とある有名なフリー素材サイトで、ディレクターをやってる奴が俺の知り合いにいる。
そいつは「1ヶ月の間で1000人集客できるタレントをバーターで連れて来い」と言われて、その3日後に売れっ子モデルを何人も連れてくるような奴で、
海外の有名ブランドからスポンサーを引っ張ってきたり、大手芸能事務所に交渉して、売り出し中のモデルやタレントをアテンドしたりと、レコード会社から広告代理店、ラジオ局まで、幅広い人脈を持ち、営業力と行動力が物凄い奴だった。
知らぬ間に大手レコード会社の委託イベンターとしての肩書きも手に入れていた。
が、そんな肩書きをひけらかさず、自分にストイックで、いつもどこか寂しそうで、半グレからケツ持ち料をせびられても、文句一つ言わずに黙って支払っていたし、
どれだけチーマー連中から誘われようが、ほとんど飲みにもいかず、遊びにもいかず、常にメモを取り、眉間に皺を寄せ、何かに追い詰められているように生きている感じの奴だった。
一度飲みにいった時、先輩から「お前は秋元康みたいなプロデューサーになりたいのか」「それとも自分がタレントとして表に出たいのか」「何かのディレクターになりたいのか」と聞かれて
「本当はバンドでメジャーデビューがしたかったけど、それができなかった。」「ただ、何も実績が残せなくて、悔しくて、今自分にできること、やれることを必死で探している。」と、少し寂しそうに、淡々と落ち着いた口調で答えていた。
そいつはイベント、ラジオ、舞台と、色々なイベントのキャスティングを受け持っていたが、ある日から「フリー素材モデル」の募集もするようになっていた。
なぜ奴が急にフリー素材モデルを募集するようになったのかはわからないが、当然、フリー素材モデルになれば、ネット中で自分の顔が使われるわけで、しかも無償に近い案件、誰もやりたがらない。この案件には奴も苦戦しているようだった。
それでも奴は必死になって「これからはWEBから有名になる時代が来るんです」「内輪だけのイベントや舞台に出るよりも、ネットを使って露出したほうがよほど知名度につながるんです。」と、関わりのある、あらゆる素人モデルや売れない役者くずれに声をかけ続けていた。
今思えば、奴の言っていることは正しかったのかもしれない。
現に俺は、イベント業だけじゃ食っていけないから、日雇いの労働派遣をしながら、YouTubeで動画配信をし、僅かな希望に縋り生活している。
ある日、そいつはイベントのプロモーターをやってる「ボス」と呼ばれる人に思いっきりぶん殴られていた。
ボスが可愛がっていたモデルと、フリー素材モデルの契約を結ぼうとしたからだ。
「お前フリー素材モデルなんて正気か、何を考えてるんだ、頭がおかしいんじゃないか」
だが、5年経った今、そのフリー素材サイトから、少しずつだが著名なモデルが輩出されていっている。
どうやら「イベント業をやめてゲーム業界に行きたい」「子供のころからの夢」らしい。
「金儲けのことしか考えていないイベントや、芸能業界を目指す人を騙すような仕事には心底うんざりした。」と漏らした。
「目をかけてやったのに」「入れるわけないだろ」とボスは相当そいつに怒り狂った様子だった。
名前を聞けば、誰もが知っているような会社で、誰もが聞いたことのあるゲームの、最新作のスタッフロールに、デザイナーとして名を連ねている。
5年の間に、奴はゲーム業界に入り、世界的に有名なタイトルに、開発者として名を連ねた。
学校も出ず、独学で勉強し、ゲームクリエイターとして最前線で働いている。
5年ぶりに再会した奴に、話を聞いた。
「ああ、やってるよ、仕事優先だけどね。この間はドローン飛ばしたし、今度は山に行く。」
「なんでやってるんだ、もうお前はイベント離れたし、関係ない案件だろ。」
「好きだからだよ。コンテンツを作って運営するのは勉強にもなるし、関わる人皆が得をする。いつまでも後ろを追って勉強していきたい。」
「仕事はどうだ。」
「給料は低いししんどいけど、自分達が作ったものが世界中の人に楽しんでもらえる。これほどやりがいのある仕事はない。」
「どうしたらお前みたいな生き方ができるんだ。」
ふとそいつに聞いたところ、こんな返事が返っていた。
「常に最悪な自分の姿を想像し、そうならないように生きてるだけだ。」
奴がディレクターをやっているフリー素材サイトの写真は、ネットで毎日見るようになった。
その写真を見る度に、常に苦悶の表情を浮かべていた奴が、「俺はゲーム業界に行きたいんです」と言って殴られた直後に見せた、微笑んだ顔を思い出す。