2017年5月23日、「共謀罪」の成立要件を改めた「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が衆議院を通過しました。
この法案を強行採決した自民党、公明党、日本維新の会は、日本では重大な犯罪の謀議に加わっただけで処罰の対象となる「共謀罪」の新設など条約を実施するための国内法が成立しておらず、国連が2000年に採択した国際越境組織犯罪防止条約の批准に至っていないというのです。
しかし、新たな立法を要することなく、国連の立法ガイドが求めている組織犯罪を有効に抑止できる法制度はすでに確立されていることは、すでに日本弁護士連合会などが何度も指摘しています。
実際、この条約を批准するにあたってあらたに共謀罪を導入したのはノルウェーなどごくわずかで、逆に、共謀罪なしに批准している国はブラジルなどいくつもあります。
そして、アメリカは一部留保付きでこの条約を批准しています。
そのうえ、そもそも、この条約はテロ対策の条約でさえありません。
この共謀罪は、人が共謀=犯罪について相談しただけで犯罪にする罪ですが、これまで3度も国会に法案が提案され、3度とも廃案になりました。
なぜ、自民党はこれほどまでに共謀罪に執着し、どうして、これが危険だと世論は押し返してきたのでしょうか。
今日は、刑法の罪刑法定主義、について述べたいと思います。
罪刑法定主義は、憲法31条の適正手続に含まれるとされており、刑法で最も大事な原則です。
これは、法律で、あらかじめ、
「何が犯罪で何が犯罪でないか」
「ある犯罪と別の犯罪の違いは何か」
が定められていないといけない、そうでないと国民(全市民)は罰せられないという原則です。
もし、この罪刑法定主義が守られていれば、国民は自分がこれから行動しようという時に、その行動が刑罰で罰せられるかどうか予測できるので、行動の自由が確保されるからですね。
だから、犯罪行為は、日常頻繁に繰り返されるような行為とははっきり区別されるものでないといけないのです。
そこで、刑法などの刑罰法規には、何をすると犯罪になるかが明記されていないといけないのですが、その中核となるのが、その法律が守ろうとしている保護法益と、その法益を侵害する危険性のある実行行為概念です。
つまり、国民の行動の自由を極力狭めないように、犯罪行為は、生命・自由・財産など法律で保護する価値のある利益(保護法益)を侵す可能性のある非常に危険な行為(実行行為)に限定して規定されています。
たとえば、殺人罪の場合は、刑法199条はこう規定しています。
第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。
この殺人罪の場合、保護しようとしている法益は人の生命ですよね。ですから、実行行為は人をナイフで刺すとか、首を絞めるとか、人の生命という
「法益を侵害する現実的危険性がある行為」
ということになります。ちなみに、現実的とは差し迫った危険性があるということです。
近代刑法は、犯罪意思(心の中で思ったこと)だけでは処罰せず、それが具体的な結果・被害として現れて初めて処罰対象になるとしています。
「既遂」処罰が原則で、「未遂」は例外、それ以前の「予備」は極めて例外、しかも、いずれも「行為」があって初めて犯罪が成立するというのが刑法の大原則です。
殺人罪の場合は、生命という非常に大事な法益を扱っているので、生命侵害という結果が発生しなかった殺人未遂罪や、具体的に殺人の準備をする予備罪も罰せられています。しかし、共謀だけでは予備とは扱われず、罪になりません。
いくら殺す気満々でも、フラれた相手を形どったわら人形を五寸釘で刺すとか、「憎い夫は糖尿病で死ね!」とばかりにコーヒーに毎朝たっぷり砂糖を注ぐ、みたいな行為はおよそ命に対する差し迫った危険はないので殺人罪の実行行為にはならず、何の犯罪にもなりません。人は「意思」だけでは罰せられないとはそういうことです。
こうして、保護しようとする法益に対して差し迫った危険のある行為だけを罰することで、刑法は犯罪を取り締まって抑止するだけでなく、国民の行動の自由という基本的人権を守っているのです。
