トップ>小説>乙女ゲームに転生したらサブキャラでした。悪役令嬢になりたいので、攻略対象を一人下さい。
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本編

異世界転生、望むところです。

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 ――最初に思った。あ、これはヤバいと。
 最近頻繁に起こる、眩暈と立ちくらみ。今日は、プラス吐き気。体調は最悪といっていい。
 授業が終わるまであと五分、だけどその五分を待ってたら、私は確実にリバースする。明日からの学校生活を考えても、それは避けたい。

「あの」

 手を挙げて、体調不良を訴えた。現国の澤山先生は、温厚+優しいことで知られている。案の定、保健委員に、私を保健室に連れて行くように指示した。


「ごめんね、あと少しなのに」
「いいよー。それより、ほんとに真っ青だよ。大丈夫?」

 心配そうに訊かれたので、できたら先にトイレで吐きたいと言うと、頷いてくれた。
 そのままトイレに直行しようとした時、今までより数段激しい眩暈に襲われ、私は意識を失った。


 ……そして、今。
 意識を取り戻したら、見慣れない部屋だった。豪華すぎるベッドは天蓋付、レースが幾重にも重ねられていて大変に美しい。

「……何これ」

 呟いた声にも違和感しかない。私の声じゃない。

「アレクシア様! お目覚めになりましたか?」

 ベッド脇のレースをそっと持ち上げて、顔を覗かせるメイド服の女性――誰だ。
 失礼致しますと前置きして、女性は私に近づいた。

「お熱は……下がりましたようですね。旦那様も奥様も大変ご心配なさって……」

 ほっとしたように言うメイドさんには申し訳ないけど、アレクシアって誰だ。私に対して言ってるみたいだけど、私は――
 人違いしてませんか、ここはどこですかと訊こうとして、私はそれをやめた。視界に入った私の髪が、淡い金色の巻き毛だったからだ。

「……えっと」

 落ち着け。落ち着け私。こんな金髪に染めた覚えはない。というか、この薄い色合いは一度脱色してから染めないと出ないくらい淡い金だ。そんな面倒な校則違反をした記憶はない。見てみれば、手もぞっとするほど白い。これはモンゴロイドの色ではないですね。白色人種の中でも色白な人の肌色です。

「……鏡、見たい」
「ご心配なさらずとも、アレクシア様。変わらず、お美しいですわ」

 安心させるように言うメイドさんには申し訳ないけど、私の頭の中は非常事態宣言中だ。いいから鏡を持って来いと言いたいのを我慢して、ベッドから降りようとした。

「まあ、まあ、アレクシア様。わかりましたわ、鏡をお持ちしますから、どうぞそのまま」

 困惑したメイドさんは、ベッドの近くにあるアンティークなドレッサーから手鏡を持って来てくれた。

「ありがとう」

 お礼を言った私に、にっこり微笑んでくれたメイドさんへの対応は後にして、とりあえず顔の確認だ。
 勇気を振り絞って覗いた鏡面には、淡い金髪の巻き毛と、薄い蒼の瞳の、どう見ても美少女がいる。けれど、私が心底驚いたのは、そんな理由じゃない。

「……アレクシア・クリスティン!?」

 私がこよなく愛していた乙女ゲーム「華寵封月かちょうふうげつ」の、限りなくモブに近いサブキャラの顔だったからである。



 ――これはあれですか、噂に聞いたことのある、今ライトノベルな小説界で流行っているという異世界転生というやつですか。それなら普通はヒロインかヒーローじゃないの? どうしてモブに近いサブなのよ!
 確かこのキャラ、美少女だけどそれだけだったはず。突然異世界に召喚されたヒロインに「世界の違い」を見せつける登場シーンと、攻略キャラと結ばれたヒロインを崇めてる最後の演出しか出番がないのよ。あのゲームを、追加ダウンロードコンテンツも含めて全ルート完全制覇している私の記憶に間違いはない。だからこそ、サブキャラの名前まで覚えているのだ。

 ……何はともあれ、情報収集よね。確か「華寵封月」では……やっぱりあった。

 ベッドから降りて、サイドテーブルに座る。そこには、白い便箋と羽付ペンがセットされていた。この白い便箋は、手順を踏んで質問すると、その人の魔力に応じた範囲で色々なことを知ることができる。この世界での辞書というかインターネット的な何かというか、そんなものだ。

