米国人は税金について文句を言う。だが、米ブルッキングス研究所のバネッサ・ウィリアムソン氏が新著「リード・マイ・リップス 米国人が税金を払うことを誇りに思う理由」で指摘しているように、自分自身が払う税金に不満な人は全体の8%だけだ。一方、67%の人は金持ちや貧しい人、企業など、ほかの人が本来負担すべき税金を払っていないと感じている。
各国の富裕層の税逃れを暴露した昨年の「パナマ文書」や、トランプ米大統領が自身の納税申告書を公開したがらないのを見て、一般の人が税制は不透明で、公平でないと感じるのは当然だ。こうした認識は、米国人の「下位47%」(ロムニー元マサチューセッツ州知事が2012年の大統領選挙で、連邦所得税を払うだけの稼ぎがない貧しい米国人がこんなにいるとして批判した際に出した数字)や、英領ケイマン諸島に資産を隠す上位1%の人々に対して抱く敵意とも関係している。
だが重要な点は、ウィリアムソン氏の研究が示しているように、米国人は税金を払うのをいとわないことだ。彼らは納税は義務で、納税することで「ほかの市民から敬意を得る権利が生じる」と考えている。だが、税制が公平でないことや非効率なことには懸念を抱いている。
この見方は正しい。米議会は18日、税制改革を巡る議論を開始した。この議論は、しばらく続くだろう。共和党も民主党も税制の抜本的見直しが必要だと考えている。だが残念ながら、トランプ政権と共和党議員は相変わらず昔ながらの解決策を提案している。富裕層と企業の減税を進めるというのだ。
彼らは、過去20年間、それが事実だった証拠がないにもかかわらず、富裕層と企業の減税をすれば上から下へ経済効果が徐々に浸透する「トリクルダウン」が魔法のように起きて、成長率全体を押し上げると主張する。だがジョージ・W・ブッシュ政権が01年と03年に実施した減税は成長を促さなかったし、オバマ政権時代の減税も起爆剤にはならなかった。
実際、最近の記憶に残る限り、最大の成長拡大が起きたのは、税率を引き上げた1990年代のビル・クリントン政権時代だ。
富裕層と企業の減税を進めれば、潜在的な経済成長力をテコ入れすることになるとの考え方は、なかなか消え去らない。もっと累進的課税が必要だとするリベラル派でさえ、この虚構にはまりがちだ。
例えば民主党のビル・パスクレル下院議員(ニュージャージー州選出)は先日、こう発言した。「私は経済をけん引するエンジン役の高所得者を対象にした減税改革には賛成票は投じない。エンジンに引っ張られる列車の後の車両や最後部にいる人たちを大事にしたい」
過去数十年間の歴史が何か教えてくれたとすれば、それは、金持ちがますます豊かになっても、経済全体としての成長率の上昇にはつながらないということだ。50年代の個人の最高所得税率は90%で、法人税率は50%を超えていた。現在の法人税率は約35%(大半の企業が実際に負担する税率は、それよりはるかに低い)で、個人の所得税率は39.6%だ。だが、1人当たりの実質国内総生産(GDP)の伸びは、当時のおよそ半分のペースにとどまっている。一部の経済学者や政策立案者たちがもっと急進的な考え方を検討し始めたのは、このためだ。つまり、高い税率は経済にとって悪くないどころか、実は好ましい可能性さえある、という考えだ。
国際通貨基金(IMF)が最新の世界経済見通しで指摘したように、大きな所得格差と格差が引き起こすポピュリズム(大衆迎合主義)が今、経済成長への重大な脅威となっている。税率をこの数十年間、引き下げてきたことが格差拡大をもたらしたことはほぼ疑いない。米国や英国など、最高税率の引き下げ幅が最も大きかった国々では、格差の拡大も最も著しかった。
興味深いのは、最高税率の引き下げが投資を増大させたとするトリクルダウン説の主要部分を構成する証拠がないことだ。米ルーズベルト・インスティテュートの分析が指摘しているように、米企業が収入の中から投資に回せる資金と借入金をどれくらい投資に回しているかといえば、60年代の4分の1にすぎない。税率が当時あれほど高かったことを考えると、税率がもっと下がれば企業は米国内での投資を増やすという米経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルや米商工会議所などの主張は、ばかげているように思える。
米企業は、外国で保有している現金の本国還流にかかる税率が引き下げられたら、その浮いたお金を自社株買いに回す公算が大きい。2003年の配当課税の軽減も投資の拡大はもたらさなかったが、04年に実施された海外収益の本国還流に対する課税免除措置は自社株買いを21.5%増加させた。こうした動きは、市場を実体経済から乖離(かいり)させ、株式市場が暴落する潜在的リスクを高める危険がある。これは米財務省内の研究員たちが、かねて懸念している事態だ。
また、経済学者のエマニュエル・サエズ、トマ・ピケティ両氏の研究によると、これは経営幹部たちの報酬拡大につながり、中でも高額所得者が通常よりもさらなる報酬アップを要求することにつながるという。両氏が、裕福な個人には大幅な税率の引き上げを実施すべきだと主張しているのはこのためだ。
富裕層にどれだけの最適税率を適用できるかという古典的な経済分析(金持ちの働く動機をそがない範囲で、どれほど税率を高められるかという理論)を用いても、現状より大幅に高い約57%という最高税率がはじき出される。ピケティ、サエズ両氏は、税率が低いときに経営幹部たちがレントシーキング(立場を利用して利益を得ること)を追求する傾向や、税率が高いときに課税率の低い資産に回す富を増やさない傾向など、さらに多くの要素を計算した結果、最高税率は83%まで上げられるとはじき出している。
豊かな米国人や企業がそんな高い水準の税金を払うべきだとは誰も言っていない。だが、減税すれば成長率を押し上げることになるとか、トランプ氏が言ったように税金を払うなどばかばかしいことだと考えるのは間違っている。ウィリアムソン氏が指摘しているように、納税は社会をまとめている数少ない要素の一つであることを忘れてはならない。
(ラナ・フォルーハー、2017年5月22日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
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