そこで、たとえば正犯をそそのかしたり(教唆)、助けたりする(ほう助)の場合も、必ず正犯が実行行為に着手しないとこれら従犯は処罰されないということになっています。
正犯が実行行為に着手しないと、法益が侵害される現実的な危険性は生じないから、刑罰を持ち出すまでの必要はないからですね。
このようにして国民の行動の自由を極力守ろうとするのが、日本の刑事法体系が大事にしている罪刑法定主義、実行行為概念なのです。
さあ、もう、共謀罪の恐ろしさはわかっていただけましたね。
だって、共謀=話し合うだけでは、どんな法益も危険にはさらされませんよね。
それなのに、共謀罪を新設して、共謀だけで犯罪にしようというのは、日本の刑事法を根本からくつがえすものです。
実際、話すという行為は日常頻繁に繰り返される行為です。
この話す行為が、何らかの保護法益に現実的な危険性がなくても罰せられることになるので、何を話すと共謀罪になるのかあらかじめわからなくなります。
そこで、国民の「話をする」という行動の自由が著しく制限されることになります。これは罪刑法定主義違反であり、憲法違反です。
これに対して、自分は犯罪の共謀なんてしないから関係ない、と思われるかもしれませんが、話し合っただけで犯罪になりうるということは、話し合いの中身が捜査の対象となるということです。
どんな話し合いをしているかわからないと、それが犯罪に関する話し合いかもわかりませんから、およそすべての会話を捜査対象にせざるを得なくなります。
そうすると、市民のすべての会話が捜査の対象になりうることになり、共謀罪が特に政府が拡大させた通信傍受法=盗聴法とセットになると、共謀罪がまさに「凶暴罪」どころか「狂暴罪」でなることが容易に想像できると思います。
しかも、共謀罪は、えん罪の危険性を増します。
なぜなら、たとえばあるときグループで会話をしていた1人が、
『あの人はこんな危ないことの相談を持ちかけていました』
と警察にたれ込むと、その人に共謀罪の容疑がかかってしまうことになるからです。
ここに、他人の「罪」を告発すれば、自分だけが浮かび上がれる司法取引制度が導入されると、さらに危険です。
そして、共謀罪は何も具体的な行動をしなくても話し合っただけで成立するので、犯罪的な行動を何もしていないことは反論にならないのです。
この話し合いだけで罪になるという規定が実際にあったのが、悪名高い戦前の治安維持法です。
そこで、共謀罪は「現代の治安維持法」と言われるのです。
ちなみに、戦前の治安維持法では、こんな会話が処罰されています。
和歌山・農業・五二歳――「今年は百姓は悲惨なものだ。連日の降雨のため麦や罌粟は皆腐ってしまった。これは今度の戦争で死んだ兵隊さんの亡魂が空中に舞っているから、その為に悪くなるのである。戦争の様なものはするものではない。戦争は嫌いじゃ。」(理髪店で話す、一九三八年五月警察犯処罰令で科料一〇円)
岐阜・畳職・五二歳――「こんなに働くばかりでは銭はなし税金は政府から絞られるし全く困ってしまった。それに物価は高くなるし仕事はなし、上からは貯金せよといって絞り上げる。実際貧乏人は困っている。よいかげんに戦争なんか止めたがよい。兵隊に行った人の話では全く体裁のよい監獄じゃそうな。兵隊もえらいしええかげんに戦争は止めたがよい。日本が敗けようと敗けまいと又どこの国になっても俺はへいへいといって従っていればよい。日本の歴史なんか汚れたとて何ともない。」(或一人に話す、同年九月、陸軍刑法第九九条違反で禁錮六ヵ月)
福岡・理髪業・三一歳――「皇軍兵士が戦死する場合無意識の間に天皇陛下万歳を叫んで死ぬ様に新聞紙に報道されているが、それは嘘だ。ほとんど大部分の者は両親兄弟妻子恋人等親しい者の名前を叫ぶということだ。」(数名に話す、同年一〇月、陸刑九九条で禁錮五ヵ月)
法政大学大原社会問題研究所(大原社研)のページより日本労働年鑑 特集版 太平洋戦争下の労働運動 第四編 治安維持法と政治運動 第一章 治維法・特高・憲兵による弾圧 第二節 流言飛語の取締り
