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宇宙ごみの“脅威”に立ち向かえ

宇宙空間をさまよい続ける使い終わった人工衛星、いわゆる「宇宙のごみ」。スペースデブリとも言われています。これらの「ごみ」が運用中の人工衛星にぶつかってしまう危険に日本勢が挑戦しようとしています。年々深刻になる宇宙ごみの課題、どう解決しようとしているのでしょうか。(経済部 梶原佐里記者)

“宇宙ごみ”を知っていますか

静寂に包まれた宇宙空間が突然、パニックになるー。
宇宙船に高速で迫る膨大な量の“物体”。通信用パネルなどが切り裂かれ、激しい衝撃で宇宙飛行士は無重力の空間に投げ出される…。サンドラ・ブロックにジョージ・クルーニーが共演、2013年に公開されたアカデミー賞受賞作品「ゼロ・グラビリティ」のワンシーンです。

映画で描かれた“物体”とは“宇宙ごみ”です。ロシアが使い終わった人工衛星を壊したところ、無数の破片が宇宙ごみになって拡散し、宇宙で作業していた宇宙船をおそうところから物語は始まります。この映画で描かれた世界、実はフィクションではないのです。

いま世界各国が運用している、いわゆる“現役”の人工衛星は1000基ほどあると言われていますが、現役を退いた衛星やロケットの上部の部品などが時速2万5000キロというとてつもないスピードで宇宙の軌道をさまよい続けています。
内閣府によりますと、大きさが10センチ以上のものだけでおよそ2万3000個、1ミリ以上まで含めると実に1億個を超えると推定されています。

爆発的に増える人工衛星

これだけ多くの宇宙ごみが地球の周りをぐるぐると回っているとなると、運用されている現役の人工衛星と宇宙ゴミが衝突するという事故も当然ながら起こってしまいます。実際、8年前(2009年)には、使用を終えたロシアの人工衛星と運用中のアメリカの通信衛星が衝突し、3000個以上の破片が飛び散る事態が起きました。

解決しないゴミの“所有権”

これだけ重大な問題なのだから当然、国際的に解決のための手が打たれていると思ってしまいますが、実はほとんど手がつけられていないのが実態なのです。

難しい課題の1つが、ごみの所有権の問題です。使い終わったごみといってもかつてはどこかの国が打ち上げた衛星。いったいこれは誰のものなのか。打ち上げた国に帰属するのか、サービスを利用してきた国に帰属するのか。そして取り除く責任は誰にあるのかー。国連の場で十数年にわたって議論が続いてきたのですが、統一的なルールを導き出せていないのが現状です。

所有権の問題はなかなか解決のめどがたっていませんが、技術的には日本でも着々と研究が進んでいます。その1つがH2ロケットの打ち上げなどでおなじみのJAXA=宇宙航空研究開発機構です。ことし1月から2月にかけて、世界最大の宇宙輸送船「こうのとり」を使ってごみの除去に挑みました。その方法は次のとおりです。

まず「こうのとり」から長い金属製のワイヤーを出して、ごみにひっかけます。その後、700メートルほど離れてワイヤーに電流を流します。そうすると地球の磁場に影響して軌道の進行方向とは逆方向の力が生まれ、ごみはブレーキがかかったように移動し、スピードが落ちるというのです。次第に軌道から外れたごみはそのまま大気圏に落ち、燃え尽きてなくなるという仕組みです。

残念ながら、今回の実験ではワイヤーがうまく打ち出せずに失敗に終わりましたが、JAXAでは今後も実証実験を行って、2020年代半ばの実用化を目指しているということです。

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国際宇宙ステーションの「こうのとり」

宇宙のごみを取り除け!!

一方、宇宙ごみを除去をビジネスととらえて開発に取り組んでいるベンチャー企業も日本で誕生しています。東京・墨田区に研究拠点を持つ「アストロスケール」です。

CEOの岡田光信さんは、学生時代は遺伝学を学び、旧大蔵省に入省。その後、IT企業の経営などの仕事に携わり、宇宙とはまったく無縁の経歴でした。

生涯を通じて取り組める仕事を探していたあるとき、子どものころから興味があった宇宙に関する学会にたまたま参加しました。そこで宇宙ごみの問題を聞いて、スピード感の無さを強く感じたといいます。放置しておくと将来、宇宙空間が使えなくなるというのは出席者の間で意見が一致していたものの、学会での発表は今後どうなるというシミュレーションばかり。

岡田さんは「解決のための『アクション』が1つもなくて腹が立ちました。宇宙ごみの問題は技術的にも、法律的にも、資金的にも難しいことは分かっていますが、誰かが解かないとだめなんです」と強く思ったといいます。

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どうやってゴミを除去するか

岡田さんは、来年、1ミリ以下のごく小さな宇宙ごみがどこにあるかを確かめる衛星を打ち上げ、その翌年(2019年)には、宇宙ごみを捕まえる別の衛星を打ち上げる計画です。

ことし4月。私がアストロスケールを訪ねたときは、ごみがある場所などの情報を集める衛星の打ち上げに向けて開発が最終段階を迎えていて、ロケットから切り離す際の衝撃に耐えられるかを調べる試験や、ごみの観測データなどが衛星から正しく送られるか確認する作業が繰り返し行われていました。

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岡田さんは、宇宙ごみをめぐる所有権の問題がいまだ解決しないなか、これから打ち上げられる衛星にビジネスチャンスを見いだしています。各国が打ち上げる衛星に特殊な金属の板を取り付けてもらい、運用期間が過ぎて「ごみ」となった後は、その金属の板を使って衛星の場所を突き止め、回収しようというビジネスモデルです。

ごみを捕まえる衛星を打ち上げ、「特殊な金属の板」と「磁石の力」を使って、ごみを捕まえ、磁石の力でごみとくっつき一緒に大気圏に突入して燃え尽きるという仕組みです。詳細については、まだ研究開発の段階で企業秘密ということですが、すでに一部の民間企業と交渉を始めているといいます。

宇宙ゴミを取り除くイメージ (16秒)

さらに今後、人工衛星の打ち上げは飛躍的に増えると言われています。 アメリカを中心に人工衛星を使ったビジネスに民間企業が次々と参入していて、重さが数キロから数十キロという「超小型」衛星をまとめて打ち上げようという計画まで発表されています。

岡田CEOは「ビジネスでやること」にこだわりたいと言います。「今膨大なごみがり、今後ますます打ち上げ回数が増える。長期間ずっと取り組まなければいけない問題だからこそ、打ち切りのおそれがある政府の補助金などに頼るのではなく、ビジネスとして成立することが非常に重要なのです」。

日本発の技術が宇宙を救う?

所有権の問題などに阻まれ、世界中が後回しにし続けてきた宇宙ごみ問題。映画で描かれた脅威は純粋なSFではなく、放置しておけば十分に起こりうるものです。
宇宙開発による便利さを享受している私たちは、この問題から目を背け続けることはできません。国家レベルの宇宙開発事業としてのアプローチ、そしてビジネスとしてのアプローチ。“日本発”の技術による「宇宙のお掃除」に向けた挑戦が始まっています。

梶原佐里
経済部
梶原佐里 記者
平成22年入局
徳島局・大阪局をへて経済部
流通・サービス業界を担当後
現在は経済産業省担当