科学にただ乗りする“イノベーション”創出〜日経サイエンス2017年7月号より
脳の健康に効く製品をつくり出す政府の大型研究プロジェクトに疑問符
「こんな研究に1チーム予算3000万円だと!?」「公費でこれは危うすぎる」。4月12日,筆者が日本経済新聞電子版の記事で取り上げた研究プロジェクトに対し, ネット上で研究者たちから批判の声が相次いだ。記事は「内閣府チーム, 仮説段階の研究を表彰」との見出しで, 内閣府の革新的研究開発プログラム(ImPACT)のチームが開いたコンテストについてまとめたものだ。
写真:遠藤智之 そうそうたる顔ぶれ 高カカオチョコレートの効果についての記者会見のために集まった共同研究グループの代表者ら。左から内閣府の福嶋正人参事官,理化学研究所の渡辺恭良ライフサイエンス技術基盤研究センター長,ImPACTの山川義徳プログラムマネージャー,明治の伊藤裕之常務執行役員。 |
記事を書いたきっかけは, バレンタインデーを目前に控えた1月18日,ImPACTの 「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」プログラム(プログラムマネージャー:山川義徳氏)と食品メーカーの明治が共同で開いた記者会見だった。カカオの含有量が多いチョコレートが「大脳皮質の量を増やし, 学習機能を高める(脳の若返り)可能性があることを確認した」という内容だ。
会見の後,新聞やテレビ, ネットなどのメディアに,高カカオチョコレートと脳の関連を示唆する記事があふれた。「チョコ食べると脳若返る? カカオ効果 特に女性」(読売新聞), 「チョコレートと脳の関係を解明する研究が本格始動」(朝日新聞デジタル), 「ImPACT山川プログラム──明治, 高カカオチョコで脳の若返り確認」(化学工業日報), 「チョコレートを食べると脳が若返る? 明治と内閣府の共同研究」(ITmedia NEWS)など, 発表を好意的に紹介する記事ばかりだ。
さらに1月21日,日経新聞など新聞各紙に明治の全面広告が載った。板チョコと脳を並べた画像を背景に, 「高カカオチョコレートの新しい発見」の文字が目を引く。その下に山川氏と川村和夫・明治社長が並んで立ち, 「内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導するImPACTを通じて『高カカオチョコレート』と『脳の若返り効果』の研究を開始しました」と宣言している構図だ。
こうした一連の記事や広告を目にすれば, 内閣府の研究プロジェクトで高カカオチョコレートが脳の健康向上に有望そうだという結果が得られたと受け止めるのが普通だろう。だが, 記者会見で受けた印象はその反対だった。1月24日, 日経産業新聞に研究手法の問題点をまとめた記事を書き,特定の企業製品の効果が「国の『お墨付き』を得たとの印象を与えかねないことを懸念する」と結んだ。
掲載から数日後, 記事を読んだ山川氏から一通のメールが届いた。2月に開く公開シンポジウムへの誘いで, 「プログラムの狙いなどを改めて説明したい」という。このシンポジウムなどで取材した内容をまとめた2本目の記事が日経産業新聞から日経電子版に転載され, 冒頭の騒ぎに発展した。(続く)
続きは5月25日発売の2017年7月号誌面でどうぞ。