ごく普通の会話でも、戦争を可能にするために取り締まられたのが、よくお分かりになると思います。
そして、治安維持法では、数十万人の国民が逮捕され、約7万5千人が検察局に送られ、送検後の死者数は2000人近くに及んでいます。
もう一度言いますが、組織犯罪を取り締まるための条約を批准して、国内法化するのに、共謀罪は必要はありません。
それなのに、秘密保護法、盗聴法に続いて、またまたまたまた共謀罪を持ち出した自民党の、真の目的がわかろうというものではありませんか。
しばらくお休みをいただいていましたが、共謀罪が成立しようとしている中では黙っていられません。
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「共謀罪」法案が衆院で可決 "将来に禍根を残す"野党4党は反発
「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正案が5月23日午後、衆院本会議で採決され、自民・公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決された。。民進、共産など野党4党は採決に反対した。
与党は今国会の会期中(6月18日まで)の成立を視野に入れており、24日に参院で審議入りしたい考えだが、野党は反発。毎日新聞は「29日以降になることも想定される」と伝えている。
「共謀罪」法案は、組織的犯罪集団を対象に277の犯罪を計画し、資金調達などの準備行為を処罰する内容。
テロ組織や暴力団などの組織的犯罪集団が、ハイジャックや薬物の密輸入などの重大な犯罪を計画し、メンバーの誰かが資金や物品の手配、関係場所の下見など準備行為をした場合、計画した全員を処罰するとしている。朝日新聞デジタルは同法案について、「犯罪を実行に移した段階から処罰する日本の刑事法の原則を大きく変えるものだ」と解説している。
衆院本会議での討論で、自民党は「テロを含む組織犯罪を未然に防止し、これと戦うための国際協力を促進するための国際組織犯罪防止条約の締結は急務。法案の不安や懸念は払拭された」と、同法案の必要性を訴えた。
これに対し、法案に反対する民進党は「国連の特別報告者が人権への悪影響が懸念されると指摘するなど、『共謀罪』法案は悪法、欠陥法。可決することは将来に禍根を残す」と主張した。
政府は2020年の東京オリンピック・パラリンピックなどを念頭にテロ対策を前面に打ち出し、国際組織犯罪防止(TOC)条約の締結には、法案の成立が必要だと訴えている。
朝日新聞デジタルによると、与党は今国会で性犯罪を厳罰化する刑法改正案の成立も目指しており、「共謀罪」法案の審議の遅れに備えて、国会会期の小幅延長を検討しているという。
【UPDATE】(2017/05/23 17:13)内容を更新しました。
「悔しい」「諦めない」=「共謀罪」衆院通過で国会前
組織犯罪処罰法改正案の衆院通過後、反対を訴えるため国会議事堂周辺に集まった人たち=23日夜、東京・永田町
共謀罪の構成要件を改めてテロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法改正案が衆院を通過した23日午後、法案に反対するため国会前に集まった人たちからは、「悔しい」「これが政治家のすることか」と落胆する声が聞かれた。
午後4時20分ごろ、衆院本会議で法案が可決されたことが伝わると、参加者たちは「こんな採決は無効だ」「諦めないぞ」とシュプレヒコールを上げた。
千葉県習志野市の無職藤原元さん(77)は「怒りを通り越してむなしさを感じる。一市民として声を上げていきたい」と話した。さいたま市から来たアルバイトの男性(75)は「悔しい。数の力で圧倒された」と肩を落とし、「テロ対策だとかうそで固めた法案。たとえ負けても、民意を無視したツケを選挙で払わせたい」と力を込めた。