「……アレクシアの魔力設定ってどうだっけ……」

 攻略対象キャラ達のことは完全に把握しているけど、攻略ガイドブックにも設定資料集にもビジュアルファンブックにも、アレクシアの個人情報なんて「アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタイン。公爵家の長女。十七歳」としか書いてなかった! 他のキャラ達は、身長体重誕生日血液型から未来の展開まで書かれてたのに! まあ、メインとサブの違いと言えばそれまでだけど。

 嘆きながら、ゲームで見た手順通りに――ここはヒロインが最初に手解きを受けるシーンだから、全ルート制覇の為に何度も繰り返した。暗記している。

 そしてわかったことは――私は、間違いなくアレクシア・クリスティンであること。王太子であるリヒト・カール・ルア・カイザーリングの妃候補であること。ここまでは知っていた。ゲーム知識で。でも、同じ妃候補且つサブキャラのエルウィージュ・フルール・ルア・バシュラール侯爵令嬢とは親友なことは知らなかった。

 私は少し思案して、エルウィージュ宛に手紙を書いた。幸いというか、数日寝込んでいたらしいので、エルウィージュからはお見舞いが届いている。そのお礼を兼ねて、よければ会いたいと書き添えた。

「入りますよ、アレクシア」

 軽いノックの音と、綺麗な声。返事を待たずに入ってきたのは、私――アレクシアと同じ淡い金髪に、木漏れ日のような緑の瞳の美しい女性だった。

「起きたりして大丈夫なの? お父様もそれは心配なさって……」

 見たことはなかったけど、この言葉で彼女がアレクシアの母だと推測した。まあ、そっくりだしね。

「大丈夫よ、お母様」

 そう答えてみる。お母様と呼ばれた女性は、心配そうに私に近づいて、額に手を当てた。

「熱は下がったようだけれど……まあ、手紙を書いていたの? いけませんよ、まだ休んでいなくては」
「エルウィージュに、お礼の手紙を書きたくて。たくさん書き損じてしまったけど」

 質問を繰り返した後の便箋の山を不審がられないよう、先に言い訳しておく。お母様は、少し困った顔をした。

「それはよいことだけれど……いいえ、やっぱり無理をしては駄目よ。あなたはあまり丈夫ではないのだし」

 病弱設定は、初耳です。やはりサブキャラ、そこまでは記載されていなかった。

「ごめんなさい」

 素直に謝った私に、お母様は優しく笑った。――この人を「お母様」と思う度、元の世界のお母さんのことを忘れそうになる。後で名前を調べておこう。

「さ、もう休んで。食事は、あなたの好きなものを用意させますからね」
「はい」

 私の素直な態度に安心したのか、お母様はさっきのメイドさんに「リリーナ。アレクシアをお願いね」と言いながら出て行った。メイドさんはリリーナさんというのね。

「アレクシア様、奥様もご心配なさっていますから。お早くベッドに」
「はい。……リリーナ」
「何でしょう?」
「さっき、エルウィージュにお手紙を書いたの。届けるように手配してくれる?」
「畏まりました」

 ……アレクシアの口調設定って、どうだったかなあ……。
 そう思いながら、私は夕食が運ばれるまでもう少し眠ることにした。



「……すめ。これ、娘」

 ツンツンと、棒のようなもので突っつかれた感触で目を覚ました。……あれ? お姫様ベッドじゃない。ということは元の世界に……戻ってない。ふわふわした白い雲の上……なら、これは夢かな。

「寝るでない。……適応力の高い娘じゃな。おかげで罪悪感が薄れるが」

 今、聞き捨てならない台詞が聞こえた。雲の上に寝転がろうとしていた私は、くるりと老人を振り返った。

「異世界転生させたのはあんたか」
「えーとぉ、そのつもりはなくてのう。おまえさんが体調が優れぬようだったから、治してやろうと親切心を起こしたら、つい力の配分を間違えてなー」
「まさに小さな親切大きなお世話」
「否定はせん。幸いにして、ここはおまえの知っている世界じゃ。生きていくのに不都合は……」

 老人はそそくさと消える体勢に入る。その長い白髪を、がっちり巻き取った。

「話は終わってないわよ、おじーさん」
「髪! 髪を離さんか! 抜ける!」
「ハゲてみる?」
「確実に何本か引き抜いたな!? 嫌じゃ、ハゲるのは嫌じゃ!」
「だったら私の疑問に答えて下さい」
「神の髪を質に取るとは、何という娘じゃ……」
「その原因はおじーさんが作ったんでしょ」

