飛び交うぞ。評議会は商品券の発行を把握できないから、市場にどれだけの通貨があるかわからなくなる。恐ろしい話だ」


 俺も経済は素人だからわからないが、最後は商品券バブルが弾けてみんな破滅するんじゃないだろうか。
 何にせよ、俺にとってはミラルディア以上の異世界だ。
 もう少し経済学が発達してルール作りが整うまでは、こういう飛び道具は封印しておこう。
 まだちょっと早い。


「ということなのでフリーデ、ここは敢えて官吏ではない君に命令……いや、お願いする」
「はい、ヴァイト評議員閣下」
 びしっと敬礼するフリーデに、俺は告げた。
「まずいことになる前にマオをとっ捕まえて、塩札全部押収してきなさい。あいつには俺から説明して、穏便に処理するから」
「はい、閣下」


 こうしてマオの危険な企ては未然に阻止された。
 古い記録を調べてみると、過去にも似たような事例はあったようだ。
 規模が小さいものは黙認され、規模が大きいものは何かしらトラブルが起きて元老院が事態収集に乗り出している。
 ついでにそのへんの法律も作ってくれれば良かったのに。


 しかたないので評議会と各都市の商工会による協議を開き、手形に関する法律はちょっと改訂された。
 塩札は法律改訂前の事案だったのでマオは処罰されず、記録だけが残ることとなる。
 何もかもが丸く収まった。
 それもこれも、我が娘の功績だ。


 この子がミラルディア経済と俺の旧友を救ってくれたことは事実なので、しっかり誉めておく。
「立派だったぞ、フリーデ。すっかり頼もしくなってきたなあ」
「ふふ、そう?」
「お前はお父さんの自慢の娘だよ」
 この調子でいけば、俺が引退できる日も近いな。
 そのときはアイリアにも一緒に引退してもらって、二人でワの国に温泉旅行なんてできるといいな。難しいかな?


「お父さん、どうしてニヤけてるの?」
「ん、いや。フリーデの成長が嬉しいんだよ。ははは」
「うーん?」
 成長した我が子をそう簡単には欺けず、訝しむような視線を向けられる俺だった。
※次回更新は来週のどこかです。

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