夜には、安全保障関連法への反対運動を展開した学生団体「SEALDs(シールズ)」元メンバーらが設立した「未来のための公共」による抗議行動が国会前であり、若者らが「平成の治安維持法反対」などと声を上げた。小森陽一東京大教授はマイクを手に、「国民が国家権力にちゃんと物を言う権利を弾圧する共謀罪を絶対廃案にしよう」と訴えた。
参加した横浜市の会社員女性(25)は「冗談を言ったり目配せをしたりするだけで犯罪になるのではないかと不安だ」と話した。(2017/05/23-20:40)
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分かり易い解説ありがとうございます。
戦前治安維持法体制下において庶民の本音の会話が弾圧の対象になった具体例を見ると、戦争を当時の国民が支持したという言説は一面的なものであることが分かりました。
しかし、当時の人たちの本音を聞くと決して思考の自由までは喪ってはいなかったのだなと思います。
何時の時代においても威勢良いこと勇ましいことや権力者に靡く人たちはいるものですが、決してそういった人たちが多数なのではないということも分かります。
ただ、本心を明かす事が弾圧されることによって自分の考えを言わない人が多数になり結果として靡く人たちが多数に見えてしまうと言う事だと思います。
ワイドショーお得意のフリップ解説で、
やたら出てくる弁護士先生方などのコメンテーターに各テレビ局はやらないのだろうか?朝から夕方まで小池百合子劇場がどうしたとか微に入り細に入りやるテレビワイドショーども。あれにはやたら
弁護士がしゃしゃり出る。スゴいのは平日昼間、何時間も出るだけでは飽きたらず日曜夜まで他局にまで出てくる国際弁護人なんてのもいる。この人はまともな
弁護士活動、していないのだろう(笑)。
そう言えば無邪気にも安保法制などを支持していましたね。スシローと共に。
弁護士というよりは代言屋と呼び捨てるのが適切な輩である。こんな人たちがお茶の間で公平なフリを醸しつつ、要所要所で官邸びいきな発言を繰り出す。
本来ならばしっかりとテロ等準備何とかというものがなぜ共謀罪と読売新聞や産経グループ以外のメディアで特に指摘されるのか?をはじめとして法案の中身を
大衆に分かりやすく、丁寧に解説し続けなければならないのに。
はじめに疑問と記したのは無論、皮肉ですよ。もし宮武さんなどの全うな法律家がフリップ用意してテレビできちんと時間を取ってごらんなさい!
たちまち官邸から『偏向報道』『両論併用』と詰られ、総務省からも放送免許に
圧力をかけられることでしょう。いやこんなことを思わせてしまうほど、ここ数年の安倍晋三内閣の手口はあからさまで
強引なのだ。岸井キャスターに読売新聞と産経とでしかけましたよね。あのキモい目玉の意見広告(怖)!テレビ局こそ
安倍晋三内閣に忖度しまくりだ。
私はワイドショー報道こそが安倍晋三政権のパワーの源だと思っている。
なにかにつけてやれ野党が迫力不足だの
と責任転嫁すらするテレビ局の怠惰ぶり
に腹が立ちます。野党がうんと少ないのは厳然たる事実で、いくら金田大臣なり
安倍晋三などの理不尽なりを追及したところで数を頼りにやりたい放題という安倍晋三政治に対しては(国会内部での闘いには)自ずと限界があるじゃないか!
昔、学校で『第四の権力』とマスコミのことを習ったが圧倒的な裁量、権力を有する政府与党に対するウォッチドッグとしての仕事を放棄してうきうききゃいきゃいと小池百合子などに尻尾を振り続けるざまは許せない。
ワイドショーがもし昭和の昔みたいに三面記事専門番組に戻るのが嫌ならば、真面目にそして鋭く問題点を追いかけねばダメだろ。
もう絶対許せません!
そしてまたしつこく書くけど、民進党の国対は、本当にあれで良かったのか?
30時間で審議を打ち切り採決すると最初から表明している与党にダラダラと決め手を欠く質問を繰り返して相手にされず時間切れ・・・
たしかに圧倒的な数の議席を取られてはいるものの、
「蜂は一度刺して死ぬ」
的な根性を見せたれや!
・・・要は、政権を取りたくないけど野党ヅラして議員でいたい連中の集団。
刑訴法改正で盗聴し放題に賛成したのも民進党だしね・・・
共謀罪だって、何を今更反対の振りしてんの、とシラケます。