 被害者ぶりっこはやめてほしい。何なら毛根ごとイッとくか?と態度で示したら、自称・神であるじーさんは静かになった。

「体調不良を治すのと異世界転生は関係なさすぎない?」
「具合の悪いところを治そうとしたんじゃがな。何故か、こう、「何もかもに恵まれた状態になりたい」になってのう」
「それで?」
「転生先は、顔よし家柄よし財力ありの姫さんじゃ。文句なかろう」
「サブキャラには、そんなもん宝の持ち腐れよ。だから元に戻して」
「それがなー。おまえさんがこの世界の知識を持っていたせいでなー。その体と完全に適合してしまってなー」

 だから戻せなくってぇ。
 ギャルのような口調で、神じいさんはそう言った。

「……恨むわよ」
「よいよい。儂は気にせんよ」
「この束全部引き抜いたら、痛いかな……」
「わ、儂とて、できるなら戻してやりたかったのじゃがな。もう無理じゃ。おまえ、この世界でその体で生きて行け。境遇的には恵まれとるじゃろ? ……不幸なことに、人格はおまえのままじゃが」

 私は黙って神じいさんの髪を数本引きちぎった。神じいさんは「きゃあああ!」と乙女のような悲鳴を上げた。髪は大切らしい。

「サブキャラに何の幸せがあるのよ。攻略キャラ全員ヒロインに惚れるし、全員攻略後は真実ルート解放という名の逆ハーレム状態になるだけだし、バッドエンドはヒロインが死ぬだけだから、アレクシアは関係ないし」

 どのキャラのどのルートでも、どんなフラグにも関係しない。ただ登場して「ここは異世界!」と見せつけた後は何の描写もなく、最後になってキャラとくっついたヒロインを女神と崇める演出中にチラッと出てくるだけだ。登場シーンにスチルがあるのが救いではあるけど。

「なら、おまえがそのキャラ達を攻略してもよかろ? そういう知識は完璧じゃろ?」
「シスコン王太子と、その従兄でマザコンな宰相の息子と、実力で将軍までのしあがったおっさんと、竜オタクの神官とにはハマれなかったのよ……」
「……そこまで詳しいとなれば、この世界に馴染むのも早いわけじゃな……」
「あ、神竜王しんりゅうおうだけは好みだった! だけど、竜と人の悲恋EDしかなかったわよ。ハッピーEDがあると信じて何周したと思ってんのよ」
「儂にゲーム展開の文句を言われても」
「課金してまでダウンロードコンテンツやったのに、悲恋EDの後日談で救いがなかったわよ。萌えたけど」
「そこは、おまえはヒロインとやらじゃないんじゃし。新しい展開になるかもしれんじゃろ。儂も少しくらいなら力を貸すぞい」
「少し? こんなことになった原因のくせに、少し?」
「平凡庶民から美少女姫さんになったんじゃからよかろ……痛い! 抜ける! 既に抜けとる!」
「協力は惜しまないっていうのが誠意じゃないかな」

 ぶちぶちと白髪を引き抜きながら交渉した私に、神じいさんは涙目で頷いた。

「する! するから、頼むから離してくれ!」

 神じいさんは、杖に嵌め込まれていた大きな蒼い宝石を外して、私にくれた。サファイア? いや、アレクシアはお金には困ってないから、別のものがいい。

「宝石ではない。輝石きせきじゃ。魔力を貯めるだけでなく、相手の魔力を封じることができる代物じゃぞ」
「役に立つの?」
「使い方次第じゃ。これをやるから、髪を離せ」

 輝石――確か、魔力を貯めたり封じたりできて、神官が神竜王を召喚する時に、補助アイテムとして使ってたかな。使い道はありそうだと判断して、私は神じいさんの髪を離してあげた。

「ありがと。もらっておく」
「大事に使うんじゃぞ」
「呪いのアイテムだったりする?」
「神の杖にそんなもん嵌めんわい」

 ふう、と息をついて髪を調えている神じいさんに向け、私は宣告した。

「私、アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタインは、神竜ローランとの幸せEDの為に、ヒロインであるミレイの邪魔をする、悪役令嬢になることを誓います!」

 ――元の世界に戻れないなら、ここで悪役令嬢として生きていきます。愛する神竜・ローランを手に入れる為に!
 ノリである。勢いである。そうでもなきゃ、やってられなかった。
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